ミミズの戯言72、 人工知能。   16,03,27
                     (Artificial Intelligence

   世界最強の囲碁棋士、韓国の李・セドル9段がコンピューター囲碁に敗れるという、
  囲碁界にとっての大波乱が起きた。多少でも囲碁を知っているファンは将棋やチェス
  がコンピューターの軍門に下っても囲碁だけはそうはいかないと思っていたはずだ。

   かく云う私もその一人だった。囲碁には「地」という概念と「厚み」という概念がある
  が、コンピューター囲碁が「厚み」の概念を理解できるには相当の年月がかかるし、
  理解できても到底人間の脳の領域には及ばないと思っていた。事実、2015年より
  前は、最良の囲碁プログラムはアマチュアの段レベルに達するのがやっとだったし、
  最強のソフトでも私のほうが勝っていたものだ。今までの常識や価値観をひっくり返
  す、まさに世間をあっと言わせる出来事だった。

   当代一流の李・セドル9段が1勝4敗と完璧に打ちのめされ、第4局をようやく勝っ
  ただけだった。その第4局も中盤まで人工知能(AI)AlphaGoの必勝の形勢だったが、
  局後に「素晴らしい手筋」と絶賛された白番李・セドル9段の78手目を境に、黒番の
  AlphaGoが狂ったような一連の悪手を打ち始め結局投了した。常識外の妙手に判断
  力が対応できないというAlphaGoの欠陥を露呈したのだろう。

   立ち会った中国のプロ棋士安永吉は、この一局が李・セドルにとっての傑作であり、
  囲碁の歴史における名局となることはほぼ確実だろうと結論付けた。この白78手目
  の妙手を中国のプロ棋士古力9段は「神の1手」と形容している。

   第5局もAlphaGoの圧勝。李・セドル9段は、序盤におけるコンピューターの戦略は
  「卓越」しており、人間の囲碁棋士が打たないであろう普通ではない手を打ったと述
  べている。現代の日中韓国の一流のプロ棋士3000人が並べても、誰1人発見でき
  ないであろう妙手を連発したとも述べている。、

   囲碁は創造的、戦略的思考を必要とする複雑なボードゲームである。何故AlphaGo
  はこんなに強くなったのか、詳しいアルゴリズム、つまり問題を解決する手順や手法
  は勿論門外漢には判らないが、どうやら経験則と学習機能の組み合わせが鍵らしい。

   古今東西の名局といわれる棋譜を何万局も記憶させ、約3000万通りのデータベ
  ースを持ち、一方でプログラム自身によって自分自身との対局を数千万回も繰り返
  して棋力を高めていく事で進化し続けたようだ。

   やみくもに何千万回対局を続けたところで、ヘボ碁の繰り返しならば上達できる訳
  がない。きっと敗着や疑問手を分析・評価して2度と誤りを犯さないよう、ソフトが組
  み込まれているに違いない。それで局を重ねるごとに自動的に上達するのだろう。

   こうして飛躍的に実力を高めたAlphaGoは、開発チームでさえ、AlphaGoがどのよう
  に石の配置を評価し次の手を選択しているかを知ることはできなくなった。

   プログラムが自分自身でひとりでに実力を高め、もはや人間の支配する領域を超
  えてしまう。恐ろしい事だ。人間の知恵を超える世界に突入し始めた。有り得ないこ
  とが起きた。天才呉清源は囲碁を4次元の世界、つまり神秘的な宇宙の世界と評し
  ているが、AlphaGoの登場は囲碁の神秘性をも否定したといって過言ではない。

   このAlphaGoは、Google社の完全子会社、英国のディープマインド社の研究者達
  が開発した人工知能(artificial intelligence)のソフトだが、人工知能は囲碁などの
  ゲームの領域だけでなく、幅広い分野で人間にとって代わる領域に入りつつあるよ
  うだ。

   多少調べて見ると、既に研究分野では無人戦闘機や無人自動車、無人医療、を
  人工知能が制御することが可能になっている。最近では文学、小説作りすら行う
  らしい。2045年には人工知能が知識・知能の点で人間を超越し、人間にとって代
  わり科学技術の進歩を担うという「2045年問題」を唱える学者もいる。

   人工知能に対する懸念としては他に、イーロン・マスクは、「AIは悪魔を呼び出す
  ようなものだ。」と云っているし、ビル・ゲイツは、「確かに不安を招く問題だ。よくコン
  トロールできれば人間に幸福をもたらすが、ロボットの知能が充分に発達すれば、
  必ず人間の心配ごとになる。」と警告している。

   近未来、どんなことが起きるか老人には想像すらできないが、科学技術の進歩と
  懸念の入り口に立っていることだけは納得できる。なにせあの世界最強の囲碁棋
  士の李・セドルがコンピューター囲碁に完敗する時代が遂に到来したのだから・・。
  
   すごい時代に生きていられる幸せと恐れを感じた人間vsコンピューターの囲碁
  対局だった。