判例【国・中央労基署長(通勤災害)事件 東京高裁 平成20年6月25日】 |
第一審原告Xの夫A(当時44歳)は、訴外B社の東京支店において事務管理部次長 |
の役職にあった。同支店では毎月月初めに午後から主任会議が開催され、各支店 |
長や本店の役員ら総勢80名程が参加していた。同会議終了後、勤務時間外である |
午5時以降、同支店内において飲酒を伴う会合が開催され、Aは事務管理部の実質 |
的な統括者として毎回出席していた。平成11年12月1日に行われた会合(以下「 |
本件会合」)では、同日より実施された従業員の配置換えに関する議論等が行わ |
れていたところ、Aは、午後9時過ぎから1時間弱程居眠りをし、同10時過ぎに同 |
僚らと共に退社し、同10時27分頃に地下鉄駅入り口階段において転落して後頭部 |
を打撲負傷し(以下「本件事故」)、病院に搬送され治療を受けたものの、同月 |
13日に死亡した。 |
Xは、本件事故が通勤災害に該当するとして遺族給付等を請求したが、第一審被 |
告Y労基署長は不支給決定をした。その後の審査請求等でも棄却されたため、Xは |
この不支給処分の取消しを求め訴訟を提起した。原審(東京地判平19.3.28)は、 |
本件会合への出席をAの職務と捉えたうえで、1時間程の居眠りにつき就業関連性 |
を失わせるほどのものではないと判断し、Aの飲酒量等をも考慮に入れて、「本 |
件事故が通勤に伴う危険により生じたものには当たらないということはできない |
」として、Xの請求を認め、上述の不支給処分を取り消した。Yが控訴。 |
遺族側敗訴(原判決取消し、請求棄却) |
本件会合は、通常の勤務時間終了後に開催され、参加が自由であること、毎回議 |
事録の作成等もないこと等を踏まえると、慰労会や懇親会の性格も帯び、また、 |
拘束の程度も低いから、「本件会合への参加自体を直ちに業務であるということ |
はできない」。もっとも、Aは事務管理部を実質的に統括していたことや本件会 |
合において社員の意見を聴取するなどしていたこと等を考えると、Aについては |
本件会合への参加は業務と認めるのが相当である。ただし、Aにとっても本件会 |
合の目的に従った行事の終了時刻を踏まえると、業務性のある参加は午後7時前 |
後までである。しかし、Aは午後7時前後の業務終了後も約3時間、本件会合の参 |
加者と飲酒したり、居眠りしたりして、帰宅行為を開始したのは午後10時過ぎで |
あるうえ、その際Aは既に相当程度酩酊していたことや入院先で採取された血液 |
中のエタノール濃度が高かったことからすると、「本件事故にはAの飲酒酩酊が |
大きくかかわっているとみざるを得ない」。そうすると、「Aの帰宅行為は業務 |
終了後相当時間が経過した後であって、帰宅行為が就業に関してされたとはいい |
難いし、また、飲酒酩酊が大きくかかわった本件事故を通常の通勤に生じる危険 |
の発現とみることはできないから、Aの帰宅行為を合理的な方法による通勤とい |
うことはできず、結局、本件事故を労災保険法7条1項2号の通勤災害と認めるこ |
とはできない」。 |
2.通勤災害の認定 |
通勤災害の認定においては、通勤遂行性と通勤起因性の有無が問題とされます。 |
まず、通勤遂行性の有無は、労災保険法7条2項に定められた「通勤」の定義に照 |
らして判断されます。特に、@就業関連性、A「住居」・「就業の場所」の意義、 |
B「合理的な経路及び方法」による往復、C合理的な往復経路の逸脱・中断がな |
いこと(ただし、一定の日常生活上必要な行為等をやむを得ない事由により行う |
ための最小限度の逸脱・中断がなされた場合は、当該逸脱・中断後の往復につき |
通勤とされます)、及び、D業務の性質を有していないこと、等の各要件の意味 |
内容が重要となってきます。次に、「通勤起因性」の有無は、通勤と負傷・疾病 |
