12




一瞬にしてみんなの呼吸が止まる。
ユーディは一目散にウェルナンの後ろに隠れてしまった。

「よ、ようジハイル」

ぎこちなく笑ったエドを無視してこっちに来る。

ヤバイ。
非常にヤバイ。
これは殺られる…!

あ。
隣に座っていたヴィーナが立ち上がった。
うおお、何処に行くんだ。
行かないでくれ〜っ。

ヤツの後ろに当然の如く控えていたレイグが上座的位置にある一人用のソファーに座らせようと 促したがヤツはそこには座らず何と俺の横に座った。
ヴィーナとレイグは俺とヤツが座っているソファーの後ろに控える。

ななな何て事だ。
これから俺の身に起こる惨劇を想像して気が遠のいてきた。
ここから逃げたかったが固まって俯いている俺にヤツの視線が強烈に感じるので下手に動くことが出来ない。
絶対コイツ目からビーム出すよ…っ。
目が合った瞬間石化しちゃうよ俺!
目線だけを上げるとエドと視線が合った。
コイツと同じレヴァの一族なら何とかしてくれるかもしれないと思って必死に目で訴えかけるが…。

「どこを見ている」

冷たい低い声で先にヤツが口を開いた。

「え?」

思わずヤツを見てしまった。
ぎゃあ!石化するっ。
ジッと俺を深紅の目が捕らえた。
うぐっ。
何だこの締め付けられる苦痛はっ。
さっきの質問に答えないとこの苦痛から解放されないのでしょうか…。

「どどどどこってその…」

ジッと深紅の目が俺を見ている。

「いや、あの、別に…」

ジッと深紅の目が俺を見ているっ。

「うぅっ。エ…エドを」
「エド?」

なっ。
ヤツの周囲の空気がズンッと重くなった。
何故だ!?
エドはあっと言う顔をした。
何かに気づいたみたいだ。

「さっき自己紹介したんだよ。なっ?」
「う、うんそうそう」
「こいつが言いにくいって言うもんだから短く呼ぶ事にしたんだよ」

あれ、そうだったっけ?

「俺の名前って初対面の奴は覚えにくいからなぁ〜」

アッハハハハ!とエドは両腕を広げてアメリカン笑いをする。
ポカーンとしていると俺の顎をヤツが掴んできた。
いでででで…!

「俺の名」

え、何?名?
…お前の名前を言えって事か?
えーと、えーと、だあああー!変態危険馬鹿男が邪魔して思い出せないっ。
ジ、ジ何とかだったな。
さっきエドが言ってたのに!
え〜と、イとかルとか付いてた気がするな。
ああ、早く答えないと命が危うい!

「答えろ」

ヒッ!
頭がグルングルン回って混乱していたのと与えられるプレッシャーでテンパり思い出せないまま 答えてしまった。

「ジ、ジル!!」

ヤツは少し目を大きくさせた。
俺のアホー!
2文字じゃねえよ!
はっ!ジハイルだ、コイツの名前っ。
今思い出しても遅いっつーの!
あわわわ…きっと最初に掴まれている顎が砕かれるんだ。
俺は急いで言い直した。

「い、今のなしっ!ジハイルだろ?」
「………」

俺を見つめたまま何も答えない。
え?
間違って…ないよな。
顎を掴まれている為、頭が動かせないので目線だけエドの方に向けようとしたら顎を掴む力が 強まった。

「痛いって!」

少し涙目になったままジハイルに抗議する。

「……でいい」
「え?」

聞き返すとまた深紅の瞳に捕らえられた。
瞳も然る事ながらやはり綺麗な面だな。
少しだけ見蕩れてしまった。

「ジルでいい」
「ほえ?」

危ねっ、また聞き逃す所だった。
今、ジルでいいって言ったよな。

「わ、分かった。と、とりあえず顎を離してくんないかなー…」

……。
おおい!何故離さない!?
まだ何かあるのか?
分らねぇ!
コイツが分からねぇ!

「離せよ!…ジル!」

あ、離した。

痛む顎を擦りながら周りを見るとエド一行は初めて見るかのような驚いた顔をして止まっている。
ヴィーナも以下同文。
レイグは顔を青くしてフルフル震えている。
みんなどうしたんだ?

「話しはレイグから聞いた」

この場の雰囲気を動かしたのはジルだった。
我に返ったエドが口を開く。

「あ、ああ。それなら話が早い。今回の騒動の主犯はウルドバントンだ」
「フン」

ジルが鼻で軽く笑う。

「ウルドバントンは賛同した12のレヴァをお前に仕向けた」
「13ではないんですか?」

冷やかにレイグがエドを見る。

「まーだ疑ってんのかよ。確かに誘われたけどよ意見の相違で断ったって。俺は純粋にジハイルと 一対一で殺り合いたいからな」
「群れで仕掛けてくる脳なしのレヴァの一族と比べその点アートレイズ公のその考えに対しては  一応評価しますよ」
「こりゃどーも」
「ですが、そろそろ己の力量というものを自覚された方がよろしいかと」
「あ?何度挑んでも勝てねえ言い方するじゃねえか」
「実際その通りではないですか」

エドがレイグを睨んだ。
あれ?何か不穏な空気が…。
というかエドってそんなにジルに挑んでんだ。

「ちょっとー、いくら勝てないからってボクのマスターをバカにするのは許さないぞ!」

エドが座っている背もたれから身を乗り出すようにしてユーディが抗議した。
ウェルナンも微笑みながら頷く。

「フフッそうですね。毎回返り討ちにされていますがこれでも私たちのマスターですから  これ以上は言わせませんよ」
「お、お前ら〜!さりげなく本音が混じってるんだよ!」
「マスター、これを期に少し自重なさってはどうですか?」
「ニケルまで!」

