ミミズの戯言31、ー忍び寄る体調異変ー 12,02,17 昨年末に間一髪の病を経験したので、少々それに近い話を一つ。 「気持ちだけは元気だが最近体がついていかない。」とか「最近とみに気力がなくなった。」 こんなことを言い出したらその人は初老の領域に入ったといっていい。心当たりのある人は 無数にいる筈だ。定期的に医者の健康診断を受けて自分の体の弱点を知り、日頃体調管 理に万全を期して用心していても、突然の病に見舞われてしまう。節制は有意義だが万能 薬ではない。若い時にはおよそ考えられない症状が体のあちこちで起きる。若い時は当た り前と思っていた大切なものが知らぬ間にどんどん失われていくのが老いというものだろう。 忍び寄る体調異変は人間にとって不可避のものである。 今年2月上旬、新聞のスポーツ欄の片隅に登山家の吉野満彦氏が急性心筋梗塞で亡く なったとの記事が載った。享年80歳。昨年までなら見逃す新聞記事だが、昨年は新田次郎 を読みまくっていたので、すぐに新田次郎の代表的山岳小説「栄光の岩壁」のモデル吉野 満彦氏だとピンときた。吉野氏はかって冬山の八ヶ岳縦走中に遭難して両足の甲から指先 まで凍傷で切断し、その不自由な足で日本人で初めての欧州三大北壁(アイガー、マッター ホルン、グランドジョラス)の登攀に成功した「5文足のアルピニスト」として知られている。 私は山登りはしないが古い友人にアルピニストがいて山の魅力と恐ろしさをよく聞いてい たので新田次郎の山岳小説は興味を持って読みふけった。実在の登山家をモデルにした 彼の小説は他に、「銀嶺の人」「孤高の人」「芙蓉の人」「槍ヶ岳開山」「剣岳・点の記」「アイ ガー北壁」「神々の岩壁」など多数あり、いずれも未踏の山頂に挑む登山家を描写した迫 真の小説だった。そういえば新田次郎も吉野氏と同様、1980年に67歳という若さで急性心 筋梗塞に襲われ急逝している。 急性心筋梗塞はその名の通り突然やってくる。生と死を分けるのは一瞬の差だ。心臓を 取り巻く冠動脈の一部が狭窄して血流が遮断すると30秒で心臓の組織が壊死し始める。 分を争う速さで治療を開始しないと心臓停止に追い込まれる。吉野満彦、新田次郎、昨年 のサッカーの松田直樹選手、北朝鮮の金正日、その他この病に襲われた多くの人は一瞬 の遅れが致命傷になったと思われる。私はすんでのところで救われた。 恐れ多いことだが、近々陛下が冠動脈バイパス手術をされるとの報道があった。ご病名 は冠動脈狭窄症。つまり冠動脈の狭窄が進んでいて血液の流れが滞り、心筋梗塞の危険 が迫っているので手術に踏み切るということだ。カテーテル検査で造影剤を注入して血液 の流れを調べた結果、カテーテルで狭窄部分にステントを入れる方法を取らずにバイパス 手術をお選びになったということだ。いずれにしても急性心筋梗塞が発症する前に対応手 術をされるのは突然の危機を避ける大変賢明なご判断だと、経験済みの不肖の私は思う。 私の場合は急性心筋梗塞になり、発症1時間後にカテーテルで冠動脈にステントを注入す る緊急手術をして一命を取りとめたが心臓組織の一部が壊死してしまった。 老化するといかに健康に気を使っていても、ある日必ずタナトス(死の神)が訪れるのが 定めなのである。 平均寿命と平均余命を調べたことがある。ある年の年齢別死亡率が将来もそのまま継 続すると仮定して、各年齢に達した人が平均その後何年生きられるかを示したものが平 均余命。0歳児の平均余命を平均寿命という。一般に平均寿命80歳といわれると75歳の 人はあと5年と思いがちだがそれは違う。今年生まれた赤ん坊が80歳まで生きるであろう ということである。老人が関心を持つべきは平均余命である。 少々古いが2005年の生命表によると、平均寿命は男78,79歳、女85,75歳である。 74歳の私と62歳の家内が関心を持つべき平均余命は、男子75歳が11,54年、女子65歳 が23,64年だった。つまり私はあと12年、家内は24年は生き延びるというのが直近のデー タから統計的に推定されるということになる。統計的推定とはいえ希望が持てる寿命だっ た。まだ12年も人生を楽しむ事が出来る。楽しきかな人生である。 加齢を重ねると若い時のような「生」への執着は少しずつ薄れ、淡々とした気持ちが強く なってくる。自然の節理とは不思議なことだが有り難いことだ。若いころは見えなかったも のが見えてくるし、見向きもしなかった事が新鮮に見える。四季の変化に心奪われること などかってなかったことだ。人生はマラソンに例えられるが、最後の数キロは過激な運動 こそ出来ないが余裕をもって自分らしく満ち足りた走りをしよう。 書き綴ったノートの最後のページを静かに閉じる時のように・・・。 馬上少年過ぐ、世平らかにして白髪多し、 、 残躯天の赦すところ、楽しまざるをこれ 如何んせん。 伊達 政宗 |