2005.12.23.
日本キリスト教会金目教会牧師就職式の勧告
マタイ伝16:13-20によって
東京中会派遣委員
東京告白教会牧師
渡辺信夫


 主キリストは「私は、この岩の上に、私の教会を建てよう」と言われた。これは将来この岩の上に教会が建てられるであろう、という予想ではない。これは、むしろ、御自身が行動を起こすことの宣言である。この宣言の最も主要な部分は「私の教会」という名詞と「私は建てる」という動詞である。これは我々の間で、つね日頃聞かれている言葉である。それは聞き慣れた、最早新しく聞く必要のない、決まり文句と思われ、聞いても心を動かさない言葉になっているかも知れない。
 しかし、主は「私の教会を」と言われるので、それに答えて「キリストの教会」であろうとしている群れがある。またその群れの牧者として立とうと決意している仕え人がいる。そして、その群れとその仕え人に、主にある祝福を齎らすとともに、自らもその祝福に与ろうとして今日集まった者らがいる。そのような我々全ては、主のこの御言葉を精魂傾けて聞かなければならない。いや、根本的に考え直さねばならない、と言うべきであろう。――なぜなら、主は「私の教会」と言われるのに、我々はそこを取り違えて、自分たちの教会、自分たちが責任を持つ教会、あるいはまた、主キリスト以外の何者かが支配している教会、と解釈していることがあるからである。
 また、主は「私が建てる」と言っておられるのに、人々は「自分が建てる」、「自分たちが建てる」、「自分たちが自主的に建てねばならない」と言い直していることが多いのである。
 我々の間に思い違いが起きることはしばしばある。自分たちの好きなように教会を建ててよいのだ、というのは論外であって、そういう人たちの勝手さ安易さを論難することは今はしない。もっと真剣に教会形成に打ち込み、考えに考え、全生涯、体力、精神力、知力のあらん限りを尽くし、本当の教会を建てようとする人たち、その人たちが錯覚を起こして、「私が私の教会を建てる」と言われた主キリストの御姿が、目の前にあるにも拘わらず、見えなくなり、その御声も聞こえなくなっていることがあるのではないか。真剣であるだけに、自分の真剣さに自己陶酔する危険がある。自己検討がなされても、自己陶酔の枠内での検討であって、自己陶酔を助長する結果に陥る。
 他者からの助言を受け入れる素直さがあれば、余程違って来るのではないかと思われるであろう。そうかも知れない。だが、その他者もまた「自分たちの教会を自分たちで建てようではないか」という共通意識に立つ集団の一員に過ぎないならば、やはり「私が私の教会を建てる」と言っておられる主の御声は聞こえ難くなる。
 今日、我々は、我々のための祝祭を催すためではなく、主を礼拝して、主の声を聞くために集まっている。主の声を聞こえなくするような、騒音に過ぎぬ言葉を響かせてはならない。善意の人たちが善意をもって集まって来て、善意に溢れた言葉で祝福しようとしていることは全く確かである。しかし、善意に溢れた人の声が、主の御声と重なって、結局、主の御声の方が消えて行くようなことがあってはならない。私は日本キリスト教会東京中会から派遣されて、金目にある主の教会の牧師と群れとに勧告するのであるが、私の声が響き渡って、「私が私の教会を建てる」と叫んでおられる主イエス・キリストの声が会堂の中から消されることがあってはならない。また、私を勧告のために遣わした日基の声が全てを制圧して、「日基の教会!」、「日基の教会!」という残響が教会の中にコビリ着いて、「私の教会!」という主キリストの声が聞こえなくなり、キリストの香りもまた教会の中に感じ取れなくなって、日基の臭みだけが漂っているということにならないように願うのである。
