2005.06.26.


イザヤ書講解説教 第31回


――7:15-25によって――

 

 インマヌエルという名の幼な子の、おとめからの誕生が、「徴し」として与えられるという約束がなされた。この約束、また預言の含む内容は、幾層にも重なるものであるから、丁寧に読み解いて行かねばならない。一つ二つのことを読み取っただけでは余りにも不十分なのである。
 予告されたのは「徴し」であるから、実際に見ることが出来る。それは徴しであるから、それに結び付いて与えられた御言葉を聞くことと併せて見ることによって、意味の把握が出来る。こういう事情は我々の常々教えられている通りである。さて、インマヌエルと名付けられる男の子が、これから身ごもられて、生まれる。そういうことは、この社会の中ではありふれた、日常的な出来事で、特別な出来事とは見えない。つまり、「徴し」であるということすら確認しにくいのである。
 ここで大事な点は、驚くべき出来事が起こって、人々の目を引きつけており、その徴しを取り上げて、預言者が説教をしたというのとは違う。おとめが身ごもるということは、人々の注意を引くことだったかも知れないが、旧約の時代には誰もこれを取り上げなかった。その事の意味の大きさは、長い時間を掛けて分かって来るものであった。大事な点は、神がこれを徴しとして受け止めよと命じておられること、そしてこの事の核心部分は、「インマヌエル、神われらとともに」との神の約束がそこに籠められていること、したがって、王や人々はこの幼な子を見るごとに、「神われらとともにいます」との確認をするということである。
 アハズ王と人々の恐れている危機状態は、まだ当分続くのである。嬰児の誕生によって世の中がパッと明るくなる、というような簡単なものではない。その子供が大きくなるまで、人々は艱難に耐えて待っていなければならない。しかし、ただ苦しんでそれに耐えるというのでなく、神がわれらと共にいてくださるとの確信の齎らす平安のうちで、耐えるのである。与えられたのはそのような徴しであった。
 徴しの示すことをもっと分かり易く把握するためには、イザヤ自身がどのように受け取ったかを思いめぐらせて見るのが良いであろう。このインマヌエルという名の子供がアモツの子、預言者イザヤの子であったと確定するには論拠がなお十分ではないように思うから、今はその子がイザヤの子であることを前提にして議論を進めることはしない。しかし、8章18節で言われていることをここに当てはめる解釈を試みることは出来る。イザヤはこう言っている、「見よ、私と、主の私に賜わった子たちとは、シオンの山にいます万軍の主から与えられたイスラエルの徴しであり、前ぶれである」。
 預言者としての召しをうけたイザヤ本人、その語る言葉と、その生き方は一致していなければならないが、それのみでなく、彼に与えられている子たちまで含んだ一団が、イスラエルにとっての徴しで、この徴しは主からその民に与えられたものだというのである。インマヌエル、神われらと共に、この信仰を固くする徴しが彼自身にも与えられていた。それは我が子であってもなくてもインマヌエルという名を持つ幼な子であった。
 イザヤとイザヤの一家が、イスラエルに対して徴しとなるという意味と使命を持つのである。そのことをさらに押し広げて、今日も主の使命に生きる信仰者、すなわち我々は、御言葉を宣べ伝えるにせよ御言葉を聞くにせよ、自らの立てるべき証しを考える時には、その家族も、この世に対する徴しという意味を持つのだと弁えるべきだと論じることは出来る。今日のような時代には、このことが平凡な時代よりも一層良く分かる。だが、この事に今日はこれ以上は触れない。各人でよく考えることにする。
 今日与えられている言葉から考えを深めて行くべき方向は、イザヤ自身にとって、イマヌエルという名の幼な子、すなわち、神の予告に基づいて生まれて来、神の指定にしたがって名付けられた幼な子を、ジックリ見ることは、「神われらと共に」との確信をさらに固くする手段でもあったということ、そしてこのような確信の再確認は、現在の我々にとってヨソゴトではないということである。
