◆抵抗権とキリスト教信仰◆

12.殉教

 信仰に関わる抵抗は殉教の問題と隣り合わせになっている。抵抗者に対して権力は弾圧を加える。しかし、信仰的に正しいという信念を持つ抵抗者は、弾圧によって自己の抵抗の正当性をいよいよ信じるから、弾圧者を悪魔視する傾向は強くなり、それに対する迫害もエスカレートする。信仰者側には非暴力という枠があって、暴力的抵抗はありえない。弾圧が限度を越えた場合、抵抗者の側で非暴力主義を抛棄する場合も稀ではないが、暴力是認は精神的敗北と言うほかない。弾圧者側が自己規制をしないと、ここに殉教と呼ばれる悲劇が起こる。抵抗の指導者は抵抗の続行のために殉教を選び取ることの尊さを強調し、真摯に主に従おうとする人は主の十字架と自らの苦難を同一化して悲劇を選び取る。こうなると殉教を貶めるような評価は悪魔の手段としかみなされない。
 殉教精神の鼓吹を信仰の昂揚と同一視する傾向が一般にあるが、ここに落とし穴がある。殉教の価値付けが行なわれるために、人間の功績が讃美され、恵みによる救いは見失われる。その危険の実例は夥しくある。カトリックでは殉教者は比較的容易に聖人へと格上げされた。信仰によって義とされる、という聖書的原理に復帰したプロテスタントは同じ過ちを犯さぬように気を遣ったようである。宗教改革のための殉教の事例は少なくなかったが称揚されることは少なかった。だが、それで良かったと自画自賛しておられるかというと、殉教が忘却されて、信仰は世俗化して行く。いま、信仰が抵抗という姿で現されるような事態の中で、殉教についてシッカリ考えて置くことが必要になった。
 1945年に至るまでの日本のキリスト教を反省する時、殉教について本格的に取り組まないで表面的にしか扱わず、結局、避けて通ってしまい、避けていたことの反省もないという点に気がつくのである。筆者自身を例に挙げれば分かり易い。すでに信仰者であって、主の言葉に背いてはいけないのだと弁えていたが、自分のしていることが主に対する背反であるとは考えず、この国の中で一生懸命にキリスト者として生きて行こうとしていた。学徒出陣で軍隊に入る時も、国に殉ずることは覚悟したが、殉教については考えなかった。日本の国では殉教なるものはない、という論文を書いた学者がいた。「本気だろうか」と批判的に読むことはしたが反論はしなかった。一方、殉教する時は来るかも知れないが、まだその時ではないと言う牧師もいた。真面目に考えているように思われたが、嘘っぽいという感じは拭い切れなかった。こういうことを語っていた人が戦後その嘘っぽさを反省してくれたなら良かったが、反省は聞けなかった。この状態が今日の低迷に至るまで続いている。私自身にも反省は足りず、足りないことは感じて模索していたが、何が問題点であるかが見え始めるまで30年近くかかった。教会の靖国闘争の渦中でやっと見え始めた。そして昨今ようやく殉教について論じることが出来るようになった。
 それは、殉教せよ!殉教せよ!と語るようになったということではない。殉教は大切なテーマであるが、大声で論じると嘘になってしまう。これは出来るだけ低い声で、悲壮感は全部そぎ落として、神の国を望み見た確かな喜びをこめて語られなければならない。


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