 勿論、日本キリスト教会が牧師鈴木康之を派遣して、金目教会を建て上げて行くのである。そのことはむしろハッキリしなければならない。何となく牧師らしい、いや、如何にも牧師らしい人物が現れて、私がここで牧師なのだ、と言い、この地のクリスチャンが、それは好ましいことだ、と歓迎するのとは違うのである。人々にとって全く思い掛けなく、したがって、何の受け入れ準備もない所に、主が福音の使徒を派遣したもうということはある。それはそれで感謝をもって捉えるべき事件であろうが、今の場合はそれと違う。今、主の名によって牧師を派遣しているのは、日本キリスト教会である。その教会が、主イエス・キリストの名において、また代々の教会との信仰の結び付きを保ちつつ、さらに、主から賜わった命を、世の終わり、彼が約束にしたがって再臨したもうまで持ち続ける確かさを把握しつつ、ここに教会を建てたもう主の御業に服するために、働き人、鈴木康之を派遣しているのである。ここにいる人は皆、このことを証しする。ただし、日本キリスト教会が建てるということがハッキリすることによって、キリストが建てておられることがいよいよハッキリするような、そういう証し人にならなければならない。
 しかし、ここから、さらに大事なことに入って行かねばならない。

 

 日本キリスト教会が建てる、ということがハッキリすることによって、キリストこそが建てたもうという事実がハッキリするようにならなければならない、という言い方で納得する人は多いと思う。少なくとも日基部内では説得力ある言葉と看倣されている。あるいは、「こういうことが言える日基は羨ましい」と感じる他派の方も少なくはないはずである。けれども、仲間内で誉め合って満足していては何にもならない。
 「日基が建てる」ということによって、「キリストが建てたもう」ということがハッキリして来ると言っているけれども、本当なのか。本当にそうなのだと確信して言っているのか。本当にそうなら、その証しを示して貰えないか、と求められている。その時、我々はどう答えるか。準備はあるのか。
 「準備があるのか」と私は問うたが、準備があれば宜しいという意味ではない。準備をして置いて、求められた時、スグ答えを取り出せるようにしていること、それも大事である。そして、そういう答えが日本キリスト教会に用意が出来ているわけではない。他派と比べて、日基には日基の特色がある、という自負があり、他派の人から敬遠されることもあるが、好意を籠めて語られる機会もあるにはある、と私は感じている。キリスト教全体が無気力化し、教会像が稀薄になって行く時代に、そのように感じる人がいるのはもっともだ。しかし、これは、もともと流行遅れの資質を持つ山奥の部落に、流行が遅れて入って来るのと同類のことではないか。少なくともこの比喩で説明される部分があるではないか、と私は思う。崩壊が他よりも遅いだけで、やはりユックリと崩れているのではないか。固有性とはそういうこととは別なものである。
 日基は、日基の固有性とその使命をまだ捉え切っていない。そのための神学的努力が不足している。そこが問題だということにも気付いていない。この国の中で、この時代の中で、我々の志すところはこれなのだ、と自分の言葉で、しかし聖書に基づいた論法で、語るならば、多数派の中にいる少数者の発言として意味が認められる。そういう発言が出来るようになれば、一応、先に言った意味での準備はある。
 しかし、準備があってスグ答えが出せるようになっておれば、良いというわけではない。別の言い方をすれば、「ハイこれが答えです」と言って答えを差し出せば済む、と思うような体質の教会になってはいけないのである。教会としては、皆が「これが答えです」と言って差し出すものを用意していなければならない。そのような安定した均質性は信仰告白的共同体にとっては不可欠である。
 ただ、考えて見れば容易に分かることだが、日基という一団の教会に属する我々は、大量生産の工場製品のような、また判で押した文言のような、ただ同じであるというだけの一致を持つだけであってはならない。そういうものなら、チラシを一斉に配るのと同じである。大売り出しの宣伝ならそれで目的は達せられる。しかし、主が教会をして語らせておられる主御自身の「生ける声」は、これでは伝わらない。教会の宣伝になるかも知れないが、そこでは確かにキリストの生ける御声は消えているか、ないしはかすかにしか聞き取れない。
 キリスト教の中には、御言葉を大量に印刷し、大量に配布するなら、それで福音が進展すると考え、多大の犠牲を払ってその考えを黙々と実践している人がいる。それはそれなりに主によって用いられることかも知れないが、我々の理解するところでは、主は御言葉を「生ける言葉」として、告げ知らせることを委ねたもうた。それは広告会社に宣伝を請け負わせることとは全く別のことがらである。

 

