デュピュイトラン拘縮 ー入院・手術ー          10,08,20

    こんな耳慣れないフランス語らしき単語を聞いてハハンと理解できる人は、上肢外科に精通した医者
   か患者かごく稀な人だけでしょう。実はこれは、”ばね指”と昔から称される腱鞘炎に似た、指が変形す
   る病気のことです。私は数年前からこの病に取り付かれ、左手の小指が手の掌側に曲がったまま硬直
   してしまう症状が年々ひどくなっていたのです。症状が次第に顕著になったとき友人から”ばね指”では
   ないかといわれ、さる病院で診察を受け、その時”デュピュイトラン拘縮”と診断されてしばらく経過観察
   をしましょうといわれていました。痛みは特になく日常生活にあまり支障がないのですが、症状が進行
   して手の掌側に45度も曲がって硬くなってしまうと、意外に不便になることが多くなるものなのです。
    
    他言はしなかったけれども、趣味で始めたピアノを辞めたのも、陶芸を辞めたのも実はこの症状が進
   んだためでした。幸い釣りやゴルフのグリップには支障がないのですが、囲碁や料理、麻雀などの遊び
   では不便この上もありません。何せ小指が内側に曲がったまま動かないのですからどうにもなりません。

    思い切って、整形外科では定評のある川崎の聖マリアンナ医科大学病院で診察を受けたところ、これ
   以上進行すると手術が難しくなるのですぐに手術が必要と診断され、意を決して昨17日に入院手術をす
   る事に踏み切りました。この病院には通称「手の外科」といわれる専門外科があって、上肢外科の専門
   医が診察・執刀してくれます。さらにマイクロサージェリーという最新の顕微鏡手術を施してくれる高度で
   安心な設備を有した数少ない病院(神奈川県では唯一この病院だけ)なのでした。

    デュピュイトラン拘縮とは、皮膚と腱に接している腱膜がなんらかの異常で肥厚、収縮して、皮下の硬
   結、手指の屈曲拘縮、伸展障害をきたす疾患です。手術により病的な腱膜の切除をしますが、神経や
   血管を傷つけないように腱膜を切除するのは大変な技術が必要とされているようです。
    この病の原因ははっきり掴めていなくて、高齢者、男子、糖尿病、飲酒、などが発病に多くかかわって
   いるようで、遺伝性はなく昔は欧米人によく見られたが最近では日本人により多く発症しているそうで
   す。少し知識のある素人はよくばね指と間違えるようですが、ばね指は腱鞘炎、これは異常腱膜なの
   で全く違う病気とのことです。
   この病名は、この病気を詳しく調べたフランスの外科医ギョーム・デュピュイトラン男爵の名前に由来す
   る、ということでした。なお手術以外に治療方法がなく、事前予防もできないというやっかいな病でした。

    さて、手術衣に着替えて手術室に入ったのが朝の8時45分、中央の煌々と照る手術台に乗せられ、
   左腕の肩に局部麻酔注射をされて止血バンドで固定され、右腕に点滴針を固定され、執刀医と補助
   医と看護士数人に囲まれて手術が開始しました。麻酔が効いて左腕は全く感覚がない。メスを入れら
   れても痛みの感覚はないが、特有の緊張した重苦しい時間が流れていきました。
    左小指の第2関節から手掌下部まで長さ9センチを切開して、神経や血管に注意しながら異常腱膜を
   すべて切除し、30針を縫いさらに2ヶ所にZ形成という縫合術を施して手術が終了したのが10時30分。
   1時間40分の所要時間でした。
    術後に見せられた10枚ほどの切除腱膜はまるで桜の花びらか、ふぐの刺身のような色と形をしてい
   ました。「血管や神経が複雑に絡む医者泣かせの難しい手術だったが無事に手術は成功しました。」
   と執刀医に告げられて手術室からようやく開放され、車椅子で大部屋に移動し、痛み止めの飲み薬
   やら座薬やらで一夜を過ごし、ようやく翌18日に退院の運びとなりました。
    病室で包帯の上から小指を伸ばしてみると、なんと以前のように小指が真っ直ぐに伸びて両手で拝
   むしぐさが出来るではありませんか。医者も看護士もこの手術に精通していたからこそ後遺症の残り
   やすいこの難手術に成功したのでしょう。この病院を選んで正解だったとつくづく思いました。

   
    永年悩まされた小指の症状から開放され、後は2週間後の抜糸で全てが終わります。その間、車の
   運転は勿論、ゴルフは1ヶ月、釣りは2週間の自粛、後遺症として若干の痺れや血行障害が残るよう
   なので小指を絶えず伸ばすリハビリを続けるよう宣告されました。ただし回復の程度を見て臨機応変
   に、とも言われほっとしました。多分少し早めに、予定されている仲良し仲間達との悪しきイベントに
   参加できることでしょう。
    左手をぐるぐる巻きに包帯し、肩から三角巾で吊るした哀れな姿で川崎の聖マリアンナ病院を退院
   し、鎌倉で家内とささやかな退院祝いをしてようやく帰宅しました。

    今年になって、家内もあちこちの病院で、検査・治療の頻度が増し、私も熱中症やら指の手術やら
   で、私達夫婦もいよいよ治療費のかさむ老人医療の当事者になってきたようです。
    高齢者の負担割合軽減の恩恵で驚くほど安い今回の入院治療費でしたが、私はかって子会社を
   含めた健康保険組合の運営にも携わっていたので、健保財政の悪化は老人医療費の拠出金の増
   加によるものであり、拠出を受ける国の健保財政も、医療費特に老人医療費の増加のあおりで年々
   赤字が増大していることを十分に熟知しています。
    とうとう我々夫婦もその足を引っ張る財政悪化要因の片棒を担ぐ身になってきたかと思うとなんとも
   やり切れない忸怩たる思いがします。しかし一方では、医療費負担軽減は老人にとって大変有難い
   ことだと、矛盾してはいるけれども感謝も実感した今回の入院騒ぎでした。