聖木曜日説教2002.03.28◆

――――マタイ27:32-44によって――


 
 十字架の道を、最終コースに限って、幾つかのショットに切って、見て行くことにする。ここまでの場面については今は触れない。
  第一は、クレネ人シモンというこれまで出たことのない人物が、全く新しく登場する場面である。彼は地中海の南の、古くからフェニキアの植民地であったクレネから来た。すなわち、海外に離散したユダヤ人である。過ぎ越しの祭りのためにエルサレムに帰って来たに違いない。
  「彼らが出て行くと」と記されているが、「出る」とはエルサレムの城門の外に出たということではないか。そこへシモンが来掛かった。恐らく、エルサレムの北郊に宿を取り、朝9時の祈りに神殿に行こうとしていたのであろう。彼がナザレのイエスのことを聞いていたかどうかも分からない。彼は全く予期せず、何も理解しないまま、ローマ兵によって無理に十字架を負わせられた。
 ローマ兵が主イエスの十字架をシモンに負わせたということは、主イエスの肉体が衰弱し、疲労困憊しておられ、したがって、このままでは仕事がなかなかはかどらないと見たからである。誰かが助けなければ主イエスは十字架を負い切れなかったと考えるのは全くの間違いである。
 シモンの登場は、ゴルゴタへの道での一つの挿話に過ぎない。ここに中心を置くと、全体を捉え損なう危険を冒すかも知れない。ただ、何も分からず、全く意に反して十字架を負わせられる場合が我々にもあるということは承知しておきたい。
 我々は十字架を負って主のみあとに従うのだと教えられ、そう信じている。それは当然のことであるが、我々が意識し、決意して、選択して十字架を負うのだと考え過ぎることには落とし穴がある。すなわち、こんなことは十字架を負うことにならないのだと選択するとき、間違いが起こるかも知れないのである。我々が理解し、意義づけをしてこそ十字架であると思ってはならない。クレネ人シモンの場合のように、何も理解せず、何の意義付けもしないまま十字架を負わせられ、それがまさしく十字架であったというケースをここで見なければならない。言い換えれば、十字架は我々が選び取るべきことでなく、我々の理解を超えて、上から負わせられる、あるいは賜わるのである。負わせられてしまってから、我々はその意味を理解し、負わせられた恵みに感謝するようになる。
 このシモンについて、マルコ伝15章21節には、「アレキサンデルとルポスの父シモン」と書いてある。今、詳しい話しは省略するが、アレキサンデルとルポスという人について、マルコ伝の最初の読者は知っていたらしい。つまり、シモンがいきなり十字架を負わせられた事件がキッカケになって、その全家族に祝福が及んだという結果が起こっている。このことについても、祝福から始めてはことを把握し損なう。祝福された結果に与るために十字架を負うという動機は、必ずしも間違いであるとは思わないが、永遠の祝福の獲得の条件として十字架を負うという企画になってしまうかもしれない。祝福は価なしの恵みである。
 こうしてゴルゴタ、すなわち「されこうべの場」という死刑場に着いた。名を聞くだけでも不気味な地である。当時、死刑はここで執行されることになっていた。
 第二に、ここで、刑の執行の前に、苦みを混ぜた葡萄酒を飲ませることになっていたようである。主イエスがこれを嘗めただけでお飲みにならなかったのは、この苦い薬が痛み止めの麻酔薬であると知って、拒否されたということである。つまり、彼は苦痛を残りなく受けたもうた。
 死刑囚に薬を飲ませるのは、苦痛を軽減させてやろうとの思い遣りの処置ではなく、抵抗なしに作業をはかどらせるための便法であった。主イエスがそれをお飲みにならなかったのは、苦痛を避けないで、ことごとく受けるためであった。すなわち、人々のためにただ死ぬだけでなく、長時間に亘る苦痛を味わいたもうという意味がここにある。ただ死ぬだけなら、自爆テロの人たちと同じく、一瞬の苦痛を忍べば良い。殉教者と言われる人も多くの場合は短時間の苦痛を忍ぶだけで足りた。普通、主イエスの受難について、苦痛は度外視されて、死だけが強調される。