等との間に相当因果関係があるか否かで判断されます。言い換えれば、通勤に内 |
在する危険が現実化したといえるかどうかで決定されます(行政解釈)。 |
上記判例では、就業関連性の有無、及び、合理的な方法による通勤該当性が争点 |
とされましたが、事務管理部次長の主任会議後の会合参加につき、前半2時間は業 |
務性が認められたものの、その後の3時間余りは業務性が否定され、結果的に業務 |
終了後3時間以上が経過した後の帰宅時における本件事故に関して、就業関連性が |
否定され、また、飲酒酩酊の程度から合理的な方法による通勤ともいえないと判 |
断され、通勤災害には該当しないと結論付けられました。 |
3.通勤災害に関するその他の裁判例 |
通勤災害に関する判例として、まず、就業関連性および「住居・就業の場所」の |
意義が争点となった能代労基署長(日動建設)事件があります。この事件は単身 |
赴任者の週末帰宅型通勤の事案でしたが、単身赴任者の就業の場所と家族の住む |
自宅との間の往復行為に反復・継続性が認められれば、自宅を「住居」として取 |
扱うという通達(平7.2.1基発39号)を前提に、各要件を緩やかに解したうえで |
通勤災害が認定されています。さらに、出勤日前日に帰省先住居から単身赴任先 |
社宅に向かう途上での事故死についても通勤災害に当たると判断した高山労基署 |
長事件があります。なお、平成18年4月施行の改正労災保険法により、従来の「 |
住居と就業場所間の往復」に加えて、「就業の場所から他の就業の場所への移動 |
」及び「単身赴任者の帰省先住居と赴任先住居との間の移動」も通勤の定義に含 |
められています(同法7条2項)。 |
次に、合理的な往復経路の「逸脱・中断」が争点とされた判例として、就業終了 |
後徒歩で帰宅途中に交差点に至った際、夕食の材料等を購入するため、自宅とは |
反対方向約140メートルの地点にある商店へ向かっている最中、同交差点から約 |
40メートルの地点で自動車に追突されて即死した女性労働者に関して、合理的経 |
路を逸脱中の事故であるとして遺族らの労災保険給付の請求が認められなかった |
札幌中央労基署長(札幌市農業センター)事件があります。労働者が通勤途上で、 |
例えば、経路上の売店でタバコや雑誌を購入したり、経路の近くにある公衆便所 |
を利用したりするなどの「些細な行為」は、逸脱・中断とはされないが、この事 |
案では、交差点から自宅と反対方向に歩んだ行為が、「住居と就業の場所との間 |
の往復に通常伴いうる些細な行為の域を出ており」通勤とはいえないと判断され |
ています。また、仕事を終え帰宅する際に1級身体障害者の義父を介護する目的 |
でその義父宅に立ち寄り、1時間40分程の滞在後、そこから自宅へ向かう途上で |
交通事故に遭い被った傷害につき、義父宅へ立ち寄ったことが「日用品の購入そ |
の他これに準ずる行為」(労災保険法施行規則8条1号)に当たること等により、 |
通勤災害に該当すると判断された判例に羽曳野労基署長事件があります。この判 |
決を契機に同施行規則が改正され、一定の介護行為も「日常生活上必要な行為」 |
に当たるものとして保護の対象とされるに至りました。さらに、通勤経路上にお |
ける往復の中断の存否が、帰宅途上における飲酒行為の有無との関連で争点とな |
った立川労基署長(通勤災害)事件があります。この事件では、通勤経路上にお |
いて通勤と無関係な飲酒行為が行われたと認定され、そのことにより往復の中断 |
が存したと判断され、通勤遂行性が否定されています。 |
最後に、通勤起因性に関する判例として、通勤災害が第三者による計画的犯罪に |
よって引き起こされたケースで、通勤がその犯罪にとって単なる機会を提供した |
にすぎないことから通勤起因性が否定された大阪南労基署長(オウム通勤災害) |
事件などがあります。 |