タイ国の企業訪問と観光の旅。  06,03,16

  私のホームページに外国の旅が登場するのは初めてです。
 1月26日から30日まで4泊5日の日程でタイ(THAI)に行ってきました。この企画は、T社の
 タイ・サムロン工場と、当社の出資会社やタイに進出している関連会社などを訪問して見聞を
 広めつつ、併せて当地に赴任して汗を流しているかっての懐かしい仕事仲間達と歓談して激
 励しようとする趣旨で、本年度のグランディ会(役員OB会)の公式行事です。とは言うものの
 観光とゴルフをセットにすることは当然のことで、正味4日間、今が最高の観光シーズンの
 タイ・バンコック周辺の旅情を堪能してきました。

  参加者総勢14名、名前だけとはいえ私が団長です。一行の中には発熱、下痢、尿管結石
、所持品紛失、トランクのキー忘れ、などなど本人の名誉のためつまびらかに出来ないハプニ
 ングがいくつかあって、訪問団長としては心配続出でしたがなんとか全員無事に成田に到着
 してようやく胸をなでおろしました。その模様を@タイの国情編。Aタイの企業環境編。B観
 光とゴルフ編。C写真集。に分けて紹介しましょう。

  Tタイの国情編。
 
@、タイ国の概況。
  成田から空路約7時間でバンコク空港着。真冬の日本から一転、ここタイは日中の気温
 30度を越す夏の暑さです。タイはインドネシア半島の中央に位置し、ラオス、カンボジア、マ
 レーシア、ミャンマーと国境を接する国です。国の面積は50万平方キロ(日本の1,4倍)人口
 は6,100万人(日本の2分の1)、つまりそれだけ密度の低い国ですが、首都バンコクに人
 口が集中していてそれだけ都市と地方の密度の格差があるということなのでしょう。民族的
 にはタイ族が全人口の85%、華人系が10%といわれます。タイ人と華人の血の混じった
 タイ人は純粋のタイ人に比べて目を見張る美形で、ショーなどではこの手の美形が必ず登
 場します。国民の95%が仏教徒(小乗仏教)で、至る所に寺院と仏像があり、町には僧侶
 の托鉢する姿が見受けられます。

  タイの気候は熱帯性気候、夏季(3〜5月)、雨季(6〜10月)、涼季(11〜2月)に分かれ、
 平均気温28度。今の季節・1月は、雨も降らず適度の暑さの最も過ごしやすい季節です。
 日中30度を越す暑さ、朝夕が少し涼しく長袖のシャツが必要ですが、真冬の日本から見れ
 ば天国の気候です。

 A、国王を敬愛する国・タイ。
  最近、タイは政情不安で揺れています。タクシン首相のIT関連株の売却益に対する所得税
 未納問題に国民が不満を唱え、我々が行った直後、首都バンコクでは大規模な抗議デモが
 行われ、側近閣僚が2人辞任しました。首相は抜き打ち解散に踏み切り、これに反対する勢
 力との対立が激化しています。

  このような政治不安が起こると、決まって最後は国王が仲介に入り国王の調停に政治家も
 国民もこれに従うのが常です。タイは国王を心から敬愛する立憲君主制国家です。各家には
 大きな国王の肖像画が飾られ、日々敬愛の挨拶が行われています。
 現在のプミポン国王は即位して今年がちょうど60年になり、大きな式典が予定されていて日
 本からは天皇陛下が参列するようです。

  タイには誕生日のラッキーカラーという独特の風習があります。月曜日から日曜日までそれ
 ぞれ色が決まっていて、自分の生まれた曜日のラッキーカラーを大事にしています。国王の
 誕生日は月曜日、月曜日のラッキーカラーは黄色。国民はこの黄色を大変大事にしていて、
 王宮の内外をはじめ目抜き通りや郊外に抜ける沿道には、黄色の花を咲かせた樹木が一面
 に植えられています。

  日本では見かけない「リーラーワディ」という樹木だそうです。黄色のブーゲンビリアもあちこ
 ちに咲いていました。そういえば、4日間我々を案内してくれたガイドのソンさんは、誇らしげ
 に黄色の腕輪をしていました。この腕輪は政府が100バーツ(300円)で100万本売り出した
 もので、その一つを手に入れた貴重な腕輪なのだそうですが、この収益金は国王の手元に入
 り、国王は後日公共事業に全額寄付をする慣例になっているのだそうです。
  誕生日のラッキーカラーという風習はユニークでロマンチックな発想だと思いませんか。
 日本人で自分の誕生日の曜日を知っている人はほとんどいないのではないでしょうか

