ミミズの戯言62、座右銘。 15,02,11
昔々、若いころにお偉いさんからよく座右銘を聞かされたことがある。
人生を生きてきた自分の信条ともいうべき格言だからそれはそれは立派な
もので、聞いていると成る程偉いものだと感心したものである。しかし
世の中「感心」は必ずしも「尊敬」とはいかないもので、「御立派なこと
で、」で終わった経験は誰しもお持ちだろう。
どうも地位や名誉を得て功成り名を遂げた人は、座右銘を持ち人生訓を
語ることが自分を立派に見せる事だと思い込んでいるらしい。
若いころには座右銘などという爺臭い事には眼もくれず、ひたすら人生
を猪突猛進していたが、壮年を過ぎたある機会に人生の心の師ともいうべ
き人に巡り合ってから少し考えが変わってきた。
私より一回り年長のH・Iさんは朝日新聞社の政治部長から論説主幹をなさ
った方で、笠信太郎の薫陶を得て政治部記者として三木首相番を長く務め、
後年は日韓文化交流に努力された。旧制八高ボート部OBで80歳を超えて
仲間とボートを漕いだのが自慢で、ゴルフでは私よりもドライバーの飛距離
が出る健康な方だった。
日韓の政治・芸術関係者と交友が広く、私も氏の引き合わせで数回日韓
の著名人との懇談に参加の機会を得た。三木番だったので、ご夫人の三木
睦子さんと親しく、睦子夫人の憲法9条を守る会の講話に誘われてご一緒
したこともある。9・11の直後に一緒に鹿児島の知覧に行き、薩摩の黒豚
のしゃぶしゃぶをつつきながら芋焼酎を飲んだのが懐かしく思い出される。
北朝鮮と米国の確執を仲介して和睦に導く一世一代の役割は日本が担う
べきだとの持論を持ち、不仲だった薩摩と長州の和解の橋渡しをした坂本
竜馬に例えて、我が国に現代の坂本竜馬出でよ、と熱く語っておられた。
日本が世界の平和に貢献し世界から一目置かれる大きな構想力を持つべき
だと、機会あるごとに有識者にシグナルを送り続けた方だった。
氏は、惜しくも昨年4月に亡くなられ、今も心の師を失った深い悲しみ
にくれているが、私の現在の生き様や人生観は少なからず氏の影響と薫陶
によるところが大きい。
私が毎年暮れに書く「今年の重大ニュース」はいつも氏を意識していて、
氏の批評に堪える文にしようといつも苦吟してきたものだが、とうとう氏
の愛情あふれる辛口批評が聞けなくなり張り合いがなくなってしまった。
こよなく私を可愛がってくれ、沢山の政治の裏話を教えてくれた氏が、
常日頃笑顔で語ってくれた言葉の1つに“ちょっと学んでうんと遊ぶ。”
という文言がある。氏によれば実に含蓄に富んだ金言で、このフレーズが
逆だったり入れ替えたりでは人生の妙味が伝わらないのだそうだ。
例えば“うんと遊んでちょっと学ぶ”と前の句と後の句を逆にすると、
まるで遊び人になってしまう。“ちょっと学んで”のあとで“うんと遊ぶ”
だから人生の意味があるしその人の人間味が偲ばれるのだそうだ。
云われればなるほどと思う。
さらに氏はいう。“うんと学んでちょっと遊ぶ”や“ちょっと遊んで
うんと学ぶ”と入れ替えると、いずれもうんと学ぶことが人生目的みたい
で堅苦しく人間的な魅力に欠ける。やっぱり“ちょっと学んでうんと遊ぶ”
の順番でなければならない。と力説されていた。ちょっとやくざな知識人
ブンヤの面目躍如といったところである。
教訓めいた座右銘は今まで嫌というほど聞かされてきたが、遊び心と
学び心の機微に触れた氏の言葉がいつまでも心に残っている。笑顔で語る
氏の面影が忘れられない。爾来この金言を拝借して私の座右銘にしており、
事あるごとにあちこちで宣伝しているのである。
間もなく氏の一周忌である。
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