◆受難週の説教2005.3.20◆

 

――ルカ22:14-20によって――

 

 我らの主イエス・キリストのご受難を記念することの大切さについて、初めに帰って説明する必要はないと思う。我々の教会は半世紀近く、この日を伝道開始の日として覚え、主の御苦難の上に建てられた教会であるとの自覚を深めて来た。記念されている主の受難の事件が遥かに遠い過去となった今でも、世界中で少なからぬ人々がこの歴史的な事件を記念している事実を見ただけでも、これを無視出来ないことが分かる。
 しかし、その記念がどのような仕方でなされるかは良く考えて見なければならない。年々主のご受難を記念する時が巡って来る。我々はこれを季節の祭りとして祝うのではない。この時期だけでなく、年中、主の十字架が教会のシンボルとされている。この季節にだけ主の受難を覚えれば良いということでないのは明白である。
 この時期に、キリストの受難を偲ぶために受難劇を上演し、見る人は、今、眼の前で主が私のために苦難を受けておられるかのように感じ、感銘を新たにするということがある。これを排斥することは要らないと思うが、主の苦しみが今なお続いていると捉えなければリアルな把握にならないと考える人がいるとすれば、その人は主によって成就されたことを、結局、何も信じていないことになる。目に見えている今の時が過ぎ去れば、キリストの苦難の現実性も捉えられなくなるであろう。
 主イエスは御自身を忘れないように、どのようにせよと言われたであろうか。我々に十字架を担わせて歩かせる苦行を課したもうたのか。そして、それによって主と一体となっているかのように感じさせ、そのことを通じて、御自身の苦難を偲ばせることを命じておられるのか。――そうではない。
 大事なことは、イエス・キリストの苦しみは完全に完了したと確認することである。主は十字架の上で「全ては完了した」と宣言されたではないか。彼は苦難を終え、栄光に入りたもうた。主の苦難がまだ完了しておらず、今でも継続されねばならないかのように感じることは、或る種の宗教心であるかも知れないが、「昔いまし、今いまし、後来たりたもう」キリストを信じ、彼に仕えることとは別の何かである。キリストは世の初めから定められていたように、時至って我々の救いのために完全に成就したまい、成し遂げられたことを、聖霊によって我々に齎らしたもうた。だから、キリストの苦難は過去に成し遂げられた事件であるけれども、我々にとっては目の前に見るのと変わらぬ確かな、また現実的なことである。
 主は御自身を記念するために「あなた方はこのように行ないなさい」と言って、パンを割くことを命じたもうた。これが公式な記念として定められたことである。主を記念する方法はいろいろあると言って良いかも知れない。ゴルゴタへの巡礼を試みることも退けられていない。あるいはまた今現にこの世の不正のために苦しんでいる人の苦しみを負うことも退けられてはいない。「これらの、いと小さき者の一人になしたるは、すなわち、我になしたるなり」と言われる通りである。しかし、主の民が公式に、したがって一致して主を記念する仕方としては、「私の記念としてこのように行ないなさい」と言われた以外のことを考え出すべきではない。
 主の制定が最も単純であるということに注目しよう。主の記念であるから簡単過ぎてはいけないのではないか、と思う人もいるであろう。だから、キリスト教の長い歴史の間ではいろいろな記念の仕方や行事が編み出された。その中には余計なものではないかと指摘出来ることもあるが、信仰にとって有害でないものもある。それらをいちいち今検討しようというのではない。とにかく、教会では、主が制定したもうた以外のものを付け加えることはしない。主が定めたもうたもの以上に有効な記念はないということを疑わないようにしよう。
 主の制定されたやり方は最も単純である。だから、これでは単純過ぎるから、心をこめて幾らかのことを付け加え、良くしなければならないと主張する人がいるようである。そこで、特別なパンを焼いたり、特別な器を調製したり、特別な服装を誂える教会がある。気難しい規制をする必要はないが、主が定めたもうた以上のものを付け加えることによって、より良く聖礼典を守ることが出来ると考えるのは間違いである。
 人間の努力の余地がもしあるとすれば、付け加えられた余計なものを極力取り除いて、主が執行したもうた第一回の晩餐の単純さに帰ることであろう。ただし、そこにも人間の趣味が入り込む危険があるし、最初の形を復原することで、却って煩雑になることもあるから、信仰的な良識を維持しなければならない。
 器物が飾りをつけない最も単純な物であることも大切であるが、さらに大切なことは最初の時に語られた主の言葉が、その本来の形、意味、力に帰ることである。人は2000年の間に、ここにも余計な言葉を付け加えたがったのである。聖晩餐が執行される時に、2000年間に付け加えられた人間の解釈が延々と講釈されることも実際ある。これでは主の御声は雑音に覆われて聞こえなくなってしまう。註釈が不要だと言うのは行き過ぎだと思うが、意味を取り違えさせない注意と解釈の手引きが最小限施されれば、あとは聞く人がすでに主の民であるから、それぞれ主から賜っている信仰と知恵によって意味を悟り、解釈を深めることが出来るのである。
