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香川県・高知県の旧記事

2018年02月07日までの旅行記です。地元の方と知り合えたり、新しい発見があったりでとても充実しています。一緒に行きたい方はメールして下さい。
お問い合わせは、 fe26-co27-ni28-cu29-zn30@ymail.plala.or.jp (事務局)までどうぞ!



2018年02月07日(水) 記事NO.60
レインボーカラミ
高知県の白滝鉱山跡に鉱滓(スラグ)の山が残っています。中途半端な公園整備がされるなか、生い茂るススキ野原に突然現れた物体みたいです。鉱石を溶融して銅を取り出していた残りカスがそれです。やや赤みがかった黒色で、金色の脈や結晶を含むこともあります。もちろんこれらは人工物なので鉱物ではありません。
ごく一部ですが、銀色をしている鉱滓があります。日光にかざすと表面が青色や水色、紫色などに見えます。干渉による遊色だと思います。角度を変えると赤や黄色、緑色も見られ、まるで虹の七色です。面白い形状をしている物があったので、それらを上手く組み合わせてオブジェを作りました。また、黄鉄鉱の結晶が丸ごと含まれている物もありました。
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まるで何かの鉱物のようなカラミ



2017年08月20日(日) 記事NO.59の1
夏休みの課題研究 その1
いつものことですが、子どもの長い夏休みには宿題がたっぷりあります。自分がそうだった時のように放っておかれるのも良いのですが、親としては気になるところです。そこでついついお節介を焼いてしまって、「今年はどうするの?」などと聞いてしまうともう後には引けません(笑)。どこかへ行こうって話になってしまうんです。
下旬にさしかかるこの時期になってようやく重い腰を上げました。行き先は高知県安田町、有名な新生代化石の産地です。奈半利線の唐浜駅北側には化石を含む広大な砂層が分布しています。もうすでに何度も訪れている場所ですが、宿題として初めてここにやって来ました。天気が良すぎて熱中症や日射病にならないよう気を付けます。
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保存されている土手の西側

2017年08月20日(日) 記事NO.59の2
夏休みの課題研究 その2
最初はここの化石の種類を集めることが目的でした。すぐに見つかるのが単体サンゴ(センスガイ)・ツメタガイ・ツノガイ・リュウグウホタルや二枚貝の破片です。完全体はきわめて少なく、半分も残っていれば良い方。粉々に砕けて種類もわからない貝が大半です。
1時間くらいは丹念に砂を払って細かい作業をしていました。しかし、この暑さですっかりダラケてしまい、効率は低下の一途をたどっています。冷たいお茶を引っかけて小休止していると、子どもが砂の固まりを持ってきました。一応はノジュールと呼んで良いのでしょうか。それを割ると化石が出てきたそうです。大きめのノジュールは周りの皮をはぐように割れるようです。また、形成されてから200万年くらいしか経っていないのにかなり硬いです。関心がそちらへ移ってきました。
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子どもが割ったノジュール

2017年08月20日(日) 記事NO.59の3
夏休みの課題研究 その3
土手から顔を出している物やすでに転がり落ちている物など、合わせて30個ばかりを採取しました。大きさもまちまちで、長径3cmのミニサイズから20cmを超える大型までありました。重量は30gから2kg近い物まであります。これらを割るのはちょっとした重労働です。
脇のコンクリの上で子どもが割っていました。破片が1cm以下になるように割りました。すると、思ったとおり化石が出てきました。それらをカウントして結果をまとめて考察しました。残りは自宅に持ち帰って割ります。何か新しい発見でもあれば良いのですが・・・。
帰りは道の駅に立ち寄って、軽食を採ったり土産物をあさったりしました。そう何度も来られる場所ではありませんが、また近いうちにやって来そうです。地元の方々、よろしくお願いします。
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ツノガイの断片が含まれていた



2017年08月18日(金) 記事NO.58の1
満濃池の高温石英 その1
ため池の中で最大の満濃池(まんのういけ)に来ました。弘法大師が造ったとも言われるこの池はとても広く、乾季にあっても満々と水をたたえています。西北西から東南東にやや長い楕円形ですが、くびれたワンドなどが多数あり、県内外から多くのフィッシャーマンが訪れます。なお、ボート釣りは禁止です。
訪れた日はとても暑くて、西岸の駐車場にはアイスクリン屋が出ていました。また、ミンミンゼミの声もまだまだ激しかったです。近くの神社に登ると広くて静かな湖面がよく見えました。対岸の阿讃山脈の山々の上に、夏特有の白い雲や大阪方面から飛んできた飛行機雲がかかっていました。さて、そろそろ目的の時間です。
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水路に水を流す給水塔

2017年08月18日(金) 記事NO.58の2
満濃池の高温石英 その2
あまり地学には詳しくないのですが、ペグマタイトが崩壊してできた真砂土が見られました。白い石英やややベージュ色の長石の粒からなっています。その中に灰色の土がありました。細かな透明結晶を含んでいるようです。断定はできませんが、これが高温石英かもしれません。
高温石英はソロバンの玉のような水晶です。二酸化ケイ素が573℃以上で結晶化するとこの形になります。有名なのが愛媛県久万町の凝灰岩ですが、この産地の結晶は端が欠けているなど見栄えは今一つだそうです。しばらく観察していましたが、大した物も見つからないので引き上げることにしました。
この周辺の亜炭層から植物化石が出ています。また、トンネル工事中の三豊層から新生代化石が見つかっています。
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べっとりとした感じの地面



2017年08月15日(火) 記事NO.57
財田川の砂金
香川県西部を流れる財田川(さいたがわ)は、雲辺寺などのある讃岐山脈をその源としています。現在の吉野川が紀伊水道へと東進する以前に、かつては古吉野川(こよしのがわ)という河川がありました。ちょうど池田の辺りから北上して瀬戸内海に流れ出していました。つまり、財田川は古吉野川の中流から下流に位置していたことになります。
ここで砂金がごく少量見つかっています。現在の本流である吉野川でも見つかっているし、昭和初期には砂金の採掘計画もありました。ゆえに、香川県側で見つかっても何も不思議はないわけです。私も吉野川本流や銅山川、○○川や△△川で採取しています。指輪にできるほどありませんが、自然金の標本として大事にしています。
なお、スギヤマゾウの発見場所はここより少し北の方です。
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新生代化石も見つかっている



2017年08月08日(火) 記事NO.56
香川県の化石は古代アマモ
日本地質学会が決めた各県の石には、岩石・鉱物・化石があります。そのうち化石については、徳島県はトリゴニア、愛媛県がイノセラムス、高知県が横倉山の化石(特にサンゴ)です。そして、香川県はというと少し予想を裏切ってこれに決まりました。小豆島や三豊層の新生代の木化石か、木戸の馬蹄石でとして有名な牡蠣の化石も候補に入れていたのですが、結局は和泉層群でした。この化石は発見当初は海中の植物化石と思われていました。しかし、根が見つからないとか炭化した物がないとか、植物にしては明らかにおかしいので調べると、生物の生活痕だとわかりました。生物が這ったり排泄したりした痕だそうです。ちなみに有名な産地は鳴門市です。今でもそこへ行けば見ることができます。 イメージ

道の駅「大歩危」の標本



2017年07月19日(水) 記事NO.55の1
龍河洞ってこうだった?(2) その1
石段を登ってエスカレーターを上がって入口です。チケットもここで買います。夏場なので洞窟から冷風が吹き出ていました。洞内の気温は16℃。人によっては涼しいを通り越して寒く感じるくらいです。私・・・?私はそれでもまだちょっと暑く感じていました。
中は湿気が多かったです。ほぼ湿度100%でしょう。足下が濡れているので滑りやすくて危険です。しかもたまたまサンダル履きだったのでかなり難儀しました。通路はかなり狭くて人一人がやっとの場所もありました。天井も低くてうっかりすると頭をぶつけてしまいそうです。家族の中では私が一番大きいので、私が通られるなら他の全員が通れます。・・・ということで、私が先導役になっています。
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縄文人が残した土器らしい

2017年07月19日(水) 記事NO.55の2
龍河洞ってこうだった?(2) その2 M9
汗が引きません。また、狭い一本道ですから後ろから来る人に押されてゆっくり鑑賞する間もありません。10分くらい一気に進んでようやく待避場がありました。ここでしばらく洞内の岩壁観察です。
上から降りてくるのが鍾乳石で、下から伸びてくるのが石筍です。石灰岩の主成分の炭酸カルシウムは水に溶けませんが、二酸化炭素を含んだ水にはある程度溶けます。この反応は可逆性があるため、二酸化炭素濃度により炭酸カルシウムが溶けたり再び沈殿したりします。これらの作用が積み重なって鍾乳洞が形成されていくのです。一部には方解石(カルサイト)や霰石(アラゴナイト)もあるようです。鉱物採集したかったですが、記念物なので当たり前ですが自重しました。
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洞内で見つかった鉱物の結晶

2017年07月19日(水) 記事NO.55の3
龍河洞ってこうだった?(2) その3
洞内をどんどん登りました。かなり上まで続いているようです。双葉山がへそをこすったというかなり狭いところも通過できました。ホッと一安心です。30分くらいかけてようやく出口に到着しました。生暖かい風が吹き込んできました。
下山すると小さな博物館があり、特別天然記念物の長尾鶏(オナガドリ)がいました。江戸時代に品種改良で生み出されたニワトリで、雄の尾羽は抜けることなく8mにもなるそうです。他にも鳴き声がきれいな東天紅や闘鶏する軍鶏(シャモ)、小さいチャボなどが飼われていました。さぞかし毎朝がにぎやかなことでしょう。
のどが渇いたので凍らせたイチゴをのせたシャーベットを食べました。ここのオリジナルだそうで美味かったです。
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尾を守るため箱の中で飼育する



2017年07月18日(火) 記事NO.54の1
龍河洞ってこうだった?(1) その1
このコーナーは1年ぶりの更新となります。別に香川や高知に行ってない訳ではありませんが、記事のネタが小さすぎて掲載していないだけです。・・・それにしても久しぶりの感が大きいです。
さて、夏休みが近づきました。子どもの宿題のテーマを、子どもと一緒に決めなければなりません。親ばかとか子ぼんのうとか友人たちは好き勝手言っていますが、こちらも好きでやっているのでどこ吹く風って感じです。基本的に私が手伝うのは「輸送」です。その場所まで子どもを運んだり、そこで採取した物を自宅まで運ぶのが私の仕事。後のことは子どもが勝手にやっています。ラベルの付け方とか標本の名称とか、考察の手ほどきなども子どもから聞いてくれば回答します。それだけでも他の人より大きなアドバンテージを持っているのは否めませんが・・・。
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鍵穴をのぞくような狭い洞窟

2017年07月18日(火) 記事NO.54の2
龍河洞ってこうだった?(1) その2
池田から1時間20分。徳島から2時間30分。阿南から3時間40分かけて龍河洞へやって来ました。その途中のSAやPAで適時休憩しました。
松茂PAは小高い丘の上になっていて、遠くに鳴門海峡や淡路島が見えます。上板SAは柿が有名です。阿波PAは土柱の近くにあります。美濃田の淵のSAでは温泉に入れます。一度入浴しましたが、帰りの運転がものすごく眠くなって大変でした。
徳島自動車道の最高峰にある池田PAではよく休憩します。ハイウェイオアシスの喧噪から離れてほっと静かに息がつけからです。私はコーヒーを、子どもたちはオレンジジュースを、その墓の家族はお茶系またはスポーツドリンク系を飲んでいます。ごごティーとかいろはすとか甘さを抑えた飲料が好みです。
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地下を流れる水流の滝と淵

2017年07月18日(火) 記事NO.54の3
龍河洞ってこうだった?(1) その3
先に宿題の「ネタ」をゲットしてから洞窟へ向かいました。・・・ネタについて気になる方はお問い合わせ下さい。もちろん高知県の産物です。
カーナビのおかげで迷わずに来られました。昔の車しかなかった時代とは隔世の感があります。何しろここへは小学生のとき一度来ただけで、それ以来○十年ぶりになるからです。駐車場が無料なので助かりました。刃物と木彫りのお土産が目立ちます。今が旬の小夏はお値段がちょっと高め。山口県の秋芳洞のように洞内の鍾乳石や方解石とか売ってくれる所はないかと探しましたが、あいにく見当たりませんでした。
ところで、参道の木彫り店主さん。明らかにそちらが年下なのに他人を馬鹿にしたようなタメ口をするのはどうかと思うよ!
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きれいな鍾乳石の柱



2016年08月02日(火) 記事NO.53の1
三豊層群の材化石 その1
香川県で初の恐竜化石が見つかる少し前(実際は30年前に見つけていたが、分析せずそのまま放置していた。よくあることです・・・。)、化石を探しに行きました。目的とする地層は、コダイアマモやアンモナイトでお馴染みの和泉層群ではなく、三豊(みとよ)層という新生代のものです。この地層は香川県西部の所々に見られますが、化石を含んでいる場所は限られます。徳島化石研究会の案内で現地を訪ねました。
行先は高松市南部です。平成の大合併で高松市も範囲が拡大しました。昔の産地名しか知らなかったので少し戸惑いましたが、それでも何とかそこへたどり着きました。徳島市を起点とすれば、片道の行程は70kmで、1時間半あれば到着します。お手軽なコースです。
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夏子ダムでちょっと休憩

2016年08月02日(火) 記事NO.53の2
三豊層群の材化石 その2 M8
林の下に降りると、白い地層に挟まれて黒い炭層が走っています。厚さは20~40cmくらいで大きくはありません。長さも10mに満たなくほんの少し露出しているだけでした。
では早速、化石掘りを開始します。土がやわらかいので、ハンマーよりシャベルの方がよさそうです。範囲が狭いため一度に大人数で活動できません。私は掘るのを先に譲って、まずは地層全体を見渡しました。断層があって切れていますが、もう少し続いているように思えました。ただし、末端部に化石は余り含まれていないようです。崩れた場所から、木の皮や細い枝など炭化した材化石が見つかりました。そこを重点的に掘っていくと球果が見つかりやすいです。
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目線よりやや下にある炭層

2016年08月02日(火) 記事NO.53の3
三豊層群の材化石 その3
押し潰された楕円形の黒い物体が見つかりました。大きさは長径2~5cm、短径1cm未満で、ヒメバラモミの球果と思われます。また、碁石のような丸い物体はヒシの実でした。また、それより大きな実も見つかりましたが、今のところわかりません。
数ヵ所を掘ると次々球果が見つかりました。これらは乾燥するとぼろぼろになるため、後から木工ボンドを塗って固定します。今夜の仕事が増えてしまいました(笑)。また、ゴキブリの羽根を見つけた人もいました。
200万年前、この辺りは草や木が生い茂る森林地帯だったと考えられます。そうした環境の中で、多くの昆虫も生活していたのでしょう。当時の様子がおぼろげながらに見えてきました。それもまた楽しいです。
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若い参加者が多かった



