No.204
沈まぬ太陽
山崎豊子
2001.4.18掲載
私はこれまで「大作」というものを読んだ事が なかった。本を読むことは好きでも、その集 中力を2冊以上も持続させる自信がなかった から。でも、去年辺りからそうも言ってられな くなってきた。読みたい本が、必ずしも1冊で 収まってくれない場合が多くなってきたのだ。 それでも、上下巻までだった。それが、この 全5巻からなるこの大作をどうしても読まず にはいられなくなったのだ。きっかけは何度 となく見た新聞広告だった。どんな言葉だっ たかは思い出せないが、とにかく私の心は揺 さぶられた。図書館で予約を申し込むと、や はり今話題の本なので、かなり待たされると のことだった。ようやく本が届くと、他にも待っ てる人が大勢なので1週間で読んでで欲しい とのこと。私はまるで、大きな仕事に取りかか るように深呼吸をして読み始めた。 これは、1985年8月に御巣鷹山で多くの犠 牲者を出した航空会社を舞台にした話だ。 1・2巻はアフリカ編、3巻は御巣鷹山編、4・ 5巻は会長室編と3部で構成されている。 読み進むうち、これは一体全体本当の話な のだろうか、それとも作り話なのだろうか、と 悩んだ。御巣鷹山編という実際に起こった事 故を取り上げているからには事実なのだろう が、それにしても、あまりにもひどい話が延々 と、うんざりするくらい続いた。 主人公、恩地元は労働組合員として、空の 安全を守る為にとしたことが、会社側に盾を ついたとされて、海外の僻地を盥回しにされ ていたのだった。大きな会社としては、いや 大きな会社だからなのか、とにかく信じられ ないような理不尽な事ばかりが2冊にも及 び、私は怒り狂いながら、またその怒りを鼻 息も荒くオットに説明しつつ、次の御巣鷹山 編が届くのを待った。相変わらず本は1冊 ずつの順番待ちで、1週間で返さねばならな かった。 未だに、この本が事実なのか分からないまま 御巣鷹山編へ突入。いきなり、もうその事故 へと、大惨事へと向かってゆく様子が再現さ れていて、私は今までにもまして引き込まれ ていった。 そして、あの大惨事。この第3巻は本当に読 むのが辛かった。乗客の一人が、大きく揺れ ながら落ちてゆく飛行機の中で、懸命に綴っ た家族へのメッセージ。涙が溢れる。当時の ニュースでも発表されたものだ。思い出した。 なんと愛おしい。私は声をあげて泣いた。 やはり、これは事実なのだ。遺体の捜索の様 子、ボイスレコーダーから窺えるパイロットの 最後までの懸命な操作。そして、身元確認の 現場・・・。あまりにもリアルで、ずっと私の心 は痛かった。朝、目が覚めてテレビのスイッ チを入れたら、このニュースをやっているの ではないか、とさえ思った。 この事故は、しかし、起こるべくして起こった のだ。空の安全を守るよりも、会社の利益を 追求することに重きを置いた結果なのだと。 そして、会長室編へと繋がってゆく。 これまた、政治との絡みも出てきて、私たち のような一般市民には信じられないような事 が展開されてゆく。事故原因の究明と共に、 会社再建のために送られた国見会長や恩地 らの孤立無援とも言える闘い。一体、この会 社はどうなってゆくのだろう。この話に救いは あるのだろうか。現実に正義を貫くといういう 事は、こんなにも大変で難しいことなのかと 改めて思い知らされる。 本当に魂を揺さぶられたこの話は、山崎豊子 さんの”あとがき”でようやく、事実をもとにした 話と言うことが判明した。事実だと思うと、また 空恐ろしくなってくる。 さすがに、この骨太な話を読み終えてしばら くは、脱力感に襲われた。一読者である私が こうなのだから、山崎さんはもっとだろうと思 う。取材ひとつをとっても大変なご苦労があっ たことと思う。本当に頭が下がる思いだ。また、 あれだけひどい仕打ちを受け、虐げられ、自 分の家族さえもバラバラになりながらも、自分 を待っててくれる組合員がいることを支えに、 信念を貫かれた恩地元さんにも同じ思いだ。 こちらはまた全く逆の意味で、実在する方とは 到底思いたくない想像を絶する人生を歩んで こられたのだ。 この本を読んでからというもの、見上げた空 に飛行機を見つけると、「ああ、今日も無事に 飛んでる」と思わずにはいられなくなった。 (ま) |
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