2005.08.28.


イザヤ書講解説教 第33回


――8:5-15によって――

 

 

 「主はまた重ねて私に言われた、『この民はゆるやかに流れるシロアの水を捨てて、レジンと、レマリヤの子の前に恐れ挫ける。それゆえ、見よ、主は勢いたけく、漲りわたる大川の水を、彼らに向かって堰き入れられる。これはアッスリヤの王と、そのもろもろの威勢とであって、その全ての支流にはびこり、全ての岸を越え、ユダに流れ入り、溢れ漲って、首にまで及ぶ。インマヌエルよ、その広げた翼は遍く、あなたの国に満ちわたる』」。
 7章の初めからの預言が続いているのである。アハズ王の時代に、北王国イスラエルの王ペカと、スリヤ王レヂンが連合してユダに攻め込んだ。「王の心と民の心とは、風に動かされる林の木のように動揺した」と7章2節に言われている。
 その時、預言者イザヤを通じて神からアハズ王に与えられた命令の託宣はこれであった。「気を付けて、静かにし、恐れてはならない」。――気を付けるとは、信仰的緊張の維持である。静かにするとは、動かないこと、何も企まないこと、策を弄しないことである。そして、恐れない。つまり、全ての心配事を神に委ねた者として、心は平静で、信頼と確信に満ちていることである。ところが、こう命じられたのに、王と民らは全面的にその逆を行った。
 恐れてはならないのに、恐れた。ということは、真に恐るべきお方を恐れることが忘れられているということである。何もするな、と言われたのに、あれこれ必要もないことを行なったとは、神への反逆であるとともに、自己を破滅させるわざである。8章の初めで見たように、子供が生まれて、「お父さん、お母さん」と言うことを知る前に、ダマスコとサマリヤ、すなわちスリヤの都と北王国の都は、略奪に遭って滅びるのである。アッスリヤに支援を求める必要はなかった。支援を求めたことは取り返しのつかない失敗だった。
 すでに7章17節以下で見たように、アハズ王はアッスリヤに助けを求める工作を始めていた。列王紀下16章に読む通りである。アッスリヤは、北王国とスリヤを併せたよりも強大であるから、二つの国を牽制することが出来ると考えられた。目に見える武力だけを見て判断したのである。
 これは浅はかな考えであった、と今日言うのは簡単なことである。しかし、その時、ユダ王朝の政策を決定する役人の多くは、これに賛成した。すなわち、今日も行なわれている共同の安全保障政策である。あるいは大国の傘のもとに庇護されようという政策である。
 それがいけないこと、愚かなことだと一概に言えるかどうか。それは、かなり難しい問題である。どの国も、いつの時代も、このようなことをして諸国のバランスと取る操作をしている。しかし、他の国々はともかく、神の民の建てている国が、神の命令に反して、人間の考えで自国の安全保障を得ようとするのは、確かに間違いである。人間の目にはこの政策が賢明であると見えたであろうが、神は、そういうことをしてはならない、そういうことをすれば、更に大きい禍いを自ら引き入れることになる、と予告された。だから、我々としては、神が「してはならない。これをするともっと大きい禍いになる」と警告されたことに先ず聞き従うべきであろう。
 神の民の建てた国である場合以外なら、国際問題や防衛政策まで、このように扱わなくても良いのではないか。そんなに厳密に考えることはないかも知れない。しかし、我々が御言葉の示す範囲内に、つつましく留まらねばならないことは確かであるとしても、それだから神の支配の及んでいる広大な領域のことを考えなくて良いとか、我々の住む国の政治が神の御旨と関係なしに行なわれても無関心であって良い、というようなことは正しくない。
 また、強大な他国の力の庇護のもとで安全を保つことが間違いだということには必ずしもならない。しかし、他国から庇護されるとは、隷属ではないとしても、依存である。依存して悪い訳では必ずしもないが、依存して何かを失なうということはある。特に、自由な礼拝が出来なくなるということはある。かつてイスラエルの民がエジプトに行って奴隷となり、そこから解放されることを求めたのは、労働からの解放ではなく、礼拝の自由を獲得するためであった。今、もし礼拝の自由が脅かされることがあるならば、そこからの脱出は重要である。それを求める人がいると知ったなら、その人のために祈らなければならない。
 今日の御言葉の学びに入って行くが、5節の初めに「主はまた重ねて私に言われた」とある。これが、どういう状況であったのか、我々には良く分からない。イザヤが息子シャルヤシュブを連れて、布晒しの野へ行く大路に沿う上の池の水道の端でアハズ王に会って、預言を語って、その預言がまだ続いているのか、……一旦閉じられて、別の機会、別の状況において語られたのかどうか。多分、別の状況であろうが、それはどちらでも良いことである。