 イエス・キリストが「私は建てる」と言われたのは、御言葉によって建てるという意味である。そのことは一応説かれている。日基では建て前にはなっている。しかし、語られているのが「生ける御言葉」であるかどうかが問題なのだ。
 昔を回顧するだけでは意味がないのだが、昔、「神の言葉の神学」という呼び声が新鮮な響きを伴って聞かれた時代がある。当たり前と言えば当たり前であるが、それまで余り聞かれなかった言葉なので、「これでなければいけない。ここから何かが起こる」と人々は思った。神の言葉という言い方、神の言葉を先ず押し立てて論じるという論法が一応定着した。しかし、結局、何も始まらなかった。1930年代のことである。日本は戦争に巻き込まれ、教会もまた渦に巻き込まれて、見るべきものを見ることが出来なくなって行った。醒めていた人もいたが、醒めたままで、あるいは自分は醒めているのだと意識したままで、どうすることも出来ない渦に巻き込まれて行った。
 ただし、それは当時の日本キリスト教会の中のことで、別の国では、神の言葉の神学と言う人と言わない人とはかなり違っていた。すなわち、こういうことを言っていた牧師のうちの少なからぬ人々は、強制収容所に送られ、そこで敗戦を迎えた。その当人たちは、自分たちのしたことは取るに足りぬ妥協であって、日本の人たちによって取り上げられるのは恥ずかしい、と私に語った。しかし、そのように言う言葉を聞いて、私は彼の恥ずかしさに遥かに優る恥ずかしさを感じないわけには行かなかった。
 宗教改革の時代、改革者が「生ける御言葉」あるいは「生ける声」という言い方を盛んに用いていたことも思い起こされる。今日、この言い方が我々の間で盛んに使われるようになったとは思わない。しかし、この句が、以前よりは大きい反応を引き起こすようになったことに気付いている人は少なくない。すなわち、御言葉、御言葉、と言われているけれども、御言葉の命が感じられないではないか、と思っている人が、多いとは言えないとしても、増えている。
 簡単に論じることは出来ないし、また軽々と論じてはならないことであるが、今、命ある言葉が聞けないという危機がキリストの教会を襲撃している。預言者アモスの書8章11節に言われる、「主なる神は言われる、『見よ、私が飢饉をこの国に送る日が来る。それはパンの飢饉ではない。水に渇くのでもない。主の言葉を聞くことの飢饉である。彼らは海から海へさまよい歩き、主の言葉を求めて、こなた彼方へ馳せ廻る。しかし、これを得ないであろう』」。そのことが今起こっているのではないか。
 預言者が予告したのは、御言葉を聞こうとする人がいなくなるという危機ではない。御言葉を聞こうとしない危機状態はとっくに始まっていた。そのために社会の崩壊、また人間の崩壊が始まっていた。だから、聞かなければいけないと人々が目覚めて、御言葉を飢え渇くように求める日が来た。しかし、気付いてから喘ぐように求めたが得られない。御言葉だと思って飛びついたものは、御言葉ではなく、御言葉の抜け殻だったというのである。その悲惨な姿をアモスの時代のこととしてではなく、我々の時代のこととして感じなければならない。
 その危惧がただ教会だけのものでないということにも触れて置きたい。文章をもって立っていると意識している文学者の中に、文学がもう言葉を失ったのではないか、という危機感が何年か前からかなりの速度で広まっている。彼らは言葉について人一倍感覚を磨いておくことを使命としているので、言葉が死んで行くという出来事を普通人以上に敏感に感じ始めた。
 彼らの感じている言葉の死と、我々が感じている危機、御言葉が生ける御言葉として鳴り響かなくなっていることとが、同じであるとは言わない方が良い。しかし、無関係だと片付けてはならないように思う。このことについて、今日論じようと私は思っていない。ここには簡単に論じ尽くせない時代の問題が結びついている。とにかく、最小限、言葉について非常な危機感を持っている人のいる時代に、教会がのほほんとしていて良いわけでないことは確かである。教会における御言葉の涸渇、また言葉の希薄化という問題、言葉の希薄化について何とも思わない無神経、それは「裁きは神の家より始まる」と言われたことの成就かも知れないと恐れずにはおられない。
