No129

大日岳トレッキング奇行

2002.11.4掲載



1年ぶりの夏山へ。
でも、去年と今年とではちょっと違う。去年の夏はワタシはまだ働いて
いなかったけど、今は働いててそれだけでもう毎日ひーひー言っている。
しかも、今回は月末って言うこともあって、土日で行って休まずに月曜
からまた仕事に行かなくてはいけない。大丈夫かなぁ・・・かなり不安だ
ったけど、やっぱり夏山には行きたい。それに、働き出してから疲れは
あっても、カラダの方はたぶん丈夫になっているはずだから、どのくらい
強くなったのか試してみたいって言う気持ちもあった。とにかく、その週
は出来るだけ疲れを残さないように早く寝ることと、栄養のあるものをい
つもよりさらに心がけて摂る様に工夫した。まるでプロみたいだ(笑)。

前日からのフェーン現象で、夜中も強い風が吹いていた。寝ていても、
この強風は山の上ではどんな感じなんだろう。尾根を歩いていて風に
吹き飛ばされたりはしないのだろうか・・・ー強風に煽られ滑落ーワタシ
の得意の新聞記事が目に浮かぶ。明日は行かない方がいいんじゃな
いだろうか・・・と心配性のワタシは気が気じゃなかった。

朝起きてみてもやっぱり風は治まってなかった。ぱきらに大丈夫かなぁ
・・・って心配顔で尋ねても、帰ってくる返事はいつもの通り「だいじょぶ
や」だった。ぱきらには、だいじょぶじゃないことなんてないらしい。もう、
知らんからね〜。気乗りはしなかったけど、とにかく出かけた。

今日も暑くなりそうなぴーかんの夏空。予想最高気温は38度ということ
だった。一応ズボンも持ったけど、今日は短パンで行くことした。ぱきら
は、沖縄行きのときに買った高級短パン(笑)を持っていたからいいけど、
さすがに短パンなんて履かなくなっていたワタシは、昨日の夜いろいろ
引っ張り出してもうタイヘンだったのだ。こんなことならユニクロで買って
おけばよかった。ユニクロならドライだし。結局、去年ガレージセールに
出してたのを、ぱきらがもったいないと言って引っ込めさせられたものを
履いて行くことにした。なんだかなぁ〜。ごはんはコンビニおにぎりを走
る車の中で済ませた。

称名滝の駐車場に車を停めると、もう車がたくさん停まっていた。まだ、
日陰だから涼しくて寒がりのワタシは震えてたんだけど、ぱきらに、登
り始めるとスグに暑くなるからって半袖を命じられ、がたがた震えなが
ら靴を履き替え、靴紐をぎゅっと結んで出発した。この靴紐をぎゅっと
締めるのが、ワタシにとっての「よーいどん」で、たぶん顔つきも変わっ
ていると思う。ほんとのところコワイのだ。どんな登りが待っているのか
。。。

登山口までのアスファルト道路ももうかなりの傾斜があってしんどい。おい
おい・・・登山道に入ると、もっと急になるっていうのに大丈夫なんだろうか、
ワタシの心臓は。低血圧な為、朝はからきし弱い。それもいきなりこんな
急な坂を登れだなんて残酷極まりない。お、そうだった。今回はその為に
梅干を持ってきてたのだった。塩分は心臓の働きを助けるらしい。どうか
効いてくれますように。

やっぱり、登山道を一歩入るといきなり急な上り坂が続いた。すぐに暑く
なって、さっきまでぶるぶる震えていたのがウソのようだった。「ほ〜ら
オレの言う通りやろ〜」とぱきら。フェーン現象で普段より気温が上がっ
ていることもあって、半袖短パンでちょうどよかった。くねくねした藪の中
をただひたすら無言で登って行く。ってゆーか、話す余裕がなかった。森
林限界に達するまでは景色も開けないし、なんのご褒美もなくしんどい。
すぐに汗をかいてしまい、ちょくちょく立ち止まっては水分を摂った。

だんだん登りはきつくなっていった。何がしんどいかって、自分が普通に
振り上げただけでは登れない段差が目の前にあることだ。なるべく体力
を使わないように、目の前にある階段代わりの大きな石に手をついて、
よっこらしょとカラダを持ち上げる。上のほうはそれの連続だった。

