まるぼ-のつぶやき日記

2005年 1月

2005/01/28 更新


1月23日(日)まとめ書き

仕事始めの週には、パートの先輩と一緒にワイルドスミスの
絵本の原画展とやらに行って来た。全然期待はしてなかったの
だけど、動物がいっぱい描かれている夢のある絵で、何より、色
使いがきれいだった。何だかわくわくする。見初めてすぐに好きに
なった。くまさんの絵が特にかわいかった。「本物の熊もこんなに
かわいいといいのにね〜。」って、二人同じことを言った。去年は
たくさんの熊が駆除されたことを思い出して胸が痛くなった。残念
ながらゆっくり見れなかったので、ふたりして図録を買って帰った。

いつもの生活がまた始まって、最初の休日が来て、やったぁー!
って思ってたら初釜があるんだった。その前日の土曜日にはお手
伝いに行かなくてはいけない。ワタシは咳がまたひどくなってきて
たので、センセイには申し訳ないのだけど、許しをもらって服で行
かせてもらうことにした。服で行く初釜は、体力的にも気力的にも
ものすごく気楽だったけど、いつもの、こう、背筋の伸びるような緊
張感がなくて物足りなくもあった。来年はきっと。

後継者のいない先生はこのところ、お稽古で使っていた道具を皆
に分け始めている。今年の福引は、これまでそれに当たったこと
のないワタシを含めた3人でじゃんけんをすることになっていた。じ
ゃんけんには負けたけど、大好きだった使い込まれた萩の茶碗が
残った。うれしいけど、でも、だんだんと、先生の道具が少なくなっ
ていくのはフクザツな気持ちだ。

1月も半ばを過ぎた頃に、戻ってきた年賀状があった。
宛名を見ると、一番戻ってきて欲しくない人だった、京都のおばち
ゃんだった。おばちゃんと言っても伯母ではない。母の従姉妹にあ
たる人だ。ワタシが小さくて大阪に居た頃、母が入院することにな
り、その頃父は出張が多かったので、たぶん、一番近くにいた親
戚がその京都のおばちゃんだったからか、ワタシはその家にしば
らく預けられていたのだそうだ。やさしいおじちゃんとおばちゃんに
かわいがられていたその頃のことは、断片的にだけど、とても印象
に残っている。そのことはいつか、書けたらひとりごとに書こうと思う。
おじちゃんが亡くなってから、一人暮らしをしてたおばちゃんの身に
何が起こったのだろう。殆ど目が見えないおばちゃんに年賀状を送
り続けていたのは、おばちゃんの安否確認みたいなものだった。と
うとう縁が切れてしまったことがものすごくショックだった。


そうして、このところずっと、本調子ではない日が続いている。
調子が悪い、とまでは言わないけど、どうも良くない。というカ
ンジ。年末に引きなおした風邪に加えて、年が明けてから初
めての積雪があった頃、職場でものすごく寒い思いをした。風
邪がなかなか治らない。と言えばいいのか、新たな風邪を引き
なおし続けている、と言えばいいのか(^-^;A"

おまけに、一時静かだった店頭も徐々に忙しくなってきた。先
週は特に、窓口の女の子が休みや研修でいなかったから大変
だった。同じ部門の女の子が代わりに受け付けに出るから、殆
どワタシひとりでやっているようなものだ。

金曜日なんて、店頭から絶え間なく回ってくる処理の合間に、
どさっと郵便物が届いた。会社から直接送られてくる処理もあ
るのだ。あ〜ん・・・誰かに手伝って欲しい。そう思って見回す
けど誰も居ない。食事に行ってる他は皆受付中だ。そんなとき
に回ってきた上司からの店頭処理は不備だらけ。その上司は
まだお客さんと接客中だ。ワタシのイライラは頂点に達してしま
った。もぉ゛ーーーーーーーーーーーっ!これじゃ、進められない
よーーーー!ついにぶちキレてしまった。

ふと気が付くと、ワタシの横には、新しく変わってこられたばかり
の男の人が立っていた。「あ、あの・・・この処理お願いしてもい
いですかねぇ・・・。」はぁ〜また来たかぁ〜・・・と思いつつ、この
人には罪はない。テンション低く「あ、はい・・・。順番にやります
から置いといてください。」と応えたが、一体この人はいつからこ
こにいたのだろう。殺気立っていたワタシに、声をかけるにかけ
られなかったのではないだろうか。。。