2016年06月24日(金) 記事NO.52の1
蛇紋岩帯を行く(3) その1
林の向こうに禿げ上がった小山が見えました。どうやら小さな採石場のようです。石キチの一部にはこういった施設に無断で入る者がいますが、私たちは正攻法で臨みました。つまり事務所に行って入場と採集の許可をもらうのです。最初はやはり不審がられて色よい返事がいただけませんでした。ところがいろいろと話をしていくうちに、H様の身内の方と事務の方が同窓生だということがわかりました。しかもお互いに好印象を持たれていた様子です。こうして、場内での行動は自己責任ということで特別許可が下りました。関係の皆様、ありがとうございます。
ときどきダンプが横を通り過ぎていきます。その邪魔をしないように斜面の端を歩きました。足下には割れた石がたくさんありました。
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今は産廃処理場になっている

2016年06月24日(金) 記事NO.52の2
蛇紋岩帯を行く(3) その2 M7
向こうの斜面からH様が私を呼びました。ここに白い針状結晶がある!慌ててそこへ移動して見ると、透明感のある繊維状の結晶が塊になって走っています。道の端に退けられていた巨岩ですが、運良くその端の方に結晶が付いています。交代しながら20分かけてハンマーをふるいました。バカッと結晶付きの石が2つに割れました。どちらもお手頃サイズです。仲良く1つずつ分けました。
続いてまたH様が1つ見つけました。今度も巨岩の端っこです。私に譲ってくれたので10分かけて割りました。ありがとうございます。その後お互いに小さな石を2~3個拾って今日の採集活動を終えました。天気が良くて仁淀川にはカヌーが数隻浮かんでいました。楽しそうでした。
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超塩基性岩の表面に白い結晶

2016年06月24日(金) 記事NO.52の3
蛇紋岩帯を行く(3) その3
持ち帰った石を分析しました。あいにくとX線蛍光分析などはできないので、自力でできる範囲で行いました。まず、少量を酸に溶かしてその液を火であぶりました。いわゆる炎色反応です。結果は黄色の炎が見られたので、ナトリウムが含まれているようです。残念ながら深紅色ではありませんでした。次に、紫外線を当ててみました。短波長にしてみましたが1つを除いてピンク色になりませんでした。
以上から、採集した結晶はおそらくソーダ珪灰石(ペクトライト)と思われます。海外ではカナダのモンサンチラールなどが有名です。狙っていたスローソン石ではなく残念でした。この石はストロンチウムを含み世界でも高知県ともう1ヶ所でしか見つかっていません。また頑張って探すことにします。ひょっとしたら混ざっているかもしれませんが・・・。
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有名な沈下橋または潜水橋



2016年06月22日(水) 記事NO.51の1
蛇紋岩帯を行く(2) その1
足下の石は全体的に白っぽくうっすらと緑がかっています。黒い粒子が点在していてやや磁性を帯びていました。おそらくクロム鉄鉱でしょう。緑色の脈の部分にはクロム(Ⅲ)イオンが濃縮しているのでしょうか。また、コケのように見える微細な粒子は灰クロム柘榴石かもしれません。
ウバロバイトは他のザクロ石とはちょっと異なり、ミリ単位以下の極小粒子として産出します。岡山の鉱山では稀に1ミリを超える粒子が見つかりますが、四国ではルーペや顕微鏡サイズばかりです。見慣れればクロム鉄鉱の表面にへばりついているのがわかります。愛媛の関川や徳島の末広鉱山でも見つかります。ちなみにロシア産のウバロバイトは直径3ミリくらいですが、それでも世界最大クラスなのだそうです。
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生活道に沿って坑道が見られる

2016年06月22日(水) 記事NO.51の2
蛇紋岩帯を行く(2) その2
石の紫色の部分はクロムを含んだ緑泥石、つまり菫泥石(きんでいせき)のようです。産地によってコントラストの違いがあるものの基本的に紫色の濃い石です。有名なのが銅山川支流の保土野谷で、別子山ふるさと館にも展示されています。また、関川でも採集できます。マイントピア別子でそれが売られていたことがありました。徳島県内でもある地域でそれを探せます。詳細を知りたい方はメールしてください。
さて、次の場所へ移動します。途中でオムライス街道を通りました。地元のトマトとか食材を利用したオムライスが有名なのだそうです。昼食のためある店に立ち寄って食べてみました。ウン、美味いです!タマゴもふわっとして良い食感ですが、それにかけたトマトソースがなかなかいけます。越知町に来た人はぜひ試してみてください。
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あっという間に食べちゃいました!

2016年06月22日(水) 記事NO.51の3
蛇紋岩帯を行く(2) その3 M6
川の中流まで移動してゴルフ場などがある山間を進みました。そこにも蛇紋岩帯が露出していてクロムなどの鉱山跡が残っています。以前にアルチニ石らしき物を見つけた場所です。今日はそれの確認をしに行きました。アルチニ石は白くて真ん丸い感じの粒子です。粒状にならなくても絹のような光沢があり、愛媛の頃時鼻(うどのはな)の蛇紋岩採石場跡でときどき採集されています。なお、現地で採集していて文句を言う人はいないようですが、切り立った崖の直下なので落石など危険を伴います。
さて、結論としてアルチニ石ではありませんでした。周囲は表面が黒っぽくなった蛇紋岩ばかりです。加背の低い坑道ばかり5ヶ所ほど残っていました。ここから更に移動します。
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オリーブ色の橄欖石



2016年06月19日(日) 記事NO.50の1
蛇紋岩帯を行く(1) その1
お馴染みのH様からお誘いを受け、高知県の山奥までやって来ました。高知ICまでは時間が読めるのですが、そこから先は余り行ったことがなく待ち合わせに間に合うか不安でした。久しぶりに来ると急に周囲が変化していたりしてびっくりします。
今回はICを下りたと思ったら新しい道ができていて、戸惑うまもなく強制的にその道を選ばされました。標識を見ると次の町まで18kmとあります。このまま走れば遠回りになり時間に間に合いません。自動車道のようで一本道かと思ったら、途中で脇道を発見!何とかそこを下りられて本来通るべき国道に戻りました。そこから10分で無事に到着。10分早めでしたがすでにH様の車がありました。中をのぞくと・・・いません。
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柚ノ木地区に点在する集落

2016年06月19日(日) 記事NO.50の2
蛇紋岩帯を行く(1) その2
仁淀川の川原を見るとH様がいました。どうやら石を見ているようです。この川の流域には鉄マンガン系の鉱山や蛇紋岩の採石所、ドロマイトや石灰の鉱山などが点在しています。ゆえに、それらから流されてきた石がときどき川原で拾えます。手持ち無沙汰だったのでちょっと見ていたそうです(本人談)。
あいさつをしてから彼の車に乗り込みました。ここからは直接案内してくれるそうです。道が細いから私の車では通りにくいのでそれを見越して配慮してくださりました。感謝感謝です!仁淀川に沿って上流へ向かいました。途中にオリビンサンドの会社がありました。オリビンとは橄欖(かんらん)石のことです。橄欖とはオリーブのことで、少しくすんだ緑色をしています。橄欖石は蛇紋岩やクロム鉱山とも密接な関係があります。
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蛇紋岩で造った棚田とミカン畑

2016年06月19日(日) 記事NO.50の3
蛇紋岩帯を行く(1) その3
前回ここを訪れたときわからなかった場所をいくつか教えてもらいました。生活道はどこも細くて、駐車スペースがなかなか見つかりません。探すのに苦労しましたが、ようやくダンプが来ても邪魔にならない場所をキープしました。
まずは気付けの一杯です(笑)。塩分の入った水を飲みタオルを頭に巻きました。そして、林の間の細い道を下りていきました。視界がすぐに広がって棚田やミカン畑がありました。近所の方がラジオを聞きながら作業しています。談笑する声も聞こえるので休憩時間かもしれません。H様の話では山道を歩く分には特に注意を受けたりしないとのことでした。おかげで安心して足下の石に注意を向けることができました。
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足下がツルツルと滑りやすい



2016年04月12日(火) 記事NO.49の1
春爛漫のマンガン鉱山(3) その1
鳳ノ森坑ではマンガン斧石ストロンチオ緑簾石などが見つかっています。特に後者は、発見当時ストロンチウムを含む赤い緑簾(りょくれん)石として有名になりました。鉱物名に「緑」と付いていますが、赤色というか赤に近い赤紫色をしています。四国で産出する500種類の鉱物のうち、かなりレアな部類です。
始めてここに来たとき、地元の方の案内でこの坑道に入りました。急角度で下りる坑道を20m進むと左右に分かれます。左はややまっすぐに奥へと続きしばらく行くと行き止まりです。右は少し進むとまた分かれ道でまだ奥があるようです。危険なので同行者と相談してそれ以上は進みませんでした。それ以降は入っておりません。
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本日第3ポイントの分岐点

2016年04月12日(火) 記事NO.49の2
春爛漫のマンガン鉱山(3) その2
本日3つめとしてマンガン谷へ行きました。鳳ノ森が鉱区の西端ならこちらは東端になります。友人のM様の四駆で舗装道から脇道のダートに突入しました。さすがは悪路に強い車だけあってブイブイ走ります。たった15分くらいで現地に到着しました。
道の端に駐車して坂道を歩きます。途中でモトクロスをしているバイクと遭遇し、お互いにヒヤッとしました。こんなところをバイクで走るなんて余程好きなんでしょうね。しかし、私たちもたかが石採りにここまで来ているのだからオアイコでしょう(笑)。
古い坑口がいくつか残る場所に来ました。さっそく周辺に散らばる石英質の黒い石を割ってみました。
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行きのとき写真を撮った橋

2016年04月12日(火) 記事NO.49の3
春爛漫のマンガン鉱山(3) その3
ここでの目的は辰砂です。赤い硫化水銀で古代の顔料「朱」のことです。マンガンの割れ目を充填するように辰砂が含まれています。しばらくカンカンやっているとM様が真っ赤な石を見つけました。たくさん含まれていてきれいです。私は小さな物を見つけるのがやっとでした。
帰りはM様の厚意でそのままダートを走りました。ダム湖の南岸の道になります。初めて通る道なので途中で車を止めて周囲を見渡しました。初めて見る光景がとても新鮮です。北岸には行きで通った道や橋が見えます。途中にまったく民家がありません。集落どうしもかなり離れています。限界集落なのは間違いないでしょう。今後どうなっていくのかちょっと心配です。少しセンチメンタルになってしまいました。
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小高い丘から湖面を臨む



2016年04月11日(月) 記事NO.48の1
春爛漫のマンガン鉱山(2) その1
マンガン坑で少し時間を取って、何か拾える物はないか探してみました。しかし、黄鉄鉱やばら輝石のような物がちらほら見えるくらいでした。湿度が高いのでマンガンにコケが付いています。小1時間で見切りを付け、次の場所に移動しました。
最奥のそのまた最奥の家屋までやって来ました。ここから先は神社か閉鎖された青少年施設しかありません。本当の意味での無人地帯です。しかし、・・・タヌキが出ました!こんなに明るい昼間から出るなんて驚きです。地元の人でも滅多に入らないから安心しているようです。咄嗟にカメラを向けましたが、ズームアップしている間に竹藪の中に消えていきました。後には静寂だけが残されました。
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竹藪の中に小さな小屋があった

2016年04月11日(月) 記事NO.48の2
春爛漫のマンガン鉱山(2) その2
地主の方の自宅前に駐車させていただきました。ここから見える杉林にはマンガンを掘っていた穴がたくさん残っています。草むらに隠れたり土が落ちてきて表面だけはわからなくなっています。しかし、これはとても危険です。ロープや小さな看板などがありました。無視するのはリスクが大きすぎるでしょう。
道は一応舗装してありますが、細くて車を止める場所や回転する場所がほとんどありません。そこで、駐車地点から徒歩で向かいました。足下に細かい黒い石が落ちています。マンガンのようです。さっきの地主さんの話では、ここに鉱物採集に来た者が石をまき散らしているそうです。
社会人としてのプライドがあるならモラル違反は止めませんか?
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菜の花は最盛期を過ぎていた

2016年04月11日(月) 記事NO.48の3
春爛漫のマンガン鉱山(2) その3
徒歩5分で今は何も植わっていない畑を横切り、雑木がまばらに生えた緩やかな斜面を登りました。すぐ左に向かい消えかけた山道を歩くと、眼前に崩落した巨岩があります。枝に手を絡ませわずかな岩の取っかかりに足を置いて身体を引き上げます。太りもしなければやせもしない、ずっと高止まりしている体重が応えます。やっと巨岩を越えると巨大な穴が待ち構えていました。かつてレア鉱物がいくつか見つかった坑口でした。穴内マンガン鉱山はその鉱区がとても広く、主な採掘場所だけでも数十ヶ所はありました。しかも場所ごとに採集できる鉱物が異なり、マンガン鉱物のデパートの体を示しています。鰹節(かつおぶし)鉱とか紫色の真名子(まなこ)型鉱石とか、興味深い鉱物や鉱石名が上がっていました。 イメージ

真ん中の木が少し成長していた



2016年04月10日(日) 記事NO.47の1
春爛漫のマンガン鉱山(1) その1
桜の季節になりました。私の自宅の周りでも薄桃色の花弁を付けた樹木を見かけます。なかにはライトアップまでしている家もあって、道行く人を楽しませてくれます。そして、この頃になると山間の鉱山跡や石の産地に赴くのです。
いつもの皆さんと相談して、今日は高知県の穴内ダムを目指しました。あわ~ストーンからも頼まれていた鉱山の新しい画像を撮るためです。最近は雨が多いため坑道の崩落が進み、ほんの数年留守にしていると現場がガラッと変わっています。いつの間にか穴がふさがっていたり、山道が寸断されていることもありました。物理的に行けなくなるのも時間の問題でしょう。ちょっと焦っている感じです。
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桑の川の岸辺に咲く桜花

2016年04月10日(日) 記事NO.47の2
春爛漫のマンガン鉱山(1) その2
岡豊ICで下りて東へのトンネルを抜け国道32号線に入りました。道の駅「大杉」で休憩と時間待ちをしてさらに南下しました。分かれ道を進んで15分くらいで穴内ダムに到着。そこで合流です。
ダム湖は水量が少なく岸辺には赤茶けた岩盤が露出していました。この分では上流部はかなり干上がっているでしょう。ちょっと期待が持てます。せっかくここまで来たのでしばらく周辺の風景やダムの写真を撮っていました。また、移動途中でもダム湖に架かる橋のたもとやちょっと下りた岸辺からいろいろと観察しました。桜の他にツツジとかツバキとか咲いていました。・・・結局何だかんだで2時間もロスしてしまいました。急がなくてはなりません。
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見る人はいなくても花は咲く

2016年04月10日(日) 記事NO.47の3
春爛漫のマンガン鉱山(1) その3
最奥の黒滝地区にやって来ました。ここには地元の人が立てた看板があります。「マンガン坑」と書いてありました。ところが、根元が腐ってぼろぼろになって倒れています。近くの大木に立てかけておきました。
細い道のようなところを通って坑口を見に行きました。そう高くない斜面の下部にありました。内部は真っ暗で何も見えません。内壁も酸化されて二酸化マンガンになっているようで真っ黒です。奥まで大分続いているようですが、入るのは危険なので止めました。
小規模なズリがあり品位の低いマンガンが転がっています。赤っぽいのはチャートのような感じがします。石英脈も見られましたが水晶は確認できません。あっても小さな物でしょう。
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桜林から川沿い300mにある



