2004.03.07.

ヨハネ伝講解説教 第181回

――18:20-24によって――

 
 イエス・キリストの裁判が、ユダヤの大祭司と、ローマから来た、この地方では最高の権力を持つ総督とによって行なわれたことはよく知られている通りである。主は二重の意味で裁かれたもうた。
 さて、ヨハネ伝福音書は、総督ピラトによる裁きについて、19章で割合に詳しく述べている。だが、大祭司のもとで行なわれた裁判については、簡単に語るだけで済ませている。審問の内容を見ても、実質的には裁判になっていない手続きがあっただけである、と言うのと同然である。
 大祭司は審問を開始した。しかし、主イエスはお答えにならなかった。ただ、こう言われた。「私はこの世に対して公然と語って来た。全てのユダヤ人が集まる会堂や宮で、いつも教えていた。何事も隠れて語ったことはない。なぜ私に尋ねるのか。私が彼らに語ったことは、それを聞いた人々に尋ねるが良い。私の言ったことは、彼らが知っているのだから」。
 この答えのままで裁判が終わったとは到底考えられないのであるが、何があったかは記されていないから、我々には分からないのである。裁判として、その先どう運ばれたかは想像によって補うことなら出来るかも知れない。しかし、我々は書かれていないことを不確かな想像によって付け足すことは慎むほかない。
 24節の、「それからアンナスはイエスを縛ったまま大祭司カヤパのところへ送った」とある、その後のカヤパのもとでの裁判については、結局何も分からない。たしかに、テキストはこのまま終わったと読んでは不自然である。そこで、24節の言葉はもともとは19節の前にあったと考えることにするが、それでも、やはり不自然なものは残る。とにかく、書かれたことがこれだけであるなら、これだけから読み取るべきことを読むほかないという姿勢で学びを進めることにする。
 前回、19節で見たように、審問の中味として、大祭司は主イエスに「弟子たちのこと」また「イエスの教えのこと」を尋ねようとした。この尋問の意図は必ずしもハッキリしているとは言えないが、「弟子たち」がどのように集められているか、何のために集められたか、弟子たちの間にどのような動向があるか、この弟子の集め方が社会問題ではないか、そういうことが第一の点であった。
 第二の点は、「イエスの教え」に関してである。前回も触れて置いたが、主イエスと律法学者の間で交わされた律法解釈についての論争は、ここでは殆ど関知されていない。ここでの尋問は、主イエスがキリストについてどう教えたもうたかという点に絞られたと考えられる。すなわち、主イエスが「自分こそがキリストである」と教えたもうたのではないかとの疑念から来ている。
 目を転じると、この尋問に当たるところが、マタイ伝では26章にあるカヤパの尋問で、それは「あなたは神の子キリストなのかどうか、生ける神に誓ってわれわれに答えよ」という問いになっている。マルコ伝でも同じであり、ルカ伝でも主旨は一緒である。その問いに対して主イエスは「あなたの言う通りである」と答えたまい、大祭司は衣を裂いて叫ぶ。これだと筋の運びはハッキリする。
 大祭司の聞きたかったのは、主イエスが「メシヤ来臨の約束は今こそ成就した。メシヤの王国は今こそ実現する。みんな集まれ。全国的に蜂起せよ」、そういう教えではなかったかと問うことではないかと推定される。
 この点についてヨハネ伝はどう言うか。主は、御自身が神の子であり、父から遣わされた者であると言われるが、それでも、10章24節で読んだように、ユダヤ人はキリストを取り囲んで、「いつまで私たちを不安のままにしておくのか。あなたがキリストであるなら、そうとハッキリ言って頂きたい」と要求している。ご自分がキリストだとハッキリ言っておられなかったのは確かである。
 これに関連して他の福音書を見ると、主イエスは、ご自分がキリストであることを決して言われなかった。ただ、例外はある。ピリポ・カイザリヤ地方に行かれた時、弟子たちに「人々は人の子のことを何と言っているか」と尋ねられ、弟子たちが答えると、それに続いて、「それでは、あなたは私を誰と言うか」と聞かれた。ペテロが答えた時、主はそのことを誰にも言うなと固く禁じたもうた。
 そのことから8日目、高い山に3人の弟子を連れて行き、山の上で御姿が栄光の姿に変わるところをお見せになり、その後でまた、「いま見たことを誰にも言ってはいけない」と戒められた。弟子たちが彼はキリストではないかとウスウス感じていたとしても、これは口に出してはならない秘密であった。
