◆今週の説教 2000.08.27.◆ |
エゼキエル書講解説教 第33回――32章によって――
エゼキエル書第32章では、前半にエジプト王パロのための悲しみの歌が歌われ、後半にはエジプトの民衆のための嘆きが、歌ではなく散文で記されている。エジプトへの裁きの預言は、29章の初めから延々と続けられて来たが、今回で終わる。
32章前半部分の預言があったのは、第12年12月1日であり、後半部は同じ12年の1月15日である。後半部の方が先に語られたのに、なぜ順序を逆転して後に記録されているかについては分からない。日付の書き方が間違っているのではないかと疑う人もいる。すなわち、17節の日付は本当は1節の日付の後だったと見ると、自然なような感じになると言うのである。そして、ある写本では、1節の「第12年」とあるところが「第11年」になっている。これが正しいのかも知れない。とすれば、前半の預言の1月半の後に17節以下の預言があったことになる。日付の順序の問題についてはこれ以上は触れない。 1日というのは新月であり、15日は満月である。イスラエルでは古くから、新月には祭りがあったので、捕囚の民は集まったと考えられる。エゼキエルは祭司であったから、その集会を指導した。その日に臨んだ御言葉は、その集まりの中で語られたと考えて無理がないであろう。満月の時は特別な行事はないが、1月15日ならば過ぎ越しの祭り、7月15日は仮庵の祭りではなかったか。バビロンで過ぎ越しの祭りに人々が集会を開いたという証拠はないのだが、捕囚の生活の中で先祖の守った祭りを重んじたことは当然であろう。この時の預言は過ぎ越しと大いに関係があると思われるし、前半の預言と後半の預言が余り時間的な隔たりなしに続いたように感ぜられる。 エルサレムがバビロン軍によって陥落したのは、列王紀下25章3節、またエレミヤ書39章2節の記事によれば、ゼデキヤ王の11年4月9日である。ゼデキヤはバビロンによって王として立てられ、同時にバビロン捕囚が始まったのであるから、ゼデキヤの11年というのは、エゼキエルの数え方で言う第11年である。とすれば、エゼキエル書32章の預言の語られた12年には、エルサレムはすでに滅亡していた。そして、32章後半の預言が語られた時が12年の1月だとすれば、その時には、バビロンにいる捕囚は、まだその事実を知っていなかったらしい。というのは、エゼキエル書33章21節によれば「私たちが捕らえ移された後、すなわち第12年の10月5日に、エルサレムから逃れて来た者が、私のもとに来て言った、『町は打ち破られた』と」と書かれているからである。 エルサレムが打ち破られてから、その知らせがバビロンの囚われ人に齎されるまでに1年半もかかるのは遅すぎるのではないか、という疑問がある。1年長すぎると見た方が良い。しかしこれ以上説明がつかないから、詮索することは省いて、書かれているままに受け取って置きたい。エルサレムの陥落を知らなかったとは、彼らがまだエジプトの助けをあてにしていたことを示唆する。 さて、32章の内容に入って行かねばならないが、1節からの預言の結びとして16節にはこう纏められる。「これは悲しみの歌である。人々はこれを歌い、もろもろの国の娘たちはこれを歌う。すなわち、エジプトと、その民衆とのために、これを歌うのであると、主なる神は言われる」。 たしかに、これは歌である。韻文である。悲しく重苦しいリズムの歌である。預言者はこれに悲しい節をつけて歌って聞かせたのである。多分、人々にも歌わせようとしたのであろう。 2節では「エジプトの王パロのための悲しみの歌」と言われたが、16節では「エジプトとその全ての民衆のための悲しみの歌」と言われる。だから、王の葬りを歌ったものには違いないが、パロが滅びるというだけではなく、エジプトがその全民衆とともに滅びることを言ったのである。王も人民もエジプトの一切が滅びるのである。エジプトを頼みとする期待が崩れ落ちるのである。 エジプトが何かを象徴しているのではないかと難しく考える必要はない。例えば、新約のヨハネ黙示録に、はバビロンの滅亡の場面が描かれているが、そこでバビロンと言われているのはローマのことである。栄華を極め、道徳的退廃の極に達し、皇帝礼拝を強制し、またキリスト教を迫害し、証し人の血を流しているローマがやがて滅びること、聖徒たちに忍耐はなおしばらく続かなければならないことを予告した。だが、ここでは、エジプトはエジプトである。歴史の中にあるエジプトである。預言者はバビロンのネブカデレザルがエジプトに攻め込んで滅ぼすと預言しているのである。ユダの人々がその文化に憧れ、その武力に依存しようとしたそのエジプトである。バビロンに捕らえ移された人々の中にも、エジプトへの依存と期待は大きかった。 