大腸内視鏡検査。     15,10,22

   天高く馬肥ゆる秋である。我が家のベランダから眼下に見える小学校は先週まで運動会
  の練習で先生や子供たちの元気な声が聞こえていたが、日曜日の運動会で歓声はピーク
  に達した。リレーや騎馬戦など熱戦が続く様子が居間に居ても手に取るようにわかる。
  やはり運動会は秋に限る。

   馬肥ゆる食欲の秋だけでなく、スポーツの秋、芸術鑑賞や読書の秋でもある。暇人の私
  でも、10月は軒並み釣りやゴルフや行楽の予定が組み込まれていてうれしい悲鳴を上げ
  ていたら、突然予定をキャンセルする出来事が起きてしまった。町の高齢者定期検診で
  血便が見つかり医師から大腸の内視鏡検査をせよと診断され、逗子の内科医の紹介まで
  されてしまった。

   大腸の内視鏡検査は15年も昔に2度も経験済みで、私の大腸には沢山の憩室と数個の
  ポリープがある。2度ともポリープをいくつか切除している。執刀したK病院の外科部長は
  私が懇意にしていたO教授だが、親切にもVIP用の特別室を用意して2日間も入院させら
  れて手術を受けた。いくら用心のためとはいえそのオーバーな待遇に往生した経験がある。

   良性のポリープでも放置しておくと悪性に変化することもあるから、時々ポリープを調べて
  除去するようにと云われていた。ポリープはキノコのようなもので切除してもまた生えてくる
  ものらしい。

   生来無精者なので気にはしていても、以来一度も内視鏡検査はしていない。今回は実に
  15年ぶりの内視鏡検査である。

   紹介された町医者を訪問して検査日を決め、検査前日から下剤を飲み、当日は薬品を
  入れた2リットルもの水を2時間で飲んで大腸内をきれいにしてから内視鏡検査を受けた。
  検査は20分ほどで終わり、暫らく安静にして検査結果を聞いたが、ポリープを2個切除し、
  他に微細なポリープと憩室が多数あり、痔核もできているが当面放置しておいて問題ない
  との診断だった。

   摘出した細胞の検査結果は1週間後に判るが、その間スポーツなど過激な運動は避け
  る様にとの指示だった。ゴルフも釣りもダメとの事だった。用心のためとはいえ、お蔭で
  ここ1週間の予定をすべてキャンセルして自宅謹慎する羽目になってしまった。

   よりによってもったいない程の秋日和が続いた。友人達は嬉々として楽しんでいるだろ
  う。私は自宅でテレビを見ながら退屈しのぎをして悶々とした日々を送った。

   1週間後の細胞検査結果は、「前ガン性なんとか・・」で、ガン発生の可能性は否定しな
  いがそのポリープを切除したので問題解決との診断だった。少々腑に落ちないところも
  あるが、しつこく医者に訊くのは止めにした。医者が安心だというのだからまあ良しとしよ
  う。

   「老・病・死」は誰にでも必ず訪れる。早いか遅いかの違いだけである。それに対しての
  覚悟ができているか、備えができているか、いつ何が来ても動揺しない心構えができて
  いるかどうか、がその人の人生最後の真骨頂なのだろう。

   秦の始皇帝は不老不死の薬を夢見て水銀入りの薬を常用し、かえって死期を早めた。
  悪あがきする人間の弱さとみじめさを見せつけた。見っともない最後だがそれも人間らし
  いと云えば人間らしい。

   振り返ってみれば、「老」に対する備え、「病」に対する備え、「死」に対する備え、それぞ
  れの物心両面の備えが万全かと問われれば、心もとない。心の備えだけは出来ているつ
  もりだが、それもいざとなった時に、泰然として受け入れられるかどうかは怪しいものだ。
  ただ惨めな悪あがきだけはするまいと思う。ここは場数を踏んで鍛えた胆力。自分の真
  骨頂をかっこよく見せて終わりたいものだ。見栄ともいえるが本音でもある。

   満78歳、秋の陽はつるべ落としだ。