途中、ほんとに短いけど木で梯子が作られているところが数箇所続いて
いた。ワタシにはとても後ろを振り向く勇気の無いところだった。下りはも
っとコワイだろうなぁ。。。手に汗をかいて頭と首をガチガチに固定して、
その短い梯子を登り切っても、尾根が細くて両側は谷。ここは、あんまり
きょろきょろせずにまっすぐ前を見て早く通り過ぎたい所だった。”牛の背”
かぁ〜・・・なるほど〜と思っていたけど、正しくは”牛の首”って言うところ
だった。

その危険地帯を通り過ぎると、ほどなくして明るい日差しが見えて到着!
って言っても、お山の上ではなく、ようやく大日平に出た。はぁ〜ようやく
平らな所を歩ける。これまで2時間ほども登りっぱなしでしんどかった〜。
ハイマツの中に作られた木道をうれしげに歩く。鳥も鳴いている。ようやく
開けた景色を見てきょきょろ歩いていると、木道の”溝”にしょっちゅうつま
づいてしまう。今度は日差しが直接なので、サングラスをして日焼け止め
を塗りなおした。

この景色はまるで弥陀ヶ原みたいだな〜。右手に見えるのが弥陀ヶ原み
たいだけど・・・何度聴いてもさっぱり分らない。だいたい、大日岳ってどれ
だろう?今まで登ってきたのは大日岳じゃなかったんだ。。。相変わらず
行程を予習していない、ぱきら任せのワタシだった。左手にはずんぐり大
きな山が連なってそびえていた。

平らとは言っても、登山道に比べると平地みたいなものだけど、緩やかに
登ってはいる。すぐ先に大日平小屋が見えてたけど、木道の脇にりっぱな
ベンチが出現したので、リュックを下ろして小休憩。クラッカーを食べて水
分を補給。今回のおやつでは一番売れないだろうと思ってたパサパサし
ょっぱ系がなぜか食べたかった。汗をたくさんかいたからかな。

大日平小屋では少し早いけどお昼ごはんにした。ありがたいことに、ポッ
ト茶が置いてあってご自由にってことだった。いつも持っていく水分は、お
水とスポーツ飲料と薄いりんごorなっちゃんのオレンジジュース。お茶は
持ってこないからありがたかった。やっぱり、おにぎりにはお茶が合う。今
回は、みょうがの味噌漬けを持ってきてみた。おいしかった。毎回、人様
の食べてるものを見て学習するワタシ。いつも漬物がうらやましかったから。
これは、ちょっとぱきらの心をくすぐったようだった。

ゆっくり休んでエネルギーも補給したし、出発。一体どこを登っていくんだ
ろうねぇ。。。見たとこ、高い山ばっかりなんだけどなぁ。。。とりあえず「大
日岳→」って言う、矢印の方向へ進んだ。まだ、しばらくは木道が続いて
いたけど、少しずつ傾斜が強くなっていった。そして、その木道は左の方に
カーブしていった。

さっきまでの登りと違うのは、直射日光が背中から容赦なく照りつける、と
いうことだった。すぐに汗が噴出してきた。やたら喉が渇く。荷が軽くなるの
はいいけど、この暑さじゃ飲み物がないのも心もとない。まぁ、最悪山小屋
で高いジュースを買うしかないなぁ。

そんなことを思っていると、『水場あり』のうれしい立て札。
ごろごろ大きな岩の間を勢いよく水がすべり降りて行ってる。リュックを下ろ
して休憩。背中とお腹はびっしょり汗をかいている。冷たい水で顔を洗い、
両手に溜めてごくごく水を飲んだ。おいしい〜♪何のために山に登るかって
この喉を潤す楽しみのためかもって思えるくらいにおいしくてしあわせなひと
ときだった。残り少なくなって心細かったペットボトルにも水を補充した。

さて。と、歩き出すけどもう足が前に出ない。もうずっと、自分の腹筋だけで
登れる角度ではなくなってきていた。いちいち、目の前の岩に手をついて
よっこいしょとカラダを持ち上げなければならない。その作業の連続にほと
ほと嫌気が差してくる。も〜!またぁ〜?とワケの分らない苛立ちまでこみ
上げてくる。そうじゃないところは、両側の笹が半袖短パンでむき出しのワ
タシの腕や足の皮膚をちくちく刺激して、これまた頭にくる。お願いだから、
普通に歩かせて。もういやだ。もう、山なんていやだ。そんなことを思いな
がら、数歩ごとに立ち止まって、先の見えない上をうんざり見上げてみたり、
後ろの、自分の登ってきた高さを見てみたり。こんなことあとどれくらい続く
んだろう。。。