 ここで考えさせられるのは、神の言葉が、我々に対してもそうであるが、一般的に言って、「重ねて」与えられるという実状である。一度きりということは先ずない。同じ内容の言葉が、慰めの言葉にしろ、警告の言葉にしろ、必ずと言ってよいほど繰り返される。何故か。我々には一度では分からないからである。あるいは、分かったつもりであっても、繰り返し聞かなければなかなか掴めないということがある。あるいはまた、聞いてはいるが、聞き従っていない場合が多い。あるいは分かったことは分かったが、忘れるのである。
 この度は、神は調子を変えて、預言者に詩的な表現を取らせ、また象徴に託した語り掛けをしたもう。それが聞く人の感性に沁み入りやすいからであると思われる。二つの川を思い描かせられる。一つはシロアの水である。もう一つは「大川」と書かれているユフラテ川である。
 ユフラテ川の水が堰き入れられるとは、アッスリヤの大軍がユダ国に乱入する有様を描いたものである。それも、ユダの国の処置のまずさが招き入れた禍いである。ユフラテ川は今もイラクの国を流れ、その面影は新聞の写真でも見ることが出来る。シロアの水はどこにあったかを辛うじて知り得るだけで、実際に水の流れているところを見ることは出来ない。
 「シロアの水」とは、ヨハネ伝8章で主イエスが生まれつきの盲人に目を洗いに行けと言われた「シロアムの池」、その池に貯えられる水が、泉から導かれるその流れである。この泉は「ギホン」と呼ばれ、古い時代からあった。シロアムの池と水路は何度も改修工事がなされた。泉から湧き出た水を通すだけであるから、川と言ってもまことに小さかった。ゆるやかに流れるというと美しいが、水量が少ないから早く流れさせる必要がない。
 これはエルサレムの生活が依存する神の恵みを象徴すると解釈出来るが、またダビデ王朝の支配の象徴と取る人もいる。ダビデ王朝は神によって選ばれたダビデを源泉とし、神の恵みによって支えられた。起こっては倒れる王朝の多い中で、ダビデ王朝は王統を比較的長く保って来た。それはしかし、シロアの水のように細々と流れる。ユフラテの水と比べれば断然見劣りする。
 「レヂンとレマリヤの子の前に恐れ、挫ける」と言うのは、レヂンとレマリヤの子という二人の王の前では、アハズ王は冴えない。知恵において多少優れているように見えたとしても、貧弱に見えたのである。アハズ王をけなして言うわけではない。主の民の王にとって必要なのは、武勇ではなく、第一に主の律法を守り、国民に守らせること。第二に、ソロモンにその範例を見ることが出来るように、知恵を神に祈り求め、優れた知恵によって国造りをする者であることである。だから、見るからに弱々しくあっても、心配は要らない。神が守りたもうからである。
 「ゆるやかに流れるシロアの水を捨てた」という言い方は、アハズがオドオドしていた頼りなさ、また判断の誤りも含むが、国民が弱い王を見限って、戦争に強い王を求めたという意味も併せ含むと思われる。人々は正義とか、公平とか、悟りとか、洞察を求めず、表面的な強さ、武力を恐れていたのである。
 王の抱く神信頼の深さ、律法を守る忠誠、聡明さ、貧しい人々への思い遣り、そういうものが国を建て上げて行く上で大切なことであるが、ユダの国民は王に期待すべき資質を期待せず、表面的な華やかさや、表面的な勇ましさを求めるなら、それは国にとって不幸である。
 その結果がアッスリヤ王によって齎らされたユダ国の危機である。それは7章17節で、「エフライムがユダから分かれた時からこの方、臨んだことのないような日」と言われた危機であった。ただし、それによってユダが滅びてしまうということではなかった。大川の水が、ユダに流れ入って、溢れ、漲り、首にまで達する。けれども、頭の上を越すことにはならなかったのである。同じ民族に属する北イスラエルの国は王朝も国民も滅びる。しかし、ユダは滅びなかった。後しばらくは続くのである。
 もっとも、このことは南王国がいつまでも存続するということではない。南王国も滅んだのである。ダビデ王朝から離れて王朝を建てたヤラベアムの国は結局滅びたが、南王国の滅亡が遅かっただけである。――ただし、神はこの出来事を、残りの者が残されることの徴しの一つに加えておられる。徴しを示したもうただけであるから、この国が永遠に残ると見る必要はないが、南王国が滅びなかったこと自体でなく、残ったことを徴しとして読み取る意味は小さくない。
 次に、7節の後段であるが、我々の聖書では「インマヌエルよ」との呼び掛けから始まる。だが、「インマヌエルよ」という言葉は、原文の順序では、この節の文章の終わりに来る。その順序通りに聞くのが正しいと思う。
