運慶かモーターショーか? 17,11,02 今、上野の国立博物館で「運慶特別展」が開かれていて、お台場のビッグサイトの 国際展示場では「第45回東京モーターショー」が行われている。 横須賀市と葉山町の境にある芦名に浄土宗浄楽寺があり、ここにある釈迦三尊と 不動明王、毘沙門天像は運慶作と認定されていて、国の重要文化財に指定されて おり、国宝指定を求める動きも進められている。 我々文化財研究会はたびたびこの浄楽寺を訪れているが、この釈迦三尊が今度 の「運慶特別展」に出品されているので、運慶展に行きたいと思っていたが、同時に お台場の「東京モーターショー」にも行きたいと思っていた。その二つを同時に見た いが時間的に難しそうなので、遂に運慶は諦めて自動車ショーに行くことに決めた。 モーターショーに行くのは20年振りである。晴海の東京国際見本市会場時代と、 次の幕張メッセ時代も、国内外の主要メーカーがこぞって参加する国際的なモーター ショーだった。フランクフルト、パリサロン、ジュネーブ、北米と並ぶ世界5大モーター ショーの1つと云われたが、今度のショーはほとんどの欧米メーカーが不参加で、何 とも華やかさに欠けるモーターショーだった.。その凋落ぶりに時代の趨勢を感じた。 出展社が30社とバルセロナ自動車ショーと同レベルのローカルなショーになってし まい、いまや世界は中国の自動車ショーを重視する時代になってしまったらしい。 とはいえ今回の見物の見どころは、T社やN社やH社など各社がAIを駆使した先進 的な無人運転技術、それにEV(電気自動車)の進歩の動向と各社が描く未来志向 の車社会のコンセプト・夢であろうか。 個々の車の関心事は、21年ぶりにモデルチェンジをしたセンチュリー、1995年 にタクシー専用車として「クラウンコンフォート」を世に送り出してから22年ぶりに 全く姿も機能も一新した専用タクシー「JPN TAXI」、来年モデルチェンジの15代目 クラウンの新しさを実感する事だった。 加えて、娘の勤務するH社のハイブリッドトラックをこの目で見る事だった。 EVの話題と無人運転時代到来の話題に事欠かないご時世だが、難題も多くそう 一朝一夕には転換できそうにない。無人運転については、車の先進技術の課題だ けではなく、道路行政や免許制度、事故責任や保険システムなどとの同時改革が 必要だし、ガソリン車に代わるEV車への転換も容易ではない。 EVの普及に向けては航続距離の短さや充電にかかる時間の長さが現状の課題 で、電池の性能向上と併せて急速充電インフラを整備することで、課題をひとつず つクリアしてEVの使い勝手を高めようとしているが、もっと根本的な地球的な課題 がある。 仮に全世界の自動車保有台数12億5千万台のすべてがEV車に切り替わったとし て、その膨大な発電量をどうやって賄うのか、まさか原子力発電で賄うと考えてい るとしたら、省エネも本末転倒で、ガソリンを原発電力に代えるだけのことになる。 世界中に使用済み核燃料、いわゆる核のゴミの加速度的増加を齎すことになる。 おそらくはEV(電気自動車)とFCV (燃料電池自動車)などの共存の時代になる のではなかろうか。いずれにせよガソリン車の時代は終わる。 30年代から40年代にかけて、ドイツ、フランス、中国、インドなど相次いでガソリ ン車の販売を規制または禁止する動きがあるが、私の生きている時代の話では ない。あと20年先の話だ。 数多くの難題解決の為に、自動車業界だけでなく、IT、通信、住宅、電力など 関連する企業とタイアップし、将来起こるべき事象に対しての提案が欲しいところ である。間違いなくグローバルな業界の開発競争が更に進むと思われる。 私は昨年クラウンを買い換えているが、家内はクラウンの新型を見て、「少し悔 しい、こちらがやはりシャープで洗練されている。」とため息をついていた。 クラウンには20年以上乗っているのでひと際愛着がある。今度が最後の愛車に なるので、大切に乗り回したいが、この所長距離は運転しないことにしている。 なにせ高齢者の運転事故がことさら報道される、いわゆる高齢者受難の時代だか ら用心には用心を重ねることにしている。 私は全く姿を一新した新型タクシーのコンセプトに感心した。 かって日本版ロンドンタクシーをイメージして、クラウンの派生車種としてのタクシ ーから切り離し、モデルチェンジの無いタクシー専用車として「コンフォート」と名付 け、開発と生産を受け持ってきた仲間達との熱い情熱を思い出した。 20数年前、開発陣と開発には携わらない社内の有志で全国のタクシー会社を 巡回訪問して現地のドライバーさんに直接慣れないインタビューをして、「コンフォ ート」の利点や欠点を聞きまわり、少しずつこれを反映して改良を続け、遂に競合 他社のタクシーを凌駕し、シェア80%を誇る圧倒的な地位を築いてきた歴史を思 い出した。 国内最高級車のセンチュリーは内外装部品のコストで苦労したものだ。少量生産 とはいえ部品を作るための専用金型は大量生産車の金型費と大差ない。金型費を 部品費に割り付ければ当然コスト高になるので、少量車種のセンチュリーは簡単に はモデルチェンジできないという宿命を持つ。この難題を今回のセンチュリーモデル チェンジはどう克服したのだろうか。昔の苦労を思い出した。 また天皇陛下の御料車を作るのに、防弾鋼板や防弾ガラスを使い、宮内庁の 車馬官(検査官の事)立ち合いで実弾実験をしたり、京都の老舗織物屋まで出掛 けてシートの生地やカーテンの生地・柄をチェックに行ったり、T社の直納部と一緒 に宮内庁に車両価格の説明に行ったりした事などなど久し振りに昔を思い出しな がら会場を後にした。 新橋から豊洲まで「ゆりかもめ」が走っていて、会場のある国際展示場正門前 までは新橋から20分ほどである。帰りに途中駅の台場駅で途中下車してフジテレ ビの見学をした。 25階に球体展望台があるので行ってみた。550円も払わされたがまるで見る ほどのものはない。失望したし我々はやはり田舎者のおのぼりさんだなと自嘲し た。まあいい経験をした。 ゆりかもめと大江戸線〜京急線の電車の中が混雑していて立っていたら、三度 も席を譲られた。自分では若いつもりでもやはり他人からは超老人に見えるのだ ろうか。席を譲ってくれた3人はいずれも4〜50歳ほどの中年女性と男性だった。 もっと若い人も優先席に座っていたが、スマホにかじりついていたり、寝ている のかそのふりをしているのかまるで譲る気配がない。しかも目的駅に着くとすっと 立ち上がって去っていく。 若い人のマナーとはこんなものかと思うと、東京オリンピックの「おもてなし」も 怪しいものだ。表面的で日本人の文化程度もこんなものかと外国人にすぐに見 抜かれてしまうだろう。うわべだけ、口先だけのおもてなしは恥ずかしい限りだ。 お蔭で疲れた足腰をゆっくりと休めながら混雑した電車の席にすわって逗子ま で帰り、いつも立ち寄る居酒屋で熱燗で疲れを癒した。 「鱈ちり」が美味しい季節になった。白子焼きも絶品だった。結局行けなかった 運慶特別展の印象はどうだったのだろう。文化財研究会の仲間達に後日聞い てみよう。 |