 我々には「神われらと共に」は、イエス・キリストにおいてすでに成就したと宣言されている。しかし、預言の成就はされたけれども、そのキリストは今は世を去っておられるから、目で見ることは出来ない。すなわち、目で見てではなく、彼の語りたもうた御言葉によって、我々は与えられている恵みの全てを把握することが出来る。しかし、我々には、なお信仰の弱さがあるために、弱さを支える支えを主が与えておられる。それならば、これによって支えられることを拒絶してはならない。すなわち、目で見ることの出来る徴しである。――これは7章10節以下で主がイザヤを用いてアハズを譴責したもうた主旨である。
 我々も「神われらと共に」という最も基本的な福音の言葉を繰り返し確認していなければならない。
 アハズ王に与えられた徴しは、インマヌエルという子供の誕生であった。ところが、その子が身ごもられ、やがて誕生するというだけでなく、「その子が悪を捨て、善を選ぶことを知るまで」見続けなければ徴しとして完結しない、と言われるのである。それが何歳になることを指しているかについては、人々の解釈はいろいろに別れる。しかし、少なくも数年は待たねばならないということには誰も異論がないであろう。子供が生まれるまで待てば良いと考えてはならない。
 その頃になれば、「あなたが恐れている二人の王の地は捨てられる」。すなわち、今ユダ国を脅かしているエフライムとスリヤの二国の滅亡が起こると予告される。単に生活が楽になって、乳製品や蜂蜜を食べることが出来るというだけでなく、二つの国が崩れ去る。だから、この二つの国の連合軍が今攻め寄せて来ているが、恐れることは何もない。防衛策を講ずる必要もない。そういうことをインマヌエルの誕生は告げる。
 しかも、この預言はそこで終わっていない。「主はエフライムがユダから分かれた時からこのかた、臨んだこともないような日をあなたと、あなたの民と、あなたの父の家に臨ませられる。それはアッスリヤの王である」。一つの脅威は過ぎ去るが、もう一つの脅威が続く、という預言が、徴しを伴って与えられる。
 エフライムとスリヤによって悩ませられたよりも遥かに大きい艱難が来ようとしている。それは、実は、二つの国の連合軍に攻められた恐れから免れようとして、姑息な対策をしたことが却って有害であったということなのだ。
 アハズが二つの国の軍隊に攻め入られて、非常に恐れ、エルサレムの防衛のために奔走しただけでなく、その二つの国の向こう側にあるさらに大きい国アッスリヤの援助を求めたことについては、前回触れておいた通りで、歴代志下28章に記載されている。それは軍事的援助を求めただけでなく、臣従を誓うほどであって、神殿の宝物も王家の宝も提供したし、アッスリヤ王の好む礼拝様式を採り入れもするという、取り返しのつかない過ちを犯してしまったのである。イザヤはそういう動きを知っているので、あなたが頼みとするアッスリヤは、あなたの助けとならないどころか、むしろ、この国にとってかつてなかった禍いとなると預言する。
 それならば、「神われらと共に」という約束はどうなっているのであろうか。もちろん、これは真理であるから揺るがない。しかし、「神われらと共に」との恵みの真理を、真理に相応しく受け入れないならば、真理の力は恵みとしては作用しないで、禍いを引き入れる結果にしかならない。それは、真理から離れて破滅の中に落ちて行くというふうに捉えるべきではない。神はともにいたもう故に、背く者に対する神の報復は直接的であり、強烈であり、峻厳なのである。
 そこで、次の18節以下の預言に進んで行かねばならない。「その日、主はエジプトの川々の源にいる蝿を招き、アッスリヤの地にいる蜂を呼ばれる。彼らは皆来て、険しい谷、岩の裂け目、全ての茨、全ての牧場の上に留まる。その日、主は大川の向こうから雇った剃刀、すなわちアッスリヤの王をもって、頭と足の毛を剃り、また髭をも除き去られる」。
