判例【寿建築研究所事件 東京高裁 昭和53年6月20日】 |
建築設計を業とするY会社に勤務する労働者Xは、反抗的・非協力的な態度によっ |
て企業秩序を乱し業務運営を妨げたとして解雇(第一次解雇)されたため、その |
効力を争って労働契約上の地位保全及び解雇後の賃金仮払いを求める仮処分の申 |
請をした。 |
控訴審においてY会社は、上記第一次解雇について、@Xの行為は就業規則所定の |
解雇事由(後掲の就業規則30条第2号及び第3号)に該当する、A仮に就業規則上 |
の解雇事由に該当しないとしても、Xの行為は、Xとの労働契約を解約するに足り |
る相当の理由に当たる、として解雇の有効を主張した。 |
なお、本件においては、第一次解雇の後に、Xらが解雇撤回を求めてYに団体交渉 |
を要求する過程において行った業務妨害等の行為を理由とする第二次解雇が行わ |
れており、本判決は第二次解雇については有効と判断している(本項目とは直接 |
関連しないので詳細は省略)。 |
判決 労働者側勝訴 |
(第一次解雇を無効とし、第二次解雇までの間の賃金仮払いをYに命じた) |
裁判所は、上記のYの主張@については、第一審判決の判断を引用して解雇事由 |
該当性を否定し、Aについても、次のように述べてYの主張を退けた。 |
Y会社の就業規則30条が解雇理由として、「1 精神若しくは身体に障害があると |
き、又は傷病のため勤務に堪えないとき。2 業務に誠意なく技能不良なるもの。 |
3 会社の命令に反し、業務遂行上支障を生ずる行為をしたるとき。」と規定し |
ていることに徴すれば、Y会社は、右の就業規則を制定することによって自ら解 |
雇権の行使を就業規則所定の理由がある場合にのみ限定したのであり、したがっ |
て、そのいずれの場合にも該当しないことを理由としてなされた解雇は、たとえ |
民法627条所定の解雇事由が存する場合においても、無効であると解すべきであ |
る。 |
【用語解説】 |
民法627条 (期間の定めのない雇用の解約の申入れ) |
1 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申 |
入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二 |
週間を経過することによって終了する。 |
2 期間によって報酬を定めた場合には、使用者からの解約の申入れは、次期以 |
後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしな |
ければならい。 |
3 六箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、 |
三カ月前にしなければならない。 |
2.就業規則上の解雇事由の意義 |
上記各規定のうち、就業規則上の解雇事由の定めをめぐっては、それが解雇事由 |
を限定的に列挙したものであるか(限定列挙説)、あるいは例示的に列挙したも |
のか(例示列挙説)が問題になります。限定列挙説に立つ場合には、使用者は就 |
業規則上の解雇事由のいずれにも該当しない理由で労働者を解雇することができ |
ないという帰結になります。これに対し、例示列挙説に立てば、就業規則上の解 |
雇事由のいずれにも該当しない解雇理由も、解雇権濫用法理の中で、解雇理由と |
して考慮されうることになります(このほか、いずれの立場に立つかによって裁 |
判時の立証責任の分配に違いが生じるとする見解もあります)。なお、実際上は |
就業規則に列挙された解雇事由の中に「その他前各号に準ずる場合」などの形で |
包括的な解雇事由の定めが置かれることが多いですが、この場合には限定列挙説 |
と例示列挙説のいずれをとっても大きな差は生じなません。 |
【用語解説】 |
解雇権濫用法理 |
「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇は、 |
その権利を濫用したものとして無効とする」 (労働契約法16条)という考え方 |
です。 |
3.普通解雇の場合 |
普通解雇(懲戒解雇以外の解雇)については、判例の多くは限定列挙説に立って |
います。上記判例は、限定列挙説の考え方を明瞭に示すものであり、同説の立場 |
に立つ代表的な判例です。この判決が示すように、限定列挙説によれば、使用者 |
は就業規則で解雇事由を定めることにより、解雇権を行使しうる場面を就業規所 |
定の場合に自ら限定したものとされることになります。 |
その他判例をみると、限定列挙説に立つ最近の裁判例として、茨木消費者クラブ |
事件、中央タクシー事件などがあります。他方、例示列挙説に立つ判例も見られ、 |
ナショナル・ウエストミンスター銀行(第3次仮処分)事件、朝日新聞社事件など |
があります。また、サン石油(視力障害者解雇)事件では、「就業規則において |
普通解雇事由が列挙されている場合、当該解雇事由に該当する事実がないのに解 |
雇がなされたとすれば、その解雇は、特段の事情のない限り、客観的に合理的な |
理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」として、特段の事情がある |
場合には、列挙されていない事由による解雇も認める余地を残しています。した |
がって、原則的には限定列挙とするが、それ以外の事由による場合にも、当該事 |
案の事情を考慮して、厳格に解雇の有効性を判断するものと解します。 |