ミミズの戯言6 強者の驕り。      10,02,06

   このところ連日、新聞やテレビは、小沢民主党幹事長の政治資金疑惑、朝青龍の引退騒動、
  トヨタのプリウスの品質問題を大々的に報じ、紙面をにぎわしている。巨額な土地購入資金の
  出所や政治資金収支報告書虚偽記載の疑惑については辛くも起訴を免れたが、厳しい世論
  の批判の矢面に立たされた小沢氏、無類の強さで一世を風靡しながらも一般市民への暴行
  事件でついに引退に追い込まれた朝青龍、世界一の品質・環境対応車で世界の顧客を魅了
  し首位を独走しながらも、ドル箱プリウスのブレーキ不具合対応等でつまずき、世界各地から
  のクレームに苦境に立たされているトヨタ。この連日の3つの報道に読者諸氏はどのような感
  想をお持ちだろうか。

   私にはこの3つの出来事に共通するキーワードは「強者の驕り」であるように思えてならない。
  強者、特に頂点に立つ覇者は常に世間の注目を浴び批判の対象になるものだが、それ故に
  自らを律する謙虚さが常に求められる。昔から「実るほど、頭をたれる稲穂かな。」の喩えの
  とおりである。報道を見ていると、小沢氏、朝青龍、トヨタのトップいずれも、過去の栄光に裏
  付けられた自信が見え隠れし、自らを律する謙虚な反省に欠けるところがあるように思える。
   弁明に終始し、事件の核心をいち早く丁寧に説明する姿勢が見えてこない。人も企業も大
  きくなり過ぎると、必ず鉄壁の守りにも綻びが見えてくるものだ。政治家然り、スポーツマン然
  り、大企業および経営トップ然りである。

   小沢氏と朝青龍の傲慢さと強者の驕りはいうまでもないことだが、最近のトヨタの対応につ
  いては歯がゆい思いを抱かざるを得ない。1970年代、自動車摩擦で日本の車がjapanー
  bashingにあったとき、決して世界一にはなるまいと述懐した当時の経営者を思い出す。大き
  くなり過ぎる弊害に気がついていたからである。しかしトヨタはビッグスリーを抜いてあっとい
  う間に世界一になってしまった。巨大化志向もまた企業の持つ宿命なのである。

   アメリカでフロアマットがアクセル操作を妨げる事故が多発した。「使用方法が悪い。現地の
  部品メーカーが悪い。」これがおそらく本音だろう。それが迅速な対応を遅らせた。グローバル
  化が進み国際調達が進むと、国際感覚の違いもあって品質に対する懸念は増大する。徹底
  した未然防止を基本にする国内部品メーカーと、異質な海外部品メーカーとの思想の違いを
  合致させるのは容易ではない。企業文化の違いからトヨタメソッドはなかなか徹底しない。

   広がりすぎたグローバルな調達体制を補完する品質管理体制の欠落はグローバルトヨタの
  落とし穴となる。さらに云えば、伝統的なトヨタの徹底した現地現物主義や、「ナゼナゼ・・・」を
  5回繰り返せとしつこく徹底した原因追及のトヨタらしさが、広がりすぎた世界調達に追いつけ
  ずにいつの間にか疎かにされるといった懸念などがある。

   一方、プリウスのブレーキ事故については、品質担当役員は機能欠陥ではないことを強調し、
  使用者の感覚と機能の若干のずれ、つまりABS(アンチロックブレーキシステム)が作動し回生
  ブレーキが油圧ブレーキに切り替わる一瞬の「空走感」が原因だ、として暗に運転者の注意
  を促した。

   この弁明はおそらく技術者の本音だろうし事実そのとおりであろう。しかしこの発言に「強者
  の驕り」の萌芽を感じるのは私だけだろうか。厳に慎むべきは自己中心主義、顧客軽視の姿
  勢である。いかなる理由があるにせよ現実に犠牲者が少なからず発生しているのである。
   命に関わるクレームを「感覚的な問題」で済ますのは余りにもお客様目線からかけ離れてい
  る。機能欠陥を認めれば安全に対するトヨタの評価が急落し、膨大なクレーム費の負担になる
  という逡巡があったにせよ、対策と公表が余りにも遅きに失した。お客様に安心してトヨタ車に
  乗っていただくためには、技術者の技術的な言い訳・強弁は事態をさらに悪化させる。急遽、
  豊田社長が異例の記者会見をして、緊急対応と再発防止を約束した。品質問題で前代未聞
  の社長の登場である。大トヨタの危機感が伝わってくる。

   「企業がグローバル化して大きくなりすぎ、企業とお客様の距離が遠くなった。お客様目線が
  疎かになっていた。」と若き豊田社長は危機感と基本姿勢を述べ、お客様第一主義の徹底を
  何度も繰り返した。しかし騒ぎが大きくなってからの後手後手に回った記者会見からは、残念
  ながら米国政府や関係者の不評を払拭できた雰囲気は伝わってこない。むしろ対応の遅さと
  具体性の欠如に厳しい批判が高まっているようにさえ見える。情けないことになったものだ。
   トヨタの伝統は、グループ挙げてお客様第一主義を末端まで徹底し、議論は現場で、トップ
  自ら足で現場に赴き、現地現物主義によってミスや不良を防ぎ、品質の維持向上を図ること
  にあるのだが、このよき伝統が巨大化の弊害で薄れてきたのであろうか。

   しかし確信的に思うことだが、不思議なことにトヨタには、伝統を作り上げてきた多くの偉大
  な先駆者達の教訓を、原点に立ち返って学びなおすDNAがいつも脈々と流れている。
   世界一の企業として「さすが世界のトヨタ」と世界中の顧客が安心納得する迅速な対応が図
  られることを私は信じて疑わない。そして一日も早いトヨタの信頼回復と、逞しいトヨタスピリッ
  ツの再構築を信じたい。

   世界の覇者、巨人トヨタには覇者なるがゆえに様々ないわれのないbashingが付きまとう。
  世界中の国々がトヨタ叩きの芽を探しているといっても過言ではない。今回の米国のトヨタ非
  難も、これを更に煽る利益集団が陰にいることを忘れてはならない。ならばなおの事、右顧
  左眄することなく、怯むことなく、毅然として王道を歩むトヨタであって欲しい。その王道とは、
  云うまでもなく愚直に「お客様目線を忘れない」事業、ただそれだけをひたすら目指すことに
  尽きる。強者の驕りは杞憂であってほしい。GMの2の舞はご免だ。

  ps;社長会見直後、新型プリウス全車のABSを無償修理するリコールを決断した。遅きに失
  したとはいえ果断な決断に拍手を送りたい。あとは世界中のトヨタファンを納得させる信頼回
  復に向けた品質保証の確実な実施である。