彼らがエジプトに依り頼む根拠は全く薄弱であった。エジプトから、「同盟を結ぼうではないか」、「バビロンの脅威のもとに曝されているユダの国を保護してあげよう」という誘いはあったかも知れない。しかし、考えて見れば、エジプトがユダのために犠牲を払ってまで助ける理由はなかった。エジプトの利益のためにユダを弾よけに使おうという考えがあっただけだということは十分見抜けたはずである。ところが、ユダの王を初め政府の要人の大部分はそれを見抜けなかった。彼らはバビロンの圧迫に反発する余り、エジプトとの連携の意義を過大評価した。そしてバビロンとの和解政策を提唱するゲダリヤを失脚させた。 彼らの観察は真相を見抜くことが出来ない表面的なものであった。そしてエジプトに寄せる期待は根拠のない、虫の良い、むしろ空想と言った方が適切なようなものであった。バビロンがユダを攻め取るのをエジプトが容認するはずがないから、キット助けてくれる、というのが期待の根拠であった。バビロン軍がエルサレムを包囲した時、エジプトが軍を動かし、そのためバビロン軍が一時囲みを解いたことがあったのは事実である。しかし、エジプトはそれ以上には動かなかった。期待は空しかった。それが分かってからもユダの人々のエジプト依存心はなくならなかった。期待すべきはただ神のみである。何よりも、国が立ちまた倒れるのは、天地の主にして創造主なる神によるということを彼らは考えようともしない。 「義は国を高くする」と箴言14章34節は言う。義をもって立たない国は滅びるのである。義をもって立たないとは、一つには内には権力を振るい、外に向けては武力を誇示することである。さらに、義をもって立つとは、富と、華麗さと、文明によって国が立つという考えとも全く矛盾する。すでに、エゼキエルの預言によってツロの滅亡を教えられたのだが、ツロは平和な商業国家として立ち、軍事侵略は行なわず、世界各国と交易して富を蓄積して行った。だが、非軍事国家であれば良いということにはならないのを我々は教えられたのである。 義をもって国が高められるならば、自国の軍事力や文明や富に依存しないだけでなく、他国の軍事力や富や文明にも依存しないようにしなければならない。これは今日の我々のよく考うべきことである。我々の国は正しい道を滑り落ちて、今や悲惨な誤謬に陥っているのである。 2節に言う、「あなたは自分をもろもろの国民のうちの獅子であると考えているが、そうでなくて、海の中の龍のようなものである。あなたは川の中に跳ね起き、足で水を掻き混ぜ、川を濁す」。 これはエジプト王で、その頃まだ若かったパロ・ホフラのことを歌ったものである。若獅子というのは力強く、スタイルが良くて颯爽としているが、エジプト王は不格好な怪物であるという。川の中に住んでいる龍のようなものである。龍というのは、ナイル川の鰐のようなもの、その大型のものを考えてよいであろう、川の中で暴れて川を氾濫させたり、川の水を濁らせたりするだけである。 だから、「網で引き上げ、地に投げ捨て、鳥や獣の食い荒らすに任せる」と主は言われるのである。これは29章4節5節で、「私は鉤をあなたの顎に掛け、あなたの川の魚をあなたの鱗につかせ、あなたとあなたの鱗に付いているもろもろの魚を、あなたの川から引き上げ、あなたとあなたの川のもろもろの魚を、荒野に投げ捨てる。あなたは野の面に倒れ、あなたを取り集める者も葬る者もない。私はあなたを地の獣と空の鳥の餌食として与える」と言われるくだりで用いられた譬えとよく似たものである。 こうして、エジプトの王パロも、エジプトの人民も、エジプトの家畜も、多くの水の傍らから滅ぼされる。その時、「彼らは私が主であることを知る」と15節で言われる。すでにエゼキエル書で繰り返し聞いて来た言葉であるが、ここでこの言葉はしばらく途絶えることになるのである。17節以下の預言ではこの言葉はもう出ない。裁きが行なわれて陰府に落とされた後は、神が神であることを知ることすら出来ないからである。この言葉をまた聞くのは、35章の9節、15節である。セイル山とエドムの審判のところである。彼らは裁きに遭って、神が神であることを認めざるを得なくされる。 勿論、人々が主を主として知るのが滅びに遭う時だけに限られるのではない。36章の終わりにはエルサレムの回復のところでこの言葉が語られる。神は滅ぼす神であるのみでなく、救う神である。神の救いの御業に接して、これをなしたのが主であると知ることこそ相応しい。 しかし、御自身を神として認めなかった者に、神が滅ぼすことによってでも、それを認めさせたもうことは必要であろう。ただし、彼らが神を神として認めた時には、すでに遅いのである。時を失しないで、神を神として認め、告白し、神に栄光を帰しまつらねばならない。 