2004.05.16.

ヨハネ伝講解説教 第188回

――19:14-22によって―― 

 ヨハネ伝が主イエスの受難のことを、「受難」とか「苦しみを受ける」という言い方をせず、「上げられる」と呼んでいることを我々はこれまで繰り返し教えられている。上げられるとは、十字架の上に刑死人として上げられることであるとともに、栄光の座へと上げられることである。十字架と栄光とが相矛盾する二つのことであると見るのは、矛盾という形でしか真理を言い表わすことの出来ない人間にとって、已むを得ないことではあるが、正しい理解ではない。この二つのことを分裂したまま、二つとして抱え込むのでなく、一つのこととして受け入れなければならない。

 これまで、ヨハネ伝で、主イエスの告別、逮捕、裁判、告発など、多くのことを読んで来たため、我々の頭は多少混乱したかも知れない。しかし、もう纏めをつけて良いであろう。今日の学びは、まだ主の死の場面には至っていないのであるが、纏めである。キリストは上げられた。そして、ユダヤ人の王という名を掲げられた。これが纏めである。

 上げられたもうたのであるから、我々は彼を仰ぎ見なければならない。仰ぎ見るとは、目を上に向けることである。目の向け所のことではなく、心の向け所である。十字架につけられた彼を崇めるのである。今日はそのことを学ぶ。

 キリストの御苦難を偲ばなければならないと思う人がいるだろう。彼が苦しみを受けたもうたのは私のためであり、その苦しみが分かれば分かるほど、彼がそのようにして解決をつけなければならなかった我々の罪の問題の深さが分かるではないか、それが分かれば我々の罪を贖うキリストの恵みの大きさが分かるではないか、と言われる。全くその通りである。しかしまた、キリストの苦難に目を向けることに力を入れ過ぎて、キリストの栄光が見えなくなってしまうことがないようにしなければならない。

 この世には至る所に苦難がある。苦難というものはないかのように我々の目を欺く仕掛けがこの世にある。その偽りを見抜くのはそれほど面倒なことではない。その苦難をまともに見るのを避けたいという気持ちが我々自身の中に根強くあることも確かだ。しかし、今の世は我々にそれを許さない。世界の至る所で悲惨が露呈し、残虐なことが行なわれ、見ないで置くわけには行かないようになったからである。

 世界に満ちている苦難、その一つを取り上げて見詰めるだけでも、我々は厳粛な思いになる。一種の宗教であるとすら言える。好い加減な宗教心の持ち主よりはもっと宗教的かも知れない。ほかのことは触れないで置くとしても、この世界に満ちている苦難を誤魔化しなく見ることによって、我々がキリストを切に求め、より近くに感じることは出来ると言って良いであろう。

 そしてキリストの苦難そのものをよりシッカリと見る事は、我々の信仰を堅固にして行くための有益な修練なのだ。ただし、それによって我々の救いの基礎、救いの確かさ、これが掴めるかというと、それはない。信仰の修練にはなるが、信仰を生むものではない。

 信仰を生むためには、「見よ、この人を」という呼び掛けを聞き、その呼び掛けに従って彼を受け入れねばならない。「この人によって解決されるかくも多くの悲惨を見よ」と呼び掛けられても、それは問題の喚起として十分意味のある言葉であるが、解決にはならない。

 今日学ぶべき要点に戻るが、「見よ、この人なり」と言われて我々が見るお方、それはただ見るだけではなく、仰ぎ見るのであり、栄光の主として仰ぐのである。

 「見よ、この人を」という言葉がキリストの裁判の中で二度語られた。5節と15節である。語ったのはピラトであり、それはユダヤ人たちに向けられた言葉である。しかも、ピラトは、「この人はお前たちユダヤ人の王である」と繰り返し語っている。王であるとは仰ぎ見なさいという意味を含む。

 ピラトの呼び掛けをまともに聞いた人は、少なくともこの場には一人もいなかったと思われる。ユダヤ人たちは、「この人がお前たちの王である」と言われた時、これを自分たちに対する侮辱としてしか聞かなかった。ピラト自身、心から主イエスを王と思って言ったかどうか、極めて不確かである。むしろ、ユダヤ人に対し、また主イエスに対して不真面目な「からかい」として言ったのではないかという気がする。それでも、ピラトにはそのように語らずにおられない何かの力に迫られていたことは否定出来ない。

 結論として、我々はこの言葉が神によって語らせられたものであると信ずる。他の人たちにはともかく、我々に、この我々に聞かせるために、神がピラトという器を用いたもうたと我々は承知している。キリストが上げられる。それは彼の父、彼を世に遣わした神が上げたもうのであるである。その上げられたキリストを「見よ」と最初に呼び掛けたのはピラトである。それを聞くのはこの我々である。