 今日の勧告として、「言葉を磨く修練をしなさい」と言いたいのではない。文章を磨くことも大事だと思うが、福音を語ることについて聖書が言っているのは、文章家たちにとっては意外な言い方であろうが、常に「大胆に語る」ことである。それは、語ることが弾圧されている逆境の時期だけに要請されることではない。使徒たちが使徒行伝4章29節で、「主よ、今、彼らの脅迫に目をとめ、僕たちに、思い切って大胆に御言葉を語らせて下さい」と祈った時は、確かに「イエスの名によって語ることは一切相成らぬ」と判決がくだっていた時である。禁を破ってイエスの名によって語るからには、並々ならぬ大胆さが必要だったということは容易に分かる。しかし、御言葉を語る時にはいつも、大胆に語らなければ、宣教は宣教にならないで、オハナシになってしまう。
 オハナシは巧みな知恵によって語られれば、聞く人に満腹感を与えるかも知れない。彼らは満腹感で眠気を催し、神の国が来つつあることも、己れ自身の破滅の瞬間が近づいていることも、この時代に痛めつけられて泣き喚いている人のことも見えない。救いの言葉を夢うつつの中に心地よく聞いているが、救いの確かさは聞き取れていない。大胆に語られる御言葉だけが壁を突き破って魂に届く。
 大胆に語るとは、大胆という適性を獲得しなければならないという意味ではない。その人の持つ素質としての、あるいは修行を積み重ねた大胆さでなく、御霊の賜わる力としての大胆さが伴わなければ、聖書の言葉が、聖書の文字通りに語られても、そこには命と力はない。
 大胆に語るのでなければ、今語るべき言葉の内から、差し障りある部分を差し引いて語るということになるかも知れない。いや、「かも知れない」ではなく、実際に大切な部分を抜き去って、人の嫌がらない部分だけ、あるいは身に危険を及ぼさない程度のものに編集し直して御言葉を語る、という小細工を日本の教会はして来たのではなかったか。そういうことが累積して、遂に御言葉の飢饉になったのではないか。
 だから、もう駄目だと言うのではない。御言葉が御言葉として語られる時にはいつも大胆に語られるのであって、そのように語られる時には、もう駄目だと思われる行き詰まりの中に、活路が見えて来る。現代はまさにそういう時代である。そういう時代に、牧師としての職務を始めようとする兄弟に対して、私は同じ職務にある働き人として、月並みの励ましの言葉は語らない。また、年長者として私がやって来たようにあなたもやりなさいと教えることもしない。私は生きた御言葉を語るように懸命に努めるから、あなたも私と一緒に戦いなさい。この危機の時代はまだ当分続く。恐らくその危機を抜け出せないうちに、年長者である私は世を去らねばならないことになろうが、あなたは生き延びて、勝利を信じて主の後をひたむきに歩きなさい。
 あなたが歩もうとする伝道者の道は、私を含むあなた以前の日本の通常の伝道者の歩んだ道より、ずっと険しいのではないかと思う。私が楽な道を歩いて来たとは思わないが、伝道者になる前の一時期に歩かせられた道には、何度も死を覚悟しなければならない時があった。そのような覚悟を強いられる機会は、伝道者となって53年間、なかったと思っている。本来、そういう死の覚悟によって人生が脅かされることはあるべきでないが、私よりも一つ前の世代は、「一死覚悟」という座右の銘を心に刻んでいなければ、主の群れの牧者として勤まらなかった。
 そういう時代がまた来そうな気配が出て来た。世はますます歪んで行く。次の世代、牧師たちは殉教を覚悟しないことには勤まらない、と断言するわけではないが、「良き羊飼いは羊のために命を捨てる」という主の言葉が、主御自身の贖いの死を指し示すだけでなく、「私の羊を養いなさい」と命じられた牧者にも起こる、ということを前の世代以上に考えずにおられなくなっている。戦争を知らないで育って来た世代の牧師の味わわなかった苦衷が襲い掛かるに違いない。羊を捨てて逃げて、己れの生存を全うする牧者になってはいけな。
 しかし、そういう艱難が来ている時代であっても、この務めには祝福がある。「私はすでに世に勝っている」と言われる主が、常にあなたと一緒にいて下さるからである。その祝福を味わいつつ、約束を目指して喜ばしく前進しなさい。

 

 私は教会員の皆さんにも勧告したい。牧師に対して語られた勧告はことごとく教会員にも当てはまるが、お添え物としての勧告は必要ない。
 「私は私の教会を建てる」と言われた主の言葉を教会員の皆さんは、よそごとと思わずに、自分の心に刻むべきである。