2016年02月21日(日) 記事NO.46の1
八栗山周辺の地質スポット その1
八栗山とも呼ばれて親しまれている五剣山は、この半島中央にそびえ立ち5つの峰が北西から東南に並んでいます。もっとも東側の峰は先の大地震の影響で崩れてしまいましたが、根元はまだ残っているのでどうにか五つの剣に見えます。
太古にはここも火山でした。いや火山になりかけでした。粘り気のあるマグマが上昇していく途中で冷えて固まり、噴火せずに山体を膨らませるだけで止まってしまったのがこれなのです。他に屋島も五色台も讃岐富士も金山も雨滝山も火山も火山でした。屋島の土は見た目からして赤いし、五色台はサヌカイトからできています。火山活動が活発な時代には、この辺りは真っ赤な煮えたぎるマグマが流れていたかもしれません。
なお、火山が連続している部分がありますが間違いではありません。
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南側から見た五剣山がきれい

2016年02月21日(日) 記事NO.46の2
八栗山周辺の地質スポット その2
流れるマグマの上に落ちた場合、いったいどうなるでしょうか?まず、比重がマグマより小さいので沈み込むことはありません。そして、千度を超える熱により足下から着火して燃えていきます。まるでたいまつのように全身が火だるまになります。ここまでおそらく10秒もかからないでしょう。そして燃え尽きた後もマグマの上に止まり、自然に混じり合っていくことになるでしょう。
八栗山の峰から連なる岩肌には、小さな石の粒に混じって樹木の化石が見られます。珪化木といって、樹木に含まれていた炭素がケイ素に置き換わったものです。マグマや火砕流に取り込まれた樹木が変質したのかもしれません。火山豆石などもあるようです。
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八栗山西側は採石場が稼働中

2016年02月21日(日) 記事NO.46の3
八栗山周辺の地質スポット その3
八栗山南側の「白羽神社」に立ち寄りました。ここの前の神主さんが金山鉱山で放射性鉱物の調査をされていました。通産省(現在の経産省)の職員だったとき、現地を訪れて何度か掘削したり放射線量を測定したそうです。しかし、結局ほとんど産出がなくほんの数回で調査は打ちきられました。
私も現地を何度か訪問しましたが、赤くなった長石や金色になった黒雲母しかありませんでした。四国鉱山誌によると、褐簾石などトリウムを含んだ石が見られたそうです。神主さんの話でも同様でした。今は放射線量も周辺と変わらず、露天掘りの跡もほぼ消えていました。
取材の協力をしてくださったYさんとSさんに深く感謝いたします。
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地元の産土神(うぶすながみ)



2016年02月20日(土) 記事NO.45
観音寺の一文銭
ここは有明浜というそうですが、すぐ近くに道の駅もあり(ただし、国道から離れているためわかりにくいのが難点。)ちょっと足を止めるには良いかもしれません。
高台に登ってみました。眼下に緑の松原と青い燧灘の海、そして白い砂浜には大きな「一文銭」が掘られていました。江戸時代に殿様を喜ばせるために掘ったとかで、地元の人の絶え間ない努力でずっと管理・保存されてきました。このように大きな人工物が、しかも砂という崩れやすいものが残されてきたのは賞賛に値します。
サンプルとして向こうに見える砂浜から少量の砂を採取しました。見たところ石英質の粒がほとんどで、砂鉄の量は砂1kg当たり1g未満でしょう。
北西風が強くなり肌寒くなってきたのでこれにて退散します。用事もないのでここに来ることはもうないでしょう。貴重な体験でした。
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 縦122m、横90m、周囲345m
琴弾公園山頂からは丸く見える



2015年12月20日(日) 記事NO.44の1
夕日をじっくり眺めよう その1
徳島県内で海に沈む夕日を眺められるポイントがありません。強いて言えば鳴門市のスカイライン、阿南市の沖合に浮かぶ伊島か宍喰の水床くらいですが、それも厳密に言えば山に沈むので見るのは無理でしょう。一方で、他の四国3県にはポイントが多数あります。一番少ない香川県でも八栗山や屋島、五色台、詫間町や仁尾町から三豊市や観音寺市(特に荘内半島)、そして小豆島などの離島です。ちなみにこれらの場所のいくつかから海から昇る朝日も見えるので、絶好のビューポイントになっています。
愛媛県では中予の高縄半島から南予の南端まで、幅広い範囲で可能です。しかし、海から昇る朝日は拝めません。逆に高縄半島東部ではそれが見られます。うらやましい限りです。
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宿毛市大島付近から見た夕日

2015年12月20日(日) 記事NO.44の2
夕日をじっくり眺めよう その2
高知県では、まず室戸市から奈半利・田野・安田町など土佐湾東部の海岸線です。だるま夕日が見える町というキャッチフレーズで有名です。そして、もう1つが足摺岬から土佐清水を経て宿毛市までの海岸線です。前者に比べて後者の海岸は入り組んでいて、細い入り江や島影に挟まれるような形で日が沈みます。ゆえに、ちょっと位置がずれるだけで海に没するのではなく山や島の向こうに行ってしまいます。
夕日は朝日より赤く感じるので絶好の被写体になります。それを撮影するときは昔から使っている望遠レンズを持ち出します。テレコン付けても最大800ミリですが画像としては十分な大きさです。また、上下左右が逆でも良いなら昔の天体望遠鏡を使います。最近ではほとんど出動していないけれど今も大事に保管しています。今の望遠鏡にはない機能がある屈折式赤道儀ですから。
こうしてその日の夕日を眺めて帰途につきました。そして、私の車もついに落日の時が来ました。
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道の駅のモニュメント

色合いがきれい

2015年12月20日(日) 記事NO.44の3
夕日をじっくり眺めよう その3
出張の途中で赤信号にかかりました。そのときふと前を見るとタンク車に私の車が映っていました。これがこの車の見納めです。
この車を買ったのが11年前で、ちょうどその頃から石採りや鉱山跡調査などをするようになりました。知らない場所を訪ねて道に迷ったり、タイヤ半分ずれたらそのまま崖下へ転落する危険地帯や、とがった石ばかりの熾烈なダートも走りました。人家があると思って入った山道で泥よけのスカートを飛ばしたり、エンジンルームから杉の枝が突き出てきて串刺しになったり、雪道で滑ってオコヤトコの谷川へ落ちかけたりしました。また、遠くは静岡県まで何度も往復したり、平岩や琵琶湖へも行きました。
走行距離は17万kmと普通くらいですが、四国の端から端まで、山頂から砂浜まで巡りに巡りました。出撃回数は正確には覚えていませんが、高越山50回以上、水井鉱山20回以上、その他多数で総計300回は超えています。これらの活動をこの車が支えてくれました。
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・・・・・・・・・・・・・

・・・・・ありがとう



2015年12月05日(土) 記事NO.43の1
雪が積もる前に下川へ その1
当たり外れはあるけれど年に1~2回は訪れるのが、高知県最大のキースラーガー鉱山「白滝」の下川鉱床です。愛媛石の会の会員がここをネットで紹介してから全国的に知られるようになり、遠くは関東甲信越から来ています。今日も現地に赴いたとき、たまたま立ち寄った白滝の方でハンマーを持った四国外の人に出会いました。どこで採れるか尋ねられたので、いつもの川筋とグラウンド周辺を教えてあげました。
さて、他の同行者と合流して次は下川です。道が悪く行きにくい場所ですが、良質のキースラーガーや赤紫色の斑銅鉱などが採集できます。先行者がいるとまったくのボウズになるので今日は運試しです。いつものH氏やK君たちと久しぶりに現地を訪ねました。
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足をぬらしながら川を渡るK君

2015年12月05日(土) 記事NO.43の2
雪が積もる前に下川へ その2
久しぶりでしたが様子が一変していました。ここへ行くルートは2つあり、下の川を渡って堤防に上がり5mの石壁を登るコースが一般的です。ところが、夏から秋の台風により大水が出て石壁直下がえぐれ、高さ3mの滝とやや深い滝壺ができていました。これではクライミングの達人でも登れません。近くまで見に行ったH氏が帰ってきてこれは無理!と判断しました。そこで、山道ルートをたどりました。
最初に川を渡るのは変わりません。そこから急斜面の様子を見て、手足のとっかかりがあるコブや木々を頼りに登ります。距離的には大したことはないけれど、目印がないので毎回コースが変わります。何度か迷いながらすり鉢状の採集場所を眼下に見下ろせるところまで来ました。ロープを伝って急斜面を下りました。ここは粘土質なのでいつも苦労します。ふと横を見るといつの間にか誰かが細い道をつけていました。帰りはそれを利用しました。
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ズリで斑銅鉱を探すH氏
ルチルをいただきました

2015年12月05日(土) 記事NO.43の3
雪が積もる前に下川へ その3 M5
日陰に荷物を置いて採集開始です。K君は手前の川原、H氏はズリ、そして私は上流の気になる場所です。遠目にも青く見える場所がいくつか確認できました。近寄ってみると銅(Ⅱ)イオンがにじみ出ているようでした。緑青というよりはクリソコラか白い石こうが混じっているような感じです。石の表面に青白い膜が付着して余り触りたくはありません。それでも気を取り直してサンプルを回収しました。後日この青い物質をアンモニア水に溶かしてみました。すると、深青色とよばれる群青色の水溶液ができました。テトラアンミン銅(Ⅱ)イオンの色です。これにより銅が含まれていることがわかりました。
割れ目が新鮮なキースラーガーや濃い色の紅簾石、薄い紫石英やチタン石、黄鉄鉱や黄銅鉱、緑簾石やルチルなどが見つかりました。しかし、ここの名物の斑銅鉱がまだです。2時間経過したところでお開きにしようと声をかけました。すると、K君が「あったぁ~!」と声を上げました。小さいけれどきれいな斑銅鉱でした。しかも曹長石に含まれています。一般的には石英に含まれた状態で見つかりますが、これは見慣れていないパターンのでとても新鮮でした。K君も大喜びでした。粘り勝ちです。お疲れ様でした。
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岩の間から銅がにじみ出ている

この日は5カ所ほど確認した

緑色の膜状の孔雀石もあった



2015年11月15日(日) 記事NO.42の1
晴れた高知市 その1
次の日は晴れました。いろいろ文句は言っても、やっぱり朝市には一応の顔出しをします。私以外の人はいろいろと買っていました。もっとも正式なお土産は昨日ゲットしているので、買っている物と言えばおやつなど食べ歩きグッズばかりです。私はさっきホテルでたっぷりバイキングしてきたので、今はまだ入りません。・・・後1時間くらいしたらいけるかも・・・です。
高知城に近いところに石を売っている露店がありました。虹色の変形アンモナイトとかパワーストーンとかたくさん並べていました。あのアンモは前もあったものではないだろうか?きれいだけれど余り欲しい物ではないし、専門業者の価格に比べてちょっと値段が高すぎるような感じでした。
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高知と言えば鰹、カツオと言えば・

2015年11月15日(日) 記事NO.42の2
晴れた高知市 その2
念のため(というか他に行くところがなかったから)、前に見つけたパワーストーン屋にも行きました。大ぶりな水晶やきつい緑色のマラカイト、天使の羽根のセレナイト、エッグ状のセレスチン、なぜかアメリカ産の透明な斜方硫黄の結晶、球状のヘマタイトに青や緑のトルマリンなどが置かれていました。形状を整えるため一部を物理的に加工していましたが、石としては天然のものでした。
一方で、人工物も数多く見られました。ブラジル産などの安い水晶に金を蒸着して薄く覆うと淡い青色になります。アクアオーラなどという名称で販売されています。また、やや褐色がかった黒っぽい黒水晶や煙水晶は、質の良くないアメジストを焼いて変質させて作ります。もちろん本物もありますが、それと価格的には大差ありませんでした。
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カツオを茹でる釜というか水槽

2015年11月15日(日) 記事NO.42の3
晴れた高知市 その3
ショップでは定番の瑪瑙(めのう)のコースターとか小さい置物もありました。天然の縞めのうは、それだけでは灰色とか茶色で見た目がパッとしません。そこで液浸法という方法で着色します。油状の液体に塗料を溶かし、そこに瑪瑙を入れ蓋をして圧力をかけます。すると、瑪瑙の縞や割れ目に沿って塗料が浸透するのです。こうして二束三文だったどこにでも転がっている石が商品となるわけです。
勘違いされないようにして欲しいですが、これらを買うなと言っているわけではありません。人工物でも見た目はきれいですから本人が気に入れば買うのは自由です。ただ、一部のショップにそれらを天然のものだと虚偽説明していた店員がいたので、買う側もそれなりの知識が必要と思ったからです。十分検討して納得がいったら買ってあげてください。
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客の前でカツオを豪快にあぶる



2015年11月14日(土) 記事NO.41の1
雨の高知市 その1
徳島県三好市池田町から1時間、徳島市から2時間あれば高知市へ行かれます。ちなみに阿南市からは3時間または4時間、海陽町宍喰からは4時間です。後者については、自動車道経由で行くか室戸市経由で行くかの違いです。特に県最南端の宍喰から行く場合は、どちら回りでも余り時間が変わりません。しかし、ほとんどの人は室戸岬を回っていきます。料金が要らないし景色がきれいだからです。
前者については、那賀町の木沢・木頭を通り物部村に入るコースがあります。那賀川を遡り分水嶺を経て物部川沿いを進むのです。途中にはマンガンやクロム、アンチモンやキースラーガーの鉱山跡が点在しています。それらを一瞥しかできないのは辛いですがどうしようもありません。
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名所の赤い「はりまや橋」

2015年11月14日(土) 記事NO.41の2
雨の高知市 その2
雨天だったのでいつもの自動車道コースをゆっくり走りました。川之江東JCTから高知道に入ると少し雨が強くなりました。こういうときは危険です。トンネルを出ると急に強風にあおられたり、急に雨脚が強くなってフロントに大粒の雨がたたき付けてくるからです。車のタイヤがすり減ってきているので、摩擦がゼロになるのは避けねばなりません。
予定通り1時間ほどで高知駅前から1km南の駐車場に着きました。時間に余裕があったのでアーケード街をふらつくことにしました。また今年もリョーマの休日のようで、観光客もそれなりに多かったです。大きな土産物屋の隣でサンゴがたくさん売られていました。高価な赤サンゴやややピンクの枝サンゴの置物がありました。誰が買うのでしょう?
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天井から吊されたリョーマ