 大祭司カヤパが推進役となってイエスを殺そうとした。国民全体が難を逃れるため一人を殺す。そのためにあることないかとを並べ立てて訴え、殺してしまうのが自分たちの民族の利益になる。それを遂行しようと使命感を感じ、したがって国民のために良いことをしているというつもりで、強引に計画を貫いた。その言い分はある人々には立派なものに見えたかも知れないが、ピラトでさえこれはイエスの人気の高さへの嫉みであると見破ることが出来た。

 そのピラトも部分的には良い判断をしているところもあるが、結論的には全くご都合主義というか、無責任というか、自分では責任を負わないように万事をやっている。それでも、そういう欠陥ある器が用いられて、神の計画が実行され、罪なき神の子が十字架につけられることにより、人類を罪から贖い出す御業は成就し、キリストの栄光は明らかにさせることになった。そして、「見よ、これがあなた方の王である」との言葉は、その言葉を発した当人の思惑がどうであれ、我々には救いを齎らす言葉として響くのである。

 さて、人々の動きとやり取りをしばらく追って行く。ピラトが、「見よ、これがあなた方の王である」と言った時、人々は叫んで言った、「殺せ、殺せ、彼を十字架につけよ」。 「殺せ」とはユダヤ人からピラトに向けての要求である。十字架刑はローマの刑である。ユダヤにはない。ユダヤでは極刑は石を投げつけて殺すのである。死体を木に掛けて置くことは律法で禁止されるから、ユダヤでは十字架刑は行なわれない。だから、ユダヤ人が十字架刑を要求したかどうか疑問だと見る人がいる。だが、イエス・キリストが十字架につけられて死にたもうたことについては、最も古い資料の一致によって確かめられるので、十字架を文学上の創作であると見ることは出来ない。

 ただ、ユダヤ人の持っている常識では、ローマでこういう場合十字架刑に処せられるのであるから、それの実行を求めたということである。 その次にピラトは言う、「あなた方の王を私が十字架につけるのか」。 ピラトのこの言葉には幾通りもの反論と慨嘆が籠められているようである。ピラトがますます恐れたと先に8節で読んだ。ピラトには初めから恐れがあった。その恐れがますます募って来たのである。理由が我々にはよく分からないが、このことに携わらせられることの恐れ、そこから逃れようとするもがきのようなものがある。祟りと言われるものを恐れたのであろうか。この恐れを彼の言葉のうちに読み取らなければならない。

 ピラトは「王」という言葉に引っかかっている。ユダヤ人の指導者や祭司長たちはこの言葉を何のはばかりもなしに使う。「王」だとは思っていないから気が軽いのである。ユダヤ人にとって「王」という言葉は訴える口実として思い付いただけのものである。 同じユダヤ人でも民衆、もっと正確に言うならばガリラヤに住むユダヤ人のうちの少なからぬ人たちは、6章で見たように、主イエスを捕らえて「王」にしようとした。これを主イエスご自身はキッパリ拒否したもうた。そして翌日はカペナウムまで追って来たこの人たちと決裂したもうた。それでも、祭司長たちとは随分違う。

 しかし、ピラトはまたちがう。ヨハネ伝18章33節、また37節でピラトの口からこの王という言葉が出た時、主イエスは「あなたの言うとおり私は王である。私は真理について証しをするために生まれ、またそのために世に来たのである」とお答えになった。ピラトにはこの「真理」ということばが分からなかったから、主イエスの言われたことの全体が分からなかった。それでも、分からぬながらに、ここに真実があるのではないかと思ったのである。だから、ユダヤ人の王を自分が殺すわけに行かないと言い張るのである。

 そこで「祭司長」たちが答える。ここでは「ユダヤ人」というふうには書かれていない。重大なことであるから、冷静な判断を失した群衆が叫ぶべきことでない。祭司長たちがみんなを代表するつもりで答えたのであろう。 「私たちにはカイザル以外に王はありません」。こうまでハッキリ言い切って良いのであろうか。彼らは不承不承カイザルの支配に屈服していたが、それは外面のことだけで、内心は決してカイザルを王と認めていなかったはずである。

 このように言い切ったのは、イエスを殺すためなら何でもしなければならないという態度を取ったからであろうと察せられる。そのために、ユダヤ人は国をカイザルに渡してしまったではないか、と解釈するのはユダヤ人に対して酷な言い方かも知れないが、彼らが何が何でもナザレのイエスを殺そうとし、そして殺してしまった大事件が何の徴しも呼び起こさなかったと見て良いかどうか。主が譬えでお示しになったように、葡萄園の農夫が主人の息子を殺した時、主人は報復したではないか。そういう問題は残るのである。今の世代がその責任を問われる、と言われるのである。