 インマヌエルは7章14節に出た子供の名前である。ここでも、子供の名を呼んでいると取って良いのであるが、子供を呼んで何かをさせるというのではなく、名前の意味そのものが注視される。すなわち、「神われらと共に」という事実について神を讃美したと取るべきだ。
 ユダの国中に破滅が押し寄せ、漲りわたったけれども、「神ともに在ます」ことは、いわば翼を広げて覆うように、国のうちを守ったのである。だから、その守りがあるかないかで、残される者は残され、滅びは首にまでは達しなかったのである。
 次に移る。預言の言葉としては続いているが、来たるべき事柄の預言でなく、言葉の調子は確信の宣言である。「もろもろの民よ、撃ち破られて、驚き慌てよ。遠き国々の者よ、耳を傾けよ。腰に帯して、驚き慌てよ。腰に帯して、驚き慌てよ。共に謀れ、しかし成らない。言葉を出せ、しかし行なわれない。神が我々と共におられるからである」。――この最後の言葉は7節の終わりと同じインマヌエルへの呼び掛けである。
 文章のこのくだりは、「もろもろの民」と「我々」とを対比させた構図になっている。そして、「我々」と言う側の者らは、「神共に在ます」と言う側、インマヌエルの立場にある者たちである。ここではインマヌエルは人名という意味ではなくなり、むしろ証しの集団である。そこにはインマヌエルという名の子供も含むが、その一団である。16節に、「私は証しを一つに纏め、教えを我が弟子たちのうちに封じて置こう」と言われているがその一団、また、18節に、「見よ、私と、主の私に賜わった子たちとは、シオンの山に在ます万軍の主から与えられたイスラエルの徴しであり、前触れである」と言われているその一団である。
 「もろもろの民」と「我々」が対比されていると言ったが、それには二重の対比があるように思われる。一つは、ほぼ異邦人と主の選びの民との対比である。「共に謀れ、しかし、成らない」という所では、エフライムとスリヤの共謀とその失敗が語られていることが分かる。アッスリヤの軍勢が攻め込んでもユダが消滅しなかったこともこれに符合する。
 しかし、もう一つ、「もろもろの民」と「我々」との対比のより重要な局面は、イスラエルであると言ってはいるが、残りの民ではない者らと、民の中の残りの民との対比である。この対立は深刻である。実際、ユダ国においても国の安全のために様々な企てが考えられた。しかし、それは結局行われなかった。
 「主は強い御手をもって、私を捕らえ、私に語り、この民の道に歩まないように諭して言われた、『この民が全て陰謀と称えるものを陰謀と称えてはならない。彼らの恐れるものを恐れてはならない。また戦いてはならない。あなた方は、ただ万軍の主を聖として、彼をかしこみ、彼を恐れなければならない。彼はイスラエルの二つの家には聖所となり、また妨げの石、躓きの岩となり、エルサレムの住民には網となり、罠となる。多くの者はこれに躓き、かつ倒れ、破られ、罠に掛けられ、捕らえられる』」。
 主なる神がイザヤを通じてアハズに語りたもうというよりも、イザヤその人に語りたもう。多くの者はイザヤのすることを「陰謀」だと言ったのである。すなわち、政府の取る政策に反対し、これを失敗させようとしている。だから、反政府的陰謀だと言われたのである。しかし、神は言われる。これは陰謀ではない。
 預言者は反国家的犯罪者と言われていたのである。こういうことが常時あったわけではないが、珍しいことではない。預言者、また預言者と共に歩む残りの者は「この民の道に歩まないように」と神から諭されて、民衆と対決しなくてはならない。そのような人は民衆の敵とされて迫害を受けるのであるが、そのような人が出現してこそ、神の民は立ち抜くことが出来るのである。主イエスが「喜び、喜べ、あなた方の前の預言者たちも、同じように迫害された」とマタイ伝5章12節で言われたのはこのことである。
 神御自身がイスラエルの二つの家、すなわちユダとエフライムにとって、聖所であるとともに、躓きの石となりたもうのであるから、主の遣わされた預言者も、その預言者とともに証し人として立つ者も、ある人たちにとっては、躓きそのものなのである。ここで倒れる者が多くいても、不思議に思ってはならない。苦しくても耐えなければならない。まさにこのようにしてこそ救いの言葉は宣べ伝えられる。
 我々はここに、キリストの証し人の姿をまざまざと見るのである。これはまるでイエス・キリストの語られた言葉そのもののように聞こえるではないか。イエス・キリストの十字架こそが躓きである。そして、イエス・キリストは「我に躓かぬ者は幸いなり」とマタイ伝11章6節で言われたのである。躓かぬとは、苦しみに遭いながら、主にしたがうことを捨てないことである。

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