 これがアッスリヤの侵入の預言であることはすでに明らかである。したがって、「その日」と言われるのがどの日を指すかについて、議論するには及ばない。けれども、我々はイザヤ書で「その日」ということばを何度も聞いているので、今この言葉について、しばらく立ち止まって考えて見たい。
 10章10節には「その日にはイスラエルの残りの者と、ヤコブの家の生き残った者とは、もはや自分たちを撃った者に頼らず、真心をもってイスラエルの聖者、主に頼り、残りの者、すなわちヤコブの残りの者は大能の神に帰る」と言われる。これは「その日」という言葉の意味を最も鮮明に輝き出させている文例の一つであろう。すなわち、「その日」という言葉は、終末的事態の起こる日として使う時に最も充実感を伴って語られ、かつ聞かれるのである。
 11章10節11節に語られる、「その日、エッサイの根が立って、もろもろの民の旗となり、もろもろの国びとはこれに尋ね求め、その置かれる所に栄光がある。その日、主は再び手を伸べて、その民の残れる者をアッスリヤ、エジプト、パテロス、エチオピヤ、エラム、シナル、ハマテ及び海沿いの国々から贖われる」というのも同様である。
 先にも言ったように、イザヤ書では「その日」という言葉が要所要所に用いられることに我々はすでに気付いている。またイザヤ書で最も重要な箇所の一つとして、2章の預言があることも知っている。「終わりの日に、次のことが起こる。主の家の山は、もろもろの山のかしらとして固く立ち、もろもろの峰よりも高く聳え、全ての国はこれに流れて来、多くの民は来て言う、『さあ、我々は主の山に登り、ヤコブの神の家へ行こう。彼はその道を我々に教えられる。我々はその道に歩もう』と。律法はシオンから出、主の言葉はエルサレムから出るからである」。――そこで言われた「終わりの日」、その響きにこだましているのが、そこかしこにある「その日」という言葉であると見て良いが、先ず出て来るのがその章の11節であった。「「その日」には、目を上げて高ぶる者は低くせられ、奢る者は屈められ、主のみ高く上げられる」。
 しかし、今日学ぶ7章18節以下に頻々と出て来る「その日」、「その日」という言葉は、そのような終末的な、また救済的な意味が直接的に反映している日であるとは読めない。これは前に書かれていたことの結果こういうことが起こるという説明である。ではあるが、我々はこれが終末の光りを或る程度反映している言い方であることを、無視してはならないであろう。
 前に遡るが、3章と4章にも「その日」という言葉は頻りに出ていた。いろいろな階級に対する裁きがくだる。勇士、戦人、裁判官、預言者、占い師、長老、そして美しく装っていた女たちも立ち行かなくなる。3章18節に「『その日』主は彼女らの美しい装身具を取り除きたもう」と言われ、4章1節で「『その日』7人の女が一人の男に縋って、うんぬん」と言われた。それに直ぐ続いて、4章2節では「『その日』、主の枝は麗しく栄え、地の産物はイスラエルの生き残った者の誇り、また光栄となる」と言われる。初めの二回と三回目とでは含まれる意味がかなり違う。しかし、別のものとは決して言えないものがあることを読み取らねばならない。
 さて、7章18節で「その日、主はエジプトの川々の源にいる蝿を招き、アッスリヤの地にいる蜂を呼ばれる」というのは、終わりの日、救いの日について語るものではない。この禍いの預言はある日が来て実現した。しかし、終わりの救いがその日に全うされたということではない。
 次の20節には、「大川の向こうから雇った剃刀、すなわちアッスリヤ王」と語られるから、18節の「アッスリヤの地にいる蜂」というのもアッスリヤ王であることは明らかである。では、「エジプトの川々の源にいる蝿」というのは何か。エジプト王のことか。すなわち、エジプト王とアッスリヤの王と、その率いる大軍を同時に呼び寄せて、ユダの国を荒しまくらせるという意味か。――そのように解釈できれば最も自然であるが、すでにアッスリヤの齎らす禍いについては預言されているのに対し、エジプトによる禍いについてはこの文脈の中では何も語られていない。また、アッスリヤの侵入は実際に予告通りであったが、エジプト軍による侵略については事実がなかったらしい。