 それで本質的なところに欠落があるとは言えないが、主イエスが死を忍びたもうただけでなく、我々の理解を超えている大いなる苦痛を忍びたもうたことを捉えて置きたい。
 それを捉えなければ、我々の贖いの理解は的外れとは言えぬまでも、抽象を脱し切れない。罪の克服は分かったと言うけれども、痛みに耐えることが出来なくて泣きわめくとすれば、贖われた者に相応しくない。
 さらに加えて言うが、我々が信仰告白の中で「死して、葬られ、陰府に降り」と唱えるのは、死によって苦痛が終わったのではなかったことを指す。それは我々の理解も推察も越えている甚大なくつうである。肉体の苦痛のみならず、魂の苦痛である。主の苦難がそこまで及んでいるからこそ、我々は十全に購われるのである。一瞬で苦痛の終わる絞首台による死刑であったならば、贖われたことを観念で把握できても、贖われた者の現実の歩みは別問題になってしまう。
 第三に、主は着ている物をはぎ取られて裸にされて、十字架につけられた。人間は裸で生まれて来たのであるから、死ぬ時に裸になって当たり前だ、と言う人があるかも知れないが、気のきいたことを言ったつもりであっても、人間について何も捉え得ていない。裸で生まれた人間が、着物を纏わずには生きられないという現実がある。サルの場合は生まれた姿のままでサルであるが、ヒトは裸にしなければヒトでないとは誰も言わない。裸は覆われなければならない。それは人間には文化があるというような問題ではない。エデンにおいて最初の人が罪を犯した時、もう裸では恥ずかしくてならないようになった。だから、無花果の葉で恥部を隠した。人間が着物を着るのは、人間が実存を意識しているこのの表れである。
 ノアが酒に酔って裸になった時、息子のハムは裸を見て笑い、その故に呪われたが、セムは裸を見ないように、後ろ向きに近づいて裸を覆った。それが人間の本来のありようなのである。そのことを踏まえた上で、主イエスが裸にされたもうたことを捉えなければならない。
 銃殺にしろ絞首刑にしろ、裸で刑に処することはない。着物をはぎ取るところに十字架刑の忌まわしさがある。ということは、主の忍びたもうた恥の故に、我々の恥は覆われるのである。
 主が裸にされたことの反面は、35節に記された兵士たちの行動である。はぎ取った着物をくじ引きにした。身につけておられた衣類は幾つかあった。大きい布、小さい布、とあった。大きい布を切って分け合うのでなく、切らないままで、くじ引きにした。それは詩篇22篇にある言葉が成就するためであった。
 第四に見たいのは、主の頭の上に罪状書きが掲げられたことである。これはピラトの指示によってなされたものであり、ピラトにどれほどの理解があったかは分からないが、最も重要な情景である。クレネ人シモンも、ローマ兵も、観衆も、全部省略されても、十字架像の罪状書きは残さなければならない。すなわち、分かる分からぬに関わりなく、十字架につけられたお方を「王」として見なければならない。
 ヨハネ伝19章21節によると、ピラトが罪状書きを「ユダヤ人の王」と書かせたのに対し、祭司長たちは異論を唱えて、「この人はユダヤ人の王と自称した」と書くべきだと言ったが、ピラトは受け付けなかった。
 ピラトがのちのちまでこの場面の絵が残ることを見越して、この罪状書きの文面を選んだのではない。まして、主イエスが王であると信じたのではない。ごく軽薄な思いつきでこう指示しただけなのだ。それでも、これを書き換えなかったから、ゴルゴタの十字架像は終わりの日まで王の姿なのだ。ここに我々のキリスト理解を決定的にする要素がある。我々はキリストを十字架のキリストとして把握する。