2015年11月14日(土) 記事NO.41の3
雨の高知市 その3
否、誰が買えるのでしょう?桂浜にもサンゴセンターがありますが、緻密で赤みが濃くて質の良い赤サンゴは目玉が飛び出るくらい高いです。中国の密漁船団にごっそり盗って行かれたのも理由でしょうが、それ以前からも結構な値が付いていました。印鑑に使えるくらいの枝が数万から数十万ですから、物によっては金より価値があるのです。
たまに質の少し劣る物が朝市に出ていたりします。そのとき安く買えそうに思えますが、実はそうではありません。私を素人だと甘く見てふっかけてきた店主もいました。もちろんずぶの素人ですが、事前に相場は調べ上げてから買い物に臨んでいるのです。他の商品も余りまけてくれないので、最近はここへ来る意味を失いつつあります。やっぱり朝市とかは地元のいろいろな物産を安く手に入れられる場所と思うのですが、他の人は考え方がちがうのでしょうか?期待をちょっと裏切られています。
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山盛りの芋けんぴ
標高1メートル弱



2015年10月28日(水) 記事NO.40の1
魚と水晶の島(2) その1
島の大半は小高い山で、北側の平地に集落があります。また、山上には灯台があります。大月半島との間に狭い海峡があり、2本の橋で本土とつながっています。島の北側は入り江のようになっていて鯛などの養殖が盛んです。私が訪ねたときはちょうど餌やりの作業中で、船が網のそばを何度も巡回していました。また、20歳前後の若い人が岸辺でコンテナを洗ったり、フォークリフトで重そうな物を運搬していました。
この島は漁業だけではなくダイビングも有名です。1,000種類近い魚がいるそうで、毎年季節になると賑わうそうです。また、釣りのメッカでもあり、釣りバカ日誌のロケも行われました。確かに島の周囲は黒潮の真っ只中で好漁場のようです。何人かの釣り客に会いました。
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H21年閉校の柏島小学校

2015年10月28日(水) 記事NO.40の2
魚と水晶の島(2) その2
もう1つ有名なのが柏島石堤です。島に渡ると周りを囲うような丸石に気がつきます。江戸時代初期に土佐藩により26年もかけて敷設されました。おかげで激しかった波浪が収まり、土佐藩有数の漁場として島民の生活向上に役立ったとのことです。
丸石の大きさは30~60cmくらいで、自然の物か人工かはよくわかりません。橋の下の小さな砂浜は白くてサンゴや貝殻が多く含まれていました。砂粒自体も白っぽいアイボリーで、周辺の他の島々も同じ系統の岩石からなるようです。すぐ南にある幸島の岸壁や半島の海岸がよく見えます。海峡の対岸にも丸石が敷設されています。ほんの数十mしか離れておらず水深も浅いため、小型船しか通行できないようです。
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島の北側にある赤い灯台

2015年10月28日(水) 記事NO.40の3
魚と水晶の島(2) その3
水晶を拾いました。残土からの採集だったので、まともな形の物は少なかったです。長いもので3cmくらい。厚さは数ミリで、センチ近い物は途中で折れていました。透明な物が多く、他に白色または灰色で不透明な結ばかりでした。少し褐色に濁った石英の表面にクラスター(群晶)が見られました。高さは1cmに満たないですが何個か採集しました。
もう1つのポイントは舗装されてしまって採集不可でした。大きな結晶を見つけたことがあったのにとても残念でした。
高台にあった小学校に行きました。数年前に閉校しており、今はいざというときの避難場所だそうです。かつては小中学校の他に映画館やパチンコ店もありました。今は別の用途に使われています。なお、突堤には観光用の駐車場があるのですぐに車を停められました。
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島の集落から見た対岸の半島



2015年10月27日(火) 記事NO.39の1
魚と水晶の島(1) その1
徳島から見て足摺岬とタメを張るくらい遠い場所。それが柏島(かしわじま)です。距離的にも道路事情を鑑みても同じくらい遠い。特に用でもなければ行きたくありません。ところが、どのような運命のいたずらかこの地を何度も訪ねることになったのです。
出張のついででした。もちろん17時まできっちり仕事してますからね。車で行けるところとしては高知県最西端です。端っこ大好き人間としては、1回は行っておきたかったのです。
四国本土から見下ろすと、こんもりとした小山のような島です。また、その向こうには人が住んでいる沖の島が見えました。ここから船が出ているのでしょうか。
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本土とを結ぶ連絡道路がある

2015年10月27日(火) 記事NO.39の2
魚と水晶の島(1) その2
お誘いもありました。大月町は四国では珍しい水晶の産地です。細くて透明なニードル水晶で、クラスタータイプならスイスのテッシン産か蛍鉱山の針水晶みたいです。ただし極美品ならの話です。
水晶産地の水晶は小さいものばかりですが、数だけは意外とあります。マンガンやアンチモン鉱山跡にも転がっているし、鉱山と全く関係ない場所からでも見つかっています。質を問わなければおそらく100カ所以上あるでしょう。しかし、人気があるのは西条市など一部に限られます。ここ大月町もその1つなのです。有名な産地に頭集(かしらつどい)地域があります。鉄電気石とともに産出していて、数年前のマイントピアで1cmの結晶が30円、8cmクラスターが2,000円くらいでした。誰が卸していたのでしょうか。
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丸い石が集まった浜辺

2015年10月27日(火) 記事NO.39の3
魚と水晶の島(1) その3
しばしば砂岩質の石に石英脈が貫入し、結晶化したものが見られます。高知の別の海岸でも拾っているし、他の四国3県でも同様です。きれいかどうかはおいといて、とにかく産地を増やすだけなら海岸線を見ていくと良いでしょう。領家帯ならペグマタイトを、三波川帯や秩父帯なら鉱山跡や古代の火山を、四万十帯なら海岸を探せ・・・です。なお、これらは学術的に認められているのではなく、私の経験則から述べています。そのため全てが正しいわけではないのでご了承ください。
さて、本土でしばらく散策した後ついに島へ上陸です。中村から国道56号線を通り321号線に乗り換えて、大月病院の角から県道43号線を走ります。中村から1時間半くらいで現地到着です。
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養殖魚の生け簀が浮いている



2015年10月20日(火) 記事NO.38の1
奇勝「竜串海岸」(2) その1
岸辺に沿って案内が続いていました。途中で小さい砂浜やサンゴが流れ着いた溜まり場みたいなのもありました。その頭上には空隙の目立つ岩盤がすっと立っています。海食洞まではいきませんがこれも波の影響でしょう。しかし、高さは10m近くあります。そこまで波が届いたとも思えないので、地盤の上昇か海水面の降下か何らかの変動が過去にあったと思います。
石が落ちてきました。もろくなった箇所から自然に落ちるのでしょう。ちょっと危ないのでここを通るときは気をつけましょう。砂層の空隙は大きさが数cmから1mを超えるものまであります。隣り合う空隙どうしの厚さは数cmくらいで、薄い膜のような石壁で隔てられているのです。
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横を通るときは頭上が気になる

2015年10月20日(火) 記事NO.38の2
奇勝「竜串海岸」(2) その2
いろいろと名付けられた奇観を見ながら、ようやく大木たちの端までたどり着きました。そこでちょっと順路がわからなくなりました。小山の祠まで上がる山道や広くなったテーブルのような地形が現れたからです。海際まで行って引き返したりしながらルートを探しました。すると大きな岩の後ろに岩盤を切り出した歩道が見つかりました。
・・・怖い!海面から3mくらい上を横切るのですが、私の靴のサイズより細い道です。踏み外せばダイブは間違いなくデジカメが死んでしまいます。写真家モドキの性で自分の身体よりカメラが大事なのですよ。落石にも注意しながらようやく対岸の砂浜に軟着陸しました。ドキドキでした。近所の犬がその一部始終を見ていました。
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「蛙千匹」って本当にカエルだ

2015年10月20日(火) 記事NO.38の3
奇勝「竜串海岸」(2) その3
海中公園は時間がないのでパスです。でも家族のご機嫌を取るためお土産は必須です。そこで、3つの道の駅と2カ所のお土産店をハシゴしました。
ある店では鯨のペニスが飾られていました。食べればむちゃくちゃ精力が付きそうですが鼻血ブーになるのは怖いです(笑)。四万十の青のりをまぶした鰹のタタキっぽいものを試食しました。意外と美味かったので2本購入しました。他にもご飯の友達になる漬け物やマヨラー御用達の一品を買って帰路につきました。
帰りは5時間かかりました。休憩を1時間含みますけど、それが何か?皆さんも気をつけてお帰りください。スピードの出し過ぎは危ないですよ。
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涼しい海風で魚を干す



2015年10月19日(月) 記事NO.37の1
奇勝「竜串海岸」(1) その1
足摺岬から西へ20km。土佐清水市街地を抜けて足摺サニーロードを進むと、見残し海岸沿いに様々な地形が現れます。南西方向に鬼の洗濯板のような節理が並ぶところが竜串です。駐車場から海のギャラリー前を歩くこと5分で竜串海岸への入り口です。様々な奇観が織りなす奇勝がここの名物なのです。
防波堤を越えるとそこから滑りやすい岩の上です。所々にコンクリの踏み場と小さな案内があるので、それを頼りに歩いて行くのです。段差が激しいので子連れにはちょっと難しいと思います。海に向けて太い大木(たいぼく)のような岩がすっと延びていました。まるで成長したタケのようで、岩肌に白い貝殻がたくさん付いています。生きているカキなども密集していました。
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遠くに海中公園が見えた

2015年10月19日(月) 記事NO.37の2
奇勝「竜串海岸」(1) その2
「大木」の太さは1m前後でそれらが何本も何百本も並んでいます。特に太くて目立つ物は「大竹小竹」と名付けられていました。・・・たしかにその通りです。ここは化石の宝庫でもあり、貝類やサンドパイプという生痕化石が目に入ります。しかし、ここでの採集は絶対禁止です。あんまりじっくり見ると欲しくなるかもしれない(?)ので、少しピントをぼかして周囲の地形に目をやりました。
大木の上を歩いて海際まで来ました。。今日の波は荒くないのですが、油断すると足下までかかります。滑りそうになったので再び岸辺近くまで戻りました。ここまで時間にして15分くらいです。一周するのに25分だそうですが、私はじっくり見ていくのでもっとかかりそうです。
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海際から岸辺を振り返る

2015年10月19日(月) 記事NO.37の3
奇勝「竜串海岸」(1) その3
大木のようなこれらは珪化木ではなく、波や風の浸食により形成されたものです。砂層と泥層の互層からなり、軟らかい砂層が削られ硬い泥層が残されたものだそうです。砂層は白っぽい灰色で表面はさらさらした感じです。手でなでただけでは削られませんが、爪を立てると少しだけ砂が落ちました。一方で、赤っぽいまたは黒っぽい褐色の泥層はかなり硬いです。なかなか爪が立ちませんでした。
ノジュールのような丸い塊が砂層にくっついていました。小さい物で数cmから大きい物で30cmを超えます。形状はほとんどが丸くて面白いです。私の好きなナッツで言えば、丸いのはガリバンゾーでちょっとひしゃげているとカシューナッツやクルミのようです。
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片手でつかめないくらいの大きさ



2015年10月18日(日) 記事NO.36の1
○十年ぶりの足摺岬(2) その1
灯台を後にしてジャングルのような遊歩道を進みました。途中で一輪のツバキが咲いていました。ちょっと早すぎやしないかと思いましたが、時系列がずれているため仕方ありません。
木々の切れ間から宿泊施設が見えます。この一帯は温泉街なのです。泉質は単純弱放射能冷泉で、少量のラドンやフッ素を含むそうです。そう言えば、この裏山の足摺砂鉄鉱山では放射性のウラノトール石ジルコンを産出するし、ちょっと離れた玄武岩の露頭にはホタル石(組成はフッ化カルシウム)が含まれます。ということは、冷泉にそれらの成分が入っていても不思議はないわけです。思わぬところで温泉と鉱山が結びつきました。レアな鉱物の産地だったのですね。
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岩山の祠を守護する結界

2015年10月18日(日) 記事NO.36の2
○十年ぶりの足摺岬(2) その2
アップダウンしながら道を進みます。洞門まで400mと書いていましたが、実際はそれ以上の距離がありそうです。ようやくコンクリの階段までたどり着きました。ここから海岸まで急な下りです。・・・降りるかどうかしばらく逡巡しました。降りれば当然また登らねばならなくなる。足への負担がかなり大きいです。しかし、ここまで来たのだからと決断しました。
鳥居を経てジグザグに石段を下りました。すると大きな丸い石がたくさん転がっている浜に出ました。石の1つ1つは直径20~80cmくらいで、波にもまれたせいか見事にまん丸です。数拾って庭石にすれば映えるでしょう。でもここは国立公園なので商業的な採取は禁止です。個人が数個拾うくらいは大目に見てもらえるかもしれませんが・・・。
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海食洞「白山洞門」

22015年10月18日(日) 記事NO.36の3
○十年ぶりの足摺岬(2) その3
波で浸食されてできた洞窟を海食洞といいます。足摺最大の白山洞門をはじめとしていくつかの洞窟が口を開けていました。打ち寄せる波は静かでしたが、石の転がる音が響き渡ります。大きな石ばかりで波打ち際まで行くのにちょっと時間がかかりました。
実は灯台がある岬突端やこの浜は最南端ではありません。灯台から西へ1km離れた長バエという場所がそれなのです。もっとも南北300mくらいしか違わないので四捨五入すれば誤差の範囲です。
帰りは案の定、足腰が痛くなりました。体力不足は否めません。犬の散歩の時間をもっと長くする必要がありそうです。それだけでは足りないって?これ以上増やすと逆にやる気がなくなるので仕方ないんです(・・・開き直り)。
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洞門の前を通る遊歩道



2015年10月17日(土) 記事NO.35の1
○十年ぶりの足摺岬(1) その1
徳島から見て四国内でもっとも遠い場所。国道を走れば400km近くあり、自動車道を走っても300kmを軽く超える。地元の方には失礼ですが、私から見れば四国の最果ての地と言っても過言ではありません。今回はその地に6時間かけて行ってみました。
高知道を走り四万十から国道56号線に降りて中村へ。それから321号線に入り、県道27号線に入って1時間でようやく岬周辺に到着です。室戸岬もそうですが何となく寂しい場所です。土産店にも人影がなく岬の駐車場にも車の姿がほとんどありません。かつては新婚旅行のメッカの1つでしたが、今は熟年者の最果て旅情をそそる場所となっています。私としてはそういう寂れた感じが好きなのですが、地元の人はそうでないでしょう。早く高速道路の延伸の実現が望まれます。
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岬の灯台と岩礁を見下ろす

2015年10月17日(土) 記事NO.35の2
○十年ぶりの足摺岬(1) その2
足摺には何度か鉱物採集で出かけていましたが、本当の意味で岬の突端に来たのは○十年ぶりです。たしか最後に来たのが学生時代だったから、本当にかなりの年月が経っています。よくぞ今まで生き残って来られたものです(笑)。
駐車場から案内の看板に従いまずは灯台を目指しました。椿の木などからなる遊歩道をかき分け、高低のある階段を一歩ずつ踏みしめます。途中で弘法大師の伝説があるパワースポットとか、何となく怪しい(妖しい?あやしい!)ポイントを巡ること15分。ようやく眼前に丸みを帯びた広い大海原と、四国最南端の白い灯台が現れました。地球の大きさと丸さを感じられます。まさにこれこそがパワースポットじゃないかと思いました。今度は日の出を見たいものです。なお、画像は「ガメラ」です(笑)。
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自然にできた(?)らしい亀岩