 そういうわけで、今日は主が執り行いたもうた最初の聖晩餐に帰って見よう。
 過ぎ越しの食事を始める前に、15節で主は言われた。「私は苦しみを受ける前に、あなた方とこの過ぎ越しの食事をしようと、切に望んでいた」。
 これは「制定語」と呼ばれていることばの本文ではない。制定語は聖晩餐が行なわれる時必ず唱えられる言葉であるが、これは本文の前置きである。だから、本文を聞く手引きにはなる。
 第一に、主が「切に望み」たもうたものであるから、我々も切に望むべきである、と聞き取らねばならない。ここで明らかになるのは、弟子たちと共に過ぎ越しを守るに当たって、主の意志が強く作用していることである。成り行きに合わせて、別れの宴を行なうことにしたというのではない。したがって、我々も、たまたま教会に来て見たら聖晩餐が行なわれているから陪餐する、というような受け方はすべきでない。
 第二に、これが「過ぎ越し」の食事として守られたことを主は宣言される。「過ぎ越しの食事」と訳されているのは過剰な翻訳であって、内容は食事に違いないが、この言葉には食事という言葉は含まれていない。1月15日、日没時から始まる過ぎ越しは、ユダヤ人にとって最も厳粛に守られる祝いであった。ただし、その意味がシッカリ把握されていたとは言えない。つまり、彼らは制定された過ぎ越しを真面目に守ったのではあるが、それはかつて主なる神が御自身の民を強い御手をもってエジプトの奴隷の境遇から導き出し、解放したもうた出来事の思い出、というだけであった。来たるべき本当の過ぎ越しを思い見、待ち望む人は殆どいなかった。しかし、イエス・キリストは過ぎ越しは徴しであって、そこで表されていたことが成就されねばならないことを示したもう。すなわち、まことの過ぎ越しの小羊であるキリストが来られて、人々の罪を取り去り、潔めるために、屠られたもうことが、過去の過ぎ越しによって予告されていたのであるから、これが成就されねばならない。その成就はゴルゴタで行なわれた十字架刑の執行である。
 主イエスは過ぎ越しに続いて行なわれる苦難と十字架の死によって過ぎ越しが成就することを様々な形で説いておられたが、もう一つ、「神の国における過ぎ越しの成就」ということもここで語っておられる。すなわち、過ぎ越しは地上では成就したが、それで全てが解決したわけではない。人の罪を主イエスは御自身の死によって負いたもうたから、罪の赦しはすでに完璧であるが、エジプトからの解放が象徴している罪の拘束からの完全な解放はまだである。
 第三に、この晩餐が行なわれた時の緊迫した状況が窺える。「切に望んだ」と言われた言葉は、これが行なわれないかも知れぬという恐れがあったことを示す。つまり、この晩餐以前に、主イエスが逮捕されるかも知れなかった。大祭司を中心とした策謀が巡らされ、ユダの買収はすでに済んでいた。ユダは主を引き渡す機会を狙っていた。
 これより早く捕らえられて殺されてはいけなかったのか。同じではないか、と思われるであろうが、キリストの死は人間の悲劇として理解さるべきでなく、神の計画の成就であることが、整った形で示されねばならない。それを人間の悪意が介入して掻き乱してはならなかったのである。
 過ぎ越しの食事はエルサレム市内で守られねばならない規定になっていた。これはモーセの戒めにはなく、後の世の註釈でこうなったのであり、したがって神の子イエスがこれを守らなければならない理由はないと言えばその通りであろう。しかし、こういう守り方が定められたことに意義を認めて、主はそれに従いたもうた。エルサレムでない所で、例えばベタニヤのロバを貸してくれた人の家で守れば、そこは他の人が知らない場所だから、安全である。しかし、主はエルサレム市内に過ぎ越しの場所を定めて置き、そこにペテロとヨハネを遣わして、人に知られないように用意させ、ご自分は残りの10人を引き連れて、暗くなってからそこに行かれた。とにかく、綿密な計画をして、妨げられないようにして、規定通り過ぎ越しを守りたもうた。
 そこに、さらに加えて語られるのが16節である。「あなた方に言って置くが、神の国で過ぎ越しが成就する時までは、私は二度とこの過ぎ越しの食事をすることはない」。
 このお言葉は訣別の言葉としての厳粛さを保つことは聞き取れるが、何を言わんとされたかは必ずしも明瞭ではない。「これが地上における最後の食事であって、次は、神の国における祝宴になる」と言っておられるようでもある。
 「あなた方に言って置く」と言われる。これは重要な宣言や預言を語られる前置きの言葉である。先に少し触れたが、地上における過ぎ越しは成就したのだと言っておられる。けれども、神の国における過ぎ越しの成就がまだ残っていて、それも間もなく成就すると言われるのを聞き取らねばならない。
 ここをマタイ伝とマルコ伝の並行箇所では、「神の国で新しく飲むその日までは、私は決して二度と葡萄の実から造ったものを飲むことをしない」と言われたように書いてある。この言葉はルカ伝では18節の第二の杯の際に語られたものである。