 さて、大祭司の見解は、ラザロの復活の事件の直後、人々が騒然とした時、11章47節から50節ですでに開陳された。「祭司長たちとパリサイ人たちとは、議会を召集して言った、『この人が多くの徴しを行なっているのに、お互いは何をしているのだ。もし、このままにして置けば、みんなが彼を信じるようになるだろう。その上、ローマ人がやって来て、私たちの土地も人民も奪ってしまうであろう』。彼らのうちの一人で、その年の大祭司であったカヤパが、彼らに言った、『あなた方は、何も分かっていないし、一人の人が人民に代わって死んで、全国民が滅びないようになるのが、私たちにとって得だということを。考えてもいない』」。
 大祭司はこの考えに基づいて、主イエスを殺さねばならないと決心していたのである。しかし、人を殺すには、それだけの理由を引き出すための裁判がなければならないから、死刑判決の理由となる材料を集めようと焦っていた。
 しかし、大祭司が尋ねても、主イエスは答えたまわない。ほかの福音書では、大祭司の前にいろいろな証拠が集められた。しかし、証拠として採用するだけの確かなものではなかったと書いてある。その方が実情に合っていたのではないかと思われる。事実を調べ、それを証拠によって確定して行くのが裁判の順序である。そういう審理が行なわれたと取れる記事はヨハネ伝にはない。
 主イエスは答えないで、「私の言ったことは、それを聞いた人々に尋ねるがよい」と言っておられる。それだのに、尋問の答えを得ないままに裁判は終わってしまった。これは、裁判が手抜きの杜撰なものだったということか。ヨハネ福音書の記事が記録としては欠陥あるものだからか。我々には分からない。
 ここで一こと、重要な考察をしなければならない。すなわち、キリストは人間の邪悪な誤解によって、本当は死ぬべきでないのに、欠陥ある裁判によって殺されたもうたのか。裁判というものは正義の回復と貫徹のためにあるはずであるが、ユダヤ議会と大祭司による裁判に、どういう正義があったのか。正義がないとすれば、彼の死には意味がなかったのかという問題が生ずる。錯誤に基づいて執行された死刑であったなら、なかったことにして置くわけには行かないとしても、裁判のやり直しをして、判決の取り消しと名誉回復を行なうべきか。
 だが、そういうことは誰も提唱しなかったし、我々キリストの御あとを慕う者らもキリストの裁判のやり直しを主張していない。
 福音書記者ヨハネは、上に引いた11章の大祭司の言葉に続いて、「このことは彼が自分から言ったのではない。彼はこの年の大祭司であったので、預言をして、イエスが国民のために、ただ国民のためだけではなく、また散在している神の子らを一つに集めるために、死ぬことになっている、と言ったのである」と注釈する。この註釈によって重大な疑念が解けるのである。主イエスの死は非業の死ではない。
 カヤパの発言と行動は彼自身のものと見る限り、全くの錯誤、また悪意によると言うほかない。しかし、彼自身からのものでないから、すなわち自分では意識しないが、神から来たことに基づいて語りまた実行したのであるから、無意味として取り消してはならないのである。
 以上に雑然と考察したのは、今日学ぶテキストに入る前、心に留めて置かねばならない予備知識、あるいは周辺を固めて置かねばならない知識である。今日学ぶところでは、その予備知識に触れることはなく、主イエスが大祭司の問いに答えることを拒否しておられるのを見る。
 彼は御自身の教えが何であったかには触れないで、「私はこの世に対して公然と語って来た」。ここに「パレーシア」、公然と、あからさまに、という言葉が用いられる。これが福音を語る語り方であるということを我々は教えられて来た。「私の教えはいつもオープンであった」と主張される。これは、キリストの受難と直接関係ないとも言えるが、彼の教えがどのように与えられたかを示すものである。この後いつまでもキリストの教えが、こういう形で宣べ伝えられねばならないという意味もある。キリストには秘密の教えというものはない。ある段階まで進んだ者にでなければ教えてはならないという上級の教理はない。また、前もって準備して置くことを教えを聞くための条件とされることもない。誰でも近づくことが出来る。
 先にも触れたが、絶対に口外してはならないと言われた事項はある。しかし、秘密の教えとして与えられたのではないし、教えて置いて、今のは秘密だと言われたのでもない。時が来れば秘密は解禁されるというのでもない。これは信仰によってのみ見えて来ることなのだから、信仰によらない単なる噂話しとして広まってはいけないし、単なる期待として、その期待が高まって発火点に達するということであってもいけない。十字架の躓きを越えたところで、目が開かれ、「主よ信じます」と告白するのでなければならない。このように見えて来ることは、秘密が解けると言われる場合もあるが、秘密として教えられるわけではない。