ガーンとした顔でエドは3人を見る。
ユーディは唇をプクッと尖らせた。

「だってーマスターのフォローするの大変なんだからねー」
「う、うるせえっ!誰に言われようが俺はジハイルに勝つまで止めねえからな!」

うーん、何でエドはジルに執着するんだろうか。
横にいるジルをチラリと見ると視線がぶつかる。
うわ!何でコッチ見てんだ。
慌てて前を見た。

「くそっ。話しが逸れたがウルドバントンの本当の目的はお前を消す事じゃない」
「知っている」
「あ?何でジハイルが知ってるんだよ」
「ウルドバントンはアリアスの手の上で踊らされていたに過ぎない」
「げっまさかアリアス様は全てご存じの上なのか」

何か俺の知らない名前がまた登場したな。
ウルドバントンとアリアスって誰だ?

「あ、あの〜」

俺は躊躇いがちに手を上げる。

「話しが全く分からないんだけど俺が聞いてもいいなら教えて…?」
「ああ、そうか。聞かれちゃ拙かったらここには来させねえよ。いいぜ最初から話してやる」

エドがニヤリと笑った。

「事の発端は現総統のアリアス様がジハイルを次期総統候補として指名したのが始まりだ」
「総統って偉いの?」
「そりゃそうさ。魔界のトップだからな」

魔界のトップって…。
魔王じゃん!
ジハイルが次期魔王候補!?

「ま、それが気に食わないヤツが出てくるわけだ。俺こそが次期総統に相応しいとか勘違いしている 輩がな。その代表がウルドバントンと12のレヴァの一族ってわけだ」
「そのウルドバントンもレヴァなの?」
「ああ、俺らと同じ上の位のな。総統はレヴァの中から選ばれるんだ」
「世襲制じゃないんだ」
「魔界は実力重視だからな」

確かにジルは強そうだもんなー。

「アリアス様は昔からジハイルの事を気に入っててその事も奴らにとって気に入らないんだろう」
「俺には迷惑だがな」
「あ?アリアス様に気に入られて何が迷惑なんだよ」
「フン。いつから貴様はアリアスの信奉者になったんだ?」

ジルが馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
エドはジルを睨みつけた。

「ハッ!アリアス様の素晴らしさが分からないとはねー。何でこんなヤツを気に入っているんだか」

俺がジルを見るとまた視線が合う。

「何だ」
「え?あ、うーんジルって総統になるの?」
「ならん」
「お前ならねえの!?」

ジルの答えに反応したのはエドだった。
エドは身を乗り出す。

「総統だぜ!?指名されたらほぼ確実に決定じゃねえか」
「アリアスの目的は不穏分子を払い落す事だ」
「不穏分子…。最近隠れて動いているヤツらか。なぜ今なんだ?」
「今だからだ。ヤツらの目的が分かったからな」
「…まさか、ウルドバントンの本当の目的がそうなのか?」
「フン。貴様にしては頭が働くな」

エドは片手で顔を覆ってソファーの背もたれに深く寄りかかった。

「はー、さすがアリアス様だな」
「ウルドバントンの本当の目的って何?」

俺はジルに聞いた。

「ヤツの目的はアリアスを消す事だ」
「え!?その人総統何だろ?何で?」
「知らん」
「し、知らんって」
「興味がない」

俺はポカーンとあっけに取られた。
そこって重要な事だと思うんだけど!

「セイジ、さっき言っただろ?ジハイルは他人に全く興味ないって」

エドに含み笑いをされた。
ぐっ!
何を含んでいるのかは聞かねえよ。

「ま、理由はきっとアリアス様に聞けば分かる事だし、重要なのがどうやってレヴァ・ド・エナールに  戻るかだな」
「レヴァ・ド・エナールって…?」
「俺達がいる魔界の名前さ」
「そう言えばどうやってココに来たの?」
「門をくぐったんだ」

ああ、昨日そんな事言ってたな。

「じゃあまた門をくぐればいいんじゃないの?」
「簡単に言ってくれるが何処に門が現れるのかが分からないのさ。月の影に現れるらしいがそれも良く分かっていない」
「月の影って事は時間は夜じゃないの?」
「おそらくな。あっちで門が現れたのが夜だったし」
「ヴィーナ達がこっちに来た時も夜?」

俺は振り返って後ろに立っているヴィーナに聞いた。
ヴィーナは頷く。

「私たちとアートレイズ公は同じ場にいたのよ」
「そうなの?」
「アートレイズ公がマスターを追ってきてね」

エドがわざとらしく咳払いをした。
あー、その時も勝負を挑んでたのか。

「門ってどんなの?」
「そうね影が空間を割るって感じかしら。抵抗も出来ないまま気付いたら人間界にいたの」
「他のレヴァ達がコッチに来ているって事はないの?」
「それは大丈夫。襲ってきたヤツらは全て倒したから。でもまだ5のレヴァと黒幕が向こうにいるのよね〜」

何だか大変そうだなーと思っていた俺だがふと重要な事に気付いた。
そうだよ、ジル達がえっとーそのレヴァ・ド・エナールって所に帰れれば俺解放じゃん!?
おおおお、これは一刻も早く門を見つけなければっ!

「いよっし!門探しがんばって見つけるぞ!オー!」

俺は立ち上がって拳を勢いよく上げた。

「あら。どうしちゃったの。聖ちゃん」
「気合入りまくりだなセイジ」
「ボクも見つけるもんねー!オー!」

ユーディも俺と同じように拳を上げる。

かくして門探しが始まったのだがこの時の俺は重要な事を忘れていたのだ。
そして運命はすでに俺を巻き込み引き返せない所まで進んでいた。
 



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