ときどき、上からサルのように軽やかに下りて来る人とすれ違う。「こんにち
わ」の他に何も言ってくれないってことは、ゴールはまだまだ先なんだ。普
通、あと少しだったら「あと少しですよ」とか言ってくれるものだ。ワタシはが
っくりと肩を落としてまたいやいや歩いた。

ずっと登りの連続で、休憩らしい休憩の出来る場所がほとんどないことが、
またワタシのイライラを募らせた。ごくごくたまに木の陰になってて、他の人
も通れて、少しでもお尻を預けられるような石があれば休憩した。少し行くと
また水場があった。ーこの先水場はないから必ず水を補充していくことーっ
て書いてあった。さっき汲んで、もう残り少なくなっていたお水を捨てて、新
鮮なお水でいっぱいにした。夏季限定のパイナップル味のキットカットはどろ
どろに溶けていた。

再び歩き出すと、またカラダの重いこと重いこと。頑固者のワタシの足はも
う一歩も前に出ようとしなかった。心臓はいつもほどしんどくはなかったけど
とにかく足が出てくれなかった。下りだと、いやでも足が出てしまうんだけど
上りはそうもいかない。水分の摂りすぎてバテてしまったのかなぁ・・・かと
いって、この暑さじゃ水分摂らないわけにもいかないし・・・休憩したからって
カラダがラクになるわけではなかった。去年ぱきらが買った「もう山でバテな
い」を1年経ってもまだ読んでないことを後悔した。結局、ワタシは喉元過ぎ
ればこんな苦しみをも忘れてしまうのだ。あれは今読むべきなのかもしれな
い。

そうやってぶつぶつ文句を言い、もう山なんてうんざりだって思いながら、あ
の大日平から延々3時間登り続けて、ようやく山小屋に辿り着いた。少し前
から小屋は見えていたけど、その頃からガスがかかってきたり、冷たい風が
吹いてきたりして雲行きが怪しくなってきたから、ぱきらに急かされて、最後
の力を振り絞って慌てて登ってきたのだった。はぁ〜あ・・・着いた着いた。

あれっ?ここがほんとに小屋なの?っていうくらいひっそりとしていた。
どうしても去年の唐松や涸沢を想像してしまうので、人影もまばらな景色に
戸惑ってしまった。いえもう人影もまばらどころか、すぐに数えることが出来
る。4人。二人ずつ2組がそれぞれ、ビールを飲んだり、パンを食べたりして
くつろいでいた。小屋前にはワタシ達を入れてたったの6人。シーズンのせ
いなのかなぁ・・・もう9月に入ってしまったから。きっと先週までは賑やかだ
ったんだろうな。

どうやらここも目の前に剣が見えるらしかった。
へぇ〜・・・ってことはだよ、剣を挟んで向こう側が唐松なんだ〜・・・さすが
のワタシも登った山なら位置関係が分るようで、やたら頷いてしまった。た
だ、残念ながら、ガスがかかってて何も見えなかった。汗が冷えて寒くなる
といけないから慌てて上に着込んで、ワタシ達もおばさん二人組みがお楽
しみ中の賑やかなベンチに座らせてもらってくつろぐことにした。

例によってぱきらがお湯を沸かす。ワタシはカップめんの包装を破く。今度
のガスはおにゅー。もう、ぶるぶる震えながら死ぬほど待ち焦がれなくても
いいのだ。あっという間に沸騰した。これには驚いた。今までのはなんだっ
たんだろう。

「ちょっとちょっとラーメン食べすぎやよー!」とか言ってるワタシ達の横で、
負けず劣らずおばさん達は元気だった。パンの数を数えて明日の分とか、
あさっての分とか言ってたかと思うと、今度はお茶。アップルティーがどー
の、ほうじ茶がどーの、いーやわたしゃほうじ茶がいいと言ってどっちも譲
らない。

お茶!?ワタシとしたことが!このお茶好きのワタシがなんでティーパック
のお茶を持ってきていないんだろう!!ワタシはひどく後悔した。これまで
山で沸かして飲むって言えば、コーヒーとかココアとかのカロリーのあるそ
んな甘いものばかりだと思い込んでいた。お茶は、山小屋でごはんの時に
飲むもので十分足りていた。それが今日はどうしたことか、やたらお茶が飲
みたくてたまらないのだ。こんなに暑い日の山登りで、たくさん汗をかいたか
らなのか、濃度のある甘い飲み物よりさらさらしたお茶が飲みたいのかな。