17節以下の預言はエジプトの民のための嘆きであるが、嘆きの歌は19節だけで、あとの部分は裁きの遂行の物語りではなく、陰府の世界の物語りである。 神はエジプトを地の下の国、陰府に投げ捨てて、「下って、割礼を受けない者と共に伏せよ」と言われる。これが判決である。「割礼を受けない者」という言い方は必ずしも珍しくはないが、ここでは注目して置くべきである。28章10節でツロの王に対して「あなたは異邦人の手によって割礼を受けない者の死を遂げる」と申し渡された。 「割礼」は神の民たること、恵みの約束を帯びていることの印である。死んでもなおその恵みは空しくならないことを体に刻まれたこの印は物語っている。翻って、この印のない者は約束を持たない。陰府の世界に行っても、恵みの印のある者には死に対する勝利の復活が約束されている。割礼なき者には死への勝利はない。死が究極のものであって、それには勝つことが出来ない。 25章以来、アンモン、エドム、ぺリシテ、ツロ、シドン、エジプトに対する裁きが語られて来た。それが32章の終わりで閉じられる。33章からは新しい部分が始まる。同じような調子の異邦人への裁きの言葉に聞き飽きた人もあろうが、神は全地の支配者であられるから、全地を裁き、一つ一つの国に正しい尺度を当て嵌めたもう。また、神の選民に対して惑わしとなった民を裁きたもう。 さて、エジプト人は陰府に下って行くが、その様子が生々しく描かれる。21節、「勇士の首領はその助け手と共に、陰府の中から彼らに言う、『割礼を受けない者、剣に殺された者は下って伏している』と」。この言葉が案内人の最初の説明である。陰府の中から言う、とあるが、すべては見えないようでまた見えるようでもある薄闇に閉ざされ、説明者の姿が見えず、声だけが闇の中から聞こえて来るのである。 「ここに伏せっている人は皆、割礼を受けていない人で、また剣で殺された人です」。 割礼を受けた人はどうなのか。そういう質問はここでは的外れかも知れない。しかし、その問いに対する答えは37章で与えられるであろう。「見よ、谷の面には、はなはだ多くの骨があり、皆いたく枯れていた。彼は私に言われた『人の子よ、これらの骨は生き返ることが出来るのか』」。これは割礼を受けた者の骨である。それらは、37章で見るように、御言葉と御霊によって甦るのである。 これは皆剣に倒れた人たちである。剣以外の原因で殺された人は陰府のなかでも別の区画にいるということであろう。剣によって殺されたとは、剣による犠牲者というよりは剣を執ったから剣で殺されたのである。 陰府巡りの案内をその勇士の首領から聞くかのように説明が続く。遥か後世、「地獄篇」を書いた詩人ダンテが、案内人に導かれて地獄の各所を経めぐったあの発想は、ここからヒントを得たのではないかと思わせられる。すでに陰府に下っていた勇士の首領が陰府の道案内人として導いて行って説明するのである。 先ずアッスリヤの死人たちの一画に行く。アッスリヤについては、エゼキエル書では16章28節、23章には何度か、27章23節に出たが、イスラエルに偶像礼拝の感化を与えたものとして書かれていた。ここでは「生ける者の地に恐れを起こした者」と書かれている。周囲の国々に軍事侵略の恐怖を与えていた国である。「剣を執る者は剣によって滅びる」とイエス・キリストは仰せになったが、その通り彼らはみな剣で殺されて陰府に下ったのである。 次にエラムである。エラムについてはエゼキエル書に名の出るのはここだけである。ペルシャ湾の北からチグリス川の下流にかけてあった国でバビロンの東にある。アッスリヤに滅ぼされた。これも皆剣に倒れた者ら、生ける者の地に恐れを起こした者である。 次に、メセクとトバル。これは小アジアの国である。アッスリヤを脅かした。エゼキエル書では38-39章にイスラエルを脅かす者として出ている。ここにも「生ける者の地に恐れを起こした者」と書かれている。 次がエドムである。エドムについては25章に語られた。ここでもエドムが剣をもって他国を攻めたことが裁かれていると考えられる。 それから北方の君たち、シドン人。北の君というのは38章39章に登場する北の方の君主たちのことである。シドン人はツロをも含む民族である。 「パロは彼らを見る時、慰められる」というのは自分たちが特別に厳しい裁きを受けたのでなく、剣によって立つ国は皆このようになることを見て納得したという意味であろうと思う。説明はここまでであるが、我々は以上に語られたことに基づいて、生ける者の地に恐れを起こした国とその王たちをここに書き加えることが出来る。 割礼なき者たちは、全て剣を執る者として立とうとするが、剣で殺され、陰府の世界に落ちて行く。そこから生命の世界に戻って来ることは決して出来ない。約束を帯びて生きている者は彼らとは別な生き方をするのである。 |