 これが主イエスの教え方であり、したがって、キリスト教会の教え方であることを良く心得て置きたい。勿論、教える順序としてより相応しいものと、そうでないものの違いはある。だから、後で教えられた方がよい教えを初めに教えないということはある。また、主御自身が、弟子たちには奥義を教えるが、民衆には譬えで教えるという区別をしておられたような区別もある。それでも、初めての人でも斥けられることはない。長い信仰の道を歩んで来た人と、全く初めて御言葉を聞く人とは横一列に並ぶ。
 そういうわけで、キリストの言葉はいつも公けになっている。ある人が「これは私の好きな聖句だから、人には読ませない」というようなことを言ってはならない。私物化は出来ない。誰にでも開かれている。そういうわけで、聞かれて都合が悪いから隠さなければならないというようなことは起こらない。キリストの教えに怪しいところがあるのではないかと疑って探りたい人は探って良いのである。
 「私が彼らに語ったことは、それを聞いた人々に尋ねるが良い」と言われる。キリストの教えは率直なのだ。聞いた通りに受け取れば良い。言われたことの裏をとらなければ本当のことでない、というような教え方をする人があるが、キリストはそういう教え方はされないのである。
 だから、キリストの教えは裏返しにすることなく、ストレートに伝えられて行くのである。
 22節に行くが、「イエスがこう言われると、そこに立っていた下役の一人が『大祭司に向かって、そのような答えをするのか』と言って、平手でイエスを打った」と記録される。
 主イエスはこの尋問者が大祭司であるとは認めておられなかったかのようである。この場面とある意味で似た情景が、使徒行伝23章に記されている。パウロがユダヤ人に訴えられて、議会に引き出され、大祭司アナニヤの前に立った。パウロは議会を見詰めて、「兄弟たちよ、私は今日まで。神の前に、ひたすら明らかな良心にしたがって行動して来た」と言う。すると、大祭司アナニヤが、パウロのそばに立っている者らに、彼の口を打てと命じる。その時、パウロは「白く塗られた壁よ、神があなたを打つであろう。あなたは律法にしたがって私を裁く座についているのに、あなた自身は律法に背いて私を打つことを命じるのか」と言う。
 そばの人がそこで言う、「神の大祭司に対して無礼なことを言うのか」。パウロは言う、「兄弟たちよ、彼が大祭司だとは知らなかった。聖書に『民のかしらを悪く言ってはいけない』と書いてあるのだった」と。
 パウロが大祭司アナニヤを知らなかったというのは、皮肉を籠めた言い方ではないかと思う。この章の6節で見られるように、パウロは議席を眺めて、誰がサドカイ人、誰がパリサイ人と区別が出来たのである。議員たちの顔を知っており、それがどの派に属するかも知っている者が、アナニヤを知らなかったとは考えにくい。ここには律法に背いて人を打たせることを命じるような者が、どうして大祭司であると考えられるであろうか、という含みがあるように思われる。また、人を打つとは、律法の禁止条項にはないが、人のうちにある神の似姿を打つことであるから慎まねばならないというのがパウロの解釈である。
 今、関係あるとも言えないパウロの裁判の場面をここに引いたのは、イエスとパウロ、カヤパとアナニヤという違いはあるが、大祭司の審問風景をしのばせるに無駄でないと思われたからである。
 下役の一人が平手で主イエスを打った。これはパウロの場合のように大祭司から命令されてしたのでもなく、自分の軽率な判断で、大祭司に対する礼儀を欠いているからけしからんと思っただけのことで、私的な悪念でそうしたのだ。それを主イエスがたしなめたもうたのも、パウロの場合と同じで、人は憎しみや蔑みで人を打ってはならないからである。
 「イエスは答えられた『もし私が何か悪いことを言ったのなら、その悪い理由を言いなさい。しかし、正しいことを言ったのなら、なぜ私を打つのか』」。
 主は不正にひたすら耐え、悪逆をなすがままにしたもうたのではないか。その解釈は修正しなければならない。不正を見逃すということではないのである。申命記25章1節に「正しい者を正しいとし、悪い者を悪いとしなければならない」と規定されている。正しい裁判をしないで人を罪に定め、罰を負わせることは本当は出来ないはずである。
 主はこういうことにおいても正義が行なわれることを求めたもう。もっと大きい不正が裁判で行われているのに、その裁判を忌避することをしないで、下役の小さい落ち度を責めるのは片手落ちではないかという疑問があるかも知れないが、小さいことを指摘しておられる厳密さに留意しなければならない。

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