  B、タイと日本の親善交流。
  タイといえば私のような年寄りには昔の教科書にあった山田長政を思い浮かべます。
 タイがシャムといった1600年代、シャムの当時の首都アユタヤでシャム国王の信頼を得て
 日本人町の頭領となった人物が山田長政です。今は焼き払われて遺跡があるだけですが、
 タイと日本の友好関係は、太平洋戦争の不幸な一時期を除いてほぼ400年以上に及んでい
 ます。アユタヤは世界遺産に登録されていますから、仏像や寺院の遺跡とともに、在りし日の
 日本人町を偲ぶことが出来ます。

  歴史的に日本の皇室とタイの皇室は大変親密な関係で結ばれていて、今年開かれるプミポ
 ン国王の即位60年式典には天皇陛下がお祝いに列席するといわれています。タイ人の95
 %は仏教徒ですから同じ東洋人として親しみがもてるのでしょうか。

  不幸な戦争の時期でさえ、他の東南アジアの諸国には占領という武力行使があったにもか
 かわらず、タイだけは友好国として進駐という形をとったことは、多少の異論があるにせよこの
 国との長い友好関係を示す一例と言えるでしょう。

  C、首都バンコクの市街地と郊外。
  市の中央に高級ホテルや高層ビルが立ち並んでいる一方、街中の至る所に屋台が並んで
 います。老若男女、売る人買う人、人の群れが歩道や路地に満ち溢れて、まるで戦後の日本
 の闇市か銀座通り、または祭りの夜店のような賑わいです。庶民の生活の匂いが満ち満ちて、
 熱気と活気にあふれています。

  タイ人は自宅で家族団らんの食事をするよりも屋台で食事をするほうが多いので、こんなに
 屋台が立ち並んでいるのだそうです。もっとも少々非衛生的なので立ち寄るにはかなり勇気
 が要ります。また、道路の混雑と車の渋滞はバンコク名物らしく、いらいらしていてはこの国で
 住むことは出来ないようです。  

  ようやく地下鉄が開業したそうですがこの混雑はいっこうに解消する気配がありません。
 タクシーはカローラが圧倒的に多く、リンタクのような懐かしい乗り物も走っています。一歩郊外
 に足を伸ばすと、沿道には国王の肖像画が飾られ、例の黄色の「リーラーワディ」が一定間隔
 に植えられています。車道は広くよく整備されていて車が縦横に走っています。目を転じると
 一面に田畑が広がります。かっては水田に象が見られたようです
 が、いまは象の働く出番がなくなり目にすることが出来ません。最近では塩田とエビの養殖が
 盛んで、あちこちにその風景を目にすることが出来ます。塩田が多いのはタイ独特の気候が
 もたらした産業といえるでしょう。コンビニとガソリンスタンドが一緒になっているのがちょっとし
 た日本との違いでした。

  D,豊富な果物。
  熱帯性気候の国だけあってこの国の果物は実に豊富で美味しい。我々が立ち寄った水上マ
  ーケットで売られている豊富な果物のほんの何分の一かを仲間達で買い求めて味わったが、
 日頃味わったことの無い多様な美味しさに舌鼓を打ちました。椰子の実、ココナッツの汁、ドリ
 アン(果物の王様)、マンゴスチン(果物の女王)、ランブータン、リュウガン、小さなバナナ、スイ
 カのジュース。など、いずれもタイならではの果物の美味しさでした。タイの食事にはいまいち
 馴れる事が出来なかった私には、ことのほか果物の美味しさには目を見張るものがありまし
 た。

  タイの食事について触れると、一行の連中は美味しそうにタイ料理を食べていましたが、
 トムヤンクンをはじめ私には口に合うものが少なく、紹介するほどのネタがありません。しいて
 言えば、タイレストランで食べたタイ鍋とオジヤ、中華レストランの空芯菜の炒め物、ラーメンと
 子豚の丸揚げ(北京ダック風)、が印象に残ったぐらいです。

