ミミズの戯言27、ーjustice has been done!ー11,05,08

    今から今年の重大ニュースを選ぶのは早計だが早々と決まったのが二つある。ひとつは
   勿論東日本大震災で、もうひとつは米軍によるビンラディンの射殺である。あの戦慄的な
   9:11貿易センタービルの爆破テロから10年、遂に首謀者と見られる国際テロ組織アルカ
   イダの指導者オサマ・ビン・ラディンがパキスタンのイスラマバード付近のアボタバードの隠
   れ家で5月2日に米国海軍特殊部隊によって襲撃射殺された。執念と言える米国CIAの捜
   査が遂に実を結んだ。オバマ大統領は”justice has been done!”(正義はなされた!)
   と高らかに演説し、この射殺は米国民の圧倒的な支持と賞賛を浴びた

   ▼思えばブッシュ大統領がビン・ラディン隠匿を非難してアフガン侵攻に踏み切りタリバー
   ン政権を倒した時、全世界に向かって”正義(アメリカ)を選ぶか悪(アフガン)を選ぶか”と
   二者択一を迫り、小泉首相がいち早く正義を選ぶとしてブッシュ戦争政策を支持したことや、
   その後テロ国家、悪の枢軸国と名指ししてイラク戦争をはじめたことが昨日のように思い
   出される

   ▼アラブの大義を貫いてアメリカに抵抗したイラクのフセイン、アルカイダのビン・ラディン、
   この中東の対米強硬派の両巨頭は相次いで死に追いやられた。アメリカは常に全世界を
   代表して悪に対して正義の鉄槌を下す刑の執行者なのであろう。アメリカの対テロ戦争は
   一段落し、これからは中東各地で勃発している民主化運動の支援と収束に向かうと見ら
   れている。

    この報道に接して感じるのは、9:11事件のけじめというある種の安堵感がある一方で、
   少々の違和感を覚えることである。ひとつはアメリカの力の政策、特に死の報復の正当性
   である、

    アメリカ市民は正当防衛のために銃の保持が認められ自衛のために攻撃者を射殺する
   権利を保有している。インディアンを征服した西部開拓時代からの伝統で、日本人にはな
   じめない権利思想である。テロの首謀者を追い詰めて射殺することが正義だとするアメリ
   カ的思考を非難することはできないが、征伐ともいえる報復殺人行為に”敬意”を表する
   道徳観は今の日本にはない。(一昔前の日本にも仇討ち礼賛の思想があったし、忠臣蔵
   に喝采を送った庶民感覚もあった。

    しかしこれは親への忠節とか主君への忠義という儒教思想が色濃く浸透してのことであ
   り、判官びいきが庶民の共感を得たものだった。強者による弱者征伐への共感ではなか
   った。)

   ▼にもかかわらず、ビンラディン殺害が報道された直後、菅首相の反応は早かった。この
   殺害行為に対してアメリカ政府と国民に”敬意を表する。”といち早く表明した。アフガン侵
   攻やイラク戦争に終始野党として批判し続けてきた民主党政権がテロに対する死の報復
   に”敬意”を表したのである。政権を担ってから思想が変質したのか、それとももともとテロ
   首謀者の虐殺や戦争政策に賛成だったのか、政策に一貫性の無いぶれる民主党の反応
   に違和感を覚えざるを得なかった。

    ふたつ目はビンラディン殺害後のアルカイダのテロ闘争激化への懸念とアメリカの中東
   戦略の変化である。ビンラディン亡き後の国際テロ組織アルカイダはアメリカへの報復を
   掲げている。武力には武力、報復には報復、の終わりなきテロとの闘いが「より広く、より
   深く」続くのだろうか。第2、第3のビン・ラディンが世界中に報復の刃を向けている。事件
   発生の都度、蠅叩きで蠅を追い続けるのだろうか。武力による解決では一方の屈服以外
   に収束はあり得ない。アラブ社会と欧米社会の平和的共存は所詮夢物語なのだろうか。

    テロとの闘いと言う大義名分がひと区切りがついた今、アメリカ軍が中東に居座る名目
   がなくなった。中東はアラブ諸国の自由意志によって将来を選択することになる。チュニ
   ジアのジャスミン革命から始まり、アルジェリア、ヨルダン、エジプト、サウジアラビア、リビ
   ア、シリア、イエーメンと独裁政権を覆す民主化運動が燎原の火のように拡大している。

   ▼アメリカの中東戦略はどのように変わるのか。これまで核兵器の拡散を懸念してアラブ
   諸国に力と富の威力を見せつけ、安定的な原油採掘権の主導権を握ってきたアメリカの、
   アラブ諸国への秋波戦略の第2幕がこれからはじまる。アメリカのアラブ戦略の変化は日
   本に大きな影響をもたらす。注視が必要である。
    
    アメリカの伝統的な宿命は常に明快に敵を作ることによって国民を熱狂させ、ひとつの
   方向に束ねることだった。時にソ連との冷戦、時にアラブやアジア諸国との武力戦争、時
   にジャパンバッシングなどの経済戦争、敵を作ることによって米国国民は一致団結し、多
   民族国家の民主主義を存立させ続けてきた。そして敵に打ち勝ち勝利の雄たけびを上げ
   るアメリカ。ビン・ラディンの次のアメリカの標的はどこなのか。この巨大で陽気で単純な
   愛すべきヤンキー国家が武力と経済力で世界の盟主として21世紀も君臨し続けるのだ
   ろうか。

   オバマ大統領の”justice has been done!”が傲慢に聞こえたのは私だけだろうか。