2006.03.05.

 

使徒行伝講解説教 第49

 

――742-43によって――

 

 

  ステパノの説教はいよいよ大事な部分に入って行く。神がモーセを遣わし、民を教えたもうたその教えは、人々が先祖を通じて教えられていたところより、ずっと奥深い境地に入ったのである。ところが、民らは先祖の知らなかった反逆に凝り固まって行った。すなわち、偶像を人の手で造って、それを拝むということ、これはイスラエルにはこれまでなかったことである。こういうしきたりが異邦人の中にあることを彼らは知っていた。そして、全然別世界のことと感じ、何の魅力も感じなかった。異邦人の神は神というよりは別の物、人の手によって造られた品物、真の神とは本質を異にする被造物であって、目に見える形はあるが、物が言えない。したがって、それを拝む人との交わりは持てない。人間は言葉の世界に生きる者であるが、偶像は言葉とは無縁な存在である。それは無から有を造り出し、言葉をもって存在を創り出す全能の神とは全く違う。
 この神と人との関係は、ただ、神から言葉を賜り、イスラエルが聞いて答え、また従うという関係である。例えば、アブラハムはその神の言葉を聞いて、それまで生きて来た地を離れて、新しい行動をとった。そして神はこの人と契約を結びたもうた。そういう関係がここに始まった。以後、その神を教えるのは、親たち、先祖たちであった。エジプトで奴隷にされている彼らのもとに遣わされたモーセは、「あなた方の先祖の神が私をあなた方に遣わされたのだ」と自己紹介をした。それは彼らにとって未だ知らなかった言い方ではあったとしても、知られざる神ではなく、まさしく、先祖の仕えた神そのもの、見えざる実在者として受け入れられ、そこから遣わされた者に聞いたのである。
 モーセが人々をエジプトから解放して、シナイ山まで導き出した後、山の上に籠って40日間顔を見せず、言葉をきかせることもなかった。そのため人々は不安に陥って、安心のために、目に見える神の形を神の代わりにこしらえ、手元に置こうと考えた。形を見れば安心できるという考えである。
 これはイスラエルにおいては全く新しい発想であった。新しい発想が生まれたと言うよりは、異邦人の考える考えが持ち込まれたと取るべきだと思う。ただし、そういう考え方を受け入れる素地はイスラエルにもあった。エジプトにいた間、エジプト人の偶像礼拝を始終見ていて、その時はそれを別世界のこととしか思わなかった人たちが、自分たちも神を造ろうではないかと思い立った。その原因は不安である。
 偶像を造るとは、この民族の歴史としては、画期的な堕落であると言わねばなるまい。言葉を語る神ではなく、人間によって造られ、したがってまた人間によって考えられ、目で見ることが出来る物として座右に置かれる、そういう宗教に変わった。人間の造った物であるから、人間がそこに自由に書き込みをすることが出来る物、無から有を創造した神ではなく、人間の発想にしたがってその内容が整えられて行く、そういう物体を拝む宗教が入って来て、イスラエルは一挙に汚染されたのである。その日以来、主の民の中では偶像との闘いが熾烈に行なわれることになった。
 今日の問題にいきなり飛躍するようであるが、現代に至って、技術の蓄積がかなり進んだため、人間はロボットというものを製造し、販売するようになった。かつてはロボットは空想の産物であり、殆ど遊びとして見られていたが、一時代を経過しないうちに急速に実用化され、その実用化は業者の競争によって進歩し、かつて神に造られた人間が、今度は代用人間を造るまでになった。――次の段階では、人間は神を創り出し、それを販売するに違いない。いや、その販売はもう始まっていると見るべきであろう。
 これを「進歩」と呼ぶ人が今のところまだ多いかも知れないが、空恐ろしいことと感じる人が増えて行くに違いない。所謂「人類の進歩」が、人間を不幸に陥れていることは誰の目にも明らかであるような時代がもう来ている。
 人間が神を手で造り出した逆転、あるいは頽落の初めに引き返さなければならない時になっている。その初めを論じることは、我々の貧しい知性にはなかなかの難問であるが、神を造り出すことを考えなかった状態から、己れのために神を手で造るという考えに転換した時のことは、聖書を良く読めば、かなり詳しく捉えられる。それを今日は学ぶのである。これは昔々の物語りではない。
 42節以下に、こう書かれている。「そこで、神は顔をそむけ、彼らを天の星を拝むに任された。預言者の書にこう書いてある、『イスラエルの家よ、40年の間荒野にいた時に、生け贄と供え物とを私に捧げたことがあったか。あなた方は、モロクの幕屋やロンパの星の神を担ぎ廻った。それらは、拝むために自分で造った偶像に過ぎない。だから私はあなた方をバビロンの彼方へ移してしまうであろう』」。
 今日は使徒行伝のステパノの説教を学んでいるのであるから、広範囲のことを論じる訳には行かない。だから、上で触れ掛けた今日的問題は、各自自分で、事あるごとに思い巡らすようにしてもらいたい。これが昔話ではなく、当世風の文明評論でもなく、今日生きる信仰者の実存の問題であるとともに、聖書理解の重要な勘所であるということは、既にお分かりであろう。
