◆説教2001.10.14.◆ |
ヨハネ伝講解説教 第94回
――ヨハネ9:8-12によって――
ヨハネ伝9章で主イエスのなしたもう御業は、盲人の目を開く奇跡に関しては「シロアムの池に行って洗え」と命じたところまでであって、そこで一旦終わる。イエス・キリストは舞台に現われたまわない。彼が出て来られるのは35節である。7節以後はこの盲人の業である。彼は命じられた通りシロアムの池に行って目を洗った。しかし、見えるようになった彼は、そのまま帰った。
イエスという方によって癒されたことは覚えているのである。しかし、癒して下さった方のもとに報告し・感謝するために戻ろうとは考えつかない。――ここでルカ伝17章にある10人のライ病人の癒しの事件を思い起こす。主は彼らに、祭司のもとに行って、癒されたことの証明をしてもらえ、とだけ指示して、行かせたもうた。祭司のもとに赴く途中で彼らは全員癒された。だが、そのうちの一人だけ、しかもサマリヤ人である者が神を讃美するために帰ってきた。誰もがしたことではないから、立派だと言うべきかも知れないが、この人は当然のことをしたに過ぎない。 またもう一つ、マルコ伝1章40節以下に記されている一人のライ病人のことも比較に上げられる。癒された後で感謝を捧げるために戻って来たのではないが、この人は主イエスの御業を人々の間で宣べ伝えた。「誰にも言うな」と口止めされていたにも拘わらず、言い広めてしまった。忠実ではないが、これも恵みに与った者としては自然な反応であると思われる。ところが、シロアムで目を開かれた盲人は、感謝もせず、宣べ伝えることもしないままに帰って行く。彼に尋ねる人がいたので、彼は問われるままに語らなければならなくなった。 だからと言って、この盲人の応答の姿勢が不十分であり、恩知らずであると非難することはここでは差し控えておく。結果的に見れば、彼の対応は神の御業が彼の上に最も良く現われるに相応しかったのである。 さて、彼は家の近くまで帰って来た。幸福を手に入れて有頂天になったのであろうか。 我々にも感謝を忘れた行動はしばしばあるので、それを思い起こすと、ここで自分の姿が鏡に写っているように思われ、恥ずかしさを覚える。しかし、感謝を忘れた彼の心の中をあれこれ忖度して見ても、大して益はないから、今日は触れない。イエス・キリストとの関わりだけを見て行こう。彼はイエス・キリストの恵みをスッカリ忘れた訳ではないが、感銘は薄かったのであろう、そのまま家に帰ってしまった。つまり、キリストから離れて行ったのである。その彼がもう一度キリストのもとに戻って来る物語りが始まる。 家に帰って来たのであるが、家の近くになると、彼の顔を見知っている近所の人たちが驚いて噂話しを始めた。そのため、彼はキリストから離れて来たのであるが、もう一度キリストに向かわせられる。 キリストのもとに挨拶に行かなかったのは、面倒なことになるという予感があったからかも知れない。彼が家の近くまで帰って来て知っている人々の目に曝され、話題にされるだけでも鬱陶しいことであった。近所の人たちには彼に対する善意があったのか、乞食をしていた人というので蔑みの思いがあったのか。それは分からないから、詮議しないが、この人たちと特に親しくしていたのでないことは確かである。すなわち、親しければ、名を呼び、自分は隣の誰それだと名乗って、本人かどうかが確かめられたはずであるが、それはしていない。全くの他人としてこの人のことを噂している。 ただし、悪意をもって彼を裁こうとしたのでないことも確かである。次の段階で、この人がパリサイ人のもとに連れて行かれて以後は、レッキとした裁判になる。主イエスのなしたもうたことが裁かれ、両親を呼んで証人喚問が行われ、癒された本人も尋問され、さらに裁かれて、会堂から追い出されるという判決になる。しかし、近所の人々が噂した段階では裁判ではなかった。それでも、手順はまるで裁判である。 先ず、本人の特定がなされる。次に、どのようにして癒されたのかの陳述が求められる。パリサイ人のところに連れて行ったのは、安息日に癒しがなされたと分かったからであって、初めからの意図ではなかったと思うが、近所の人の何気ない噂が、ある意味で裁判のいとぐちになっている。自分たちには裁けなくなったと思ったから、パリサイ派の律法学者のところに連れて行ったのである。 家に帰って来た人の顔かたち、身のこなしが、近所の人々の知っていた乞食と非常によく似て、ソックリである。ただ、見慣れた姿では盲人であったが、今は目が見える人になっている。子供の時からずっと見て来た通りの、先天的な盲人であった者が、ものを見る人になって、杖もつかずに帰って来る。こういうことがあり得るであろうか。同一人とは考えられないではないか、と言う人がいたのは無理もない。 こういう時、本人は、乞食をして生きていた過去を名誉ある経歴とは思わないから、知らぬ顔をして隠し通し、己れの旧き人生を葬り去って、過去と絶縁した別人として振る舞うことが出来たかも知れない。別人だと言っても、人は他人のそら似として見てくれるのである。 