もう、アップルティーでもほうじ茶でもどっちでもいいからひとつ分けてぇー!
って言葉が喉から出そうだった。それでも、言えなかったのは、まだ馴染ん
でない人には言えない(馴染んだ人には言えるけど)性格なのと、山って言
う非日常なところでの貴重な食物は非常時でない限りはそーゆうことはして
はいけないような気がしたから。今度来るときはお茶も必ず持って来よう。と
心のメモ帳にしっかりと太字の油性マジックでメモった。

結局、そのふたりはそんなワタシの気持ちを知ってか知らずか、アップルティ
ーを飲んで散々甘い香りを振り撒いた挙句、さらにほうじ茶まで飲んでいた。
振り向くと、小屋のすぐそばの細い板切れに腰を降ろして、やっぱり細い板
切れをテーブル代わりにして、ビールでひそひそつまつま楽しそうなおじさん
二人組みの姿。なんともしあわせそうな光景で、まわりのワタシ達もしあわせ
な気分になる。

ようやくその場にも慣れてきて、お茶好きなおばさんとも話をしてみると、なん
と九州から来ているらしくびっくりした。しかも、もう山で2日目くらいらしい。元
気だなぁ。。。ワタシ達の逆コースで立山を縦走してからここに辿り付いたそう
な。こんなに楽ちんなコースは初めてだって言ってた。こんな人達の言葉をう
っかり真に受けてはいけない。剣も登って来られたそうな。ちょっと怖かったっ
て言ってた。明日は、ワタシ達の登って来たコースを下りて、それからおわら
風の盆に行くそうな。はぁ〜あマイッタ。そのパワーはどこから来るの?ワタ
シ達の登って来たコースを下るのは、たぶん去年の涸沢の下りくらいハード
なんじゃないかと思う。でも、この人たちなら大丈夫。

その後ワタシ達の登りコースからよりも、縦走コースから下りて来る人達がぽ
つぽつやってきた。ようやく小屋にチェックイン(笑)して、寝床を確かめる。2
段ベッドの2階だった。汗を掻いた下着を取り替える。せまい物置部屋だった
けど、ありがたいことに更衣室があった。ダンボールの紙で作られた「着替え
中/空いてます」の看板をひっくり返せばいいのだ。グッドアイデア。

そして、また外をうろうろする。小屋のご主人が言われた通り、午前中が勝負
らしくもうガスが晴れそうにないので、剣は諦めて雷鳥がいないかを探してみ
る。さっきとはまた別のよくしゃべるおじさんが居て、雷鳥なんかこの辺にうよ
うよいるよ、何遍も見てるよって言う。そう言われると、くやしくて目を皿のよう
にして見てみるけど目のいいワタシも分らなかった。ぐぇっぐぇっってカエルみ
たいな鳴き声らしい。雷鳥、見たいな〜。そう思いながら、まるで神さまのお
恵みかと思えるような、小屋の食堂にあったセルフサービスの100円の紅茶
のティーパックを飲んだ。紅茶はやっぱり美味しかった。

何にも見えないし晩ごはんまでまだ間があるので、寝床に入って少し眠った。
他にも眠っている人は結構いた。目が覚めると、上手い具合にごはんの時間
だった。山小屋に入ってしまうと楽しみはもうごはんと寝ることだけ。今日のご
はんはなんだろう〜?うきうきと食堂に入っていくと、ランプの小屋と書いてあ
った通りランプに火が灯されているところだった。まだ外は少し明るかったけど
なんかちょっと雰囲気があって素敵だった。そしてそして、おひょひょ〜♪なん
と、ワタシの好きなゴーヤーチャンプルーがワンプレートにの一角にちょこんと
つつましく盛り付けられていた。他にも鶏のから揚げや、なすの油炒めなどに
も酢が利いていて、疲労回復のこともちゃんと考えてあるようなありがたい献
立で、とってもおいしかった。

ちょうどごはんを食べ終わった頃、窓の外のガスがぱぁっと晴れて剣が見えた。
多くの人がその瞬間を見ていたようで「おぉっ」って言うどよめきの後、みんな
そそくさと「ごちそうさまでした!」ってお盆を返して、慌ててつっかけを引っ掛
けて外に飛び出していった。へぇ〜こんなこともあるもんだ。うれしいな〜。み
んな思い思いに写真を撮ったりしていた。見下ろせば、富山平野にぽつぽつ
と点き始めた明かりもきれいだった。小屋の裏側に回ると、遠くの山にかかっ
ている雲がすごい速さで流れて行ってた。一番星も見えた。お茶好きのおば
さんが星を見て「しあわせになれますように」って手を合わせて笑いながら拝
んでいた。もしかして、この人まだ独身?って思ってしまった。