 この金目の地で主は教会を建てる御業を120年続けて来られた。その御業が本格的でなかったと言うことは差し控えた方が良いと思う。ここでも御言葉の説教と聖礼典の執行とが行われて来たからである。御言葉と聖礼典に与って命を与えられた人たちは、ここから永遠の御国へと旅立って行った。このままの形で主の業がなされても、永遠への門戸が開かれている点では違いがない。
 だが、教会の主は今日、この群れに牧者をお立てになった。その牧者はこの地に群れとともに定住する。説教と聖礼典の務めのある日に遠くからやって来る人ではない。ここで「本格化」と世俗の言葉で言われる新しい事態になるとは言わないが、主の御業は目に見えて前進するはずであり、主が建てたもう御業に服する主の民の業も、目に見えて前進するのではないかと我々は期待するのである。
 具体的に言うならば、日本キリスト教会金目教会の建設が、日程に載ったのである。教会の建設とは、群れが教会としての務めを、名義上でなく、実質的に、そして教会の秩序に適って行うことである。日本キリスト教会では、宗教改革の教会が聖書から読み取った秩序に則って、牧師、長老、執事の職務を教会として備えるべき務めとして捉えている。
 詳しく論じるならば、Iコリント12章が「務めは様々ある」と言う通り、キリストの教会では、一つの御霊によって多数の務めが多様に展開するのであって、三つに纏めるのが適切かどうかは必要に応じて考え直して良い。とにかく今は、三つの職務という形式を受け入れてやって行くのであるから、牧師が立てられた今は、長老と執事の務めを担う器を養成しなければならない。
 長老職は群れを治める。執事は仕える。しかし、先に触れたように、ここには多種多様な務めが含まれている。ということは、長老も、執事も、そして牧師も勿論であるが、自分の守備範囲はここからここまで、それ以外のことは知らない、と言うわけには行かない。教会で何の役ももっていない人でも、自分しかいない時に事が起これば、その人が教会を代表する。
 何が起こるか予想出来ない世界になった。教会があらゆる問題に関わらなければならないとは思わないが、外部から何をされるか予想出来ない。だから、主のため、また主の教会のため、必要なことがあれば何でもする覚悟が必要である。
 やがて、この群れの中で、長老を選ばなければならない日が来る。長老たるべき者を選んで召したもうのは主であるが、群れの側でもそれに備えて、召しに相応しい人を育てていなければならない。小会という会議を建て上げ、中会という会議を建て上げ、そこで主の御旨から外れない決議をすることができるように、御言葉を深く学んでいなければならない。そのためには群れ全体が成長しなければならない。時代が全体としておかしくなっているだけに、教会が正しい判断をする必要は常時ある。
 執事職が立てられて、その職務が正しく機能して、「人の子は仕えられるためでなく、仕えるために来た」と言われる主の御あとに従う群れとしての教会にならなければならない。貧しい人が貧しいが故にますます踏みつけられる国の中で、主の教会が助けを求める人の叫びを聞くことが出来なくなっているとすれば、地の塩が塩の役目を失ったと見るべきではないか。味を失って、外に捨てられ、人々に踏みつけられる塩にならないため、教会が今至急回復しなければならない務めはディアコニアである。
 金目教会がディアコニアなき教会として、恰好だけ人数を揃えた独立教会になることを主は喜びたまわない。そういうことはよもやあるまいと私は思う。すでに伝道所として、ここにはディアコニアの志があった。いや、120年前ここに教会が建てられることを祈った先人もその志を与えられていた。この同じ敷地にあって、今や目で見ることも許されなくなっているタビタの家、そこに生活し礼拝をこの会堂で守り、今や一人も残らず、この世から去っている姉妹たちも、その志に立っていた。その志を担い続け、これを教会的な営みとして神学的に確立する務め、それは、もとより皆さんだけのものではない。けれども、それらの人たちと関係の深いこの地の群れは、押しつけとしてでなく、喜んでその努力をするであろうし、主はこの群れにその志を成し遂げる勇気、力、知恵、大胆さ、喜びを与えて下さるであろう。
 

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