ミミズの戯言24、ー蜘蛛の糸ー その1 11,03、21 3月11日、M9,0の大地震と大津波が東北を襲った。有史以来最大級の天災である。 東北特に岩手地方は昔から大津波に見舞われることが多く、古くは1896年(明治29年)の明治 三陸地震の大津波、1933年(昭和8年)の昭和三陸地震の大津波があり、これに次ぐ平成の大 地震と大津波の襲来となる。 子供の頃、土地の古老に津波の怖さをよく聞かされていたが、こんなに悲惨だとは思いもしなか った。10年前の9・11貿易センタービル崩壊の、奇しくも6ヶ月違いの3・11災害は未来永劫に 語り継がれる大災害となった。 この日午後2時46分、私は明日から出かける親子3人の1泊旅行にそなえ、翌朝に食べる弁 当作りに余念が無かった。水戸の偕楽園で梅を見て、近辺の坂東33箇所の5つのお寺を廻り、 日光まで足を延ばして宿泊し、東照宮と近くのお寺3ヵ所をまわって宇都宮で餃子を食べて帰宅 するという少々ハードな計画を立てていた。 突然今まで経験の無い激しい揺れで作りたての弁当がテーブルから落下し、食器棚の食器が 数個床に落下する尋常でない揺れがきた。壁に掛けてある振り子式の骨董品の柱時計が2時 46分で止まった。突然停電になりテレビが消えた。揺れの激しさに堪らず外に飛び出した。少し 待てば電気が点くだろうと待ったがなかなか復帰しない。 地震の震源地は葉山の近辺だろうと勝手に思ったが、何の情報も無いので実態はまるでわか らない。停電が続くので痺れを切らして夕方役場と消防署に行き電気の復帰の見通しを聞いた が一向に要領を得ない。暗くなったのでやむを得ず懐中電灯とロウソクを出してたった一人で寒 さをこらえていたら、娘2人と息子、外出していた家内や友人から次々に”大丈夫?”というメール が届いた。 私のことを心配してくれてのメールだった。少し頓珍漢なやり取りの後で、ようやく地震の震源 地が葉山近辺でなく東北が震源地でそれもかなりの被害があったらしいと知った。 それでも若干は高をくくっていたのだが、ようやく夜になって停電が解除になりテレビを見てあま りの惨状に仰天した。”何だ、これは!”地震と津波の大襲来の爪あとがこんなに凄まじいとは。 かって見た米国貿易センタービル爆破の映像、阪神・淡路大震災の大地震と火災の映像を上回 る悲劇的な映像だった。数時間とはいえ情報が途絶えるとはこんなに孤独で心細く不安になると は想像もしなかった。 地震の震源地は従来のピンポイントではなく、長さ500キロ、巾300キロに及ぶ縦長のプレー ト一帯が震源地だった。M9,0の地震と大津波の激しさについて、多くの識者は想定外の規模 だったと尤もらしく述べていた。 地震に加えての大津波は青森から岩手・宮城・福島・茨城・まで押し寄せ、宮古周辺では世界一 を誇る10mの防潮堤をはるかに越える大津波だったらしい。海岸沿いの町々を壊滅させ、2万 人を越える死者行方不明者を出してまだ被害の全貌はつかめていない。依然としてM7,0クラ スの余震が引き続き、被災者の恐怖は消えない。 生存者の救出継続、被災者の介護と当面の生活支援、電気、ガス、水道のライフラインの復旧、 寸断した道路網の復旧と支援物資の輸送、被災者の今後の生活設計支援、などやるべき緊急 の課題は山ほど残された。 福島原発の1号から6号までの原子炉が地震と津波で被災した。世界一の安全を誇る幾重も のバックアップ体制を根こそぎ破壊し、遂に原子炉が水素爆発を起こし放射能が空中に飛散した。 懸命の復旧対策が行われているが、その被害のレベルは国際評価レベルでスリーマイル島と並 ぶレベル5と認定され、チェルノブイリのレベル7に次ぐ史上2番目の重大事故となった。 (後日レベル7に修正) この災害で考えさせられることがいくつかある。ひとつは情報社会のこと、自助と共助のこと、 世界の良識のこと、日本人の素晴らしさのこと、自然に向き合う人間の叡智のこと、報道の質の こと、地震大国日本の防災体制の再構築のこと、などである。 人道支援と復旧対策、原発事故の復旧対策はそれぞれ同時並行して官民の総力を結集して 実施されている。国際的な反響もすさまじく、世界各国から援助の手が差し伸べられている。特に 目立つのが米・英・仏、独、中国、韓国、ロシア、ニュージーランドで、近来のギクシャクした外交 関係を超越した素早い国際援助には感謝の言葉しかない。