 
Uタイの企業環境編。
  @進出企業
  渦中のタクシン首相がその施政に絶対の自信を持っているのがタイへの企業誘致の成功
 です。バンコクを中心に数十ヶ所に工業団地が造成されていてさらに東西に向けて増加の様
 相を呈しています。特に日本の自動車製造業と周辺企業が数多く進出していて、いくつかの
 工業団地を廻ると、まるでここは愛知県の自動車工業団地かと錯覚に陥るぐらい懐かしい会
 社の看板がいくつも林立していました。
  自動車、電機などおなじみの日本企業が進出していますが、自動車では、トヨタ、ホンダ、
 日産、いすゞ、三菱の中で、トヨタの存在感が断然群を抜いていました。それぞれの系列メー
 カーも進出していてお互いに情報交換をしているとのことですが、トヨタが断然リーダーシップ
 を握っていてその情報力は群を抜いているらしい。

  Aトヨタサムロン工場
  我々が訪問した企業は4社、他に2社のトップと懇談したがやはりトヨタのサムロン工場の
 印象が強い。トヨタの工場を見ているといつも感じることだが、常に挑戦的でベストを求める
 活気が工場全体にみなぎっている。このタイのサムロン工場も例外ではなく、世界中のトヨタ
 工場のトップを目指しているムンムンとする熱気に圧倒され大変刺激的な工場視察になった。

  タイにはこのサムロン工場のほかゲートウェイ工場、さらに今建設中の第3工場のあわせて
 3工場があり世界戦略車種のIMV(Inovative ulti-purpuse ihcle)を主力に全体で年間70
 万台の自動車を作る計画になっています。IMV(日本でいうハイラックス)は世界の10カ国で
 生産されていて、タイではそのうち70%を分担する、まさにアジアの拠点としてその重要性を
 増してきています。
  現地に進出している関連企業の士気もきわめて高く、質、量、コストのレベルアップの活動
 には意気軒昂たるものがありました。特に感じたことは、サムロン工場のタイ人従業員の規
 律のよさと熱心な改善活動であり、ここまで育ててきた従業員に対するモチベーション教育と
 実践訓練の仕組みつくりの巧みさです。


 
 Bタイの労働事情
  一時期の中国、韓国と同様、求人も求職ともに旺盛で、募集すれば安い労働力が簡単に手
 に入る。トヨタのような一流企業は定着率が高く退職率は月3%ぐらいだそうだが、2流所にな
 ると退職は頻繁で他の企業に結構転職するらしい。その理由は勿論賃金格差や労働環境や
 仕事の厳しさにあるが、その他に、朝昼晩の工場食堂の完備状況や、会社が用意する通勤
 バスのエアコンの有無などへの関心が会社の人気を左右するらしい。

  タイの家庭では自宅で食事を用意するよりも外食が安いので家族みんなが屋台で食事を取
 ることが比較的多く、ために屋台が街中に並んでいるのだが、そのため工場の食堂のサービ
 スの良し悪しは会社選びの重要なファクターになっているようだ。

  C賃金レベル
  賃金は一流企業で月額7,000バーツ(日本円で21,000円)ぐらい。我々の感覚では低賃
 金ということだろうが、タイの生活水準・物価水準は日本の10分の1ぐらいなので、月額20万
 円ぐらいに相当するからかなり高い賃金という事になる。因みに、ホテルのボーイなどのチップ
 は20バーツ(60円)が標準だが彼らから見ると600円を貰ったような価値になる。

  ともあれ低賃金の労働力確保には苦労しないので、日本だと設備投資をして省力化を図る
 ところをタイでは人手でやるほうが安くつく(設備償却費>人件費)。そのようなVA事例が工場
 の至る所で見られる。

  現在のタイは日本の昭和30年〜40年のような産業成長期にあり、豊富な労働力が背景に
 あるのでこのように人手をかけることを苦にしないのだろうが、こんなことはいずれ数年で限
 界になることは明らかだと思われる。
  適正な人員配置と合理的な作業方法を追求する生産性活動に着目しないと、そのうちに
 韓国や中国のような賃金上昇のときに慌てる事になる。

  D労働意識
  タイ人は国王を敬う仏教徒がほとんどなだけに、その気質は真面目で仕事にも勤勉な人が
 多い。タイ族単一人種なので労働者間の争いも見られず労使慣行もよい。仕事を習得する意
 欲、向上心なども旺盛で、ヨーロッパとりわけイタリア人労働者などとは雲泥の違いがあり、労
 働環境には大変恵まれていると感じられた。

  ただ敬虔な仏教徒の気質のせいなのか、他人のミスを指摘することなどは苦手のようだ。
 品質不良のフィードバックなどでは前工程の悪さを率直に指摘・改善して再発防止を図ること
 が品質管理の要諦だが、悪いところは悪いと指摘をすることがタイ人には苦手で、T社サムロ
 ン工場開設当初は、不良原因も不良工程もみな隠してお互いに庇いあう事が多かったらしい。

