ミミズの戯言126、残日録。  23,08,12

  「日残りて昏るるに未だ遠し」 
  藤澤周平の短編小説「三屋清左衛門残日録」の主人公の独白である。
 藩主を支える側用人という要職を退いてようやく気楽な隠居生活に入った清左衛門だが、
 隠居後も周囲から何かと頼りにされ、命尽きるまではまだまだ月日が残っている、とい
 う老人の心境を日記に記したものである。いまさら頼りにされるのは迷惑半分、かとい
 って喜びも半分という老人特有の気持が見て取れる。

  昨年10月28日に京・丹後の旅風景を上梓して以来、半年以上もHPの更新を無断でサ
 ボって中断のままにしてきた。PCの故障など中断の言い訳はいろいろあるが、最大の
 理由は、気力・集中力の衰えによる好奇心の衰退である。早い話、やる気が起きない症
 候群の発症と言っていい。

  私の田舎言葉で言えば、「カバネヤミ」。好奇心を失ったら人間などはもぬけの殻だ
 と知りつつもどうしようもないことはどうしようもない。突然の休載にわが身の心配を
 してくれた諸氏にお詫びしたい。体は満身創痍ながらも一応生き続けている。

  以前は10日もHPを更新しないままでいると、禁断症状のように焦り、何かと話のネタ
 探しをしてHPに向かったものだが、更新をしない怠惰な習慣に慣れてくると、いつの間
 にか次第に禁断症状が消えて、すっかりPCの前に座ることもなくなってしまった。習慣
 とは恐ろしい。

  それやこれやでいつか中断の言い訳やら、HP終了の知らせを出さねばとおもいつつ
 も、放りっぱなしにして月日が過ぎてしまった。私の拙いHPなどは拙文だらけではあっ
 たが、昔は幼友達、高校の同級生や大学時代の友人、勤め先の諸先輩や同僚、ゴルフ
 や釣り、囲碁などの趣味の友人、親戚など多彩な読者がいて、種々感想をもらって励み
 にしたものだが、なかでもいつも 「今年の重大ニュース」に貴重な意見を頂き精神的
 支えだった畏友が昨年、一昨年と相続いて亡くなったことが、HP継続の意欲を喪失した
 一因でもあった。

  くどくどHP中断の言い訳ばかりで恐縮だが、先日高校時代の友人T・C君から安否確
 認の電話があり、元気ならHPを再開せよとの暖かい激励をもらったので、勇を振るっ
 てHP再開を決めた。このまま中途半端にHPを終了したのでは、折角20数年も続けて
 きた自分の四半世紀に及ぶ人生記録の結晶が「画竜点睛を欠く」ことになってしまう。

  たとえ読者が往時の半数または数人に減ろうとも淡々と書き進めるのもよかろうと
 思う。ただしこれまでとは違ってHPの話題提供はせいぜい月に1度程度になるだろう。

  冒頭の隠居老人三屋清左衛門ではないが、まだ人生の「日は残りて昏るるに未だ
 遠し」である。藤澤周平はこうも述べている。
 「衰えて死が訪れるその時は、おのれをそれまで生かしめたすべてのものに感謝をさ
 さげて生を終わればいい。しかしいよいよ死ぬるその時までは、人間は与えられた命
 をいとおしみ、力を尽くして生き抜かねばならぬ。 と。

  気が付けば、半年以上HPの更新をしていないので、HPを作る操作方法もすっかり
 忘れてしまって今や思い出すのに四苦八苦の有様である。会社時代のPCの指導を
 してくれたT君の世話になり、ようやくプロバイダーにアップできたが、数日も掛か
 ってしまった。T君どうもありがとう。

  終わりに近況をかいつまんで話せば、腰痛が頻繁に起きるので外出は控えていて、
 囲碁も釣りもまして旅行も外食も敬遠し、医者と薬局とデイサービスクリニックだけ
 が唯一の外出である。

  世間とのコミュニケーションはほぼなく、聴力が衰えているので、しゃべることが
 苦手になり活舌がひどく悪くなってしまった。先日頭痛が続くので脳外科でCT検査
 をしたら、脳の疾患も認知症の懸念もないと太鼓判を押されたが、他人とのコミュ
 ニケーションのやり取りのスピードについていけない、相手の話に素早く反応でき
 なくなっている。典型的な老人症状である。

  おりしも夏の甲子園球場は高校野球一色。岩手県の我が母校は早々と予選で敗退
 したが、岩手代表花巻東高校は今や全国区の注目校となったし、私の出身地宮城の
 仙台育英高校は昨年の優勝校で、これまた注目校となった。両強豪校の活躍をエア
 コンを利かせた居間でTVで応援するのが真夏の私の楽しみである。応援の順番は、
 岩手が1番、宮城が2番、神奈川3番。ざっとこのような体調である。
 
  先月の7月10日で満86歳、思いがけない長寿となった。