 第五に、罪人が一人は右に、一人は左に、十字架につけられた場面を見よう。左右の犯罪人は我々にとって何なのか。それは我々ではないか。そう見るとき我々は最も良く納得することが出来る。――ただし、ここでは彼が罪人と共に十字架につきたもうたとはいえ、罪人が直ちに救われたわけではない。一緒に十字架につけられた罪人の一人が、その日、主とともにパラダイスに行ったということをルカ伝から聞いているが、マタイ伝ではそう言っていないから、言われていないことまで想像を拡大することは慎みたい。彼らは十字架につけられながら主を罵ったのである。キリストが我々の中に入って来られる。彼は罪人の一人に数えられたということがここで成就する。
 第六は、十字架の主を、群衆も、祭司長、律法学者、長老も、そして一緒に十字架につけられた重罪人も、一緒になって嘲弄している場面である。彼らの嘲りの言葉はここに集約されている。
 「神殿を打ち壊して三日のうちに建てる者よ。もし、神の子なら、自分を救え。そして、十字架から降りて来い」。「他人を救ったが、自分自身を救うことが出来ない。あれがイスラエルの王なのだ。今、十字架から降りて見よ。そうしたら信じよう」。「彼は神に頼っているが、神の思し召しがあれば、今、救って貰うが良い。自分は神の子だと言っていたからである」。
 「神殿を打ち壊して三日のうちに建てる」。――これが全くの誤解であることは言うまでもない。主は決してこうは言われなかった。「あなた方がこの宮を壊したなら、私は三日のうちにこれを建て直す」と言われたのである。すなわち、御自身の復活を予告したもうたのである。だから、この部分については今回は触れない。
 他の部分については、その言葉を真正面から取り上げることにする。三つのことを見たい。第一に、「先ず自分自身を救え」という言葉である。これは自分を救えないような者に他の人を救う力があるか、と如何にももっともらしい言い分である。先ず自分、次に他者、という順序によらなければ、祝福は伝達できないという。これが人間の考える考えなのだ。
 なるほど、自分自身を癒すことが出来なくて、他の人を癒すことは出来ない。先ず自分が十字架から降りて、次に十字架に架けられている人を下ろすならば、それが救い主であることの証拠であると見ようというのだ。
 その見方を主は却けたもう。人々の考える救いはそういうものであろうが、神がキリストにおいて成就したもう救いは、それと違うのである。一般に考えられているこの考えを覆さなければ、救いの道は見えて来ない。
 第二に、こういう言い方をかつて聞いたことがあるのを思い起こしたい。それは主イエス・キリストの宣教活動の初めである。ヨルダンで洗礼を受けて、直ぐに荒野に行って断食し、サタンの試みに遭われた。
 サタンは言った、「もし、あなたが神の子ならば、この石をパンにしてみよ」。「あなたがもし神の子なら、ここから飛び降りて見よ。神は御使いによってあなたを救いたもうはずである」。
 奇跡を行なえば、人は信ずる。むしろ、奇跡を見せてもらって、信じたい、という気持ちがウズウズしている、と言う方が適切であろう。不信仰ではあるが、信ずる欲求は持っているのである。それでは、この欲求に答えておやりになってはどうなのか。それは違う。荒野の試みの際、主イエスは「主なる神を試みるべからず」という原理を掲げてサタンを追い払いたもうた。
 「十字架から降りてみよ」。これは主を試みることなのだ。主を試みることは固く禁じられている。
 三つ目のことは、見せてくれれば信じる、と言っている点である。見える徴しを求めることである。
 信じるとは、見て信じることではない。見て信じる信仰では、見えることに振り回されて、やがて失われて行く。それでは、見えないなら真実なのか。そういうことではない。聞かなければならない。言葉を聞くのである。その言葉は旧約の昔から語られて来た。その言葉の成就を見るのである。
 

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