海外マスメディアは被災した人をは じめ救助に当たる日本国民の秩序ある冷静な行動と優れた国民性に驚嘆し最大級の賛辞を送 っている。 国際的な報道で知られるCNN放送は、第一線の優秀なキャスターを急遽中国や韓国から日本 に送り込んで今回の原発ニュースをいち早く世界に発信している。CNNは日本には新人のキャス ターしか配置しないほどニュースバリューの低い国という扱いだったが、皮肉にも今回の天災で 日本の、特に災害に対処する日本人の冷静さと譲り合う謙虚な行動に改めて注目している。 日本の新聞よりもいち早く報道したのが福島原発所長と50名の所員の献身的な努力への賛辞 (hukusima50)だった。番組では勇敢なヒーローだと称えていた。 今回の原発ニュースはCNNが一番迅速で適切な解説かも知れない。日本の報道はどの局も 被害の凄まじさと被災者に対する感情的なインタビューが主であり、報道の視点が短絡的なドキ ュメントに終始した嫌いがある。冷静で多角的なCNNの視点とは大いに違うと感じられた。 CNNによれば、直近の調査によると、災害援助のアメリカの募金活動では思うような募金が 集まっていない。米国の非営利団体に寄せられる東日本大震災関連の義援金は11日の震災 発生から7日間経過した時点で約8700万米ドルに達した。だが、昨年1月にハイチで起きた M7.0の地震で1週間後に集まった約2億7500万ドルと比べはるかに低水準だ。その背景 には何があるのか。日本政府の情報発信力の乏しさにあるという。 援助の緊急性や募金使途の明確性のアッピールに欠け、多くの米国民の関心がハイチに比 べて局部的で低いのが募金の少なさに現れているという。 災害発生への対応では1週間の人間の関心の度合いが極めて重要な要素になるが、この期 間が過ぎれば関心が減り、最後には見向きしなくなるものらしい。情報発信力の乏しさがこの結 果を生んでいるとすれば、ここにも日本人の知らない重要な海外情報が潜んでいる。 そうはいっても米国や韓国などのマスコミの論評は総じて日本に好意的で、改めて日本人の 素晴らしさを称えている。CNN然り、韓国メディアや諸外国のメディア然りである。 一例を挙げる。CNN報道によれば、「looting(略奪)という行為は日本では発生しない。 我々がこの言葉から受けるのと同じ意味を持つ日本語の単語が存在するかどうかも疑わしい。」 と論評して日本人の冷静で秩序ある行動を激賞している。 次に韓国中央日報の社説を紹介しよう。「日本人は沈着な対処で阪神・淡路大地震を乗り越 えて自ら立ち上がった。 今回の大地震の傷もいつか治癒されるものと信じる。 むしろ私たちは 日本を見て、韓国社会の自画像を頭に浮かべる。 災難現場でテレビカメラが向けられれば、 表情を変えて激しく泣き叫ぶことはなかったか。 天災地変のため飛行機が少し延着しただけで、 一斉に大声で文句を言うことはなかったか。 すべての責任を無条件に政府のせいにして大騒 ぎしたことはなかったか。 隣国の痛みは考えず、韓国に生じる反射利益を計算したことはなかったか…。 私たちは自ら に厳しく問う必要がある。 また災難と危機の際、韓国社会の節制できない思考と対応方式を 見直す契機にしなければならない。 私たちは依然として日本から学ぶべきことが多く、先進国 へと進む道のりも遠い。」 情報機器の威力と限界についても考えさせられた。携帯電話は全く機能しなくなり、わずか にメール機能が局部的に使えるのみだった。普段どっぷりと携帯に依存する日常生活を続け ている人たちにとっては致命的な情報欠如になった。 家族や友人の安否を調べることも自分の生存を伝えるすべも失った。私的なことだが、宮城 ・岩手の私の親戚・友人の安否、特に気仙沼や陸前高田という被災地との情報が全く取れない 状況が続いた。ここで威力を発揮したのがやはりインターネットだった。 能登に住む甥が、ネットの安否確認伝言板に投稿して従兄弟の安否を尋ねたら、従兄弟の 友人から能登に直接電話があり従兄弟の無事を知らせてくれた。ネットの威力をまざまざと教 えてくれた。同時にネットに投稿する人、それを見て無事を連絡してくれた人、若い人たちが ネットを使いこなすネット社会の到達をまざまざと教えてくれた。 ー続くー |