消灯は8時ということなので、小屋に入って天気予報を見た。元の席に戻って、
さっき返さなかった湯飲みでがぶがぶお茶を飲んだ。お茶好きのおばさんもす
ごい勢いでお茶をお代わりしていた。この人はほんとにお茶が好きなんだなぁ。
やっぱり今日の最高気温は予報どおり38度だったらしい。そして、明日の予
報もそう変わらないみたいだった。食堂の本棚に置いてある本、特に「夏山トレ
ーニング」とやらの本を読みたかったけど、何しろランプなものでとても読めそう
にない。

また外に出てみた。結局これの繰り返し・・・。そしたらなんと、思ってもみない
すごい星空が見えた。わぁ〜きれい。久しぶりの満点の星空だった。フェーン
のおかげで雲が払われてるから。「あっ、流れ星!」「まただ!」あんまり言うと
ぱきらが悔しがるからいい加減にしたけど、でもやっぱりちょっと自慢げなワタ
シ。しばらく飽きもしないで口を開けて眺めていた。富山湾を囲む富山平野の
夜景もひっそりときれいだった。フェーンもいいことあるんだねぇ。

8時に寝るのは早過ぎるけど他にすることもないし、こんなに早く寝れるのも山
ならではのことなので大人しく就寝。ワタシ達がベッドに行くと、もうすでにイビ
キの人がいた。そして、ぱきらのお隣さんも。しばらく、耳栓なしで横になって
みる。風の音もすごいしやっぱりダメだ。持ってきた耳栓をしても、風の音はす
ごかったけどそれでもほどなくして眠りに落ちていった。

そんなに長い夜のはずなのに朝はあっと言う間に来てしまう。
ぱきらがハッと気が付いて飛び起きて時計を見た時には、もう窓の外は明るく
なっていた。寝坊した!?ぱきらのお隣さんの他はもうみんないない。シマッ
タ〜。早い時間にごそごそしてる人がいてうるさいな〜って思ってたけど、もう
そんな時間だったなんて。こんな明るいのなら、もうお日様は登ってしまったに
違いない。一瞬、もう行かなくていいかも♪って思ったワタシの心とは裏腹に
速攻身支度を整えるぱきら。やっぱ行くか。。。そして、ワタシはと言うとやっぱ
りぐずぐず・・・。だって、低血圧なんだもん〜。そんなすぐには行動出来ないよ
〜。ご来光を見たくないわけではないんだけど、どうしても早起きがツライ。や
っとこさ起き出してきてぐずぐず仕度をするワタシ。

何度も言うけど何がしんどいかって、この朝早起きしてすぐに登って行く、これ
がしんどくて堪らない。これさえなければって思うくらい。だけど、このために
山小屋に泊まってるんだよね。梅干をかじって、かさかさかっぱを擦らせなが
らぱきらに遅れて大日岳頂上を目指す。こんなに明るいのに、まだお日様は
見えていなかった。でも、それも時間の問題だろう。急ぐぱきら。うっかりする
と反対側は崖下。ゆっくり行くから先に行ってぇ〜。ワタシは別に写真を撮る
訳じゃないから、見えればいいから・・・なんて思いながら、しっかり雷鳥も探
すワタシだった。そうして、ワタシが頂上に着く少し前に剣岳からお日様が顔
を出された。やれやれ。

頂上からは富山湾がきれいに見渡せた。能登半島まで見える。そればかり
じゃない。もう周り中きれに見渡せる。こんなコンディションはそうそうないん
じゃないかな。これもフェーンのおかげなんだろうな。お茶好きなおばさんは
もうとっくに着いていて余裕だった。ふたりの写真を撮りあいっこしたら、お互
い買ったばかりの同じデジカメだってことが判明した。

最後に来たから小屋に戻るのも最後になってしまった。私たちが朝ごはんを
食べ終えると、もうみんな出かける準備をしていた。お茶好きのおばさんもお
化粧ばっちり。一方、まだまだしんどくてのろのろとしか動けないワタシ。ごめ
んね〜ぱきら。でも、しょうがないんだよぅ。こんな人は山に来ちゃいけないん
じゃないかって思ってしまう。これ、ほんとに何とかならないのかなぁ・・・。今
度血圧測定器でも持って来たいくらいだよ。

