渡良瀬(わたらせ)渓谷の紅葉。      10,11,09

    毎年、春の桜見物と秋の紅葉狩りの時期になると、夫婦で小旅行をすることを家内は楽しみにしている。
   今年の秋は、関東の耶馬溪と称される紅葉の名所の群馬県の渡良瀬渓谷の高津戸峡に行き、トロッコ列
   車に乗って紅葉見物をすることにした。北関東自動車道の伊勢崎ICから30分走ると目指す渡良瀬渓谷に
   着く。この辺りは美しい山並みと穏やかな清流の渓谷美が楽しめる場所で、近くの草木ダムを見下ろす湖
   畔には富弘美術館が建っている。富弘美術館は家内が是非行きたいと熱望していた美術館で、口筆の詩
   人星野富弘の作品が館一杯に展示されている。紅葉見物と美術館訪問のふたつが今回の目玉である。

    トロッコ列車はわたらせ渓谷鉄道という第3セクターが運営しているローカル線で、紅葉シーズンには一
   日に2回だけ運転されるレトロなジーゼル列車でこの日も観光客で満員の盛況だった。トロッコ列車という
   から屋根なしのトロッコかと思ったら、車両の窓ガラスを取り払って窓外の景色を見易くしたレトロな車両だ
   った。「わたらせ号」の看板をつけたジーゼル機関車が3両編成の客車を引っ張って無人駅をゆっくりと通
   過するというわけだ。

    今年の夏の熱暑の影響か、紅葉の時期が遅れ鮮やかさも例年程ではないらしいが、渡良瀬渓谷も例に
   漏れなかった。トロッコ列車は無人の神戸(ごうど)駅から大間々(おおまま)駅まで約1時間、渓谷に沿っ
   て走ったが、見ごろの季節にはさぞかしと思える山並みもようやく黄色になり始めたばかりで、一向に美し
   い紅葉にはお目にかかることは出来なかった。1〜2週間早すぎたようだ。高津戸峡の谷あいを1時間ほど
   散歩して谷川のせせらぎを聞き、折から開かれていた菊花展を覗いて群馬の秋を愉しんだ。

    富弘美術館は見ごたえのある美術館で、2005年開館以来入館者が500万人を超えたというからその人
   気振りも頷ける。体操教師だった星野富弘は不慮の事故で頚椎を損傷し首から下が全身麻痺で動けなく
   なったが、絶望の淵から彼を救い上げたものは母の愛と介護、覚えていた幾人かの詩、宗教(キリスト教)
   と、口に筆をくわえて文字と絵を描くことだった。膨大な作品のどれもが、飾りのない平易な言葉で書かれ
   た素朴で美しい詩の世界であり、自然のままの姿を透明感あふれる色彩で描いた絵に添えられている。
    この絵と詩が調和した静謐な作品には「生きることの素晴らしさ」「生きる勇気」がにじみ出ていて、どの
   詩を読んでも、日常的な平凡の中に普遍的な真実があることを思い知らされる。人は皆それに気づいて
   改めて感動と驚きを感じる。例えばランダムに抜き取った2枚の絵葉書にはこんな詩が・・・
  
       今日もひとつ                            あの人のように
       悲しいことがあった                        なりたくてあの人の
       今日もまたひとつ                         後を追っていたら
       うれしいことがあった
                                           あの人の前に
       笑ったり泣いたり                          キリストがいた                      
       望んだり あきらめたり                     
       にくんだり 愛したり
       ・・・・・・・                         ( 註;尊敬する作家でキリスト教徒の三浦綾子に
       そして これらのひとつひとつを               感化を受け、病床で洗礼を受ける。)      
       柔らかく包んでくれた
       数え切れないほど沢山の
       平凡なことがあった

    館内の全作品を鑑賞したが、時間の経つのを忘れてしまうほど心を奪われた2時間だった。記念に来年
   のカレンダーを買い求めた。数年前まで星野富弘のカレンダーを毎年飾っていたがしばらく中断していた
   ので、来年はしばらく振りで星野富弘の世界を楽しむことが出来る。月が替わるごとにカレンダーの1枚1枚
   をめくるのが楽しみだ。