春爛漫。 ![]() 4月某日、朝からポカポカ陽気なので、ベランダで本読みをしていたら、隣家との境に 咲いている桜の花びらがひらひらと本の上に舞い落ちてきた。思わずひとひらを掌にの せてじっと眺めてみた。葉山はもうすぐ葉桜に移り変わる。 歌心のある平安時代の歌人ならたちまち風情豊かに一句をものにする所だろうが、悲し いかな歌心に恵まれない凡人はぼんやり眺めるだけである。本を伏せて色々思いにふけ っていたら、いつの間にかうとうとと舟をこぎ始めた。うららかな春のひと時である。 我が家のツツジは今が最盛期で真っ赤な花とピンクの花が咲き誇っている。少し寒いが コロナ禍なぞ何するものぞ、桜もツツジも健気である。 動物は危険を感じると本能的に逃げられるが、木々は逃げることはできない。そのため 迫りくる害毒に対しては防御のため自分自身に強烈な免疫耐性を持っている、と聞いたこ とがある。 人間には「叡智」という他の生物にはない最大の武器があるから今まで生き残ってきた。 ウィルスは根絶できなくても遠からず共生することはできるに違いない。 先日「やすらぎの郷」の倉本聰が徹子の部屋に出演し、「北海道の自室で「コアラ」のよう に居眠りばかりしていて、ぼんやりとした生活をしています。」と話していた。 「コアラのような居眠り」とは言い得て妙。私は足が冷えるのでまだコタツを離せないでい るが、毎日コタツで足を温めながら、コアラのような居眠りばかりの生活をしている。 このまま余生を過ごすことになるのだろうが、それならそれでもいいと達観している。 コロナ騒ぎが次第に拡大するので、老人は3密を避けて自宅で亀のようにうずくまってい ると褒められるご時世だ、何とも不思議な時代になってしまった。 高齢者が家の中で過ごす時間が長くなると、いわゆる「生活不活発化」とも呼ばれる心 身機能の低下を招く恐れがあると専門家は言う。つまりは適度に歩け、だが人混みは避け よ、というごもっともなご託宣である。 最近のテレビはコロナの話題だらけだが、どこのテレビ局でも専門家が出演していて、 もったいぶった講釈をする。そして聞き慣れない英語の専門用語を乱発する。 つい2か月前までは聞いたこともない英語も今は全国民が知ることになった。河野防衛 相が政府説明にカタカナ言葉が多すぎる、と苦言を呈していたが尤もなことだ。 曰く、ロックダウン(都市封鎖)、曰くオーバーシュート(爆発的急増)、曰くクラスター(感 染集団)、曰くパンデミック(世界的流行)、日本人1億の民は2か月の間にこれだけの英 語通になった。その教育効果は驚異的である。 葉山町の囲碁同好会(棋友会)は当分休会、新横浜の「天狗会」も当分休会、箱根の ゴルフ場はフロントもコースも食堂も入浴も厳重な予防体制で窮屈極まりない。釣り船も 釣り座の間隔をあけて座るらしい。横浜関内の学友との麻雀も休止、私の楽しみはみな 用心のため休止になっている。 今の世の中は出歩くのも家に居座るのも不自由極まりない。早く収まってほしいものだ。 娘も孫も万一ジジにコロナを移したらピンコロリになるから当分はジジの家にはいかない、 と宣言された。 春爛漫だというのに寂しい思いをして当分は我慢の毎日である。 |