刎頚の友との巡り合い。 ![]() ”蒼翆寮” (そうすいりょう)と読む文字は、文字通り蒼い翠(みどり)が芽吹く早春か初夏を 連想させる美しい造語だと感心させられるが、私にとっては青春の苦渋と甘酸っぱさを併せ持 った追憶に満ちた懐かしい響きであり、かけがえのない美しい日本語である。また私の大切な 思い出の詰まった歴史物語の舞台でもある。 鎌倉の八幡宮の一角、緑と山に囲まれた閑静な地に建つ学生寮で、200名の苦学生が起居 を共にして熱く人生や哲学を語り、書を読み、完全自治寮を頑なに守り、バイトに明け暮れて 安酒を飲み、肩を組んで高歌放吟をした4年間の寮生活だった。世情は60年安保に揺れ、ご 多分に漏れず我々も”暁の寮生大会”で激論を交わしてデモに参加した。あれから50数年が たち当時の仲間たちはみな喜寿を迎え、額に刻まれた皺の年輪は1人1人の言い知れぬ過去 の自分物語を語っている。 先日、数年ぶりで寮生仲間が横浜中華街に集まって昼食会をした。懐かしい顔が27人も 集まった。昨年11月に結婚式を挙げた強者(つわもの)の友人夫妻が新潟から横浜に来る というのでお祝いを兼ねての集まりである。卒業以来50数年ぶりに逢う懐かしい仲間もいた。 利害も打算もない昔の仲間と出会うのはなんとも清々しい。むかしの面影などさらさら無くな った顔が一瞬のうちに昔に甦って握手と哄笑に変わる。このような仲間を刎頚の友と呼ぶの だろうか。 決して同窓会などには顔を見せなかった友が突然出席する。思うに、若いころは未来志向 が強く過去を懐かしむ同窓会などは軽蔑していても、馬齢を重ねて先々が何ほどもな いことが見えてくると、青雲の志に代わって次第に自分史を振り返りたくなる。尚古 趣味に浸り始め同窓会などへの出席が急増するのではないかと思われる。 で自然の成り行きだろう。 2次会でシニアライフの過ごし方が話題になった。シニアライフを楽しむための心得は人そ れぞれ違うだろうが、私は2つほどあると思っている。ほとんど私のバイブルのようなものだが、 ひとつ目の心構えは 「昔の仕事話や自慢話はしない。」ことであり、ふたつ目は「他人と競わ ない。比較しない。」ことである。 この2つを何かと自慢げに話題にしたがる友人達とはなるべく距離を置いて付き合うことに している。新しく付き合い始めた町の老人たちとの会話の常識として、昔の肩書は通用しない からひとつ目の心得は当然だが、ふたつ目の「他人と競わない、他人と比較しない。」ことには 特に気を付けている。 世の中には競争と比較が満ち溢れている。人の一生には必ず付きまとう。子供の頃、小学 校から高校、大学までの学生時代、勤め人時代、全ての時代で好むと好まざるとに拘わらず 常に”競う”ことと”比較する”ことの呪縛に翻弄されてきた。教師や親や上司からいつも叱咤 激励され、自分でも納得して激しい競争社会に耐え抜いた経験を誰でもお持ちだろう。企業 においては「勝ち組」になるために「生き残り」を賭けて骨身を削ってきた。当然の競争原理で ある。 もう競争の世界からは卒業し若い現役にバトンタッチである。競争はもういい。競争するため には、”頑張る”というフレーズが必ずつきまとう。シニアライフを楽しく過ごすために競争から 卒業するという事は、必然的に、”頑張る”ことからも卒業するということである。”頑張る” を 禁句にして人生を飄々と生きる事がシニアライフを楽しむ秘訣だと思っている。 さはさりながら、”競争と比較”は魔物のように私の趣味の世界に忍び込み、容易に卒業させ てはくれない。私の代表的な趣味は、アウトドアでは“釣り”インドアでは“囲碁”だが、 競うことからようやく卒業していながら、実はこの2つの趣味には、“友と競う”とい う側面があってなかなか“競う”事の亡霊から抜け出せないのは困ったことである。 これを”矛盾”とか””二律背反”とでもいうのだろうか。 隠遁生活を表す代表的な4文字熟語は「晴耕雨読」で競争とは無縁の味わいのある熟 語だと感心する。私は常々「晴釣雨碁」(せいちょううご)が私の趣味ですと云って いるが、釣りも囲碁もいい趣味ではあるが考えてみれば両方ともに”競う”趣味でも ある。隠遁生活に”競う”は似合わない。競うのではなく”集中・熱中する”のがいい。 ただし、スポーツの世界で競い合うのを見ていると感動的なことが多い。 それは多分、選手が全力で戦った満足感に対する共感であり「勝って奢らず、負けて 悔いず。」のスポーツマンシップに対する共感からなのだろう。だからスポーツの世界 で勝負に関わって指導的立場にいる人達のシニアライフにケチをつける気はさらさらな いことを断っておく。 私としては出来るだけ競争と無縁の、絵画や音楽の鑑賞、旅行や庭いじりなどの趣味 を持つように心掛けると同時に、一方では競争の側面に戸惑いや矛盾を感じながらも好 きな囲碁や釣りなどを楽しみ、シニアライフを過ごしていくのであろう。 老人らしく生きる極意; ”ちょっと学んで、うんと遊ぶ。” |