四国旅行。
            19,05,25

   2か月ぶりのHP掲載です。
  少々体調がすぐれず、外出はおろかキーボードを打つ元気もなく、それが続いて何となく
  2か月が過ぎてしまった。習慣とは恐ろしいものだ。友人達から安否を気遣う電話やメー
  ルを頂き心配をおかけした。

   その間、世の中はだいぶ変わり、平成から令和の御代になり、新しい黎明の時代の到
  来を告げた。3月に書いた私の最後のHPは水戸の偕楽園など「梅」にちなんだ話題を提
  供したが、奇しくも新しい年号の「令和」の由来が、現存する日本最古の歌集『万葉集』の
  「梅花(うめのはな)の歌」三十二首の序文が出典と報じられた。またしても「梅」なので、
  その奇遇というか偶然に驚いた。

   数年前から、四国の金比羅山を参拝し、かの有名な讃岐うどんを食べ歩き、歌舞伎の
  「金丸座」を見物したいと思っていたので、念願かなって2泊3日の四国旅行にでかけた。

   4年前の2015年5月、愛媛の松山に住んでいる大学時代の友人H・S氏を訪問して松山
  市内を案内してもらい、夜一献傾けたのを昨日のように覚えている。松山城の天守閣か
  ら、彼の母校の松山東高校を見下ろし、夏目漱石由来の同校の歴史を熱く語ったかって
  の野望に燃えた紅顔の美少年の面影がそこにはあった。
   彼は一昨年の5月、80歳を待たずに他界してしまった。四国旅行はそれ以来である。

  1、初日;高松市、栗林公園、「休暇村讃岐五色台」泊。

   5月16日、JRで岡山経由で高松着。高松市内にある特別名勝の栗林公園を1時間ほど
  散策。栗林公園は日本の三大公園(水戸の偕楽園、金沢の兼六園、岡山の後楽園)を
  凌ぐ広大な大名公園で、1000本を超える黒松が見事だった。どちらかといえば岡山の
  後楽園を彷彿させる景色だった。

       

    高松駅に迎えに来た宿泊施設のバスで坂出の宿舎「休暇村讃岐五色台」に到着。
    高台にあるこの宿の部屋からは瀬戸大橋と讃岐富士が一望に見渡せた。

      

  2、2日目;大歩危、小歩危、祖谷かずら橋、奥祖谷かずら橋、平家落人部落「落合集落」

   宿舎手配のバスで徳島県に入り、吉野川沿いにあるかの蔦監督率いる池田高校野球
   部のグラウンドを通り、大歩危、小歩危の渓谷を見物し、昼食後祖谷かずら橋、奥祖谷
   かずら橋に行く。

   その昔源平の戦いに敗れた平家の残党が逃れてこの山奥に隠れ住処を作り、渓谷を
   渡る吊り橋を「かずら・・葛のつた」で作った秘境ならではの景観だった。

   長さ40mの吊り橋は渡り始めるとぐらぐら揺れる。足場となる木の間隔が広いので、足
   元から谷底がはっきりと見え恐怖にかられる。高所恐怖症の私は尻込みしたが何とか
   渡り切った。足の震えがしばらく収まらなかった。渡り切ると近くに「琵琶の滝」があった。

       

   源氏の追手が押し寄せたときに「かずら」の蔦を切って橋を渡らせない工夫だそうだ。
   また滝の淵で平家の往時をしのんで琵琶を奏でたので琵琶の滝というのだそうだ。

   昼食のメーンは祖谷蕎麦。平家の末裔の数少ない食材が蕎麦で、香川のうどん、徳島
   の祖谷蕎麦と並び称される素朴な料理だ。

   ここからさらに30キロほど奥に行くと、奥祖谷かずら橋があり、男橋、女橋、野猿の3つ
   の橋がある。家内は「野猿」という一人乗りの駕籠(ロープウェイ)で渡ったが眼下14m
   の水流に目がくらむ。皆よく渡るものだと感心する。私は棄権した。

   奥祖谷は観光客もめったに訪れない秘境。帰途、平家の落人部落、隠れ里の「落合
   集落」を見る。まるで千枚田のように山の頂上から麓まで点々と家屋が点在している。
   源氏の追走を逃れた形跡が今も残っている。今はくすんでしまった赤い平家の旗がわ
   びしい。平家滅亡から830年の年月が経っている。

   ツアーの計画はこの日も「休暇村」に宿泊する予定だが、事前に琴平で途中下車する
   ことで事前了解を得ているので、今日の宿の琴平町「紅梅亭」に送ってもらい宿泊。

  3、3日目;琴平町、金毘羅神社、金丸座、讃岐うどん。

  ①朝10時、迎えの車で金毘羅神社の参道上り口に行く。ここから大門まで365段を駕籠
   で登る。大門から御本宮(785段)までの420段は歩いて石段を上る。金比羅宮は海の
   守護神として親しまれ、江戸の昔からこんぴら参りをする庶民の人気が高かった。

   駕籠かきは重労働だ。20㌔もある駕籠に人を乗せ、2人で365段もの石段を途中休み
   休み登るのだが、足腰や肩の痛みが職業病で長くは務められないらしい。今は7人し
   か担ぎ手はいなくなった。最年長70歳。忙しい時には一日7回も登るそうだ。

     

     

  ②金丸座。旧金毘羅大芝居。天保6年(1835)の建築で日本最古の芝居小屋。
   江戸時代の情緒ある歌舞伎座の構造が忠実に復元されている。国の重要文化財。
   著名な人気歌舞伎役者による公演が毎年盛大に行われている。今は亡き中村勘
   三郎がこの芝居小屋をこよなく愛していた。

   江戸時代、金毘羅参りの後の庶民の楽しみとしてここ琴平に芝居小屋が作られた
   ようで、内部は見事に江戸時代の芝居小屋の雰囲気を醸し出していた。

     

  ③讃岐うどん。香川県に来たら讃岐うどんがお目当て。
   琴平の参道沿いだけでおよそ20軒以上のうどん店が並んでいる。有名うどん店巡り
   などをする猛者もいるらしいが我々には到底無理な話。

   旅館おすすめのうどん店「中野学校うどん」という店でぶっかけうどん、トッピングには
   じゃこ天、かき揚げを注文。念願叶った本場の讃岐うどんで想像した通りの美味だった
   が、結論は、横浜や東京で食べる讃岐うどんと大差はない。地元の逗子駅の立ち食い
   うどんとも大同小異。腰が強いとか汁が旨いとかいっても最近はどこのうどんも格段に
   おいしくなっている。つまり、本場のうどんを食べてきたという話題作りになっただけ。
  
   一昨日、昨日の旅館の朝食、夕食にもうどんが付いたので、少々食傷気味のせいか
   もしれない。

    

  帰りはJR琴平駅から岡山~新大阪~新横浜~逗子。という2泊3日の旅はやや強行軍
  と思われたが、比較的順調な旅で、雨が心配されたが軽くて済み、年寄りの旅としては
  まずまず満足した旅だった。何よりも心配した金毘羅山までの石段を、駕籠の世話に
  なったとはいえ無事に登り切ることができたことがうれしい。

  12年前にTグループの昔の仕事仲間10人ほどで高知ののよさこい踊りと松山城を見
  物に行ったので、今回の香川~徳島で4県すべてを廻ったことになる。おそらく国内で
  は未訪問の県はほとんどないはずである。