これから、4月5月にかけて、またあのものすごく忙しい日々がや
ってくると思うとぞっとする。

でも、ワタシも養生が足りないのだ。調子の良くないときには、と
にかく早く寝ることだ。いや、調子がいいときから、とにかく早く寝
ることだ。それを自分に言い聞かせている今日この頃だ。

そうして、お菓子好きなワタシにとって、もうひとつショックなことが
あった。明治屋さんが来月半ばで富山店を閉店するらしい。確か
にそんなにしょっちゅう行くことはないけど、ワタシ好みのお菓子
や紅茶やハーブティーなどが置いてあって、たまに行くとわくわく
するお店だったのに。仕事でぐったり疲れた体と心はチョコレート
を欲している。幸か不幸か、閉店セールで安くなっているチョコを
求めて、ふらふらと立ち寄る日々が続いている。



年の瀬から年明けにかけて

クリスマス前の祝日の前日、念願のオットとの忘年会。って
言うか、本物のモスコミュールが呑みたかったのだ。
オットが呑んで帰ってくるたびに「いい店見つけたぞ〜」って
言うのはいいけど、連れて行ってもらった試しもなかったし。
って、今度はワタシ達夫婦がドラマ「夫婦」に出れるかも(笑)

それにしても、まったくいい時に祝日が出来たものだ。でも、
そのおかげで、この時期ただでさえ忙しい銀行は、谷間が
出来てさらに忙しくなってしまった。だからこそ、やっぱり呑
みに連れてってもらえるのはウレシイ。結局、二人とも行った
ことはなかったけど、駅前でもらったチラシの写真が旨そう
だったので、その鳥専門店に行ってみることにした。割引券
も付いていたし(笑)。

誰もが思うことは同じのようで、店は早い時間なのにもう混
んでいた。いきなり熱燗を頼む。冬はやっぱりこれだな。味の
方は、まずくは無いけど、やっぱり若い人向けのチェーン店の
味だった。たぶんもう行かないだろう。

お腹はもういっぱいだったけど、帰りにどうしても寄りたい店が
あった。ぱきら行きつけのカクテルを飲ませてくれるお店。前
にも連れてきてもらったことがあるのだけど、そこは、大ベテラ
ンのバーテンさんがひとりでやってるお店で落ち着ける。そこ
で、本物のモスコミュールが呑みたかったのだ。

レイモンド・チャンドラーの有名な小説の中で、主人公がいつも
飲んでいたのがモスコミュール。若い頃は呑みやすくてよく飲
んだけど、その本を読んでから、本物のそれが呑んでみたくて
たまらなかったのだった。何となくミーハーっぽいかな・・・と変
なことろで小市民が顔を出したけど、呑みたかったものを頼ん
だ。その横でぱきらは、いっちょまえにバーボンをロックで頼ん
でいた。念願のそれはきゅ〜っとおいしかった。他にも同じもの
を頼んでる人がいて安心した(笑)

お酒は好きだけど、そんなに量を呑めないワタシ達は、普通の
人達よりもかなり早い時間に仕上がってしまう。早く帰って年末
の疲れを取らなきゃって思ってる私とは裏腹に、ぱきらはパチン
コがしたいらしかった。ちょっとだけだよ〜って、ワタシは久しぶり
のパチンコやさんに入った。いろんな台を見てまわって、おもしろ
そうな台があったので、ここにしよう!とワタシが決めた。そのす
ぐ後で、横山やっさんの台を見つけてしまって、あっちもよかった
な〜って少し後悔した。

ワタシが心もとないので隣同士に座って、ワタシも打たせてもらっ
た。一体、どの釘めがけて打てばいいのだったか忘れてしまって
ぱきらに教えてもらい、その釘ばっかり見てて、絵など見る余裕
は全くなかったが、ぱきらが言うには早くもリーチがかかっている
らしかった。リーチは何度もかかったけど、全然揃わず玉はすぐに
なくなってしまった。その後また玉を追加したけど、ワタシのは
あっけなく終わってしまった。でも、楽しかった。