 16節に、「そこでピラトは、十字架につけさせるために、イエスを彼らに引き渡した。彼らはイエスを引き取った」と書かれている。

 本当に、ピラトはユダヤ人に主イエスを引き渡し、ユダヤ人がイエスを引き取って、自分たちで処分したのであろうか。22節を見ると、兵卒が主イエスを十字架につけたと書いてある。ユダヤ人に引き渡して、ユダヤ人に十字架につけさせたということでないと見なければならないのではないか。引き渡したとは、この処刑の責任をユダヤ人が取るということを表わす儀式めいた手続きがあったということかも知れない。

 「イエスは自ら十字架を背負って、されこうべ(ヘブル語ではゴルゴタ)という場所に出て行かれた」。 これは広く知られている場面である。詳しい情景描写をしようとした文章ではない。ゴルゴタという場所は、正確なところ分からなくなったのであるが、エルサレムの第一城壁の外、第二城壁の内側で、西北の区画である。宮があり、その北にピラトの官邸があったと思われる東北の区画からは西である。

 ゴルゴタという地名はその丘の形がされこうべを連想させるものであったからとも、実際に骸骨がゴロゴロ転がっていたからとも言われるが、死体が骸骨になるまで放っておかれたとは考えられない。 主自ら十字架を背負われた。このことは、ごく簡略に描かれている。十字架を負う時クレネ人シモンが手伝ったというようなことは書いていない。人々の関与なしに主は十字架を負いたもうたことに留意させられる。

 18節以下は情景が最小限思い描くことが出来るように語られている。「彼らはそこで、イエスを十字架につけた」。その場所はゴルゴタであったが、その場所についての説明はない。見たことのない人にその場面をどういうふうに思い描けば良いかの指示もない。架空の場所でない実在の場所で十字架につけられたことが分かればよい。

 次はやや詳しい、「イエスを真ん中にして、ほかの二人の者を両側に、イエスと一緒に十字架につけた」。

 あと二人、十字架刑に処せられた人がいた。その二人についてここには犯罪人と書いていない。犯罪人でなくて政治犯あるいは危険思想家であろいか。熱心党の指導者かも知れない。もう一人一緒に処刑させることになっていた人にバラバがいることを我々は18章の終わりの記事から教えられている。その二人がバラバより重い罪に問われた人なのかどうか。その名前はどうなのか。記録がないから何も分からない。

 死刑囚がほかにもいたが、この時はイエス以外二人に絞ったということも想像できなくはない。とにかく、主イエスと一緒に十字架につけられたのが二人であったことは全ての福音書が一致している。ゴルゴタの三本の十字架という形、図案がこれで決まった。

 我々が十字架を描く時、あるいは心に描く時、三本描くのがほぼ決まりになっている。真ん中の十字架がイエス・キリストである。その両側、それについては何も決まりはないのであるが、ルカ伝では一方を悔い改める罪人、他方を悔い改めない罪人として対置させている。人はしばしばその一方が自分の行くべき位置ではないかと考え、あるいは、自分がつけられるはずの位置にイエス・キリストがついて下さったと考える。とにかく、一本だけの十字架ではない。

 19節、「ピラトは罪状書きを書いて、十字架の上に掛けさせた。それには『ユダヤ人の王、ナザレのイエス』と書いてあった。イエスが十字架につけられた場所は都に近かったので、多くのユダヤ人がこの罪状書きを読んだ。それはヘブル、ローマ、ギリシャの国語で書いてあった」。

 三本の十字架を描けば、それはゴルゴタであるという了解が我々の常識になっている。説明なしでも三本の十字架というシンボルで意味が分かったことになっている。しかし、この理解、この常識は問題だ。罪状書きが見る人の頭に入らなければならない。「罪状書き」とは分かり易く言えば「タイトル」である。それが三つの国言葉で書かれているということは、どれかの国語でそれを読むことが出来ることを象徴する。ヘブル語も、ギリシャ語も、ラテン語も知らない人には、その人の言葉で事柄の説明があるという意味になる。

 最後にもう一つやり取りがあった。21,22節である。ユダヤ人の祭司長たちがピラトに言った、「『ユダヤ人の王』と書かずに、『この人はユダヤ人の王と自称していた』と書いて欲しい」。それの対してピラトはキッパリ答える、「私が書いたことは、書いたままにして置け」。

 ユダヤ人はこの罪状書きに自分たちが納得したならば、イエスを自分たちの王として認めてしまうことになる、と慌てたのである。「ユダヤ人の王であると自称した」と書くなら、王でないのに王であると主張し、そのために死刑になったという意味になる。 この申し出をピラトがはねのけたのは、これまで散々手古摺らしたユダヤ人に対する最後の抵抗、いわばシッペイ返しであったかも知れない。ピラトにどれだけ深い考えがあったかは分からない。しかし、とにかくこれで、十字架につけられた人のタイトルは確定した。それが我々にも示されていることを理解しなければならない。このタイトルを我々は掲げるのである。

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