12015年10月17日(土) 記事NO.35の3
○十年ぶりの足摺岬(1) その3
さて、岬巡りのバスが走る~♪前に周辺を歩いてみました。池の向こうに金剛福寺の屋根の先が見えました。門前には地元のお年寄りが腰掛けて四方山話をされていました。土産店の店員さんもお客が少ないので雑談ばかりのようです。特に買いたい物もないのでスルーして、植物園に入ってみました。・・・亜熱帯の植物が繁茂していました。切り株から新芽が伸びているのに気がついて、生命力ってすごいなって思いました。
一方で、いのちの電話らしいものがありました。あまり良い話ではないので割愛しますが、この地は別の意味でも有名なスポットです。夜間に来ればかなり恐ろしいかもしれません。浮いているのを見たっていう人もいるのですから・・・。もちろん襟裳岬のアザラシではありません。
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八大明王像と鍾乳石の塔



2015年10月16日(金) 記事NO.34
大岐のジャングル
四万十の中心地の中村から、国道321号線を走ること30分でやっと海が見えます。さらに10分進むと道は少しカーブしてまた直線に戻り、そしてまたカーブして土佐清水の中心地へと続くのです。そのカーブで迂回されてしまった場所が「大岐(おおき)海岸」で、ウミガメが上陸する砂浜として有名です。残念ながら暖冬といえどもこの時期の上陸はありません。そこで、駐車場に停めて防砂林をくぐって見ることにしました。
ビーチの長さ1,500mという白い砂浜が広がっていました。ウミガメの上陸ポイントは砂浜南部ですが、私が見ていたのは砂浜ではなく防砂林にもなっているジャングルでした。亜熱帯植物が生い茂って、ある熱帯性かんきつ類の仲間の北限地だそうです。林の中は湿気が多くて外よりも暖かく感じられます。同じ四国とはいえ、私の住んでいる地域とはまったく異なります。これもドライブの醍醐味だと思いました。
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他にも何人か見学者がいた
生物学的には見処があるのかも



2015年10月13日(火) 記事NO.33の1
四万十の夜明け その1
昨夜は久しぶりに会った友人と酒を酌み交わし、地元で採れた山海の幸に舌鼓を打ちました。四万十の青のりやテナガエビも美味いし、定番のカツオもグッドです。もっともどちらも酒はたしなむ程度なのでみっともなく酔うことはありません。ただ、私は大食漢なので最後の丼物がかなりデカくなりました。明日の活動があるので体力を付けておかないといけません(笑)。
・・・で、目覚めました。朝食はバイキングなのでうれしい限りです。開店して一番に入りましたが、まだ誰もいない。ご飯もみそ汁もおかずもデザートも採り放題です。もちろん朝からガッツリいきます。眠くなって運転に支障が出ない程度にしっかり食べました。だけど名所を逃さずすべて回るつもりですから、程よい緊張感に包まれて眠気も吹き飛びました。
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朝焼けの静かな四万十川

2015年10月13日(火) 記事NO.33の2
四万十の夜明け その2
宿舎を出て国道56号線から県道20号線に入り、四万十川の土手を進んで四万十大橋を渡ります。まだ車の往来も少なく、町全体が静けさに包まれていました。東岸から西岸にスイッチしたところで車を停めて、川岸でしばらく佇んでいました。
シラサギが数羽いて静かに魚を狙っていました。しかし、朝早くは魚の活動も鈍いためなかなか見つからないようです。そのうち土手の私に気付いたのか急に翼を広げて沖へ飛んでいきました。丸い波紋がとてもきれいでした。
川の水面が赤から白へと変わってきました。雲間からの日が高くなってきたようです。それでは今日の活動を始めることにしましょう。
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水鳥の声も風の音もしない

2015年10月13日(火) 記事NO.33の3
四万十の夜明け その3
この道を通るのはまだ10回目くらい(多い?)ですが、いつも気になっている場所があります。この「大文字焼き」もその1つです。山間から急に田園地帯に入ったところで、北の方を見ると小さい山の上に文字が書かれています。わざわざ脇道に入って少し近づかないとわからないのですが、確かに「大」文字の形をしています。時期によってここに火をつけて何かのお祝いをするようです。
まとまった集落がなく家が点在している地区です。しかし、地区の住民の協力がなければこのようなことはできないはずです。どこでも若い人が減っています。でも地域の伝統や文化を継承し次世代に伝えていくのは私たちしかいません。この地区の方も頑張っているんだと思いました。
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火がついた夜の様子も見たい



2015年10月11日(日) 記事NO.32
玄武岩の露頭
玄武岩は海洋底をつくる溶岩の1種で、地球上ではもっとも多いです。また、斑状組織をつくり見た目は黒っぽいです。豊岡の玄武洞から名付けられたようで、北を守護する黒い聖獣「玄武」の名があるのはたまたまだそうです。その露頭は四国各地に存在し、様々な鉱物を含んでいたりします。
有名なのが足摺岬のホタル石やチタン石であり、07年に新宮村で見つかったマイクロダイヤモンドも似たような火成岩だったかなと思います。前者はミリサイズですがはっきり肉眼で確認できます。四国初の発見です。後者は日本初の発見です。ただ同じような分析をすれば、国内のあちらこちらでも見つかるだろうと言われています。
それが何の役に立つのかは別として、これはロマンですね。
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道の造成で切り開かれた露頭



2015年10月10日(土) 記事NO.31の1
どんぐりの白滝王国へ その1
教え子たちが四国四県に散らばって早3年が過ぎました。そのうち今でも石をしている者は少なくなりましたが、ときどき呼び出しては石採りに行っております。今日は、高知県最大のキースラーガー鉱山があった大川村を目指しました。
まず、大杉駅でK君と合流しました。いやそのはずでした。ところが列車に乗り遅れたということで、待ち時間が1時間以上空いてしまいました。この駅周辺は特に名所もなく手持ちぶさたです。そこで、気持ちを切り替えて車で15分くらいのところにある別の鉱山跡を見に行きました。遺構がまだ残っていて新しい発見もあったので満足しました。けがの功名というものでしょうか。
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高知行きの各駅停車

2015年10月10日(土) 記事NO.31の2
どんぐりの白滝王国へ その2
無事にK君を拾ってそこから40km。早明浦ダムを経由して道の駅で弁当を買って、あとはひたすら大川村へ向かいました。ところが、間の悪いことにあちらこちらで道路工事をしていて通過時間を指定されていました。特に最後の県道の橋を渡る直前で止められ、半時間ほど待ちました。
ダム湖に浮かぶ波紋などを惚け~と眺めていると、釣り人のカヌーが通りかかりました。ルアーだったのでバス釣りでもしていたのでしょうか。K君に最近の様子などを聞いたりして時間をつぶしました。
ようやく通れるようになり、いつもの谷川へ行きました。ズリの直下にあるので今でも上部から鉱石や脈石が落ちてきます。また、積み重なって埋まった川底にも様々な石が見え隠れしています。
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干上がると出てくる役場はここ

2015年10月10日(土) 記事NO.31の3
どんぐりの白滝王国へ その3
すでに先客のHさんが来られてました。熱心な方で高知県を中心に活動されていますが、仕事が忙しくてなかなか行かれないそうです。草ぼうぼうで先へは行きにくいそうなので、手前の堤の下に降りました。
ここは有名なアクチノライトやフックサイトの産地です。また、3cmを超える立方体の黄鉄鉱結晶も見つかっています。しかし、私は石採りよりも優先すべきことがあったので、そこに2人を置いといて用事を済ませました。しばらくして戻ってくると、2人とも川原から道へ上がってきていました。Hさんが手招きするので行ってみると、色の薄い緑色片岩中にルチルが含まれていました。2個採れたそうなので片方をいただきました。ありがとうございました。
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流されてきた結晶片岩ばかり



2015年09月22日(火) 記事NO.30の1
高知県西部の海岸線(3) その1
再び県道52号線を戻って325号線を西進し、窪川で国道56号線に合流しました。そこから国道沿いに佐賀・入野を経て県道42号線に入りました。本日の最終目的地は中村の東に広がる平野海岸です。
太平洋の荒波が打ち寄せる海岸には、南北4kmに渡って断続的に砂浜が続いています。人影はまばらで数人がサーフボードを楽しんでいました。海から吹き付ける風はとても強くて、手に持つ袋やキャップが飛ばされそうです。海沿いの道はビーチより少し高い位置にあり、ブッシュをかき分けて砂浜に下りていきました。ここへ来るのは2回目でしたが、以前のことはすっかり忘れているみたいです。どこから下りるのかわからず、しばらく右往左往していました(記事NO.6を参照)。
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白波が打ち寄せる強風の砂浜

2015年09月22日(火) 記事NO.30の2
高知県西部の海岸線(3) その2
浜に下りるとほぼ砂と同じ高さに海がありました。何というか海に向かって砂浜の傾斜がほとんどなく、押し寄せる波が予想以上に内陸まで届くのです。こんなところで津波でも発生したらイチコロだなって何かのんきなことを考えていました。
県道の下を通る水路から水が流れていました。そのため砂がえぐれて砂層が現れています。前に見たとおり、砂と砂との間に黒い砂鉄層がくっきりとわかります。直径10cm、深さ50cmの円柱状に砂を数本採取し、大事に抱えて車に戻りました。
さて、時刻は午後4時を回りました。これから徳島まで帰ります。窪川まで高速がつながりましたが、そこまでは一般道を1時間もかかります。自宅に着くのは9時くらいになりそうです。体力勝負です!
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表面に広がる黒い砂鉄層



2015年09月21日(月) 記事NO.29の1
高知県西部の海岸線(2) その1
浦ノ内湾を後に県道23号線を西進して、6km離れた野見湾に行きました。この辺りは漁港ばかりで突堤には釣り人が多く見られます。声をかけた地元の方から釣り客と間違えられました。徳島からよく来たなって言われて、すっぱり否定するのも申し訳なくあいまいに笑ってお茶を濁しました(笑)。
漁港から少し西へ進むと集落があって、その前に静かな入り江がありました。遠くに長そうな橋が見えたのですがあれは高速道路でしょうか。黒白混じった砂浜があったのでそこでも砂を採りました。磯臭さが辺りを満たしていました。今日も魚介類の豊富な海が広がっています。昼食は荒磯焼きでしょうか。
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峠から見下ろした志和の集落

2015年09月21日(月) 記事NO.29の2
高知県西部の海岸線(2) その2
中土佐から県道25号線を南下し、上ノ加江・矢井賀・志和を過ぎて県道326号線に入り、6kmの峠道を越えてようやく分岐点に着きました。ここから左折して県道52号線を南下します。ほとんど集落のない地域を10kmも進んだところに興津海岸が広がっていました。
奥津坂トンネルをくぐると視界が開け、斜め下に青い海が見えました。見晴らしの良いことが知れ渡っているようで、展望所などが設けられていました。15分かけてくねくねしたカーブを下りていくと海沿いの集落に入り、東西に長い砂浜にたどり着きました。親子連れがサーフィンをしていました。といっても、海の上にいるのは親だけで子供は砂浜で遊んでいましたが・・・。
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峠から見下ろした興津の集落



2015年09月20日(日) 記事NO.28の1
高知県西部の海岸線(1) その1
早朝に土佐PAスマートICから国道56号線に下り、しばらく走ってから県道47号線を南下しました。トンネルを過ぎると明るい空と緑、そしてまばゆいばかりの太陽と海原が姿を見せます。潮の香りとカモメの鳴き声、遠くから響いてくる船の音など、ああ海にやって来たんだなって感じられます。
・・・このように書けばどこかの小説みたいですが、あいにくとこれは日記風のHPなんで、すみませんが雰囲気ぶちこわしています。それはさておき、横浪半島の付け根にやって来ました。実は今までに足を踏み入れたことがない地方で、住んでいる方には申し訳ないですが期待と不安が交錯しています。どんな発見があるのかどんな人と出会えるのか、今回の調査がとても楽しみです。
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穏やかな水面に映える朝日

2015年09月20日(日) 記事NO.28の2
高知県西部の海岸線(1) その2
このあたりの地質のことはよく知りませんが、一部に赤茶けた蛇紋岩が露出しているようです。マグネシウムなどを含む超塩基性岩で、稲作には適さないがミカンなど柑橘類の栽培には良いそうです。
元々は橄欖(かんらん)石を含んでいてオリーブの実のような緑色ですが、風化して変質してくるとそのような色になります。滑りやすくて崩れやすいのでときどき大規模な崩落があります。
石の中に黒い結晶が含まれていました。おそらくクロム鉄鉱でしょう。やや弱い磁性を帯びていて磁石にくっつきました。それが母岩から分離すると砂鉄になります。横浪の奥の湾にかろうじて残っていた砂浜から砂を採取しました。砂1kg当たりに付き5gくらいの砂鉄が採れました。
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砂浜がほとんど残っていなかった



2015年08月30日(日) 記事NO.27
シェルズのキヌガサガイ
安田町で見つかる新生代化石のうち、直径10cm以上の比較的大型の化石になります。出土したときの様子は、三角形の帽子のような形状で大量の砂が詰まっています。砂岩ほど固まっていないので爪楊枝や綿棒で擦ると、簡単に砂を剥離できます。しかし、やり過ぎると貝殻が砂の支えを失って壊れてしまいます。
この貝は現生種なので、今でもきれいで新鮮な貝殻を入手できます。変わった習性があり、自分の貝殻に小石や他の貝の貝殻をくっつけます。更に面白いのは、石ばかり付ける「石派」と貝ばかり付ける「貝派」に分かれることです。なぜなのか今でもよくわかっていません。新生代当時から同じ性質が連綿と伝わり、化石表面を観察すると石か貝をくっつけた窪みの痕が見られます。皆さんも確認してみてください。
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現生種の貝殻はきれい



2015年06月11日(木) 記事NO.26の1
高知県東部の山を訪ねて(2) その1
舗装道とはいえ車の対向もままならないような細い道の先にいったい何があるのか。初めての場所を訪ねるときはいつも不安と期待がいっぱいです。こんな細い道の先にはもう人は住んでいないだろうと思っても、急に視界が開けて何軒も家屋が建っている集落だったりするのです。
上韮生川沿いにもそうした集落が点在していました。廃校となった校舎跡や耕す者もいない休耕田、崩れかけた廃屋など人口の減った地区を目の当たりにします。
川の最上流部にも3軒のお宅がありました。何れもお年寄りが一人で暮らしているようです。万一のときが気になりますが、ファミリーカーが停まっていたので遠方に住むご家族が訪ねてきているのでしょう。何となく安心しました。
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五王堂発電所かな?