終わってしまったのでぱきらのを見てると、ようやく絵を楽しめるよ
うになった。へぇ〜・・・こんなことやってたんだ。って、ワタシは見
てるだけでも充分楽しめる。ぱきらのは、ワタシとは明らかに違う
事があった。それが気になって、電車時間を見ながらあと千円、
あと千円だけ・・・ってつぎ込んだ。そして、かかった。やった♪
通路をうろうろしてた店員が何やら札を持ってきて、ぱきらの台の
上に挿した。その後何度もかかり、玉は床に箱を積めるくらい増え
続けた。おぉ〜憧れの光景。途中、飽きたぱきらに代わってもらっ
たりもしてワタシも楽しんだ。結局、3箱弱くらいで止めたが、終電
になってしまった。たまにはかいっか。楽しい忘年会となった。

さぁ、そこからは年末大掃除に向けてラストスパート!
するはずだった。だけど、ワタシはこんな時期にこの冬2度目の風
邪を引いてしまった。それは、立山があまりにもきれだったから。

そろそろ年賀状を書き終えてしまいたい25日(土)は曇りスタート
だったのだけど、いつの間にやら、立山連邦が、くっきりとその姿
を現していた。美しすぎる姿で。昨日の夜降った雪が、手前の低い
山の木々にふわふわと積もっている。それが見えるくらい、空気が
澄んでいたのだろう。山の形によっては真っ白になってる山がまた
美しかった。向こうに見える、夏に登った白馬三山も真っ白だった。
日によって、天候等の条件によって、見え方は様々だけど、ワタシ
の大好きな、第一級の立山連峰だった。午前中は用があって出か
けていたけど、ぱきらもきっと写真撮りに行くだろうと思った。

案の定、みなで出かけることになった。
自分の好きな山に会えるのは年に何回かあるかないか、だ。年賀
状が待ってて、お尻がもぞもぞするけど、行かずにはいられなかっ
た。馬場島という(島ではありません)、剱岳が近くに見えるところま
で行った。そこで、外に出た途端、あまりの寒さに驚いた。うかつだ
った。市内より標高が高いんだから、寒いに決まってる。もちろん
暖かい上着は持ってきてたけど、それは市内で、の話だ。甘かった。
写真を撮るオットの横で、ワタシとオット母は、車の中に積みっぱなし
になってる、オットのダウンや、釣りの防寒着を着込んだ。景色は
美しいけど、長く外にはいられず、すぐに車の中に入った。

それからさらに、ぱきらは進んだ。
冬季は進入禁止になって、柵が閉まってるところまで行った。オット
は先遣隊で、車を降り、その向こうに行った。ワタシとオット母は、さ
っきのでカラダが冷えてしまい、外に出ようとも思わなかった。他にも
写真を撮りに来てる人はいた。その中で、さっき、橋の上で取材して
たらしい車から降りた人に見覚えがあると思ったら、NHKのアナウン
サーだった。山岳警備隊の人が案内してたけど、何の取材だったん
だろう。

しばらくしてぱきらが戻ってきて、この先(上)に撮影ポイントがあると
いう。歩くと暖かくなるかも・・・と言う、甘い考えで、ワタシ達二人もお
供した。ワタシは自分のコートの上にぱきらのダウンを着込み、ファー
の付いたフードを被ってエスキモー人のようだった。オット母は、頭に
は何かでほっかむりして、ぱきらの釣りの防寒用のズボン(魚やさん
みたいに吊りズボンになってる)を履いて、ものすごくアヤシイ格好だ
った。上に行くと、さらにまた一段と山が近づいてきれいだった。枯れ
木に積もった雪のふわふわがよく見えたし、剱岳の横の大谷(大きな
くびれ)がすごかったけど、カメラマンは結構粘るし、寒さはどうにもな
らなかった。ワタシ達だけ先に車に戻ったけど、その後、ワタシの声は
みるみる鼻声になっていった。
(この時の山の写真は『ぱきらぎゃらり』にUPしてあります)

次の日曜日は、鼻水、鼻づまりと戦いながら、熱っぽい頭で年賀状の
宛名書きをした。うっうっ・・・かわいそうなワタシ。(バカなワタシとも言
える)。月曜日は休んだら、とぱきらは言うけど、年末2日休ませても
らう身にとっては、そんなことしたら皆に恨まれる。たとえ途中で帰るこ
とになったとしても、這ってでも行く。幸い熱も出ず、いつものお医者さ
んにまた行って風邪薬をもらってきた。つい先週、年末を挟むので3週
間分の薬をもらってきたばかりだった。心配なのは咳だった。