 ステパノの説教のこの部分で、第一に、神が非常に怒りたもうた事実に注目しなければならない。山を下りて来て、金の子牛の像を見た時、モーセが烈火のように怒った事件は良く知られている。ところが、これ位のことでこんなにまで怒るとは、モーセが余程短気な性格の持ち主だったためである、と理解している人が多いのではないだろうか。だが、こういう理解では、聖書はオハナシとして、せいぜい処世訓として読まれるだけであって、この世と調子を合わせて生きて行くための参考に用いられるだけであろう。モーセの怒りは、ことの重大さを示すと悟らなければならない。
 モーセが怒ったのは、神の怒りを示す徴しである。神を信じ、神を礼拝する本来の信じ方が何であるか、本来の礼拝の仕方と真っ向から反する悪事が行なわれたではないかと示すのがモーセのこの時の怒りである。このことは先に述べた通りである。多少道を踏み外したかも知れないが、致命的な間違いではなかったのではないか。現に、敬虔なクリスチャンと言われている人の中にも、この種の偶像礼拝に対して寛容な人がいるではないか、と反論されることが良くあるが、神の怒り、モーセの怒りをハシタナイものと考える考えがキリスト教の中にも蔓延している。
 神が語りたまい、そこから全てが始まるのである。それが聖書の宗教である。したがって、人間の側について言うならば、全ては御言葉を聞くことから始まるのである。この順序が逆転させられていることの恐ろしさを、感じることが出来なくなったキリスト教の頽落、その悲惨さに気づいていない人が多過ぎるのだ。
 例えば殺人、これを何とも思わずに実行することは、もともと人間には出来ない。間違えて人を殺しても、良心がある限り罪責を忘れることは出来ない。知らぬふりをしようとしても、破綻してしまう。これはカインの物語りで明らかに示される通りである。――もっとも、現今では、殺人を平気で犯す人が増えた。そういうわけで、かつては殺人が最も恐ろしい犯罪だと人々が考えていた考えは、古い基準とされて、古いものは緩い基準に置き換えられるようになったのだ、と思う人もいる。しかし、この考えは間違いだ。人間が人間である限り守らなければならない基準は、時代が変わったからといって変わるものではない。その基準が基準でなくなったように見られるのは、人類の崩壊が始まったからに他ならない。
 そのように、人を殺してはいけないという基準が、人間の判断の中に生来刷り込まれている。それと比べると、偶像を造ってはならない、拝んではならない、という規定は生まれながらの人間には刷り込まれていない。だから、罪悪感なしに人を殺すことは出来ないけれども、罪悪感なしに偶像を刻み、罪悪感なしに偶像を拝むことは出来る。偶像が人類のためには都合の悪い物だから、廃止しなければならないと判断出来るほど人間は賢くない。だから文明が発達したようでも、宗教戦争はなくならないどころかますます盛んである。人間の手で造られた神社を拝んで、他国から非難させる意味が分からない人がこの国では威張っている。
 偶像禁止は、一見、人間の考える合理性とマッチしているようではあるが、実は、神の御言葉によって命じられたものである。だから、神の言葉を聞くという姿勢を取っていない人には、よく分からないのである。今後もこういうものであり続ける。神の言葉が生きた言葉、したがってまた命を与える言葉として聞かれているところでなければ、偶像を造らない、拝まない、という習慣は、習慣としては守られるかも知れないが、それだけである。人を生かすものにはならない。偶像礼拝という形をとらないとしても、生命なき人造宗教になる。
 第二に、ステパノが、モーセの時代からいきなり預言者の時代に飛んでいることを意外な論の進め方と思わないようにしよう。偶像礼拝否定には、今述べて来たような本質がある。それがイスラエルの中で常に良く理解され、遵守されたわけではなかった。このことが神の民の間で理解されるのは、戒めが教えとして解き明かされるようになったからである。その務めを担ったのは預言者であった。
 モーセの戒めに対する民の背反を譴責し、正しい守り方が何であるかを示したのが、モーセその人と言うよりは預言者であったとステパノは言うが、確かに、ステパノは預言者がその務めを適切に遂行したことを読み取っていたのである。すなわち、42,43節に述べられていることは、すでに律法書の中に明確に語られていて、人はこれを新しい教えとは思わない。が人々が良く理解していたとは言えない。ここには預言者の説教が加わらなければならない。
 例えば預言者エレミヤは、神に命じられて、3131節以下で、こう預言した。「見よ、私がイスラエルの家とユダの家とに新しい契約を立てる日が来る。この契約は私が彼らの先祖を、その手を取ってエジプトの地から導き出した日に立てたようなものではない。私は彼らの夫であったのだが、彼らはその私の契約を破った、と主は言われる。しかし、その日の後に私がイスラエルの家に立てる契約はこれである。すなわち、私は私の律法を彼らのうちに置き、その心に記す。私は彼らの神となり、彼らは私の民となる」。