 過ぎ越しの食事と言われたのと、葡萄酒と言われたのと、同じ意味であると取ることが出来るが、違いがあるかも知れない。
 「葡萄の実から造ったもの」。これは言うまでもなく葡萄酒であるが、「新しく飲む」と言われたのは、新しい葡萄酒を飲む時期と重ねた含みで仰ったのかも知れない。すなわち、葡萄酒は葡萄を収穫してすぐに仕込むのであるが、次第に発酵が進んで何週間かすると飲めるようになる。それが新しく飲む時であって、その時には神の国が成就しているという意味で言われたのかも知れない。そうだとすれば、1年以内に神の国が成就すると言われたことになる。しかし、神の国であるから何もかも新しいということかも知れない。
 ルカ伝16節に記されたままを受け取るなら、次回の過ぎ越しの食事は神の国において祝われると言われたことになるのではないか。また、地上において私が過ぎ越しの食事を守るのはこれが最後である、という意味も籠められている。ここでも神の国の成就の切迫感がある。
 ルカ伝の記述によれば、この食事では17節に杯が差し出され、19節でパンが割かれて配られ、20節で再び杯が差し出される。ところが教会のうちに長く伝わっている主の晩餐は、パンがあって杯があるという順序である。実際は過ぎ越しの祝いの間には杯を分かち飲むことが3度あったらしい。主の晩餐の順序はごく早い時期から最も簡素に切り詰められたと思われる。だから、マタイ、マルコの伝えたもの、またIコリント11章23節以下と矛盾していると考えるには及ばない。ルカは主が守りたもうた最後の過ぎ越しを忠実に伝えようとしたのである。
 最初の杯の時にこう言われた。17節、「杯を取り、感謝して言われた、『これを取って、互いに分けて飲め。あなた方に言って置くが、今から後、神に国が来るまでは、私は葡萄の実から造ったものを一切飲まない』」。
 この言葉は教会に伝えられた「主の晩餐」では削られた。パウロがコリントへの第一の手紙を書いた時、それはルカが福音書を書いた前ではないかと考えられるが、主の晩餐の杯は一度になっていた。この最初の杯は、神の国における祝宴の予告、先触れという意味を持っていたと思われる。
 次にパンである。19節、「またパンを取り、感謝してこれを割き、弟子たちに与えて言われた、『これはあなた方の為に与える私の体である。私を記念するため、このように行ないなさい』」。
 ここで「私の記念」と言われたのであるから、これが晩餐の中心であると見て良いであろう。初代教会でキリスト者たちが集まって、パン割きをしばしば行なっていたことを使徒行伝の中で読むが、これは主の記念、主の死を告げ知らせるものとして行われていたのである。ただし、パンを与える時の主の言葉は非常に単純である。
 パンを祝福して割くことは、主が弟子たちとともにおられた時、毎日なされていた慣例である。これは一家の主の務めであった。主が何千人という群衆に食事を与えるという奇跡を行われた時も、感謝してパンを割かれた。それは弟子たちに強く残る印象である。しかし、主が感謝されたことにも、割かれたことにも、奇跡の力が含まれていたわけではない。奇跡は神が必要とされる時、力を行使されることであって、主の晩餐においては奇跡的な力は行使されなかったが、その力を忘れてはならない。すなわち、奇跡によってパンが増えることはないし、普通のパンが聖なるパンに変わり、キリストの体に変化するということもない。これは信仰をもって受ける徴し以外の何物でもない。
 「食事ののち、杯も同じようにして言われた、『この杯は、あなた方のために流す私の血で立てられる新しい契約である』」。
 「食事の後」という言葉はコリント書簡に出ている。葡萄酒を飲むことも過ぎ越しの食事の一部であったが、パンに食事の中心を置く捉え方がなされたようである。
 杯を同じようにされたとはパンを祝福されたのと同じように葡萄酒の杯を祝福されたということである。過ぎ越しの祭りを定められた通りに行なっておられたならば、杯の祝福の祈祷文は決まっていたが、その通りされたかどうかは分からない。
 杯を差し出したもうた時の御言葉は、Iコリントでは、「この杯は私の血による新しい契約である。飲むたびに私の記念としてこのように行ないなさい」である。マタイによると、「これは罪の赦しを得させるようにと、多くの人のために流す私の契約の血である」となり、マルコもほぼ同じである。言葉の違いについて詳しく吟味することは今は要らないであろう。
 パンの場合は「私の体」と単純に言われただけである。葡萄酒の杯の場合には、マタイとマルコには「罪の赦し」という教理が説かれ、全ての晩餐の伝承では「契約」という教理が語られる。それは古き契約、出エジプトの後にシナイで立てられた古き契約に対する新しい契約である。ここで新しいことが起こる。葡萄酒に関しては「私の血」と言われ、それは旧約における犠牲の獣の血とは対照的に捉えるべきであると示されている。それは過ぎ越しという言い方で示されたものと同じであるが、古きものによって証しされていた新しいものがいよいよ成就したと言われるのである。そこに古きものに遥かにまさる確かさがある。


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