ミミズの戯言54、十人十色。     14,07,03

    ウグイスが春告げ鳥ならホトトギスは夏告げ鳥。そういえば最近、ホトトギスの少々
   甲高いユーモラスな啼き声をトンと聞かない。人によっては「特許許可局」と聞こえた
   り、「てっぺんかけたか」と聞く人もいる。聞く人によって十人十色である。

    「啼かぬなら・・・」は信長、秀吉、家康の性格を端的に示すたとえ話で、ホトトギス
   もさぞ迷惑な話だろう。強制的に啼かされたり、挙句の果てには殺されるのではたま
   ったものではない。

    風流な話だが、最近まで我が家ではウグイスの啼き声で朝目を覚ました。毎日聞
   いていると、次第に啼き声が上手になっていくのが良く判る。ホトトギスは義父母の
   眠る建長寺の墓地の裏山でよく啼くそうだがまだ聞く機会がない。ホトトギスの啼き
   声の変化は良く判らない。まして信長達の性格判断になぜホトトギスが選ばれたのか
   知る由もない。とにかくこのたとえ話は3者3様、十人十色を示す代表的な例だろう。

    ところで最近、囲碁の小松英樹9段が監修した面白い本を読んだ。本といっても、
   今を時めく囲碁界のトップ棋士3人、依田紀基9段、山下敬吾9段、井山裕太9段の
   思考回路の違いを探ってみようという、いささか大胆なテーマで3人に迫った意欲溢
   れる囲碁の本である。

    囲碁では着手を決めるとき、プロでもアマでも何通りかの候補の中から自分が最善
   と思う着手を選択して碁盤に石を置く。この選択の上手下手がプロとアマの差であり、
   彼我の実力差というものである。ある若手棋士によれば、プロは布石から中盤の難
   所で次の着手候補を4〜5手選び、1つの着手毎に30手先まで読むそうだから、凡
   そ100通り以上の変化を読み、候補手のなかから最善手を決めるという。どんな頭
   脳構造なのだろう。興味津々である。

    将棋のコンピューター思考回路が最近話題になったが、囲碁の世界ではまだまだ
   人間の思考回路が優勢でコンピューターといえどもまだ人智に及ばない。

    囲碁のトッププロともなると最善手の判断には大きな差がないものと小松9段は思
   っていたところ、なんと3人に出題した同じ設問「次の一手」の回答とその理由がそれ
   ぞれ全く違っていたので驚いたという。


    詰碁なら答えが一つだから違いがある筈もないが、正解が誰にも判らない「布石」
   の場合、どんな判断基準で、どんな読みで、どんな決断を下すのか興味津々だった
   が、3人3様、しかもそれぞれが納得のいく解説だったので、改めてトッププロの思考
   回路の違いと囲碁の奥深さを痛感したと述べている。正に3者3様、十人十色、個性
   派の3人ともに正解のない正解なのだろう。
    一般に依田の形勢判断、山下の手厚い攻め、井山の深い読み、が彼らの特徴だ
   と云われているが、着手決定の最後の決断は彼らの大局観、ないしは棋風と呼ば
   れる個性がにじみ出た決断だから、誰が正着かなどという比較はもとより論外なの
   だろう。

    その設問例題11問と、3人の回答と着手選択理由を1冊の本にまとめたのが、
   本のタイトル;「至高の決断」 サブタイトルー依田、山下、井山の頭脳ーである。

    碁盤を出して何局かを並べ、出題の場面で自分なりの答えを用意し、3人のそれ
   ぞれの回答を並べてみたが、到底自分は彼らの足元にも及ばないとしみじみと痛
   感させられた。なんという頭脳なのだろう。読みの深さと独創的な発想と決断には
   とてもついていけるものではない。

    例えて言えば少々古い話だが、「蘭学事始」の書き出しには、杉田玄白が蘭語で
   書かれた人体解剖医学書の「ターヘル・アナトミア」 に初めて向き合った時の感想
   を、「まことに櫓舵なき舟の大海に乗り出せしが如く、茫洋として寄るべきなく、ただ
   あきれにあきれていたるまでなり。」と記しているが、大袈裟にいえば、プロ棋士の
   思考回路の奥深さに同じようなため息をついたものである。

    囲碁に限らず、人生のあらゆる局面においても、判断の岐路、重大な決断に迫ら
   れる場面が多々ある。いずれが正しくていずれが正しくないか、正解は誰にも判ら
   ない場面に往々にして出くわす。そんな時、右か左かの決断には胆力と日頃蓄えた
   経験と知見がものをいう。その上で攻めるか守るか最後の決断はその人の個性で
   あり、あとは持って生まれた強運に任せるほかない。上手くいくときには天地人すべ
   てが味方をしてくれる。

    四文字熟語に「熱願冷諦」というのがある。熱心に願い求めることと、冷静に本質
   を見極めることを表す熟語だが、相矛盾しそうな二つをいつも心掛ければ、人生に
   おいても社会生活や実業の世界でも十分に通用するという事のようだ。


    但し、いつも心しておきたいことは、判断は十人十色、つねに正解は一つではない
   という極めてシンプルな真理を忘れるな、に尽きそうである。



   ※ 間違っても、解釈改憲などという禁じ手を使って、あたかも正論のように拙速に
     閣議決定をする愚かで危険な過ちだけは犯してはならない。いかに十人十色の
     道があるとはいえ、祖父岸信介の改憲・再軍備路線を強引に推し進める首相の
     手法は誤りだと断言できる。一流棋士は決してこのような天下の悪手は打たない。