2004.02.22.

ヨハネ伝講解説教 第180回

――18:15-19によって――

 
 今日学ぶところの中心は、19節以下に書かれている通り、我々の主イエス・キリストが大祭司の法廷に立って裁かれたもうた箇所である。大祭司はなるほど裁いた。しかし、それは神を人間が裁くことであったから、裁く者自身が崩壊して行くことを我々はここに読み取らずにおられない。その前、15節から18節までのところは、興味もあるし、よく知られている下りではあるが、本筋というよりは挿話である。人間としての弟子たち、また人間ペテロの躓き、そういうものに興味を持ち過ぎては、大事なことが見えなくなってしまう。
 神の子、イエス・キリストが大祭司の前で裁きを受けたもう。それは、33節以下にローマ総督ピラトの前で裁きを受けたもうたのと対をなしている大事件である。この二つの法廷を関連したものとして捉えることが、意味を掘り下げるに必要だということを我々はすでに学んでいる。
 神が人を裁きたもう歴史がずっと続いているが、人が神に反逆する歴史も続いている。ノアの洪水の前からそういうことがあった。洪水の後、人々がバベルの塔を建てたのも反逆であった。今日の強国による弱小国の攻撃と破壊も神に対する冒涜である。しかし、人間の中に立てられた大祭司が、人間を代表するつもりであり、一人を抹殺することによって全人民を助けるつもりであろうが、神の子キリストを冒涜する最大の罪を犯している場面を、小さいこととして見てはならない。
 その大祭司が何という名の人であったか。他の福音書で言われているように、カヤパなのか、ヨハネ伝で今読むテキストが言うように、カヤパの舅アンナス、この年の大祭司でない人なのか。この問題について、前回、やや限度を越えたかも知れぬほど込み入った話しをした。すなわち、ヨハネによって初めに書かれた福音書本文のこの部分が、事故によって一度壊され、バラバラのなり、それをあとで復元しようとした時、文章の並びが入れ替わったかも知れない。そこで、その仮説にしたがって、本来のものらしい順序に並べ換えることが試みられている。一応納得の出来るものになり、大祭司の名に関しては、他の福音書との食い違いも解消する。
 詳しいことは繰り返さないが、オリブ山で逮捕され、縛られた主イエスは、縛られたままアンナスのところに先ず送られ、アンナスは主イエスを縛ったままカヤパのもとに送り、カヤパが審問した、というふうに文章を入れ換えるのである。
 こういう修正を受け入れて善い場合があるとは思うが、原則を考えると、よほど慎重にしなければならない。すなわち、読みにくい箇所があると、安易に、これは原文が損なわれたのだと説明し、本文を訂正して、読みやすく、読んで納得出来る文章にしてしまうことが横行するようになると、聖書を謙虚に敬虔に読むことが出来なくなってしまう。現在その危険はかなり大きい。書かれたもの、そして世から世へと伝えられたものは、やはり尊重されなければならない。
 前回やや詳しくのべたので、今回は本文の問題には触れないで、ひたすら読んで行こう。すなわち、「大祭司」とあるところは、書かれている通り「大祭司」と讀み、「大祭司カヤパ」とも「大祭司アンナス」というふうにも言わないでおく。また「アンナスは………大祭司カヤパのところに送った」という下りは、その通りに読む。すなわち、「大祭司アンナス」がでなく、ただ「アンナス」が送った、というふうに読むことにしよう。
 大事な点は、大祭司が神の子イエス・キリストの裁きを行なったというところにあり、それがアンナスであったかカヤパであったかは、今日の学びにとってどちらでも良いのである。
 さて、その裁きの場面を学ぶ前に、エピソードとして挿入されているところを先ず読まなければならない。「シモン・ペテロと、もう一人の弟子とが、イエスについて行った」。
 「もう一人の弟子」、――これが誰を指すかは、ヨハネ伝を読み慣れた人ならば、説明なしで分かる。福音書記者ヨハネは、へりくだりのためであろうと思われるが、この書の中に自分の名を挙げない。そのため、かえって名のない弟子はヨハネのことであると判定できる。
 ヨハネがペテロと特に親しい関係にあったと考えられるふしがあるのだが、そのことにつては何も書かれていない。しかし、この二人が一緒に行動した事実は書かないわけには行かなかった。思い起こさなければならない最たるものは、主の復活の朝の二人の行動である。朝、暗いうちに墓を訪ねたのは、マグダラのマリヤである。彼女ほど熱心に主を求める弟子がいなかったということだと思われるが、そのことには今は触れない。主の墓の入り口の石が転がされて、墓が空になっているのを見たマグダラのマリヤは、驚いて、この事件をペテロとヨハネのいるところに伝える。すなわち、弟子たちは散ってしまったらしいが、この二人は別々にならなかった。
