秩父・三峰神社登拝。 ![]() 05年、07年、10年、に続き今年が4度目の三峰神社の登拝です。賢人会の仲間が初参加 するというので体調を気にしながら参加することにした。今津先生を講元とする横須賀久郷 三峰講社は結社が昭和24年だそうだから、川上が逆転満塁ホームランを打った年で、家内 が誕生した年でもある。つまり63年の長い歴史を持つ講社だから神社でも丁重に応対して くれる。今年も44人の熱心な参加者が霊気の満ちた三峰山を訪れた。聞けば祖父の時代 から参加していて、毎年5月5日の三峰講が来ないと1年が始まらないと常連参加者の一人 が話していた。 登拝の日程は決まっていて毎年5月5〜6日、貸し切りバスで中央道〜山梨の恵林寺(信 玄の菩提寺)〜雁坂トンネル〜三峰神社へ。一泊して翌朝参拝・朝食後出発〜秩父神社、 宝登山神社参拝〜長瀞で昼食〜関越道〜帰路となっている。 早朝の参拝とは、午前7時本殿参列、祝詞奏上、お神楽奉納、各員の玉串奉奠、神社か らの感謝状贈呈、隣接の祖霊社参拝である。お山の霊気が心身を引き締める40分である。 前夜の夕食時には秩父夜祭太鼓の名手高野右吉さんご一統の格調高い太鼓演奏を聴き、 今年は初めて落語家の真打ち桂扇生師匠を招いて前座を務めていただいた。また往路 で富士山の湧水で名高い「忍野八海」に立ち寄り富士の霊峰を仰ぎ見てきた。ここは昔 何度も訪れては名物のうどんと辛みそを買ったところだ。 三峰神社は秩父三山と呼ばれる白岩山・妙法山・雲取山の名を取った1000mを超える 高地にある神社だから朝の霊気は格別なものがある。今年も神社の周辺にはミツバツツ ジが咲き乱れ、秩父の町並みにはハナミズキが白い清楚な花を咲かせて我々を迎えて くれた。 毎年登拝の都度、新しい発見があってそれがまた楽しみなことだが、今年もまたいくつ か新しい発見があった。 @ 三峰神社の拝殿の前に珍しい三ツ鳥居があった。最近神社や鳥居の調査をしている 関係で特に興味を引いた。三ツ鳥居とは明神型鳥居を三つ組み合わせた鳥居で、正面 から見ると横綱が太刀持ちと露払いを従えているかのように見える珍しい鳥居である。 帰宅して調べたら有名な三ツ鳥居は奈良県桜井市にある大神神社のものと、三峰神社 の鳥居のふたつと書いてあった。しかし大神神社の三ツ鳥居は直接見る事ができない ようなので、唯一三峰神社だけが参拝客が目にすることが出来る貴重な鳥居とのことだ った。いい勉強になった。 A 毎年思うことだが、改めて巫女の舞う神楽に見惚れた。太古の昔から伝承されてき たであろう神楽の舞いの様式を巫女が受け継いで、厳かに舞う姿に歴史の重みを存分 に感じた数分だった。巫女が右手に持つ鮮やかな黄色の山吹の花が実に印象的だった。 B 太鼓演奏後の高野右吉さんのお話に感銘を受けた。「太鼓はうまく打とう、かっこよく 打とう」と思っては決して良い音は出ない。邪念を捨て、無心で打たねば良い音は出ない 。邪念を捨て無心になるのは容易ではない。私は「一生修行」だと思っている。」 大略 このような話だった。その道を極めた達人にして言える言葉だと思った。高野さんはあ れだけ太鼓を打ち続けているのに掌には豆ひとつないそうだ。達人になるとバチを握る グリップの柔らかさが凡人と違うのだろう。 勝負の世界でこれに似た話がある。囲碁の世界である。最近、破天荒な言動で知ら れた天才棋士・藤沢秀行の自伝書「「勝負と芸・わが囲碁の道」、夫人の藤沢モトさん の「勝負師の妻」を続けて読んだ。藤沢秀行は「定石」よりも「感覚」を重視した棋士で、 勝負よりも真理(棋理)を重視した棋士である。真理を追究する姿勢には「勝ち負け」 など眼中になかった。勝負という「邪念」を捨てひたすら真理を追究した稀有の天才棋 士だった。彼には「勝負」など2の次だった。この無心の境地が結果として前人未到の 棋聖戦6連覇になったのであろう。高野さんのお話を聞いて豪放磊落かつ棋道一筋 の天才藤沢秀行を思い出した。 余談だが、孤高の天才棋士・呉清源は「「囲碁は二人で創造する芸術であると同時 に、紛れもなく勝つための闘いであり、勝負の世界である。勝負は常に勝つことを要 求されるし、とにかく勝たなければ価値は認められないのである。」と述べている。 天才両棋士の思想の違いに、凡人の私はただおろおろするのみである。 私などは現役時代はおろか引退後の現在も、「邪念」が体に染みついていて、仕事 であれ、趣味の囲碁や釣り、ゴルフ、何をとっても「邪念」の塊だった。神仏を拝むとき すら何がしか自分の都合の良い願をかける。これすべて「無欲・無心」からほど遠い 凡人のよこしまな「邪念」なのだろう。まことに赤面の至りである。 C 恵林寺を参拝した一角に信玄の石碑があった。石碑に書かれた信玄の遺訓を読 んで改めて信玄の洞察力が現代に通じる真理だと感服した。 政治の世界でも企業活動の世界でも、一時の成功が「驕り」を生み、やがては衰退 をたどる現実をいやというほど見聞きし体験したので、今になってこの信玄の遺訓が 心に沁みるのだろう。
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