  お互いに情報を開示して不良対策・再発防止をすることが結局はよい仕事でありよい結果
 を生む、というごく当たり前な仕事のやり方を理解させ徹底することにずいぶん時間と労力を
 費やしたとのことであった。今では日本人顔負けのタイ人労働者の熱心なQCサークル活動が
 あちこちに見受けられた。

  E挨拶と躾
  我々が工程を廻って感心したことはサークル活動で討論中のタイ人労働者が、例外なくこち
 らを振り向いて立ち上がり、手を合わせて”サワディカップ(今日は)”と挨拶をしてくれたことで
 す。「何よりもまず挨拶をする習慣をこの工場に徹底させる。」 工場トップの執念が実って、
 この気持ちのよい習慣をしっかりと定着させたのでしょう。「トップの執念」とはかくあらねばな
 らぬと感服した次第。

 Vゴルフと観光編。
  @ゴルフ場
  バンコク郊外のゴルフ場・サミットウィンドミルゴルフクラブ。
 タイのゴルフ場はおおむね池の多いのが特徴です。タイの砂は上等でいろんな用途に使われ
 るのでゴルフ場の砂を取り出して跡地に池が設けられることが多いのだそうです。そういえば
 池で有名な平塚の某ゴルフ場にも同じ話がありますね。
  我々がプレーしたこのゴルフ場もその名の通り池の多いゴルフ場で、コースの池の傍には
 赤や黄色のブーゲンビリア、紫色のデンドロビームなど、美しい花々が色とりどりに咲き乱れ
 ていました。30度を超える気温なので服装は勿論夏の軽装、現地駐在のメンバーを含めて
 4組でスタートしました。キャディさんは一組に4人つまり一人に一人の専属キャディということ
 になります。日本語はおろか英語も話せない女性たちなので、ラウンドの最初から最後まで
 まるでちんぷんかんぷん、不便この上ないコミュニケーションでした。

  Aキャディさんとの会話
  キャディさんに限らずタイの人々との会話では、まず手を合わせて相手に微笑みかけ、軽く
 お辞儀をして”サワディカップ”と呼びかけることから始まります。”サワディカップ”とは”おはよ
 う”でもあり”今日は”でもあり”今晩は”でもある便利な挨拶の言葉です。プレー中にはピンフ
 ラッグに向かって”トントン”(真っすぐに!)、池に入ると”トクナム”(トクは入る、ナムは池。)
 のわずか二つだけが意思疎通の言葉でした。

  だからティグラウンドの左側に池のあるホールでは、トクナムを避けてトントンでなければな
 りません。それでも結構身振り手振りで意思を通じ合い、バーディやナイスパーのときには笑
 って喜んでくれるので、チップとして20バーツを渡すと、大変喜んで”コップンカー”(有難う。)
 とお辞儀をします。。
  男性が有難うを言うときには””コップンカップ”です。プレー終了後キャディさんに手を合わ
 せて”コップンカップ”と礼を言って別れました。

  Bスコアetc
  スコアは平凡な48,48の96でしたが、ハンデが甘かったのか皆さん不出来だったのか、
 幸いにも優勝してしまいました。なおゴルフ場出発後、カートに時計を忘れたことに気がつきま
 したが、そろそろ買い換えようと思っていた古い時計なので強いて探すのを止めました。誰が
 GETするのか記念に差し上げましょう。帰路バンコク空港で4000バーツ(12,000円)で新品の
 時計を買い求めました。

  C、観光
  我々が3日間宿泊したホテルはインペリアルクイーンズパークホテル。観光客がよく泊まる
 中流のホテルです。ここを拠点に企業訪問1日、ゴルフ1日、観光1日の短い旅情を楽しんだ
 ことになります。
  訪れた観光スポットはお決まりのコースですが、王宮、水上マーケット、エメラルド寺院、ワッ
 トポー(涅槃寺)、などです。メンバー数人はゴルフをしないで世界遺産のアユタヤの遺跡に出
 かけました。
  その他昼食、夕食をあちこちの繁華街のホテルやレストランなどで楽しみました。
 例えばザ・オリエンタルホテルでタイ古式舞踊を見ながらのタイ料理や、コカ・レストランでの
 タイスキ料理(野菜が中心の鍋物で最後のおじやは日本的で美味しい)、中華レストラン、和
 風レストランなど多彩な料理を楽しみました。しかしやはり田舎育ちの私には純日本風の和
 食が恋しく、食事の量は少なく、アルコールも控えているので、食事に関してはこれという話題
 提供はありません。