 この預言が、イエス・キリストの来臨と、福音の到来を預言であることは知られる通りであるけれども、新しいものが来る時に、古いものが廃止されるとは言わない。新しい契約は人の心に記される。すなわち、石に刻まれるのでなく心に刻まれる。これは律法を全うすることでもある。
 モーセ律法を無視した人も多かったが、守っていると見られていた人の中にも、杓子定規的に守っているに過ぎない人もいた。律法が命を得させるものとして作用するためには、キリストによらなければならないことは、キリストのお言葉から明らかであるが、旧約の預言者も神から示されて、その意味に近いことは語っていた。契約や律法が心に刻まれるとはそういう意味である。
 偶像礼拝の破棄は、そこまで行かなければならない。預言者は古い律法に代わる新しい律法を与えたわけではないが、律法をどういう風に守るべきかについて深く、また具体的に教えた。預言者から聞き取らねばならない点は数々ある。特に現代において、神の言葉が生きて働くことを学びとらねばならないのであるが、旧約の預言者全体を共通して彼らが最も力を入れたのは偶像との闘いであったことは明らかである。偶像との闘いとは、言葉を換えて言えば、生ける御言葉のための闘いである。
 ここでステパノが預言者の言葉として引用しているのは、アモス書525-27節である。そこを我々の用いている聖書で読んで置こう。
 「イスラエルの家よ、あなた方は40年の間、荒野で私に犠牲と供え物を捧げたか。却ってあなた方の王シクテを担い、あなた方が自分で造ったあなた方の偶像、星の神、キウンを担った。それゆえ、私はあなた方をダマスコの彼方に捕らえ移す」となっている。
 使徒行伝の中に引かれているのと少し違うが、議会で原稿なしで語っているのであるから、問題にする必要はないと思う。むしろ、よく暗唱していたと尊敬するほうが自然である。この引用をルカが書き写した時、聖書を見ないで記憶だけで書いたと主張することは要らないが、ステパノはヘブル語聖書ではなく、おもに70人訳のギリシャ語旧約聖書を用いて学んでいたのではないかと思われる。
 ステパノがこの箇所を引用したのは、ここからいろいろな関連事項を引き出すことが出来ると考えていたからではないか。ステパノが聖書を基にして言いたかったことの第一は生け贄のことである。
 イスラエルは先祖の先祖から生け贄を知っていた。アベルは神に喜ばれる生け贄を捧げた。荒野の40年、食べる物もなくて毎日マナを食べている位であるから、羊の群れはいたが、捧げることが出来なかった。その時、神は犠牲が捧げられないと怒ることはされない。神は人の捧げる捧げ物によって存在を維持する方ではなかった。却って毎日マナによって民を養われた。これは、40年に亘って、人の生きるのはパンによるのでなく、神の口から出る言葉による、と彼らが知るためであった。
 しかし、アモスの時代、彼のいた北王国では犠牲を捧げる表向きの行事だけが盛んで、信仰の実質は失なわれ、モロク、ロンパ、偶像の礼拝であった。本当の神以外の偽りの神を拝むことが罪であることは言うまでもない。では、神に熱心に捧げ物を捧げておれば良いのか。そうではない、アモスのこの言葉は、昔の預言者サムエルが王サウルに与えた有名な預言を引き継いだもので、サムエル記上1522-23節にあるが、「主はその御言葉に聞き従うことを喜ばれるように、燔祭や犠牲を喜ばれるであろうか。見よ、従うことは犠牲にまさり、聞くことは雄羊の脂肪にまさる。背くことは占いの罪に等しく、強情は偶像礼拝の罪に等しいからである。あなたが主の言葉を捨てたので、主もまたあなたを捨てて、王の位から退けられた」。
 この二人の預言者が供え物について語った時、その言わんとした点は共通の三つである。一つは神のために何かを貢献することを神の前に遜って恵みを受けることよりも重要と見た誤謬。神の前に功績を積み上げようとする傲慢。第二は、御言葉を聞くことの軽視に対する叱責。第三に、刑罰の申し渡しである。
 刑罰に関しては、ステパノは「あなた方をバビロンの彼方に移してしまう」と言ったが、アモスが言ったのは「ダマスコの彼方へ移す」ということであった。アモスは北王国の預言者で、北王国はアッスリヤによって滅ぼされ、住民は連れ去られた。ステパノはこれをユダの滅亡に適用してバビロンに捕らえ移されると言い換えたのである。
 ステパノは彼の前にいるユダヤ人に対し、今日のユダヤが滅び、人々が他国に捕らえ移される日が間もなく来るであろうと言おうとしたと想像して間違いない。が、そのことを今強調することは要らないであろう。
 心の篭らない偽りの捧げ物、これが主イエスの禁じたもうたものである。それは何故かを知らなければならない。まことの、唯一の、全きいけにえは、イエス・キリストが十字架において捧げたもうたものであることを知るべきである。

 


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