横浜ローザ。    13,08,20

   戦後の古い横浜を知っている人なら記憶があるだろうが、「ハマのメリーさん」と呼ばれた
  米兵相手の街娼がいた。素顔が見えないように真っ白に化粧して、真っ白な衣装と白いパ
  ラソルと赤い靴で馬車道から日本大通り、関内伊勢佐木町界隈を歩いていた。メリーさん
  は当時の横浜市民ならだれでも知っているハマの有名人だった。

   人目を引くその姿は異様で、誰も彼女の素顔も年齢も氏素性も知らなかった。闇に包ま
  れた彼女の生い立ちは、その上品な語り口から落ちぶれた華族の末裔だとか宮家の出
  だとか、いろいろ憶測されたが真実は誰も知らなかった。白の厚化粧と黒の目張りは素性
  を隠す彼女なりの精一杯の仮面だったのだろう。

   戦後10数年がたち米兵が街から姿を消した後も、繁華街に出没する年老いても毅然と
  したメリーさんを、横浜市民は蔑むことなくいつも温かい目で見守っていたようだ。

   弁天通り馬車道のガス灯が見えるレストラン「相生」は彼女の決まった休息の場所で、
  お気に入りの席に座り、他の人が嫌がるだろうからとマイカップを使ってよくお茶を飲んで
  いたそうだ。私も昭和34~5年ごろよく伊勢佐木町の目抜き通りを歩く彼女の姿を見かけ
  た事があり、学生仲間と噂話をしたものだが、いつしか彼女の姿が街から消え、存在すら
  も忘れ去られていった。

   彼女をこの世に甦えらせたのは横浜生まれの女優で歌手の五大路子だった。戦後生ま
  れの彼女はハマの名物女性のメリーさんに興味を持ち、メリーさんを知る多くの市民から
  丹念に取材し、晩年のメリーさんとも直接会い、戦争の犠牲者だった彼女の逞しい半生を
  知り、これ等の取材をもとに、「横浜ローザ・赤い靴の娼婦の伝説」 と題して18年間も
  地元横浜を中心に全国各地で一人芝居を演じてきた。下の写真は横浜ローザのモデル
  だった「ハマのメリーさん」の貴重な晩年の写真です。


       

   昨年、新聞でこの公演の事を知り、五大路子の学生時代の友人の縁で、1昨日赤レン
  ガ倉庫1号館の芝居小屋で行われた第18回目の公演を見に行ってきた。娼婦の半世
  紀だからおおよその粗筋は想像していたが、意に反してこの一人芝居は戦争に翻弄さ
  れた1人の女性の逞しく壮絶な生き様を、反戦の想いをちりばめながら熱演したかなり
  硬派の芝居だった。

   1時間半も一人芝居をする熱演は随所に感動を呼び、300人収容で満席になった地元
  市民から「ローザ!ローザ!」「メリーさん!メリーさん!」の歓声と万雷の拍手喝采を受
  ける圧倒的なフィナーレだった。やっぱり「ハマのメリーさん」 は古い横浜市民の心に生
  きる郷愁のシンボルだった。

   劇中で、米兵に人気だったハマの代表的居酒屋「根岸屋」とか「スターライト」とか今は
  ない懐かしい店々の名前が登場し、学生時代を思い出して懐かしくなった。ジャズとハマ
  ジルと黒人兵と街娼とタバコと酒。頽廃の匂いが色濃く漂う異国的な港町「裏の横浜」を
  偲ばせる遠い60年代の思い出である。