珍客来訪。     19.11,26

   我が家の2階の居間で、碁を並べたりテレビを見ながらうたた寝をしていたら、
  突然ベランダでどさりと物音がしたので覗いてみたら、小鳥が1匹ベランダの床
  に倒れて横になってびくびく震えていた。

   カラスに襲われたのか台湾リスに襲われたのかして屋根付近から落ちたのだ
  ろう。放置しておけば確実に死にそうなので、そっと抱き上げて柔らかい座布団
  に寝かせておいた。足の付け根か羽の付け根あたりに怪我をしているようだ。

   小皿に水を入れて少し口に含ませたら、可愛いくちばしを懸命に開けて水を
  少し飲んでくれた。軍手の掌で軽く包みこんで温めてやったら、かすかにぬくも
  りが感じられて、気持ちよさそうに目をつむっている。可憐な姿が無性に可愛く
  なった。

   これでは外に放すことはとてもできない。ベランダの外に放置すればたちまち
  他の動物に襲われるかして死ぬことは確実なので、このまま我が家に訪れた
  珍客として迎え、介抱して可愛がってやろうと心に決めた。

   ところでなんという名前の小鳥か鳥類の知識がないので、長男が子供の時
  に買ってやった「鳥類大図鑑」を引っ張り出して調べたら、間違いなく「メジロ」
  の特徴と一致した。

   黒目の周りが白く輪になっていて、のどが黄色で羽毛は緑色、体長はスズメ
  より小さく、図鑑の絵とピッタリなのでこれはメジロの子に違いないと確信した。


   

   図鑑には、食べ物は虫類,果実、はちみつを好むと書いてあったので、リンゴ
  をすってやったりみかんの汁を絞ってやったりしたら、ほんの一口程度をくちば
  しで吸い取っていたが、すぐにそっぽを向いてしまう。

   時々羽をバタバタさせて飛び上がろうとするが、どこか痛めているのだろう、
  すぐにあきらめてうずくまってしまう。細い針金細工のような黒い足が不規則な
  ねじれ方をしている。多分骨折でもしているのだろう。


   

   あれやこれやで昼過ぎから夜まで珍客のお世話で右往左往してしまった。
  さてこれからどうしようと思案投げ首で考えていたら、外出中の家内が帰って
  きてメジロを見たら歓声を上げて驚いていた。

   一緒に世話をしながら鳥かごでも買おうかとなったが、野生の鳥だし、だいい
  ち元気になるのかどうかとか、何を食べさせればいいかも判らない。とりあえず
  明朝、愛犬ゴンが世話になった葉山動物病院で診てもらおうという事になった。

   かれこれ8時間ほど見つめ続けていただろうか、午後9時ごろ、それまでぱっ
  ちりと目を開けていたのに、急に眼をつむってうずくまって動かない。眠ってい
  るのか死んでしまったのか、恐る恐る抱き上げたがピクリともしない。

   残念だがとうとう命を召されてしまった。懸命に数時間生きる努力をしたのが
  いとおしくてがっかりしてしまった。ほんのつかの間の生き物との交流だったが、
  11年前に愛犬ゴンと死別したときの悲しさが思い出された。

   翌朝、ボール紙で棺桶を作り、庭の一角に懇ろに葬ってやった。

   図らずもこの日26日は末娘の誕生日。この健気なメジロは、命がけで幸せを
  運んでくれた幸福のキューピットだったのか、不幸をもたらすサタンの使いなの
  か、おそらく前者なのだろうと家族と話し合った。

   それにしても、暇な老人の憩いのひと時に、突然現れてしばしの間寂しさを
  癒してくれたメジロに感謝、感謝である。自然界の動物の、生きる努力と死の
  冷厳さを改めて知らされたひとときだった。