彼がここで過去を偽って、「座って乞食をしていた盲人のことは知らない」と言うのでなく、「私がそれだ」と言ったのは、立派な態度と誉める必要はないのであるが、人間としてなかなか大事なことだったと思い当たるのである。例えば、ペテロが主イエスの裁判の成り行きを見届けようとして大祭司の家の中庭に入った時、「あなたはあの人と一緒だったではないか」とか、「あなたの言葉はガリラヤ訛りだから、あの人と一緒にガリラヤから来たことは隠せないではないか」と言われると、知らぬ存ぜぬで押し通し、庭の外に逃げ出したのである。 それと比べると、盲人の乞食であったこの人は、もっと楽々と「私はそれでない」と言い切ることが出来たはずであるのに、そう言わなかった。住んでいる場所とその両親から、本人であると特定出来るから、嘘は言えないのであるが、事実を認めた上で、それでも、「今朝までの私と今の私とは違う」と言い切る理由はあった。新しい人間が始まっていたからである。 「私がそれである」という言い方は、面倒な議論になるかも知れないし、聖書のメッセージと直接関係がないと言えば言えるが、少し触れて置いて無駄ではないであろう。古代のある哲学者が「万物は流転する。人は同じ川の流れに足を浸すことは出来ない」と言ったことは有名である。通常の人間でも、昨日の私と今日の私とは違うのだと言うことは出来る。そこから、過去の私と今の私とは別人であるから、私は過去の私が言ったこと・したことについて責任を取らなくても良い、と言い逃れる人さえある。 この盲人の場合、人生の大転換が起こったのであるから、もはや別人だ、と言えるのではないか。とくに我々キリスト者の場合、3章3節で学んだように、「人は新しく生まれなければ、神の国を見ることは出来ない」との宣言を聞いているのである。「生まれ変わることが出来る」という希望を知っていることは我々の特権的な知恵である。生まれ変わりという現実があるかないかが、信仰の本物であるか否かの判定の決め手である。 そこから、我々の生活は過去と絶縁した生き方なのだ、と言い張ることは出来そうである。聖書の教えにもそのことを示すところはある。「後ろのものを忘れ、前のものに向かって体を伸ばしつつ、目標を目指して走る」というピリピ書3章の言葉を、そのように取る人があるかも知れない。だが、ここに落とし穴がある。昨日の私は今日の私でないと言うならば、偽りになり、責任が消えてしまい、人間として基本的に大事なことが没になってしまう。今日の私は昨日の私を引き継ぐということをハッキリさせねばならない。 「私が私である」ということを忘れてしまう場合が人生には時にある。ペテロが「その人を知らず」と三度繰り返して主を否んだ時、彼は自分自身を失っていた。そういう危険は我々の間では小さいかも知れない。だが、キリスト教では新しく生まれることを強調するので、クリスチャンの中には、自分の過去の罪については忘れてしまい、それはもう済んだ過去のことだと言い逃れて平気でおられるようになるかも知れない。ところが、上に見たように、実際はそういうことを考える人は少ないということを我々は知っている。すなわち、神の福音を聞くことによって、「私は私である」ということが、むしろハッキリして来ているのである。 9節にあるこの本人の「私がそれだ」と答えた言葉は、ごくごく当たり前の、何気なく言った言葉であって、取り立てて持ち上げるほどの深い意味はない。だが、「私はそうではない」、「私はあの乞食ではない」と言うのとは大違いであることには注意しなければならないであろう。――この人は後で25節に、「私はただ一つのことを知っている。 私は盲人であったが、今は見えるということを」と言う。これは全面的な再生であるが、私がそれだというのと矛盾するものではない。 ところで、「私がそれである」という言葉を我々はすでに何度もヨハネ伝で聞いている。それは主イエスの口から出たものであって、ヨハネ伝の中で心に最も深く刻み込まれている言葉の一つである。「エゴー・エイミ」と言われる。これまでの例を全部挙げる時間はないが、例えば、4章26節でサマリヤの女に言われた、「あなたと話しているこの私がそれである」。6章20節で、嵐の海を越えて近付きたもう彼が言われる、「私がそれである。恐れるな」。8章24節で主は、「もし私がそれである(エゴー・エイミ)ことをあなた方が信じなければ、罪のうちに死ぬことになる」と言われ、「私がそれである」と言われることに我々の救いが懸かっているのを教えられる。 もう一つだけ「私がそれである」と言われた例を聞いて置こう。それはこの9章で最も重要な御言葉と言うべきだと思うが、35節から37節までを読む。「イエスはその人が外へ追い出されたことを聞かれた。そして彼に会って言われた。『あなたは人の子を信じるか』。彼は答えて言った、『主よ、それはどなたですか。その方を信じたいのですが』。イエスは彼に言われた、『あなたは、もうその人に会っている。今あなたと話している私が、その人である』」。 主イエスが「私がそれである」(エゴー・エイミ)と言われるのと比べて、この盲人が言うのは、同じ言葉であるが、まことに軽い意味しか持たない。