 したがって、「エジプトの川々の源から招き寄せられる蝿」というのは、アッスリヤの蜂と同類の物をさすのではなかろうかと思われる。要するに、ここでは、禍いが神の命令によって起こることを言うのであって、アッスリヤであれエジプトであれ、強大な権力を持つ国家が彼ら自身の自発性によって悪事を起こすのではなく、神の計画によってすべてが起こるのである。
 アッスリヤとエジプトがこの節では同列に扱われているが、ユダの王はエフライムとスリヤからの攻撃に対抗して、アッスリヤに助けを求めたのと並行して、二股かけて、エジプトにも助けを求めたことはあったと見る方が当たっているかも知れない。18章から20章に掛けて、また30章-31章にも、イザヤが親エジプト政策に断固として反対した記録が記されている。ユダの政府の中で、エジプトから軍事援助を受けようとする秘かな策動があって、イザヤがそれを知っていたことはあり得た。そのような策略が却って禍いを招くことになったという意味が含まれていると読んでもよいであろう。
 それはそれとして、神は何ゆえそのような苦しみを起こしたもうのであるか。その理由は明快である。神は正しい支配者として、ご自身の裁きを行ないたもう。では、神の民ユダの側に原因があるということか。そう見られなくはないが、そう見るだけであれば、ここから読み取られるのは単なる道徳的教訓、あるいは政治の思想に終わる。道徳的教訓や政治思想を読み取って、一つの国が如何にして健全に立って行けるのかを学び取るならば、それは有益な学びに違いない。――もっとも、そのような教訓を読み取った人は、少なくともその時代にはない。後世、歴史から学ぼうとする賢者がそれを書物にした。
 では、賢者によって書かれた書物が次第に増えて来たからには、愚かな国造りは歴史の中でだんだんなくなって行ったかというと、そうではなかった。読むべき書物はあるが、それを読まなければならない人は読まない。だから、いよいよ愚かな国造りと国の支配へと傾いて行くようになって来ている。
 そのようなことを今論じる必要は余りない。というのは、この世のことについて教会が語ることは控えた方が良いから、という理由によってではない。神の御旨に適わないことが公然と行なわれている時代に、神の民がそれを黙って見過ごして良いとは決して言えない。語るべきことは語らねばならない。
 しかし、今日の聖書の学びの中では、もっと大事なことを読み取らねばならないから、触れなくても分かっていることは省略しても許されるであろう。今はインマヌエル預言の続きを学んでいるのである。インマヌエル預言は7章14節で語り尽くされたのではなく、この後もずっと続いている。インマヌエルの到来を待つ民は、インマヌエルについて学びをさらに深めなければならない。
 神によってこそ存立すべき神の民の国が、神の御旨に背いて国を建てようとし、結果として国を滅ぼすのは、言うまでもなく愚かである。その愚かを繰り返してはならないという警告は他の国に対しても教訓として発せられて良いであろう。しかし、神の民の立てる国は、諸国のよき模範とならねばならないと言うことは間違いでないとしても、そのように最も賢明な国造りに励めば良いというものではない。
 キリストの王国に召されている者らが、時満ちて始められるキリストの御国を如何にして建てるかを学ぶという備えが必要であった。
 神が共にいます。そのことを約束された者は、神とともに歩む者として歩まなければならない。神と共に歩むならば、よこしまな生き方は出来ないし、神がともにいて下さらないかのような恐れを捨てなければならない。

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