白内障手術。  14,04,19

   昨年来、目が霞んで好きな本読みが長続きしない。老眼鏡が合わないのか文字がボケ
  て目を凝らさないと読めなくなってきた。すぐに目の奥が辛くなって疲れてしまう。そのため
  読書の時間が以前より少なくなって、就寝前の読書の楽しみが奪われたような寂しい夜が
  続いている。この所読んでいるドナルド・キーンの「明治天皇」も、大仏次郎の大著 「天皇
  の世紀」 も遅々としてほとんどページ数が進まない。難儀なことだ。

   タイへ出掛ける直前に眼科医で診察してもらったら、白内障の症状があり、それ以上に
  緑内障の危険があるので早急に手当てをする必要があると診断され、その分野では著名
  な横浜南共済病院のH眼科医に紹介状を書いてくれた。診察の結果は、1週間の入院で
  両目の白内障の手術と決まった。緑内障になると突然失明するので、その予防には白内
  障の手術が有効だという事だった。何故なのかそのメカニズムは説明されても良く判らな
  いので省略する。 最近の白内障手術は手軽な日帰り手術が多くなっているが、術前・術
  後のケアが万全で、しかもこの手術では定評のある執刀医のご託宣なのですべてお任せ
  することにした。

   入院日に集まった同病の患者は11名。皆さんで一緒に1週間同じ病院食を食べ、同じ
  月曜日と木曜日に左右の目の手術をする仲間になる。1週間入院しても何の支障もない
  暇だらけの70歳以上の老人ばかりである。話題になるのは取り止めもない世間話ばかり
  で老人特有の井戸端会議というものだろう。

   金曜日に入院して入院手続き、医者や薬剤師の事前説明、眼の診察と1日4回の目薬
  投与開始など一通りの事を終えて一時帰宅の許可がおり、2日間帰宅してしばしの家庭
  料理を味わって日曜日の夕方に病院に戻った。

   翌月曜日、手術2時間前から安定剤や目薬や内服薬、眼圧を下げる措置をして車いす
  で手術室に向かう。手術台では手術をする右眼にあたる部分を刳り貫ぬいた大きなカバ
  ーを顔にかぶせられ、心電図と血圧の測定、続いて手術する右眼に目薬を入れて強め
  に抑え、麻酔薬、抗生剤の点滴をしていよいよ手術開始となった。

   右眼にはひっきりなしに薬液が注入され、正面の顕微鏡のライトを見つめて目を動か
  さないように指示される。ぼやけた眼に微かに鈍い色のメスがきらりと光る。「白目」と
  「黒眼」の境目にメスが入り、3ミリほど切開する。痛みはそれほどはないが何せ目玉に
  メスが入るのだから緊張は極限に達する。
   眼の中に細い管状の超音波発振器具を入れて、濁った水晶体を細かく砕いて吸引す
  る。チリチリとかすかに音がするのは切開の音であろうか、水晶体を砕く音であろうか。
  吸引した水晶体の代わりに柔らかい材質の眼内レンズを挿入して手術は終了となる。

   その間手術時間はほぼ15分ぐらい。長いようで短い時間が過ぎて無事に車いすで
  部屋に戻った。眼には眼帯をして一夜を過ごす。看護師がひっきりなしに体温・血圧の
  測定と目薬を差しにやってくる。翌日執刀医の診察を受けて異常なしと診断され、視力
  の検査をしたが、どうも手術前よりも視力が落ちていて視野も狭くなった感じがする。

   医者は剥離もなく成功ですというが少々心配だ。医者目線ではなく患者目線で不安な
  患者に接して欲しいと思うのだが、印象を悪くすると左眼の手術に差し支えると思うので
  頷くほかなかった。後で渡された資料を読むと、充血、目の痛み、異物感、一時的なか
  すみ等の術後の症状は次第に回復するから心配ないと書いてあったので一安心した。

   3日目の木曜日に残った左目の手術をした。術前・術後のケアは右眼の時と同じ。
  両目に殺菌と炎症止めの点滴を1日に4回、それに毎食後に抗生物質の錠剤を飲む。

   それにしても病院食は不味い。1週間の間、朝昼夕の3食ともとうとう完食した食事は
  なかった。完食率は50%程度。私は夕食のライスを食べない習慣なのでライス不要と
  申し出たが、1日1,600`カロリーの料理と定められているので減らせないと断られた。
  結局1週間にわたり私の夕食のライスは捨てられたことになる。無駄なことだし理屈に
  合わないことだと強く感じた。組織というところには得てしてこのような理不尽なことが
  よく起きる。

   さて1週間が過ぎて晴れて娑婆に舞い戻った。街は眩しく気温も高く、春爛漫である。
  1か月は無理をしないで渡された3種類の点眼液を日に4度忘れずにさす事と、外出時
  にはサングラスの着用を忠実に守る事が肝要である。帰宅して少し車の運転をしてみ
  たが今の眼鏡(遠視と乱視)はまるで度が合わない。新聞も書籍も同様に今の老眼鏡
  は焦点がぼけて使い物にならない。1〜2か月して視力が安定してから眼鏡の一斉交
  換が必要だ。それまでは読書や運転は不便だがセーブするしかない。

   釣りの予定があるのですが、と恐る恐る医者に伺いを立てたら、1週間は駄目です
  よと宣告された。という事はサングラスを使って無理をしなければOKだと勝手に納得
  して、来週土曜日の例会のタイ釣りに出掛けられる。一安心だ。

   我が家では一大事の時、家内が仏前に餅を供えると願いがかなうという習慣がある。
  お供えの餅と神仏のご加護のお蔭で手術は無事に終わった。たかが白内障、されど
  白内障である。

   白内障の手術は終わったものの、肝心の緑内障はこれで完全に予防できたのか、
  失明の恐怖は完全に回避できたのか、私にはまだ謎である。医者は今回の白内障
  手術は大津波(緑内障・失明)に備えた防潮堤のようなもの、と譬えていたが、一寸
  先はまだ暗闇のままである。