しかし、もし彼が「私はそれでない」と言ったとすれば、彼はそのままズンズン遠ざかって消えて行くだけであったから、「私がそれである」と言ったのは良かった。 小さい、単純な言葉であるから、このように答えた彼が立派であると考えては、大事なことを見失う。それにしても「私がそれである」、すなわち「私が私である」、「私は同一の私である」という確認がなければ何も始まらない。 「私がそれである」という言葉は、具体的に言うならば、昨日まで宮で乞食をしていた生まれつきの盲人、それがほかでもない私である、ということである。昨日の私は今日の私に引き継がれているのである。昨日の私は今日の私ではない、ということになるなら、自己自身の喪失であって、責任ある人間として立っている確かさはいっさいなくなるのである。私が今語る約束の言葉も、次の瞬間には確かでなくなる。私に与えられていた約束の言葉も不確かになってしまう。 我々に確かさがあるとすれば、我々の確かさは全面的にキリストに負っている。「イエス・キリストは昨日も、今日も、とこしえまでも同一であられる」というへブル書13章の証言がある。だから、キリストは「私はそれである」と言われるし、我々も「私はそれである」と言うことが出来るのである。主イエスが「私は私である」と言われたことと向き合った言葉として、盲人だった人の「私は私である」との言葉を捉えなければならない。「私が私である」ということが無に化して行く世界の中で、この言葉が回復するのは、真の意味で「私は私である」と言い得たもうお方が来られ、私と出会って下さるからである。これが9章で学ぶべき最も重要なポイントである。 10節に移る、「そこで人々は彼に言った、『では、お前の目はどうして開いたのか』」。彼は「私がそれである」と答えるほかなかったが、そう答えたばかりに、様々の煩わしいことに巻き込まれ、分争に関わらざるを得なくなり、遂にユダヤ人の会堂から追い出されるに至る。「会堂から追い出される」とは、会堂で礼拝をともに守っている共同体から除名されるという意味である。しかし、人との交わりから疎外されることによって、彼は永遠の霊的な交わりに入れられるに至ったのである。この煩わしさに引き入れられるキッカケが「お前の目はどうして開いたのか」との質問であった。人々の好奇心から発した質問であるが、先にも触れたように、裁判の尋問に似てくる。 彼は答えた、「イエスという方が泥を作って私の目に塗り『シロアムに行って洗え』と言われました。それで、行って洗うと、見えるようになりました」。人々は彼に言った、「その人はどこにいるのか」。彼は「知りません」と答えた。 出来事のおさらいをしているのである。同じおさらいを15節でも繰り返させられるが、反復するうちに事柄の意味がだんだんハッキリして来たのであろう。シロアム、そこへ行くこと、そこで目を洗うことの意味については前回見たのであるが、彼にもそれが次第に分かって来た。 目を開けて下さった方のお名前を彼がどうして知ったかは明らかでないが、比較して見ると、5章に書かれていたベテスダの池の側で癒された38年寝たきりだった病人は、癒してくれた人が誰であるかを知らなかったと書かれている。後になって主は宮で彼に会われて、それからこの病人は自分を癒したのがイエスであると知ったので、それをユダヤ人に告げに行った。 シロアムの盲人に、主イエスご自身、もしくは他の人が、癒しを与えた人の名を告げた箇所はどこにもないが、とにかく、癒された人は何らかの方法で癒し手の名を知ったのである。記録に残っていないキリスト探求があった。しかし、どういうふうにして主イエスの名を知ったかは分からない。 イエスの名はとにかく知ったのであるが、どこにおられるかは分からなかった。シロアムに行け、と言われたから、そこで主と別れたのである。シロアムで見えるようになったが、主のおられる所に立ち戻ろうとしなかったので、どこにおられるか分からなくなった。彼の心の中では、主イエスの存在の大きさが次第に分かって来ている。だが、どこにおられるかと問われると、答えられない。キリストを見失った残念さが昂じて来たのである。彼が主イエスにもう一度出会うのは35節である。彼が会堂から追い出されたと聞いて、主の方から訪ね出したもうた。その時までは彼は、名を知っているだけで、キリストなき不安の中に投げ出されていたのである。 生まれつきの盲人だった人が陳述した、見えるようになる経過は驚くべき報告である。 神の遣わされた方が遣わされた者の徴を示したもうた。だが、人々は奇跡が起こったという点よりも、安息日に癒しが行なわれたことに恐れを抱き、そういうことがあって良かったのかと心配になって、パリサイ人の裁判に連れて行くのである。安息日の本当の意味が見えなくなっているし、遣わされた者、シロアムという主題が忘れられて、ユダヤ人は無意味な論争に耽ってしまった。 我々は遣わされたお方に立ち返らなければならない。そこに我々の再生があり、再生された者の派遣が起こるのである。
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