2015年06月11日(木) 記事NO.26の2
高知県東部の山を訪ねて(2) その2
国道と県道との分岐点まで戻り、そこから徳島を目指しました。実は195号線を高知県から走るのは初めてで、周囲の風景などを見ながら帰途につきました。
まず、道の駅に立ち寄りました。何か地元の土産を・・・と思ったのですが、大したものはありません。大きなサルノコシカケが6千円くらいでした。また、パンフでもないかと尋ねましたがもう作ってはいないとのこと。経費削減のためでしょうがとても残念でした。
しばらく進むと、目のくらむような下方に見える谷川がいつしか目線と同じくらいの高さになっていました。河原の石は白っぽい物が多く、石採りしても余り拾えそうにありません。ついに分水嶺を越えて徳島県に入りました。
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川面から何十mもの高さがある

2015年06月11日(木) 記事NO.26の3
高知県東部の山を訪ねて(2) その3
木頭村に入ればもう私のフィールドです(笑)。と言ってもそう何度も訪れてはいません。10年前に北川小学校へ、8年前と4年前に木頭村役場へ、5年前に知り合いの家に、7年前と6年前と3年前に写真を撮りに、2年前に・・・、他にも・・・。あれっ?思い返せば意外とかなり行っております。
徳島県下では最長河川の那賀川に沿って下りました。途中には石灰岩の採石場跡や化石の産地などが点在しています。また、支流には沢や滝が多くて新緑や紅葉の季節には私たちを楽しませてくれます。知り合いの釣り師たちはアマゴやヤマメを狙って訪れます。このように自然豊かな郷土は私たちの誇りです。
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青い水をたたえる長安口ダム



2015年06月10日(水) 記事NO.25の1
高知県東部の山奥を訪ねて(1) その1
高知県東部は山が多いため狭い道が何十kmも続きます。徳島から行くには高知道を通っても室戸を経由しても3時間以上かかり、最近とみに出不精になってしまった私の重い腰がなかなか上がりません。そうしたなかで、高知県の友人からいろいろ案内してやるとお誘いがあり、ついに気合を入れて出て行くことになりました。
行きは高知道です。南国ICで降りて道の駅で待ち合わせの後、国道195号線(土佐中街道)を北東へ向けて走り出しました。しばらくして香北町と物部町の境にある永瀬ダムの橋を渡ったところでちょっと休憩。飲料などを補給してそこから県道49号線に入り、さらに県道217号線をひた走りました。目的地は物部町の最奥に位置する和久保と久保影の集落です。
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青空を切り裂くような緑の並木

2015年06月10日(水) 記事NO.25の2
高知県東部の山を訪ねて(1) その2
この地域には有名な韮生(にろお)鉱山をはじめとして、御斉所や松尾などのマンガン鉱山が点在していました。また、キースラーガーや水銀を採掘していた場所もありました。そこで、本格的な夏の到来の前にそこを訪ねてみようと思った次第です。
県道の奥地にマンガン鉱山が眠っていました。道端に低品位の黒い鉱石が落ちていて、それを割ると中から桃色のばら輝石が出てきました。道の上の方の林にもたくさんあるようです。しかし、そこは他人の土地なので入るのは止めました。知らずに入ってしまうときもありますが、気が付いた段階でできるだけ速やかに撤収することにしています。もっとも入るだけなら大概許してくれます。しかし、木の根元を掘り返したり枝を折ったりゴミを捨てたりするのは止めましょう。
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半野生化した球根植物が開花する

2015年06月10日(水) 記事NO.25の3
高知県東部の山を訪ねて(1) その3
マンガン鉱山での調査を一応終えて、私たちはずっと下流に移動しました。予てより気になる鉱山跡の情報があったからです。四国鉱山誌などあらゆる文献に記載されていない幻の鉱山。それに関する何かを少しでも得たかったのです。
いつものように地元の方に飛び込みで取材しました。すると最初の方からいきなりそれに関する情報が得られました。何軒かお邪魔してその話をまとめると、今日の装備で今から行くのは無理であることがわかりました。しかし、場所は大体把握できて坑口が3つ開いていることも知りました。次回はきちんと準備して臨みたいです。
鉱山跡を巡る調査も10年目を迎えました。今後も気を付けて頑張ろうと思います。
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ここの河原で拾った梅林石



2015年04月29日(水) 記事NO.24の1
室戸ジオパーク(3) その1
行きたい場所が多すぎて、それでも何とか折り合いを付けて順番に巡っています。しかし、何かを見つけてそれに集中するときは一時期にそこばかり出向くことがあるのです。
室戸岬周辺はその範囲がかなり広く、1回や2回ではとても回り切れません。ジオパークの指定を受けているからだけでなく、産出する鉱物や化石、かつての鉱山跡、漂流物が拾える海岸線、歴史的な遺物など、様々な分野において研究の対象となるのです。地学系ばかりではなく生物系や地史学、歴史や文化など、視点を変えれば知りたいことがたくさんあります。
また、画像として記録しておきたい事象もあり、わずか数か月の間に8回も訪ねるはめになりました。おかげですっかり道に慣れて行き帰りの時間が読めるようになりました。
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杉尾神社の鳥居と狛犬と菜の花

2015年04月29日(水) 記事NO.24の2
室戸ジオパーク(3) その2
岬のすぐ北に洞窟があります。弘法大師ゆかりの場所だそうで、見回すくらいに巨大な岩盤の下に穴が2つ開いています。入口の大きさは高さ5~6m×幅4~5mですが、内部はずっと広く仏像を安置した小さな建物までありました。天井から水がポタリと落ちてきて、かなりの高さがあるようです。コウモリなどがいるのでしょうがわかりませんでした。
真っ暗で何も見えないのでちょっと不気味な空間です。それより上から石とか落ちてこないのでしょうか?心配になったので早めにそこを出ました。なお、進入禁止の札とかはどこにもありませんでした。この洞窟のある岩盤の高さは30m以上はあるでしょう。まるで、城崎に近いところにある玄武洞みたいでした。
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ピ○チュウに似ていると言われる

2015年04月29日(水) 記事NO.24の3
室戸ジオパーク(3) その3
東海岸は砂鉄が少ない代わりに、黒い大きめの石がごろごろしています。丸い孔が開いていたり重量感があったりと、徳島市近郊で見られる石とは異なります。それもまたちょっと見た目は不気味ですが、フナムシやカニなどの生物が棲みついていました。それらの生物にとっては必要なのでしょうね。
三津から野根川までの30kmの区間には信号機が見当たりません。ライダーにとって大変走りやすいため、ツーリングには人気のコースだそうです。私が所どころに止まって撮影していると、車やバイクが気持ちよさそうに走りぬけていきました。ただし、スピードがついつい出がちなので注意しましょう。
今日もたくさん走ってきました。300kmくらいかな?
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夫婦岩の太い方が女性?



2015年04月26日(日) 記事NO.23の1
唐浜の新生代化石(4) その1
四国で新生代化石を産出する場所は、徳島市南部とか勝浦町とか高松市南部とか小豆島とか伊予市東部とか室戸市西部とか・・・、意外とたくさんあります。しかし、それなりの量を産出してしかも採りやすい場所の筆頭はここでしょう。
前回に引き続いて今回も大人数で押し寄せました(笑)。もちろん、ここのルールに則って土手の西側のみで採集です。地元の方によれば、最近天気が良いので毎日のように誰かが来ているそうです。掘り返された跡を見ればわかりますが・・・。
また、道具の落し物や持ちかえるのを止めた化石やノジュールも残っていました。化石は看板を見ればある程度のことがわかります。大変参考になるので安田町教育委員会は「いい仕事」していると思います。
ただし、いつまでこの土手が存在できるかはわかりません。
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西斜面を観察してスコップで掘る

2015年04月26日(日) 記事NO.23の2
唐浜の新生代化石(4) その2
南北56m、東西5m、高さ2.5mの土手。5つの小断層あり。南東部がもっとも古い地層で、北西部がもっとも新しい。・・・というのが、この土手におけるデータです。上部の赤土層も下部の砂層も意外と硬く、シャベルを突き刺そうとしても先端が少し入るくらいです。
貝化石を見つけるには、まず表面観察です。貝殻の端がわずかに露出しているのを探すのです。そして、アヤシイ場所を見つけたら少し掘ってみます。ヒヨクガイやキヌガサガイのような大型の貝が見つかります。また、ちょっと大きめのスズキサルボウやオオスダレガイもありました。
私の友人たちは、タカラガイやカニのツメなどを見つけています。掛川とちがってサメの歯は少ないですが、それでも見つけている人がいました。血と汗と涙で幸運を引き寄せたいものです。
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断層周辺に炭化した植物あり

2015年04月26日(日) 記事NO.23の3
唐浜の新生代化石(4) その3
5人いれば4人までは砂層を掘って探します。確かにそちらの方の化石が多いし、貝殻が硬いので比較的壊れにくいといった特徴があります。実際に1時間の採集活動で、約25種類の貝化石とウニや植物化石が見つかりました。一方で、赤土層から見つかった化石はわずか5種類でした。また、個体数も80対20で砂層が有利です。
しかし、どこにでも天邪鬼な人がいるもので赤土層ばかりで探していました。当初の30分は当人はまったく音沙汰なしでしたが、上部のある場所を掘ったときに化石が出土しました。見事な形のヒヨクガイです。硬い貝殻はなく表面は黒く変色した土の様なものでした。慎重に土をかけ分けること20分でほぼ全体を取り出すことができました。ところが、手伝っていた友人のシャベルがそれて化石に当たり、一部が欠損してしまいました。悲鳴が上がりましたがどうしようもありません。85%は残っていたので、仕方なくそれで良しとしました。
また今度こそ再チャレンジです。
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今は某高校に寄贈されている
サイズは10cmでもろい



2015年04月24日(金) 記事NO.22
さぬきの火山
香川県一帯は、その昔は火山地帯でした。屋島や五剣山(八栗山)、讃岐富士、雨滝山も火山であり、瀬戸内火山帯を形成していたそうです。山体を構成する岩石はサヌカイトなど安山岩からなり、火山岩であるのは明らかです。
雨滝山の隣に火山(ひやま)があります。名称からしていかにも・・・と思いますが、雨滝とは岩石の様子が異なります。ヨウ素の単体のように黒紫色をしたサヌカイトが多く、耐熱煉瓦の様な赤い石も見られます。他の石や鉱物を包含している場合があり、長石や石英、黄色い沸石などが見つかりました。柘榴石もありましたがちょっと少な目でした。
山頂までの道はあるものの車は不通で、徒歩30分はかかるようです。特に目ぼしい物はなかったので、小一時間ほど滞在して他へ移動しました。
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レンガのような石がごろごろ



2015年04月23日(木) 記事NO.21の1
吉良川の街並み その1
室戸市中心街から車で20分くらい進むと、吉良川(きらがわ)の駐車場がありました。街並みを見学する観光客のために設置され、高知ナンバーに混じって他県の車が数台止まっていました。トイレと自販機だけの簡単なスペースですが、遠路はるばる移動してきた者にとってはオアシスです。掲示板に置いてあったパンフを手に取り、国道の北側にたたずむ街並みを散策しました。
まず、目に入るのは白い漆喰と黒い壁です。良く見ると白壁には平行に屋根瓦が取り付けられています。水切りカワラといって、漆喰を守るためにはめ込んでいるそうです。また、石垣にも一工夫して積み上げていました。地元の小学生とすれ違いましたが、面識もない私たちにきちんと挨拶してくれました。素晴らしい行為に思わず感動しました!
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細い路地で自転車とすれ違う

2015年04月23日(木) 記事NO.21の2
吉良川の街並み その2
この集落はすぐ海に面しており、昼間は海風が吹いてくるような場所です。そのため材木が腐りやすいので、壁に何かを塗ったりして防いでいます。昭和の時代が色濃く残っていて何となく懐かしくなりました。
入り組んだ路地は昔の集落そのものです。歩くとけっこうな距離になりますが、車で往来するような道ではありません。神社やふるさと館、古民家などを見て歩きました。また、喫茶店もそれらを改装して開いていました。コンビニみたいなモダンな建物はなく、とても落ち着く空間がそこに広がっていました。
交通の便が良くないので、ここまで来る人はそう多くないようです。また、深夜まで開いている店も少なく都会人にとってはちょっと不便かもしれません。それでも隣近所がとても近くて壁越しに話し合いをしたり、散歩の途中の道端で話し込んでいたりしました。皆さん、気の合うお隣同士なのでしょう。
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喫茶のある古民家の玄関



2015年04月22日(水) 記事NO.20
牟礼の放射性鉱物
戦後間もないころ、国策として原子力燃料に用いるウランの分布調査が行われました。香川県牟礼町在住のS氏もその調査に同行され、四国鉱山誌には名称不明の某(ちょっと失礼かも・・)と称されています。偶然お会いできて少し談話して頂けました。四国珪石鉱山の話も伺いました。
隣の庵治町は花こう岩の産地で採石場がいくつもあり、ペグマタイと中に石英・長石・雲母などの鉱物を産出します。そうしたなかで、トリウムなど放射性物質を含むことが明らかになりました。現在はうっそうと茂る竹藪になり、案内された場所に入るだけでも困難でした。また、土に埋もれたのかそ小石が1つも見当たらず長石を拾っただけでした。多少放射線の影響を受けているのか、長石は赤色。石英は黒色を呈していました。
帰りは道の駅「津田の松原」に立ち寄り、1日20食限定の特製カレーライスを食べました。
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全く見分けがつかない鉱山跡



2015年04月20日(月) 記事NO.19の1
室戸ジオパーク(2) その1
四国の最東南端(?)の室戸岬は、距離的に行きにくい場所です。徳島市から130kmで国道をひた走るしかないため、どうやっても3時間半。高知道経由で行くと、南国ICで降りて国道を80kmでやはり3時間半。結局どちらから行っても同じなのです。
その割には昨年から今年にかけて、仕事や遊びでこの地に何度も行きました。おかげで知らなかったことや初めて見られたものなど、それなりに成果がありました。私にとってウン十年ぶりのことでした。
この岬全体が毎年隆起しているそうです。年に2~4ミリくらいです。太平洋プレートがこちらに移動してきて、日本列島の下に潜り込みます。その反動で陸地が上昇するとのことです。そのとき、付加体といってプレートの物質が四万十帯の端にくっつきます。ゆえに、しばしば珍しい岩石や鉱物が見られるのです。
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元海岸から岬を見る

2015年04月20日(月) 記事NO.19の2
室戸ジオパーク(2) その2
海際まで山が迫っています。ゆえに、街並みは細長く海と山に挟まれています。スカイラインの曲がり角に駐車して少し歩くと街が見渡せて、遠くの海岸線まで眺めることができます。とても見晴らしが良いです。
このスカイラインは南阿波サンラインよりずっと短いですが、急カーブが多いため夜間には走り屋たちが寄ってくるようです。近所の人がときどきエンジンをブイブイ言わしている車が来ることを教えてくれました。でも私は普通のファミリーカーですから、そういう人たちとまったく関係ない・・・ように見えるはずですが。
その道は県道202号線に続いています。室戸市北部の丘陵地帯です。漁業の街らしく魚の加工工場などがありました。私も道の駅で乾物と干物を購入しました。今夜のおかずです。
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ゆるやかにカーブする海岸線

2015年04月20日(月) 記事NO.19の3
室戸ジオパーク(2) その3
同行した仲間や子どもたちと、しばらく海岸で貝殻や石拾いを楽しみました。狭い路地が多かったですが、歩行者や車のジャマにならないよう少し広くなった場所に駐車しました。各自がビニール袋を持ち、防波堤から下の海岸まで下りて行きました。
この辺りの海岸はごろごろとした大きな石が目立ちます。また、太い流木が何本も流れ着きそれを燃やした跡もありました。面白い形をしている物があります。特に牛の角のように一方の端が細くなっていて、内部が空洞になっているコーン状の流木を拾いました。逆さにして空洞を植え向きにし、そこに小さい植木鉢を置くか、あるいは土を入れてつる性の植物を這わせると小さなガーデニングの完成です。道の駅でも売っていましたが、やはり自分で拾ったものには価値があります。
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小さな水晶も見つかりました!