  印象に残った観光スポットは水上マーケット。ここはタイの必見のスポットです。
 ダムナン・サドウアク水上マーケットはバンコクから南のタイ湾に向かって約2時間、多くの観
 光客で賑わうマーケットです。船外機付きの小船で運河を数十分、水辺の民家の景色を楽し
 みながら水上を走ると、やがてマーケットの中心地に着きます。
 ここでは沢山の日用品や土産物、果物などが数十隻の小船に並べられて売られています。
 我々はここで果物の王様のドリアンやマンゴスチン(果物の女王)などを味わいました。一行
 の多くはここでみやげ物を物色したようです。

  D王宮・紛争 etc
  この王宮は1782年に建設されたとのことだから220年の歴史が刻まれている宮殿です。
 宮殿、即位式の建物、仏寺院、宮内庁、官庁など沢山の建物が四方を1900mの壁に囲ま
 れた22万uのなかに立ち並んでいます。プミポン現国王は現在はここには住んではいない
 が、国王を敬うタイ国民はこの王宮周辺に集まることを好み、彼らの格好の憩いの場になっ
 ています。

  この王宮周辺がいま荒れに荒れています。タクシン首相の退陣を求める民衆のデモが数万
 人の規模で連日この王宮前広場で行われ、一触即発、首相側は戒厳令の発令までちらつか
 せています。我々が訪問・観光したときの雰囲気とはまるで違って緊迫しているようです。
  国王の仲裁でも仰いで、速やかな解決を望まずにはいられません。そもそもは財産家である
 タクシン首相一族の株売却益に対する課税逃れ脱税疑惑が発端ですから、なんとも低レベル
 の紛争と云えます。   

  しかしわが国を振り返れば、タイどころではない低レベルの政争が繰り広げられ、肝心の政
 策論争が棚上げになっている国会を見ると、他国のことを笑うわけにはいきません。なんとも
 情けないことになったものです。「小泉劇場」といわれた選挙から一転して「メール劇場」では、
 少なくとも良識ある国民には下らない3文映画を見せられた後味の悪さだけが残るというもの
 です。 「政争」とは政策論争の略であることを忘れて欲しくない。


  演目:「メール劇場」  芝居小屋:国会。
  背景;ライブドア堀江社長が自民党武部幹事長の次男に選挙資金3000万円を振り込むよう
 指示したとの社内メールがあったが事実かどうかと、民主党の永田議員が国会で質問した。
 自民党は「そんなメールは偽メールだ。」と反論し、国会は重要案件そっちのけで紛争した。
 結局民主党前原代表は偽メールを認めて陳謝し代表を辞任、永田議員は国会議員を辞職で
 決着した。

  「よくも満座の前で恥をかかせたな、どう落とし前をつけてくれる。親分も子分も指を詰めろ」
 (自民党)。「詫び証文で勘弁してくれ。代貸しの首も切ったし、下手人の若いのはしばらく出入
 り禁止にした。」(民主党)「いや勘弁ならぬ、奉行所のお白州(喚問)でお奉行様のお裁きを
 受けさせる。」(自民党)「指を詰めるかどうかは若いものが自分で決めるだろう。俺は指を詰
 めるのはいやだ。」(民主党」 

  やくざの喧嘩の落とし前をどうつけるのか、大切な税金を使って金バッジの人達が真面目顔
 で議論しているのです。



  W 終わりに
 
 タイ国訪問の趣旨は冒頭に記載したとおりですが、帰国して改めて振り返ってみるとその目
 的は充分すぎるほど達成されたように思います。一言で見聞を広めるといいますが、私には
 訪問した各企業の悩み、それを克服するチャレンジの素晴らしさ、を久しぶりに異国で実感
 した旅になりました。
  また訪問団員一人一人も、それぞれに沢山の訪問成果を挙げられたことでしょう。団員全
 員から「次回の企画は何処の国ですか?」との問いがありましたが、どうもトルコの工場視察
 あたりが皆さんの頭にあるようです。後日、幹事で協議の上総会で審議することにいたしま
 しょう。

  今回の企画を実現するに当たって様々な面倒を見てくれた関東商事の江原添乗員に心か
 ら感謝します。
                        
                   訪問記 完    ’06、03,16.  佐々木記 

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