 彼らのいるところが謂わばアジトで、マグダラのマリヤならば知っている程度の連絡の中心であったらしい。そして、彼らが散ってしまった弟子たちの中心になっていた。弟子のなかの最年長のペテロと最年少のヨハネが一緒にいることになった理由についても今日は触れない。
 こうして、この二人は主イエスの墓に向かって一斉に走り出す。若いヨハネの方が早く墓に着いたが、彼はペテロの到着を待って、二人で墓に入って中が本当に空であることを確認する。そういうふうに、この二人は弟子たちの中で中心的役割を担う人であったが、主イエスの裁判の時も、他の弟子は来ないのに、二人は大祭司の家までついていったようである。
 8節で主イエスは捕っ手に向かって、「私を捜しているなら、この人たちを去らせて貰いたい」と言って、弟子たちを逃がしておられる。だから、ペテロもヨハネも一旦は逃げたと思われる。しかし、二人とも間もなく我に返って主の後を追った。そして群衆の中でまた一緒になった。彼らが主イエスについて行って大祭司の中庭に入ったのは、アンナスとところなのかカヤパのところなのか、それは詮索しない。
 「この弟子は大祭司の知り合いであったので、イエスと一緒に大祭司の中庭に入った。しかし、ペテロは外で戸口に立っていた」。ヨハネが大祭司と知り合いだったことに関する裏付け資料になるものを我々は何も知らない。だから、書かれている通り受け取るほかないであろう。
 知り合いだったというのは、どういう理由で、どの程度の知り合いだったのか、それは分からない。門番の女中にも顔を知られているほどであったことは分かる。門番はヨハネが中庭に入るのを当然と見た。
 ヨハネが外に立っているペテロを中に入れた事情は推測出来る。ペテロにもヨハネにも主のみあとに随いて行こうという志があったことは確かであると看倣しておく。ペテロは13章37節で、「主よ、なぜ、今あなたに随いて行くことが出来ないのですか。あなたのためには、命も捨てます」と言った。これは弟子仲間で自分の立派さをひけらかすためであったと取ってもその解釈には大して意味はない。むしろ、彼が本気でそう思っていたと受け取った方が有益である。ただし、誠心誠意そう願っていたとしても、彼は破綻するほかなかった。
 この二人が捕らえられたもうた主のあとを追ったのは、主の苦しみを見届けたいからであったであろう。つまり、主の受難の証人になるべきだと考えていたからである。証人ならば、二人立てなければならない。そこで、ヨハネは知り合いの門番に頼んで、ペテロも入れて貰おうとする。
 もっとも、弟子たちには、主イエスが屈辱を忍びたもうその極みに、主の栄光が立ち現われるのではないかという期待があって、それを見たくて随いて来たと解釈する人もいる。あり得ることではあるが、弟子のうちにそういう考えがあったとしても、我々にとってはさほど意味のある解釈ではない。
 さて、門番の女はヨハネの頼みを受け入れてくれたのであるが、ペテロに対して、「あなたもあの人の弟子の一人ではありませんか」と尋ねた。これは私見であるが、「あなたがあの人の弟子の一人であることを私は知っていますよ」という意味ではないと考えられる。26節に出て来る人はペテロに、「あなたが園であの人と一緒にいるのを私は見たではないか」と言ったが、それとは調子が違うように思われる。この三人目の人には決めつける調子がある。第一問の場合は穏やかだ。
 彼女は、いわばこのように言ったのではないかと想像されるのである。「私はあのヨハネさんが、あのナザレ人イエスの弟子だということを知っているのです。あなたもそうなのではありませんか」。――彼女がナザレのイエスと、その弟子たちの一団に対して好意的であったと想像することは、十分可能であるが、そうであったと主張することは差し控えるのが適当であろう。それでも、彼女の語ったままの言葉のニュアンスを捕らえることは我々に出来ないとしても、彼女が疑惑と敵意をもって「あなたも、あの方の弟子ではありませんか」と言ったと考えないほうがよい。
 もし、彼女がここで、意地悪い、あるいは敵意のあらわな、逃れることの出来ない質問をしたならば、ペテロも身構えて、精いっぱいの勇気を奮って、本当のことを言ったであろう。軽い気持ちで打ち消すことが出来るような語り掛けをされたから、つい気を緩めて、好い加減な返事をしてしまうということはあるのである。