やっぱり小屋を出るのもひとりを除いて最後になってしまった。小屋を出ても
「まだもうちょっと〜」ってのろのろして、今日のとりあえずの目標の奥大日岳
はどれ?どこまでいけばいいわけ?ってぱきらに尋ねてみる。「すぐそこや、
あそこやろ」ってほんとにすぐそこを指差した。う〜ん・・・ちょっと違うと思うけ
どなぁ。。。逆コースから来たご夫婦と思われる人は、奥大日まで行けば後
は縦走だし高低差もそんな大したことないけど、ちょっとだけ滑りやすい所と
梯子があるっていう話だった。えっ?滑りやすい?梯子?もうそれだけ聴い
ただけでワタシはどきどきしてくる。こんなワタシに剣岳なんて到底ムリ。

とうとう痺れを切らして歩き始めたぱきら。まさしく見切り発車。そのぱきらの
後を仕方なくとぼとぼ歩き始める。ふぅ〜。。。行きますかぁ。。。雷鳥いない
かな・・・って左右のハイマツをきょろきょろしながら。いきなり登りが続いて、
ワタシはすぐに無言にならざるを得なくなった。右手には遥か向こうに今日の
最終目的地、室堂が見える。そこに向かって、小さいマッチ箱みたいなバス
がくねくね行くのが見える。今、自分が歩いているところからそこまでは近い
ように見えた。あそこまで行けば終点なんだ。

ほどなくして、中大日岳に到着。一応、ここも頂上だからって記念撮影をする
んだけど、ワタシは笑う余裕もなかった。山小屋は少し離れたけどそんなに
景色は変わらなかった。少し周りこんでいるような感じだった。ここを少し過ぎ
ると、七福園とやらと言う、自然の庭園みたいなのが現れた。なるほど、大き
な岩が程よく配置されていてなかなかいい感じで風流だった。赤い毛氈でも
敷いてお茶でも点てたいようなところだった。自然のなせる業ってすごいな。

ようやく少し下る。稜線だから見晴らしもよくて、登山道をもくもくと歩くより断
然気持ちいい。もう、夏山も終わりで、ちんぐるまもほんの少し、あの風車み
たいな綿毛を残しているだけだった。他にはリンドウやミヤマアキノキリンソ
ウがちらほら。ぱきらはどんどん先を行く。そうかと思うと、立ち止まってそれ
らのお花の写真を撮っていた。稜線を歩くぱきらの後姿を撮りたいな〜って
思うけど、カメラはぱきらが持ち歩いているから、どうしてもワタシの写真ばか
りが多くなってしまう。ぱきらの写真を撮るには、まずぱきらに追いついかな
ければならない。そうやってゆるやかに登ったり下ったり、時には平らな道も
あり。それが何度となく繰り返される。そうそう、この道。こんな道じゃなきゃ。
水戸黄門の歌みたいに、ちゃんと楽もあって苦もないとやってられない。まぁ
苦があってこその楽なんだけど。

風は南側から吹き付けていた。心配していた吹き飛ばされるほどの強風で
はなかったけど、少し大き目の帽子が飛ばされないように、ぱきらにクリッ
プを借りた。この南からの風が急激に高い山を駆け下りて行くために温度
が上昇してフェーン現象になるんだっけ。

ワタシは、相変わらずきょろきょろと、雷鳥がいないか谷側を目を凝らして注
意深く見て歩いたけどいそうになかった。もうお日様も高く上がってしまった
もんなぁ・・・。雷鳥は今頃どこに隠れてるんだろう。あの昨日のおじさんは
今朝も雷鳥を見たって言ってたっけ。ほんとかなぁ。あんなに言われるとホラ
じゃないかと思ってしまうよ。

奥大日岳が分らないから、その先の室堂への道のりに始終視線を巡らせて
みる。あそこまでゆっくり下りていけばいいだけなんだよな・・・なんて楽そう
な道のりなんだろう。だけど、ちょっと待てよ・・・。室堂への直前の道のりは、
かなり急な登りになっているように見えた。てことは、登る前には下りがある
はず。室堂から逆にこちらに向かって道を辿ってみると、かなり下ったところ
に平らに開けたところが見える。まさか、あそこ通って行くんじゃないよねぇ・
・・。せっかく高いところを歩いているのにあんなに下るなんてもったたいない。
きっと、どこか別のルートがあるはず・・・って思って見渡してみる。うーん・・・
なんだかいやな予感がする。バスはひっきりなしに通っていった。ここは別世
界。

