明治以降の葉山の別荘。 12,04,12 葉山と云えば、多くの人は「御用邸、湘南の海、ヨット、裕次郎、軽井沢に並ぶ高級 別荘。」をたちどころに連想するだろう。とりわけ昭和30年(1955)一橋大学在学中の 石原慎太郎が「太陽の季節」で芥川賞を受賞してから、一躍逗子・葉山は太陽族と 呼ばれる若者の集う湘南の海として天下の脚光を浴びた。裕次郎とヨットは湘南の 海にひときわ映えた。無軌道な若者の横行を賛美する神武景気の悪しき産物だった。 葉山はこうした華やかな一面がある一方で、恵まれた風光明媚な景色と温暖な気 候により昔から著名人の保養地として利用されてきた。日本における近代医学の父 といわれるベルツ博士の推奨で病気療養中の英照皇太后や皇太子(後の大正天皇) の保養地として明治27年(1894)1月に御用邸が建設され、前後して明治20年(1887) ごろから、皇族、華族、政治家、財界人、軍人、学者、文士等の文化人がこぞって 葉山に別荘を建て始めた。 横須賀線の開通(明治22年)もまだない不便な葉山に、明治21年[1888)男爵池田 徳潤が別荘を竣工させたのが保養地葉山の嚆矢と記録されている。宮家別邸は有 栖川別邸が明治23年ごろ、北白川宮別邸が明治26年、東伏見宮邸が大正3年、秩 父宮別邸が昭和4年と次々に建設された。 日露戦争の歴史を彩る桂太郎、小村寿太郎、高橋是清、山本権兵衛などの明治 の元勲たちもこぞってこの地に別荘を建てた。桂はこの別荘にひそかに閣僚や元 勲達を招集して日英同盟締結の密議を行っている。そして昭和8〜9年ごろが別荘 数のピークといわれ、その数は700余戸に及んでいる。 しかし近年著名人の別荘はほとんどが諸会社の手に移り、社員寮、保養所、海の 家などに姿を変え、さらには宅地分譲で細切れにされて新興住宅が立ち並び、分譲 マンションが林立した。往時の地図と現在はまるで違っていて住民に尋ねても不詳 であることが多い。明治の著名人の別荘の面影や記憶が葉山から消えかかってい る。まさに「明治は遠くなりにけり」である。 これを危惧した文化財研究会の前会長の発案で、これに賛同した有志数人が集 まり、明治以来の著名人の別荘をあまねく調査して記録を後世に残す活動を始め た。記憶すら失われつつある別荘の現状を後世に伝える別荘調査は葉山の貴重な 文化財調査でもある。調査はむしろ遅きに失した感すらある。 調査結果は、別荘所有者、取得時期、番地、人物の経歴・業績、現状の写真、案 内地図、を集約して製本・配布する予定だが、費用の関係上製本を簡略化して会員 に限定配布になるかもしれない。資料名は「明治以来の葉山の別荘総覧」とでもな ろうか。 過去この手の資料はいくつか存在するが、古い番地が現在の地図にはなくて場所 を特定できなかったり、あっても敷地が広すぎて今では番地が枝分かれしていて別 荘の位置が特定できないことが多い。該当するはずの番地が消え失せ、道路が出 来ていて新興住宅が林立するいわゆる「小さな街」が形成されている場所もある。概 して爵位を持つ華族の別荘にこうした例が多い。 現存する資料は必ずしも正確に現在の実態を示す資料だとは言い難い。かくして 番地の正確を期すための我々の地道な現地調査と確認の活動が始まったが、調 査は思った通り少なからず難航している。現地調査で推定したり、ご近所の古老に 聞いたりして資料を修正し、可能な限り正確を期している。 又、建物の写真撮影もプライバシーに配慮が必要だし、著名人の経歴・業績や別 荘建設の由来もなかなか調べるのが至難である。明治の人名事典で調べてもわか らないことが多い。明治時代の人名事典は「アイウエオ順」ではなく「イロハ順」のた めに検索にひと苦労するという新しい発見もあった。葉山や逗子の図書館はじめ 50数年ぶりで横浜の県立図書館や市立図書館にも通ったが著名人の調査は難航 しがちである。S女子は知己を頼って少ない情報を集めたり、国会図書館や区立 図書館で調べたりの苦労をしている。 調査対象となる著名人の別荘の選別は、葉山町発行の「葉山町郷土史」や民間 出版社発行の「葉山の別荘」などに登場する166人全員を対象にした。天下に名を 轟かせた明治以来の政財界人から軍人、文人など多士済々の顔ぶれで一覧表を 見ているだけで楽しくなる。 堀内地区102人、一色地区48人、下山口地区12人、長柄地区3人、上山口地区 1人の別荘調査がようやく緒に就いた。やはり風光明媚な相模湾を見下ろす堀内 ・一色地区が圧倒的に多い。 調査対象地区を3つのブロックに分け、私は数人で堀内地区を担当し、すでに調 査打合わせ3回、現地調査3回を実施した。写真入りのすべての作業を終了し製本 の出来上がりを6月末目標にしているがどうなるだろうか。 この作業は楽しく充実した日々になっている。過去の資料分析や地図との照合、 人物の経歴や業績の調査、人物紹介文案の起草、これから始まる撮影写真の 是非検討、製本レイアウト検討などは頭の体操として脳の刺激になるし、現地調 査は散策を兼ねてリハビリにもなり楽しいものである。完成が待ち遠しいが、拙速 のあまり不正確な資料にならないように留意しながら進めている。目標時期6月に はこだわらない。わたしの参加はすべて体調と相談しながらである。 完成・発行 の暁には概要をHPで紹介できるかもしれない。 |