2015年03月19日(木) 記事NO.18
仁淀川河口を訪ねて
高知市と土佐市の境を流れる仁淀(によど)川です。四万十川や安田川などと並んで、アユなどの川魚が豊富な河川です。上流部にはクロム鉄鉱を含む黒い鉱石や、鉄マンガン系のアンバーという赤褐色の鉱石が採れる場所があります。
鉄分を多く含む地質が広がっているので、下流にはそれらから分離した砂鉄がたくさんあるのではないかと思われました。高知側の東岸と土佐側の西岸で、いくつかサンプルを採取しました。持ち帰って分析したところ、思ったほど砂鉄が含まれていないことがわかりました。砂1kg当たり20g程度です。九州の種子島や山陰の山砂鉄なら200~300gもあるそうですから、それに比べるとかなり少ないことがわかります。やはり火縄銃や日本刀を製造するには、原料の供給が大事であると思いました。
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北西風が強い日でした・・・



2015年03月07日(土) 記事NO.17の1
唐浜の新生代化石(3) その1
帰ってから化石をクリーニングしました。要するに化石に付着している土や砂を落とす作業のことです。壊れやすいため慎重に爪楊枝とハケできれいにしていきました。一方で、貝の中に砂が入りそれが功を奏して化石が潰れるのを防いでいます。砂を落とし過ぎないように気を付けました。
リュウグウボタル、ナサバイ、キヌガサガイ、スズキサルボウ、ツメタガイなど巻貝や二枚貝がたくさん拾えました。確認できただけで25種類。ほぼ完全体が約20個、半壊品が約50個。まずまずの成果でした。ただし、大きさが今一つだったので飽きずにもっと探せれたら数も増えたでしょう。今度も行きましょう・・・と誘われて、また近いうちに出向くことになりそうです。距離がありすぎるのがネックですね。
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6cmのオオスダレガイ

2015年03月07日(土) 記事NO.17の2
唐浜の新生代化石(3) その2
静岡の掛川に比べると含まれる貝の量が少ないように思います。両方の産地でお馴染みの貝もあれば、トサツマベニガイ(?)のような固有種もあります。また、現生種もいれば絶滅種も見られました。
貝以外の水生動物もいます。サンゴ・ウニ・フジツボ・カニの甲羅・サメの歯・イルカの耳骨などです。今回はあまり見かけませんでした。友人はサメの歯を期待していたようですが、また仕切り直しです。
数年前にここでクジラの背骨を見つけた人がいました。大きさは何とか背負えるくらいで、重量は50kg近くあったようです。砂層から慎重に切り出していました。掘り出せた頃にはすっかり夜になっていて星が瞬いていたそうです。・・・私にはとてもマネできません。
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最大3cmの単体サンゴ

2015年03月07日(土) 記事NO.17の3
唐浜の新生代化石(3) その3
何かわからずにたくさん拾っていたのがサンゴでした。その形から「センスガイ」とも言われ、大きさは1~3cmほどで石灰分に富んでいます。良く見ると幅の広いタイプが混じっていて、これは別種だそうです。
帰りにすぐ南側の砂浜に立ち寄りました。東西に3kmくらい続いていて、すぐに深くなるため海水浴はできませんが投げ釣りする客が多いそうです。・・・とは、浜の公共トイレを管理されている地元の方の談。
砂浜には砂以外ほとんど何もありません。ところが遠くに白い物体が転がっているのを見つけました。近寄ってみれば大きなサンゴです。大きさは50cm×40cm×30cmで、重量は50kgはあるでしょう。車に積み込むことは難しいのでひっくり返したままにしました。
帰りも4時間かかりました。自宅に着くまでが旅です。最後まで気を付けて活動しましょう。
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クジラの背骨と同じくらい



2015年03月06日(金) 記事NO.16の1
唐浜の新生代化石(2) その1
しばらく土手周辺で化石を探しました。砂層といっても砂が固まりとても硬くて、小型のシャベルではなかなか掘れません。気温は低いはずなのに薄っすらと汗が出てきました。
転がり落ちている化石を拾う人、見えている貝を掘り出す人、ノジュールを割ってみる人など、個々各々が好きなように活動していました。私は何度もここに来ているので気持ちに余裕があります。ガードレールに腰かけてお茶を飲んでいました。
1時間くらい経つと、単純作業に少し飽きてきたようです。クリーニングは帰ってからでもできるから、周辺を散歩してみることにしました。他の地層の観察です。
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農道沿いの散歩道の案内板

2015年03月06日(金) 記事NO.16の2
唐浜の新生代化石(2) その2
農道から少し坂を上がりました。イガイガのついた実が多くてシャツやズボンにくっつきます。10mほど上がるとすぐ下りになっていました。
雑木林や竹林の地面を掘って地層を浮かび上がらせていました。造設にはけっこうな労力がかかったと思います。道幅1.5mくらい、延長200mくらいです。落ち葉が積み重なってほとんど地面が隠されていました。また、コケや地衣類に覆われて切通しの斜面も観察しにくかったです。
入口から50mのところでようやく白い物が見られ始めました。サルボウかベニグリのようです。いやキララガイかもしれません。ここでは何十種類もの貝化石が見つかっているので、きれいに砂を払って図鑑で確かめないと何とも言えないのです。
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少し薄暗くて土のにおいがする

2015年03月06日(金) 記事NO.16の3
唐浜の新生代化石(2) その3
農道に出ると大人たちはそのまま歩いて車に戻ります。しかし、高校生たちはすぐに散歩道を引き返しました。もっといろいろ探検したかったのでしょう。でもここは採集禁止ですから見るだけでした。
道の両端の斜面は草木の根や葉でほとんど地面が見えません。それでも貝の様な白い物が処かしこに見られました。二枚貝だと思うのですがやはりわかりにくいです。
途中で斜面がざっくり切れている場所がありました。高所にあるためはっきり見えませんが、その砂層にも貝が多そうです。同じような地層は周辺10km以上も繋がっています。この農道だけでなくもっと広範囲を見るべきでしょう。
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ここにもノジュールが浮き出ている



2015年03月05日(木) 記事NO.15の1
唐浜の新生代化石(1) その1
友人や高校の先生と教え子たちを連れて、安芸市の東の安田町にやって来ました。ここは四国でもっとも有名な化石の産地の1つです。今から260万年前くらいの新生代更新世の地層が分布していて、そこから貝化石が大量に産出するのです。
奈半利線唐浜駅を目指し、車3台に分乗して待ち合わせた徳島市を出発しました。室戸市まで140km、さらにそこから30km、片道だけで約4時間コースです。途中で道の駅ししくいや東洋町、キラメッセなどに立ち寄りました。トイレ休憩だけでなく地元の海産物の買い込みです。高速道路がまだ繋がっていない現状では、そう何度も来れる場所ではありません。丹波お買い物ツアーのときのように、小魚やヒジキなどを大人買いしました。カルシウムたっぷりです(笑)。
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安田町化石体験所の様子

2015年03月05日(木) 記事NO.15の2
唐浜の新生代化石(1) その2
朝8時前に出発してちょうど昼のサイレンが鳴り終わる頃、ようやく現地に到着です。本当に長いドライブです。なお、時間がもったいないので昼食は走行中に食べて終わらせました。
早速採掘・・・ではなく、まずは地層の観察です。ここは農道整備のときに現れた土手をそのまま保存した場所です。そして、町と地権者の厚意で一般人にも開放され、自由に採集したり見学したりできます。ここをホームグラウンドにしている人もいて、ネット上にたくさん掲載されてるようです。
ざっと見た限りでは、土手の長さは南北56m、東西5mで、高さは2.5m。上部は赤土層、下部は黒灰色の砂層からなります。また、断層がいくつか走っています。
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砂層に含まれるツノガイ

2015年03月05日(木) 記事NO.15の3
唐浜の新生代化石(1) その3
西側は採集可能ですが、東側は見学だけとなります。案内板にも記載されているので皆さんルールを守りましょう。
砂層中に丸い玉のような物体が埋もれています。ノジュールみたいな物でしょうか。ノジュールとは化石とか魚の骨とかが核になって、その周りに砂などがまとわりついて粒状になったものです。ただし、必ず化石を含んでいるとは限りません。いくつか砂層から分離して転がり落ちている物を割ってみました。白い貝の破片が出てきました。細かいので種の同定が難しいです。しかし、大部分の物には特に何も含まれていませんでした。なお、私たちは西側斜面で採掘しています。
見学のみであるはずの東側斜面に、貝堀りに使う青いくま手のような物とマイナスドライバーが落ちていました。それが意味することは何か・・・、聡明な読者の皆さんならおわかりと思います。一部の人の行為のために他の人までとばっちりが来るのは勘弁して欲しいです。
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ノジュールは直径10cmくらい



2015年02月27日(金) 記事NO.14
レインボーカラミ
大川村は早明浦ダム上流部にあり、干ばつ時にはダムの湖底から旧役場の建物が現れることで有名です。その支流の奥に白滝鉱山があって、今でもいくつかの遺構を見ることができます。
整備された公園の際に、当時の精錬所跡が残っています。そこには、大型の蜂の巣みたいな黒光りする金属質の塊りがあります。良く見ると表面は銅のように褐色で、所どころ金色をしています。黄鉄鉱の結晶を含んでいる物まであります。
鉱滓(こうさい)、つまり鉱石を融かして銅を取った残りカスです。スラグともいって金属以外に硫黄やケイ酸なども含んでいます。表面に針鉄鉱か鱗鉄鉱ができているようで、光が干渉し合って虹色をしています。これを見つけたとき世間ではレインボーガーネットが流行していました。そこから命名しました。
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緑青ができていることもある



2015年02月25日(水) 記事NO.13
足摺のホタル石 M4
四国全体では約500種の鉱物が見つかっているそうです。ありふれた鉱物の中でも、比較的近年になって存在が明らかになったのがホタル石でした。主成分はフッ化カルシウムです。
足摺岬に広がる玄武岩に晶洞が発達し、その中に白色・淡桃色などの結晶が含まれます。大きさは数ミリ程度であまり蛍光を発しません。しかし、結晶はきれいな八面体です。露頭は道端にあり車を横付けできます。露頭を割らずに下に落ちていた岩石片を拾いました。
他にも褐色で金色がかっているチタン石もありました。これも数ミリしかなく母岩中に数個含まれています。
徳島から遠かったけれど来たかいがありました。
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孔の中に結晶が成長している



2015年02月20日(金) 記事NO.12
庵治の石切り場
八栗山(やくりさん)西部は質の良い花こう岩が採れることで知られています。中でも庵治石(あじいし)は高級品で、石碑や墓標を造ると海外産の2~3倍の費用がかかるとか。そうした石脈にはペグマタイトが発達し、しばしば水晶や長石が見つかるそうです。しかし、ここは完全に企業の所有地であり無断で入るのはNGです。せいぜい道端で何か転がっていないか探すだけにしてください。
ある石の店で海外の石をいろいろ売っていました。その中に国領川の藍晶石が展示されていました。2006年採集ということは、ちょうど私が鉱山めぐりを始めた頃です。透明感のあるきれいな青色でした。今ではめったに採集できません。ほとんど誰も行ったことがない場所でそういうのが見つかるようです。
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五剣山、1つ崩れて四剣山?



2015年02月19日(木) 記事NO.11
天使の羽根の水晶
主目的のある用事を済ませた後、空き時間を利用して近くの河原へ行きました。大きな石がごろごろしていて、橋の欄干が錆びていて、昨年の大水でかなり被害を受けたらしいです。
足元に転がっていた白い石を見ると、晶洞の中に透明な水晶が生えていました。また、表面には擦れているものの真っ白な結晶が多数見られます。整った羽根のように結晶が斜めに走り、不純物がほとんどないのかきれいなミルキークォーツでした。周囲を見渡すと、ちらほら白い石が落ちています。こうして、水晶の産地を見つけてしまったのでした。
その後、他の仲間にも教えてあげてました。すると、思ったよりたくさんの水晶があったことがわかりました。1本当たりのサイズは0.5~3cmくらいで、透明・白色・緑色などの柱状結晶のクラスター。小さなものは巾着に入るくらいで、パワーストーンとして身に着けても良いでしょう。
幸運が訪れますように・・・。
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林道の奥に産地がある



2015年02月18日(水) 記事NO.10の1
雨滝山の柘榴石 その1
津田の松原のすぐ裏山が雨滝山(あめたきやま)で、山全体が風化した安山岩でできているそうです。道の駅から車で5分。線路を渡りトンネルをくぐったらすぐ曲がって、さぬき市葬祭場の方へ行きます。前を過ぎて少し進むと道が細くなるので、広い場所に駐車してそこから徒歩です。
やや黄色くなった白っぽい岩盤の表面はぼろぼろでした。落石も多く割れやすいので、持って行くのは袋と新聞、小さなハンマー1つで充分です。100mくらい歩くと、黒色または赤褐色の結晶が拾えます。ほぼ球形に近くて透明感があります。サイズは3~6ミリくらい。たまに1cmクラスもあるとか。
読者のN様の話では、香川県内にはここ以外に10ヵ所ほど柘榴石の産地があるそうです。いつかはそれらを回ってみたいと思います。
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黒っぽい柘榴石がポツポツと

2015年02月18日(水) 記事NO.10の2
雨滝山の柘榴石 その2 M3
採集してきた石を確認しました。多面体の結晶形はほとんどわかりませんが、それなりのキレイさがあるようです。
今回は全て転石です。枯れた草に覆われた岩肌から落ちてきた物ばかりなのです。過去には大きい物で2cm以上があったそうですが、今見ている物は最大でも1cmがやっとです。以前にも柘榴石ばかりを熱心に集めている人のため、ここを訪れて石を採って送ってあげました。
もっと新鮮な結晶が欲しいです。しかし、そのためには岩盤をある程度掘らなければ無理でしょう。柘榴石の入っている石ってけっこう硬いから難しいです。また機会を見つけて、この周辺を丹念にウォーキングしてみましょう。
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日の丸弁当みたい