それに、小屋の前でぱきらが指差した山はとっくの昔に過ぎてるような気が
した。一体、目標の奥大日岳はどれだろう。縦走だから、当然行く手には山
が連なっているから、よく分らない。時々、山の斜面側を歩かなければいけ
ないもところもあって、その上そこは細かい石ころがごろごろしてて、うっかり
すると滑り落ちていきそうで怖かった。はっは〜ん・・・あの人たちが言ってた
とこってここだな。よぉ〜っし、ここさえ過ぎればこっちのもんだ。ってその度に
思って注意深く、緊張してようやく通り過ぎてぱきらに「ねぇねぇ、滑りやすい
所ってあそこだったんかね〜?」ってほっとしながら、大声を張り上げて訊い
ても「違うやろ〜。全然大したことないやん」って言われるばかりだった。じゃ
あ、一体どこなん?この先まだ、あるん?ワタシの緊張感はそんなに長くは
続かない。はぁ〜・・・しんど。それに、梯子もまだだった。

そんな、斜面側を通る道は結構あった。さっき右側を通ったと思ったら、今度
は左側。ワタシはその度にため息をついてカラダをがちがちにして通った。や
っぱり、ワタシに剣はムリだ。

そして、遂に恐怖の梯子が現れた。ほぼ・・・ほぼ垂直に架けられた長い梯
子。思わず上を見上げる。ほんのわずか傾いているだけ。なんで梯子なんか
・・・障害物競走じゃあるまいし・・・って一瞬思ったけど、梯子がなかったらも
っと恐ろしい状況なのだ。梯子を架けてくれてありがとう。それに、当たり前
だけど頑丈そうな梯子。ロープよりはいいかも。万が一、上から何か落とすと
いけないからってぱきらが普通に登りきった。「見とってや〜」って声をかけて
恐る恐る登り始める。下は絶対に見ない。体重を梯子に預けて。もしも、背中
側に重心が寄ったなら、マンガみたいに梯子ごと谷に落ちていくような気がし
てしまう。すぐにそんな梯子がもうひとつあった。無事、まるぼー的最大の難
関を乗り越えた。ワタシ達と入れ違いに、下って行くご一行様。ここは下りじゃ
なくてよかった。下りは下を見ないわけにはいかないもんなぁ。おぉ〜コワ。

そこを通り過ぎてなお、山を回りこむような形でちょっと急な滑りやすい斜面を
登っていくと、ようやく奥大日岳頂上に着いたみたいだった。まさか、ここを登
りきると頂上だとは思ってもみなかったのでびっくりだった。わぁ〜!すごいす
ごい!剣岳がこんなに近くに見えるのもまたびっくりだった。いつも遠い下界
から見上げている雄雄しいあこがれの剣岳。たくさん連なっている立山連峰の、
他の山の名前は分らないけど剣だけは分る。それが今、こんなに近くで見れ
るなんて感激だった。山登りのいいところは、違う山に登るたびにまた違う角
度から山が見れることだ。角度が違うと、同じ山とは思えないくらいまた違った
表情が見れる。ワタシにとって、剣はこうして眺める山で充分だ。とても怖くて
登れないってこともあるんだけど。ここから見る剣は、思ったより険しくは見え
ずやさしかった。もこもこした緑色が見えるのも意外だった。

ぱきらはと言うと、ここに着いてから一眼レフを取り出してずっと写真を撮りま
くっていた。左手にはビール工場♪じゃなくて、富山湾が見渡せた。なんて
気持ちのいい眺め。さっきまでの疲れも吹き飛んでしまった。先客も三脚で
ずっと写真を撮りまくっていた。よくよく見ると、雷鳥見たよおじさんだった。
毎年、埼玉からここに来ているそうでびっくり。でも、富山出身って聴いてな
ぜかナットク。

ここでゆっくり休憩しよう。ぱきらは「ここで〜?」って言うけど、せっかくこんな
すばらしい眺めなのに、ここで休憩しないでどこで休憩するんだ、ってワタシ
は力説した。それに・・・縦走しているこの尾根のどこにお湯を沸かして休憩
をするところがあるって言うんだ。絶対にないはずだ。そうして、ぱきらを説き
伏せて、お湯を沸かしてココアを飲むことにした。このココア、かき混ぜてると
どんどんどんどんアワアワになってきて、ちょっと焦った。よく見ると”泡立つコ
コア”って書いてあった。

その間にも、どんどん室堂方向から人が上がってきた。ワタシはまだお菓子
を食べたり、ぱきらは相変わらず写真を撮ったりして、かなりゆっくり休憩した。
今度こそは下りだけだろう。もう大したことはないだろう。そう思って出発した。