でも、なんとかワタシの仕事納めも予定通り28日で終えることが出来
た。後は怒涛の大掃除の日々だった。今年の年末は休みが少ないか
ら、少しずつでも早くから始めよう。って思っていたのに、結局はいつ
もと同じで、さらには、病み上がりのカラダには地獄のような日々だった。
来年こそは・・・来年こそは・・・。

それから、年末は、思いがけず見てしまったNHK時代劇ドラマ『蝉しぐ
れ』にハマってしまった。なかなかよいドラマだった。もう1回見たいかも。

今年はおせち、買ってみたのをいいことに、なに一つ作れなかった。。。
反省。。。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜紅白歌合戦・行く年来る年〜〜〜〜〜〜〜〜〜


新しい年が明け、今年も例年通り、オット弟家族と供に年末年始を過ご
した。姪っ子も小学2年生になり、ワタシとの息も合ってきた(笑)。
例えば、未だに、ギター侍の口調を真似て「○○ですからーーー!」と
大声でオットに突っ込みを入れ、うるさがられてるワタシ。その横で、す
かさず「残念っ!」って声が聴こえたと思ったら姪っ子だったり((爆))

そういえば、元旦の夜は皆で「筋肉番付」を見るとはなしに見ていた。
ワタシは年末からの疲れが溜まって、コタツでうとうとしたりしていた。
うとうとしてるのに、姪っ子がおかしなことを言うから起きてしまったりし
ていた。

そして、何をどうしてそうなったのか、我が家での背筋番付が始まって
しまった。初めに、オットブラザーズが測り、少ない数値にオット弟が笑
われた。次に姪っ子、そして、なぜかオット母までが参加して、部屋中
が笑いの渦に巻き込まれた。オット母は測定不能だった((爆))もう笑過
ぎてお腹が痛くなった。

続いて、オット弟の嫁さん。そして、ワタシまでもが引っ張り出された。
結果は、上から数えて、オット、ワタシ、オット弟の嫁さん、オット弟・・・
だった。オットは自慢げだったけど、言わせてもらうと、カレは仕事に行く
日は毎日、腹筋背筋腕立てスクワットをしているけど、ワタシは筋トレ系
は何もしてませんからーーーーー!

おかげで、せっかく見ていた筋肉番付。
跳び箱の低いところは見ていたのに(って言うか引っ張って見させられて
いた)、24段を飛べた人がいたのか誰も知らない。

そして、なぜ、背筋だったのか・・・未だになぞだ。


皆が帰った次の日、2日は母の祥月命日。
ついに、母が亡くなってから、10年も経ってしまった。
10年も母と話していないなんて信じられない。ワタシの中ではまだほん
の2〜3年のようだ。この日は久しぶりに夢に出てきてくれた。

テレビは『大化の改新』を見た。
だんだん時代劇がおもしろくなってくるのは歳のせいなのか、父ちゃんの
せいなのか。。。渡部篤郎はやっぱり上手い。
そして、『踊る大捜査戦 THE MOVIE2』はやっぱりおもしろかった。
長さんが懐かしかった。こんなに元気そうだったのに。。。

こうして幕開けした、平成17年。
今年から、久しぶりに日記をつけてみようと思って、10年日記を買った。
ぱきらには「3千円も使ってもったいない〜」と言われているけど、がん
ばる。実は、結婚した次の年からも10年日記を付けてたのだけど、だん
だん父や母の闘病記みたいになっていき、見開き10年だもんで、亡くな
った後の辛かったことを思い出すので開かなくなり、途中になってしまっ
ていたのだった。今度のは、晩ご飯のメニューだけでも書いてみようと思
っている(笑)

あと、今年は絶対に『義経』を見るぞ。『新撰組』は挫折してしまったので。

そして、今、この長い日記を書くにあたって、レイモンド・チャンドラーの小
説を引っ張り出してきて解ったことがあった。主人公が呑んでいたのは
ギムレットであって、モスコミュールではありませんからぁーーー!
残念ーーーっ!
また、ぱきらに連れてってもらお〜っと♪

今年もこんなワタシですが、変らずよろしくお願いいたしますm(o・ω・o)m