ミミズの戯言118, パラレルワールド。 ![]() 五輪という魔物のような17日間のお祭り騒ぎが終わった。美空ひばりは「お祭りマンボ」 の歌で、「お祭りすんで日が暮れて・・・いくら泣いても後の祭りよ~」と謳ったのと同じ 寂寥感が残った。 マスコミや評論家たちはいっせいに東京五輪開催の功罪を論じ始めたが、その論調は概ね アスリートには好意的な賛辞を、強行開催したIOCや大会関係者には辛口の疑問を呈してい る。そして五輪どころではなかった新型コロナの感染者と医療関係者には同情と謝意を述べ ている。 私もほぼ同じ感想を持っているので詳細ははぶくが、ある記事の中に思いがけず目に留ま って久し振りにはっとしたフレーズがあったので紹介しておく。 その昔学生時代に早川書房の「世界SF全集」を定期的に購入して夢中になって読みふけっ た時がある。全集には日本人作家で星新一、小松左京、安倍公房などの作品が載っていたと 記憶している。 ハーバート・ウェルス、コナンドイル、アーサー・クラーク、アイザック・アシモフなど 著名なSF作家の空想科学小説を読んだものだが、全集はすべてどこかに紛失してしまって 今は書庫にはない。とくにウェルズの「宇宙戦争」や「透明人間」には夢中になった記憶が ある。 久しく忘れていたが、SF小説の技法に「パラレルワールド」(並行世界)と呼ばれる技 法がある。異次元の世界が同時進行する技法だが、今回の東京五輪強行の非難をかわすた めにIOCの広報担当者は、コロナの感染拡大と五輪の競技は別世界の出来事だったとして 「これはパラレルワールドだ」と弁明したのが目に留まった。久し振りに聞く懐かしいフ レーズだった。 はからずも彼の言う通り、東京五輪は新型コロナの爆発的感染拡大と同時進行するとい うパラレルワールドとなり、 アスリート達の感動的なドラマとそれをテレビで共有しなが らも日々の感染爆発におびえる現実との同時進行という異次元のパラレルワールドが展開 されたようにみえる。 しかし私には感染拡大とお祭り騒ぎが別世界の出来事(パラレルワールド)だとは思え ない。五輪のお祭り騒ぎが心のゆるみになって、感染拡大につながったという側面を否定 できないと思うからである。 菅首相は、五輪と感染拡大の因果関係はない、と言い切っているが、その論拠はどこに もない。 五輪開催に批判的だったある作家は、大会期間中、どのようなスタンスで五輪に向き 合えばよいか迷っていたという。五輪を批判的に見ながらも選手を応援するのは都合の いいダブルスタンダードだと思われていないか不安だったが、開会式を過ぎてからそれ が許される雰囲気が出てきたという。私の”もやもや感”と同じ性質のもどかしさだった のだろう。 その作家曰く「五輪は間違いなく社会を「分断」した。政府が東京五輪の開催を物事 の中心に据えたことで、感染症対策や医療現場で様々な問題が生じた。医療関係者は 命を救う懸命の医療活動に没頭し、五輪などおそらくテレビ観戦する余裕などなかった に違いない。五輪を呪わしく感じたことだろう。」 と。 そして曰く。「一方、アスリートたちの姿にはやはり感動的なものがあった。国民の 多くはこの二つの感情を別物にすることで、「一億総矛盾状態」として受け入れたので はないか。だから五輪が終わっても簡単に成功だった、失敗だったとは言えない。いい こともあったが、問題も山積しており今後も厳しく見る必要がある。「感動」でチャラ にできると思うなよ、と言いたい。この圧倒的な矛盾をどう始末しようか。」と。 この作家のもどかしさと怒りは、まさに「感染拡大と五輪というパラレルワールド」 らしさ、に対するもどかしさと怒りだったに違いない。 一部の例外はあったにせよ、 大会を支えたボランティアや街の人々が、限られた状況 で精いっぱい歓迎する姿に、外国メディアは「さりげないふるまいは美しい」と称賛し、 「親切な思いやりの日本に感動した」と世界中に発信した。 選手村では行動が制限され、ウィルス検査が毎日実施され、ストレスの多い生活に選手 から不満が漏れ、無断外出で大会参加資格証はく奪される例もあったようだが、日本人 のきめ細かい「おもてなし」は概ね評価が高かったようだ。またコロナ対策と並行して 強行開催した政府、大会関係者、そして大会を支えたボランティアを「さすが日本だ」 と称賛する声も少なからずあったようだ。 原則無観客、選手と市民生活を遮断するバブル方式による五輪史上例のない「祝祭な き五輪」はこうして終了し、コロナ戒厳令下でのパラリンピックにバトンを渡した。 パラレルワールドの17日間は、この先どのように語り伝えられていくことになるのだ ろう。未来へ残すレガシー(遺産)は大会が閉幕した今からすべてを振り返り検証が始 まる。スローガンではない本当の「安心安全な社会」や「多様性と調和」を実現するた めに・・。 1964年の東京五輪を勤務先の社員寮のテレビで応援した思い出を持ち、2000年のシド ニー五輪で男女470級の日本ヨットチームを率いて2週間現地滞在し、海上でヨット競技 を応援し、柔道の井上康生、田村亮子さんの金メダル獲得に立ち会い、女子マラソンでは、 優勝した高橋尚子さんとフランスのシモン選手がデッドヒートを繰り広げ、私の目の前を 玉のような汗をかいてあっという間に走り去っていった鮮烈な思い出を持つ私の五輪へ の愛着は、今年の東京五輪のアスリート達の活躍の思い出を加えて、3年後の パリ五輪 へと引き継がれる。 |