今度こそどんどん下っていった。その度に剣が遠くなっていった。でも、まだ
見える。まだ見えるって言いながら。その剣が遠くなる代わりに、正面にそ
びえ立つなだらかな立山が迫ってきて、とてもきれいだった。あ〜気持ちい
い。ワタシはそう何度も言ってその度に両手を腰にあてて、周囲の景色を眺
め回した。ここの景色はやっぱりいいな〜。夏の立山は本当に久しぶりだった。

そして、はっきりして来たことは、やっぱり一旦ものすごく下って雷鳥沢に下り
てから、またものすごく登らないと室堂にはたどり着けないっていうことだった。
それと、お湯を沸かして休憩するところなんてどこにもなかったってこと。ぱき
らは奥大日岳頂上で「どこにでもあるちゃ〜」って言ってたけど。こと、この件
に関してはぱきらは信用できない男なのだ。ワタシは、遥か北海道の黒岳で
もえらい目に遭った事があるのだから。

ざらざら滑りやすい小石の多い下りを、注意深くずんずん下っていって雷鳥沢
に下り付いた。下ってきたところを見上げるとかなりな急坂にみえる。登って
行く人たちはみんな苦しそうだったもんな・・・。

次に、木道を足取りも軽く歩いていたワタシを待っていたのは、川に架かった
橋だった。その橋は、太い角材を何本か(4本くらいかな?)組み合わせただ
けのもので手すりというかなんと言うか・・・とにかく側面がないのだ。もちろん
頑丈な土台に乗っかってて、それは気にはならないんだけど、ちょっとだけ高
所恐怖症のワタシにとっては、両側がないのはめちゃめちゃ恐怖なのだ。高
さは自体は4mほどで大したこともないんだけど、ワタシにとってはまるで綱
渡りしてるみたいに恐ろしかった。

ゆっくり行きたいところだけど、橋の上ですれ違うことが出来ないため、向こう
岸で人も待ってるし、出来れば早く通り過ぎたいっていう気持ちもあった。両
側を見ないようにしてまっすぐその角材だけを見て、ようやくあとひと息ってい
うところに来てワタシは愕然としてしまった。角材の数が半分の2本になって
る。なんでだよ〜!確かにその下はもう川は流れてはいないけど、だからって
こんなところでケチらなくったっていいじゃないよ〜。ワタシはほんとに泣きたい
くらいだった。

まるで何かの罰ゲームみたいな橋を何とか通り過ぎると、いきなり急な登り階
段が待っていた。その階段を登りきるとキャンプ場。色とりどりのテントが張ら
れていた。ここで休憩。お湯を沸かして、最後のカップめんとみかんを食べた。
食べながらもこれから行く先を目で追ってみる。どこから行ってもすごい登り。
でも、ここは登山客じゃなくても、普通の観光客でも来るところ。知らないでどん
どん降りてきたら、あとで後悔するところなのだ。

さぁ、腹ごしらえも済んだし、泣いても笑っても最後の登り。と奮え立たせては
みたけど、この最後の登りはきつかった〜。軽装の、普通の観光客に紛れて
何度も立ち止まりながら、固められた硬い急な上り坂を登り続けた。

途中、みくりが池でソフトクリームを食べて休憩した。ここにも温泉があるみた
いだったけど、こうゆう途中で入ると眠ってしまいそうでどうにも入れない。かわ
いいオコジョの黄色いバンダナを買った。みくりが池には澄み切った青空が映っ
ていてきれいだった。向こうにはワタシ達が縦走してきた大日三山が見えた。
なんてでかい山。

ようやく、なんとかかんとか無事室堂に到着。ここにもお水が沸いているんだっ
た。列について柄杓で水をごくごく飲んだ。そうして、また見上げてみる。まさ
か、ここから見えるあの山が大日三山だったなんて。。。

美女平までのバスの中くねくね道を行きながら、右側に見える大日三山が近
くなった。ど・・・ど迫力。この山が大日三山だって知ってたらワタシはぱきらに
ついて来ただろうか・・・って思った。と同時に達成感もあった。その後は眠た
くなってワケが分らなくなった。

フェーンのおかげで、帰りの走る車の中からもくっきりと山が見えた。あそこだ。
あそこ登ってきたんだよね。こうやって、平地に下りて来てから自分達が登って
きた山をしみじみ見上げるのもいいものです( ̄w ̄*)






独り言 へ 戻る