葛飾柴又と矢切の渡し。 快晴のハイキング日和の4月8日。ご存知寅さんの故郷・柴又に行きました。 柴又駅のホームに降りた時から、もう寅さんとさくらのお別れのシーンに出会ったような雰囲気です。 帝釈天参道から、帝釈天、寅さん記念館、を経て、渡し舟で江戸川を渡るとそこは千葉県の松戸です。 松戸のソバ屋で冷酒とソバをいただき、最後の水戸藩主徳川公の藩邸を見学して帰路に着きました。 |
柴又の駅を降りるとすぐに帝釈天参道。 浅草仲見世の参道と雰囲気が良く似ています。 参道の両側には沢山の店が並んでいて、 草だんごが名物の「とらや」のお店もあります。 参道の突き当りが帝釈天です。 寺の周りにたたずむと、今は亡き笠智衆が あの独特の笑顔と声で目の前に現れてくる ような錯覚に陥ります。 |
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皆さんはご存知でしょうが私の知らなかったことが いくつかありました。 @ シリーズの中で山田洋二氏が監督をしなかった 作品は第2作と第3作。 A 寅さんの実母が京都の旅館の女将で元芸者の 「菊」。(都蝶々) B 博の父親が北海大学の名誉教授。(志村喬) C 寅さんの生年月日。と、朝食の定番メニュー。 寅さんの生年月日は、昭和15年11月29日で辰年 でした。 (寅年ではありません。) 寅さんの健康診断書によると「多眠症」、「記憶の 衰え」(特に男の顔)、度重なる恋愛による「胸の 痛み」が主な 症状のようです。 因みに寅さん定番の朝飯は 豆腐の味噌汁、納豆、焼き海苔、たらこ、塩昆布、 生卵、お新香、日本茶、炊き立てのご飯です。 なんと贅沢で典型的な日本の朝食でしょう。 |
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江戸川の川べりのこちら側が東京葛飾柴又、 川向こうが千葉松戸。川を渡る舟が「矢切の渡し」です。 渡し舟は10人も乗れば満員になる手漕ぎの小船です。 船頭さんは80歳を過ぎたお父さんと息子さんが交代 で務めています。雰囲気を出すため船外機などの機械 は使いません。岸の向こう側につくとそこは松戸市矢切。 空には矢切の渡しの旗がへんぽんと翻っています。 別世界に来たようなまことにのどかな風景です。 昔は江戸への出入りは非常に厳しく関所破りは 「はりつけ」が決まりでしたが、江戸川の両側に 田畑を持つ農民のために農民特権として「矢切の渡し」 が例外として認められていたようです。 |