 初めは穏やかな質問であった。ペテロは軽い気持ちで答えた。二度目は少し厳しくなる。しかし、先の答えが人に聞かれているから、嘘を嘘によって固めなければならない。三度目にはもっと強い調子で決めつけられる。そうすると否定する方も躍起になって否定し、大がかりな偽りの証しをすることになる。
 途中から「先に言ったことは間違いであった」と取り消すことは出来るのである。早いほどしやすい。しかし、人はそれをしようとしない。
 ペテロの否認については、まだ考える機会があるから、二度目、三度目にも繰り返し学ぶことが出来るであろう。ペテロは主イエスとの関係を否認した。軽い気持ちで言ってしまった。そして、それがどんなに重大なことかに気付こうとしなかった。改まってキリストとの関係を問われたならば、確かに私はあの方の弟子である、と答えたところであるが、軽い調子で問われたから、キリストとの関係という大事な問題を見落として、見落としていることにも気付かなかったのである。
 「僕や下役どもは、寒い時であったので、炭火を起こし、そこに立って当たっていた。ペテロもまた彼らに交じり、立って当たっていた」。
 僕と下役、これはゲツセマネで主イエスを捕らえた人たちである。先ほど、ペテロたちとは敵味方の関係で睨み合った。そういう人たちと一緒に火に当たるとは大胆というより無神経かも知れない。何か奇跡的なことが起こるのを期待した、不健全な冒険主義があったのではないかと言われるのももっともである。
 ここにはまた不信仰者との同化という問題がある。キリストに属する者が、キリストに敵対する者と一緒にいることがいけないとは、単純には言えない。イエス・キリストは取税人・罪人と交わりを持っておられた。キリスト者が不信仰者と同じ姿勢で火に当たって、彼らのうちに溶け込もうとしていたのがいけないとも言えない。キリスト者として目に立たねばならないとは言えない。しかし、キリスト者が周囲に摺り寄って、不信仰者と同化してしまうことは避けなければならない。
 19節に入るが、「大祭司はイエスに弟子たちのことやイエスの教えのことを尋ねた」。これに対して答える必要がないという意味のことを答えておられるのは、次の節で読む通りである。
 大祭司が一人で審理に当たっているように見えるが、議会が裁いたのではないか。その通りである。大祭司が一人で立ち回るように見られるのは、議会の議長として、議会を取り仕切って、自分で質問を全部したということであろう。
 大祭司が明らかにしたいと思ったのは、「弟子たちのこと」と「イエスの教えのこと」である。弟子たちのこととは、彼に従う人たちのことで、それがどれくらいの人数おり、どういう動きをしているかということ。つまり、ローマに敵対するほどの勢力に育っているのではないのか。あるいは、ローマが警戒せずにおられない程の勢力になっていないかどうか。――それが気になっていたのである。
 大祭司が主イエスの教えについて尋ねたかったのは、先祖以来、神の言葉によって教えられて来た主の民の守るべき教えからそれていないかどうかである。これは祭司によって代表されている教えの権能に反する項目がないか、祭司制を脅かすほどの教えを与えたことはないのかということについての審問をしようとしたということである。
 これまで主イエスとユダヤ人の間でしばしば論争が行われたが、主としてパリサイ派との間で起こった軋轢は、一つは律法解釈に関するものであり、これに祭司たちは余り深く関与していなかったであろう。祭司たちはサドカイ派であった。
 もう一つはメシヤについての教えである。10章24節で、ユダヤ人が言う、「いつまで私たちを不安のままにして置くのか。あなたがキリストであるなら、そうとハッキリ言って頂きたい」。イエスがキリストであるということを否定も出来ず、肯定もできず、本人に言わせるという確信のない態度をとっている。
 大祭司は地上の宗教的最高権威であるとされていた。権威の階段を登り詰めた者であった。彼らは真理の代表者であり、神の代理人であると自認していた。その傲慢の故に自ら躓いたのであろうか。それもあるであろう。しかし、謙遜の修練を積めば、過ちを防止することが出来たと考えては安易である。
 真の大祭司は彼ではないのに、自分が頑張って祭司の職務を果たそうとしたところに彼の躓きがあった。彼の前に立っておられる方こそが本当の大祭司であった。それが我々には見えなければならない。

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