囲碁の疑問あれこれ。 ![]() 勤め先の元上司で古文書解読の権威のSさんから囲碁にまつわる難問珍問を出され、 1年ほど調べまくっていたが、ようやく少しだけ答えを見つけたのでなんとかSさんに答 える事ができた。 大変興味のある調査だったので、好敵手の囲碁仲間達や興味のある囲碁ファンの ためにご披露したいと思う。(囲碁を知らない人にはチンプンカンプンでしょう。) Sさんから疑問を呈されたことは次の5つだった。 1、碁盤が四角で何故碁石が丸か。 2、碁石は何故白と黒か。 3、下手が何故黒を持つか。 4、碁盤はなぜ十九路か。 5、碁盤の足はなぜ山梔子型か。(注:サンシシと呼ぶ。くちなしなどの薬草植物のこと。) こんな珍問を出すほうも出すほうだが真面目に調べるほうも調べるほうで、どうかと思わ れるだろうが暇に任せて少しずつ調べてみるとなんとも興味ある調査結果になった。 、<調査結果> 参考文献1:、「玄玄碁経」(宋代の囲碁の名著)の序の部に次のような記述があります。 棋局第一(棋は石、局は盤の事・・・・・小生注釈@) そもそも、万物の数は一から起こる。碁盤の路は三百六十と一。(19x19・・・小生注釈A) 一は数を生じる根源にして、その極(天元の事・・・小生注釈B)に拠って、四方を運用する。 三百六十は日が天を巡る数に象り、分けて四隅にするのは四時に象り、各四隅が九十路 なのはその日数に象り、外周が七十二路なのは一年の候数(・・下記注C)に象り、そして 棋子の三百六十があい半ばするのは、陰陽に法っているのである。盤面の線を秤といい、 線の間を罫という。棋局は方形で静、棋子は円形で動である。 注C・・・、古く中国では1年を12月にする区分以外に、5日ずつの72候にわけた。 参考文献2: 「奔旨」 著者は班固 (後漢の歴史家 ) 棋局がかならず正方形なのは地の原則に象っているのであり、棋路が必ず直線なのは 明徳を体現しているのであり、棋子に黒白があるのは陰陽に分かれているのであり、 並び連なる布陣は天文にならっているのである。 参考文献3: 「序棋」 著者は柳 宗元(中唐の文学者 773〜819) 房直温君(年代不詳)2弟と交友あり。・・中略・・木の盤に棋(こま)を24個おく。貴賎12個 ずつとし、貴のこまを「上,」賎のこまを「下」と名ずけ、下のこまふたつで上のこま1つと等 価値と決め、朱と墨で区別し番号をふる。交互に盤上に並べあって遊ぶ。貴を敬い、 賎の墨こまから置くのが礼儀(ルール)である。 この3つの参考文献から推定される事。 1、「序棋」に書かれているこのゲームがのちに囲碁に発展した原型とおもわれる。 「朱」が「白」に変化した理由は不明だが、貴を敬い下手の賎の「黒」から打つ源(ルーツ) はここにあるようだ。これが問3「何故下手が黒か?」の答え。 蛇足だが、「朱」は南で夏。「黒」は北で冬。「白」は西で秋を表すが、こまの色が「朱」から 「白」に変わった事とこのことと何か関係があるのだろうか。 2、「玄々碁経」に書かれている「棋局は方形で静、棋子は円形で動。」と、「奔旨」の 「棋局がかならず正方形なのは地の原則。」が問1即ち「碁盤が四角で碁石が何故 丸か?」の答え。 3、同じく「奔旨」の「棋子に黒白があるのは陰陽。」が問2「碁石は何故黒白か?」の 答え。 4、「玄玄碁経」の「外周が七十二路なのは一年の候数。」が問4「碁盤は何故19路 か?」の答え。(18×4のマスがある。) 5、ただ1つ判らないのが問6の「碁盤の足はなぜ山梔子型か?」です。 これだけはいくら古今東西の文献(とはいっても調べた範囲は高が知れているが・・・) にも載ってはいなかった。まさに「難問中の難問」「珍問中の珍問」」といえるでしょう。 察するに、他の問題のように「天地宇宙の理」に解を求めるようなものではなく、単に 碁盤の製作者の造形感覚によるもののようにも思われるのだが・・・・・。 6、いずれにせよ、囲碁は宋の時代の発明と言われ、ほぼ2000年前のゲームが 進化したものだから(4000年前という説もある。)、疑問を解明するのは容易なこと ではない。探究心旺盛な諸兄のどなたかが、この難問を「我こそは解明するぞ。」と 名乗りを上げられることを願って止まない。 尤も、相当の暇人と笑われるのを覚悟の上のことだが・・。私としてはこれ以上の 深入りは止めにするが、上記の文献から1つの疑問を除いてなんとか答えらしき ものが窺えたことは大満足といえる成果だった。即ち、盤が四角い事。即ち碁石が 丸い事。即ち碁石の白黒。即ち下手の黒持ち。即ち盤の十九路。が何故なのかを 解明できた事がである。 7、「盤が角なら石は丸に決まってらー。ツベコベいうな!」 落語の江戸っ子に聞 いたらぶん殴られるような珍問だらけだったが、調べてみると案外面白いものです。 大先輩のSさんは古典落語にも造詣が深いので、多分面白半分で私に奇問を呈し て困らせてやろうとの茶目っ気がことの発端のような気もするが、それはそれとして 大変面白く時間の掛かる文献調査でした。 終わり。 |