2015年02月01日(日) 記事NO.9の1
高知市朝市ツアー その1
高速道路網が整備されて、四国内の移動がとても楽になりました。おかげで家族を連れてあちこち出動できます(させられます。)。石採りで留守にするには家族の理解が必要不可欠なので、これらのサービスは必須です。
今度は高知までお買い物ツアーに来ました。高知城を西端として東西1kmにわたり、100以上の露天が軒を連ねています。売っている物は、野菜や果物など農産物、魚や海藻など海産物、天ぷらや饅頭など加工品、箸や陶器など日用品、竹細工や木工品などお土産用など、あらゆるものがありました。
ある店では、地元名物の「芋けんぴ」を大量に山積みして、道行く人の目をとらえていました。スゴイっと思う反面、崩れたらもったいないなという心配もありました。
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にぎわう通りの上に雲一筋

2015年02月01日(日) 記事NO.9の2
高知市朝市ツアー その2
朝市の楽しみは掘り出し物あさりです。古銭・メダル・プラモ・人形・昔の雑貨など、はた目にはガラクタかと思うような物まで置いてありました。見る人が見れば貴重なオタカラになるのでしょう。
これらの古い物については、きちんと調べてそれなりの知識と情報を持っていないと手出ししません。例えば、古銭などはその筋の研究がなされていて、売っている方もきちんと価値がわかっているはずだからです。なけなしの小遣いを無駄遣いしないようにしましょう。
古ぼけたサンゴがありました。赤・桃・白の3点セットで、売主の言い値は△円。赤サンゴは珍しくなっていますが、その品質と状態ではいいとこその半値以下です。折り合いが付けばと思っていましたが、余り時間がなく交渉する気もなくなりそそくさとその場を後にしました。
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高知城の天守閣と大手門

2015年02月01日(日) 記事NO.9の3
高知市朝市ツアー その3
さて、私がちょっとだけ自分の時間を持てるようになるまで、家族の荷物持ちと化していました(泣)。女性陣の後をぶらぶらついて行って、買い込まれた荷物を手に引っかけ重くなってくると駐車場まで運ぶ。それを繰り返すこと三度でしばしの解放となったのです(ふぅ~)。
サンゴの何でも屋の次に、石を売っている店をのぞきました。3年前にも見かけた異常巻きアンモナイトがまだ売れ残っていました。価格の割に大したことないのでそうなっているのでしょう。他の何でも屋ものぞきましたが、特に食指を動かす物はなく何も買わずに家族と合流しました。
帰りの高知自動車道は紅葉に囲まれていました。特にカエデやモミジの赤とイチョウの黄色が目立ちました。今頃はすっかり枯れて茶色くなっているでしょう。
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上り線の馬立PAの大カエデ



2014年10月18日(土) 記事NO.8の1
リョーマの休日 その1
坂本龍馬の誕生日は10月17日だそうで、この日の前後は全国の龍馬ファンが高知市に詰めかけるみたいです。幕末の志士、薩長土肥の仲を取り持った人物、初めて新婚旅行をしたパイオニア(?)など、様々に評価されていますが、概ね好人物として見られています。
桂浜(かつらはま)に大きな銅像があります。この期間中限定で、特別に建てられた大櫓からそのご尊顔を間近に見ることができました。きりっとした感じの端正な横顔でした。遠くを見る意志の強そうな目。・・・まあ実物はどうだったか知りませんからこれ以上はコメントなしです。
ついでに櫓の頂上から遠くを眺めました。西側には小山があって視界が遮られていますが、東側は松原の向こうに安芸市辺りまで見渡せました。霞んでなければ室戸市まで見えるかもしれません。
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近くで見ると迫力あるなあ~

2014年10月18日(土) 記事NO.8の2
リョーマの休日 その2
高知市の名所の1つ、桂浜は市街地より10kmも南にあります。意外と距離があるので初めて来た人はびっくりするようです。そこには水族館や土佐闘犬センターなどがあり、砂浜や松原の散策、お土産など買い物を含めて私であれば所要時間は3~4時間くらい。他の人よりゆっくり見聞しているためこれくらいはかかります。
砂浜には多くの観光客がいて、何やら拾っています。五色石(ごしきいし)という色とりどりの石を拾っているのです。初めてここに来てから早もう○十年が経ちますが、その頃から変わりなく今もこうしてここに居られます。見えないところで助けてくれる方々に感謝です。
帰りに貝殻とサンゴを入手しました。かなり昔に足摺岬の沖合で採れたそうです。今は採集禁止です。
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赤・緑・黄・橙・紫・白・黒・灰・褐etc



2014年10月16日(木) 記事NO.7の1
室戸ジオパーク(1) その1
久しぶりに四国東部の最南端「室戸岬」へ行きました。様々な地形や地層が見られるこの場所は、2008年に日本ジオパークの指定を受け、2011年に室戸市全体が国内5番目の世界ジオパークに認定されました。
ジオパークとは、地球科学的な特徴がある自然遺産と人の営みによる文化遺産を結び付けて、地域の経済的な発展を目指す仕組み・・・だそうです。地域の観光地化とどう異なるのかわかりませんが、とにかくお客をたくさん呼び込んで、過疎化が進む地域が少しでも持ち直してくれたらと思います。
私自身は4回目ですが、同行者たちのほとんどは初訪問だったようです。岬だけでなくその周辺もじっくりと回ることにしました。すると、ネコがいました。とても人懐っこいネコで、ネコ好きのM君とN君はメロメロでした。
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岬の先端は白波に洗われていた

2014年10月16日(木) 記事NO.7の2
室戸ジオパーク(1) その2
岬周辺にはほとんど平野がなく、国道は急斜面と海岸に挟まれるように延びています。徳島市から130km、高知市から80kmくらいあり、しかも高速道路網がつながっていないので、片道3~4時間はかかります。
私たちは岬先端部に駐車しました。そして、遊歩道を抜けて海岸に沿って様々な地形や植物などを観察しました。黄色い花が目立ちましたが、シオギクやウチワサボテンのようです。海岸は砂浜ではなく砂利くらいの小石で覆われていました。波に打ち上げられたサンゴの破片がたくさんあり、タービダイトの上に積み上げられていました。
タービダイトとは海底堆積物のことで、泥岩と砂岩が互いに積み重なっています。混濁流または乱泥流という深海底の海流により生成したそうです。ということは、ここは元々海底だったということになります。
室戸岬は年に数ミリ上昇しています。そのとき、マントル対流によってハワイからここまで移動してきた地層の一部が、岬の地層に引っ付きます。岬が隆起するとそれらも一緒に地上に現れるようになり、いろいろな岩石や鉱物が見られます。付加体というそうです。
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地上に現れたタービダイト

2014年10月16日(木) 記事NO.7の3
室戸ジオパーク(1) その3
岬頂上の灯台へ行きました。恋人の聖地として売り出し中で、金網に多くのカギが付いていました。同行した仲間にも彼女のいる奴がいます。今度ここへ来てみたら・・・などと冷やかしが始まりました。
24番札所の最御崎寺にも立ち寄りました。お遍路さんがいっぱいで、本堂にお参りしたり朱印を押してもらったりしていました。私の祖母が生前何度も88ヵ所巡りをしていて、朱印が全部たまると奈良の高野山でまとめてもらっていました。私も小さい頃、何度か同行して(させられて)半分くらいは回っています。そうした昔を少し懐かしみながら歩き回りました。
他にも、ピカチュウのような洞窟とか巨岩だらけの浜辺とか、時間の許す限りジオパークを堪能しました。
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室戸岬の灯台から眼下を見下ろす



2014年09月09日(火) 記事NO.6の1
幡多砂鉄鉱山 その1
高知県四万十市の平尾ビーチに来ました。この砂浜では大量の砂鉄が採れます。夏ではなかったのでお客は少ないですが、それでもまあまあの人出でした。
砂浜には小石や珊瑚の欠片、人工物などが漂着していました。砂鉄のことは置いといて、ビーチコーミング(漂着物を探すこと)などが面白そうです。私もたまに海岸を散策して、何か宝物はないか探したりしています。また、子どもと一緒にそうしたイベントに参加したこともありました。講師さんの話では、弥生時代の土器片やオウムガイなどのレアものがあるとのこと。珍しい貝が拾えたりもします。ただし、どういう物がレアなのかは学習と経験を積まないとわかりません。石の採集と同じですね。
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黒っぽい砂浜に波が打ち寄せる

2014年09月09日(火) 記事NO.6の2
幡多砂鉄鉱山 その2 M2
砂浜に小川が流れ込んでいました。流水にえぐられたような断面を観察すると、黒い砂鉄が何層にもなって含まれていました。各層の厚さは5ミリ~1cm程度で、砂鉄層が表面に現れている部分は本当に真っ黒です。おそらく砂1kg当たり100g以上は含まれているでしょう。やや湿っていて、砂鉄層ごと手でゆっくりと持ち上げることができました。
あいにく入れ物を持参していなかったので、さっき拾ったジントニックのガラス瓶に砂鉄を詰め込みました。ちょっとアルコールが残っていましたが・・・。それからビーチコーミングをして、浮きや大きな貝殻を拾いました。また、小さな水晶を含んだ砂岩も見つけました。近くに石英脈があるのかもしれません。何となく頭集の産状と似ていました。
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ガラス瓶と砂鉄層



2014年09月04日(木) 記事NO.5の1
頭集の水晶と鉄電気石 その1
高知県にも難読地名がたくさんあります。魚梁瀬(やなせ)、別役(べっちゃく)、野老山(ところやま)など、鉱山跡や鉱物産地と関係ある場所も少なくありません。そして、頭集(かしらつどい)もその1つです。
高知県西部というか最西端に近い大月町にそれがあります。地元の方に案内していただき、有名な水晶の産地を訪れました。ここの水晶は大きい物でも数cmですが、四国内では透明度の高い結晶が見られます。採石場の岩盤に石英脈が含まれ、そうした脈内に水晶が生えているそうです。
現地はのどかな田園地帯で、田植えの季節にはあちこちから耕耘機の音が聞こえます。道が細いので、通行の邪魔にならないようできるだけ端に寄せて駐車しました。また、ちょっと席をはずしたときたまたま出会った方に挨拶して、少し中に入ってみました。
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今は稼働していない採石場跡

2014年09月04日(木) 記事NO.5の2
頭集の水晶と鉄電気石 その2 M1
道端の石を一つ1つ丹念に見ていくと、透明な水晶の破片が見つかりました。長さは5ミリ~2cmくらいで、一応は頭付のポイントです。たまにクラスターが見つかるそうですが、岩盤を割って崩さなければわかりません。後で地元に迷惑がかかるかもしれないので、30分ほど表面採集しただけで帰りました。
鉄電気石がありました。黒い塊状の鉱脈が岩盤に含まれていました。しかし、とてももろくて指で軽く押しただけでボロボロと崩れ落ちていきます。キレイな結晶がほとんどなく、すべて中折れの状態でした。また、小さい物ばかりだったのでサンプルとして少量採集するだけに止めました。
ここは風光明媚な場所なので、観光として景色を楽しみたい方にお勧めします。食したカツオのタタキが美味しかったです。
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鉄電気石(ショール)の鉱脈



2014年09月02日(火) 記事NO.4
足摺のジャングル
池田から高速を利用して4時間。眠気が多少残るままに足摺岬に着きました。徳島からは300kmと、四国の対角線上を走った感じです。でも道路網が整備されるにつれて移動がとても楽になりました。おかげで、四国内であればどこでも日帰りコースです。
岬の突端より北西に1kmの場所に「足摺砂鉄鉱山」がありました。海からかなり離れているので、採れるのは「山砂鉄」でしょうか。ここは風信子の種子のような褐色ジルコン、緑色の放射性鉱物のウラノトール石などの産地です。すっかり放棄された畑らしい土の表面に黒い地層が見えます。磁石を近づけるとしっかりとくっつきました。なお、登る途中にも防空壕のような穴が開いていました。
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地面は落ち葉に覆われていた



2014年04月30日(水) 記事NO.3
住居にもっとも近い鉱山跡
ふつうに住民が通る舗装道路の脇に、ふつうに坑道の跡が残っています。その数は実に30以上で、1区画にまとめて8つくらい開いていることもあります。そのまま放置されている穴もありますが、半分以上はドアが取り付けられています。開いている穴を覗くと、肥料の袋が積み重なっていたり、農機具を収納したりと物置になっているみたいです。これもこの地域独特の生活スタイルかもしれません。調べたら面白いでしょう。
画像は、高知県中西部の柚ノ木で見た光景です。この地域には蛇紋岩が多くて、それに伴って産出するクロムを採掘していました。今はもうすっかり採掘されてしまい、廃棄された石を積み上げたズリもなく標本はほとんど採集できません。穴をたどりながら道端をゆっくり歩いてやっと1個だけ拾うことができました。
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鉱山跡が地域生活に密着している



2014年04月07日(月) 記事NO.2
岡豊城跡は蛇紋岩帯
戦国時代に長宗我部氏が土佐で勢力を強めていたとき、この岡豊(おこう)もその持ち城の1つでした。その敷地の地質は主として蛇紋岩から成り立っています。カンラン石が変性してできるそうですが、鉄やマグネシウムなどを含んでいます。これらの成分は稲の根が水分を吸収する能力を劣化させるので、この一帯は稲作に適しません。一方で、かんきつ類には最適だそうです。
画像は、岡豊のすぐ裏で宅地開発(らしい?)している場所に残っていた坑道です。緑色の蛇紋岩がむき出しになって、白く変質しています。これにはよくクロム鉄鉱の鉱脈を含んでいてクロム鉱山になったりしています。ニッケルを含むこともあり、実際に顕微鏡サイズのアワルワ鉱というものが見つかっています。なお、足元は水没していました。
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住宅地の中にひっそりと残る



2014年03月09日(日) 記事NO.1
高知の温泉につかりたい
円行寺周辺に蛇紋岩の地層が広がり、それに伴ってクロム鉱山が分布しています。黒光りする鉱石がときどき落ちていて、磁石にくっつくことからクロム鉄鉱と思われます。
以前に、地元の友人の案内で数か所のクロム鉱山を回ることができました。コケのように緑色の微細な粒状鉱物は灰クロムザクロ石のようで、竹林の小さなズリに小片が残っていました。
画像は、円行寺地区への入口付近から集落をながめたものです。右側の細道に沿っていくつか坑口が開いていました。また、蛇紋岩が変質して生じた白い石にも緑色のコケが付いていました。この日は坑口を6か所も見つけることができました。
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円行寺温泉のさらに奥の集落



○読者の方へ・・・原則として旧市町村で区分けしています。他のコンテへの移動は左記からどうぞ♪なお、欲しい鉱物があれば個人の方でも交換できます。メールにてご連絡ください。学校や博物館など、公的な機関であれば寄贈もできます。鉱山について詳しく知りたい方は、トップページの注意事項をお読みの上でメールしてください。鉱山跡地は危険な場所が多いので、未成年者は自分たちだけで決して行かないでください。
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