2000/11/3
麻雀放浪記 −社会人編ー
会社の独身寮は、カモの宝庫だった。入社して半年程たった頃から毎週点ピンで打って
いたが、係長・主任といった肩書きを持つ先輩から毎回1〜2万円巻き上げた。月曜から
土曜までは、朝・昼・晩飯で1日に多くて2000円しか使わなかったので、日曜の麻雀で
一週間分の生活費が出た。給料には全く手を付けずに丸々貯金した。会社で先輩が仕事
しているのを、「俺の為に頑張っとるな」と思いつつ眺めていた。
年が明けて正月、係長が俺にサシの花札勝負を挑んできた。俺は花札に関してはド素人
だったが、係長は少しは詳しいらしく、麻雀のカタキを花札でとろうとしているようだった。
俺は俺で、どうせ係長に博才はないのだから、最初のうちは低いレートで負けといて、
コツがわかってからレートあげて取り返してやろうと思い、勝負を受けた。
ルールの説明を受け、3〜4回、練習という事でノーレートで札をめくったが、全て俺が勝った。
つくづく弱いなぁ、と思い、次から本番ということで係長が提示してきたレートの5倍を申し込んだ。
係長は受けてたってきた。いざ始まり、2回連続して負けて、5分で俺の沈みが1万円を超えた。
「さっきの練習は罠か?そういえば最初の提示レートは低すぎる。俺の方からレートアップさせ
ようってハラだったか」との疑惑が頭をカスめた。だが、係長の喜び勇んだ態度を見るにつけ、
全くクマゴロウのような雰囲気を醸しておらず、単にツキに乗っかっただけのように見えた。
実際、その次の回には俺が雨四光を決め、一撃でチャラに戻した。とはいえ俺もド素人で、
そう連勝はできず、だがトータルでは徐々に浮き始め、開始から30分後、俺のプラスは
2万円に達していた。麻雀なら、4時間かけて3連勝してやっと18000円だ。30分でそれを
超えたことに少なからず俺は痺れていた。この調子でどんどんやっても、もう負ける気は
しなかったが、この金額が頃合いだろうと思い、「もうやめときましょう」と提案した。
だが、裏を返せば係長の方は、麻雀で言えば7時間かけて5連続でラスをひいた程の金額を
たった30分間で負けたということで、もちろんやめようとせず、「もうちょっとだけ」ということに
なった。だが、もはや花札の駆け引きのコツを覚えた俺に博才のない係長はかなわず、
10分でさらに5千円溶けた。これ以上勝ってもさすがに金を受け取りにくいな、と思った俺は、
「マジで、もうやめましょう」と真剣に言ったのだが、係長の返事は、
「チャラか倍かの一発勝負を受けてくれ」だった。
たった40分遊んでのあぶく銭だったので、俺も、まぁ負けてチャラになってもいいか、
という気分でこれを受けた。配札で既に、桜・桐・松の最高札があった。負けようがなかった。
あっという間に、2万5千円が5万円になった。
「本っ当に、もうやめましょう」と、俺は哀願口調になったが、再び「チャラか倍か」の一発勝負
となった。今度は配札で猪・鹿が有り、最初に場に晒されている札の中に蝶があった。
申し訳ないと心底思いつつも、第1手でその蝶をとり、2分後、俺の勝ちは10万円になっていた。
「もうこれ以上は絶対にやりません」と強く言ったのだが、係長はさらに強く、
「80万までやる!!」と眼をギラつかせていた。
俺は完全に流れを掴んだ実感があり、あと3連勝して80万まで行ける自信はあったが、
係長との付き合いはこれからも続く訳で、80万はさすがに貰えない。それどころか、
サされて会社にいられなく恐れもある。かといって、「絶対、もうやりません」と言っても、
「ここでやめるのは汚い」と係長も引かず、
「じゃぁ次が最後の1回なら、やります。最後でないならやりません。10万円も、いりません」と
キッパリ言う事で、最後の勝負という約束を取り付けた。係長としても、「10万円も、いりません」
と言われて、そりゃラッキーと、それに従う訳にもいかない、という事だ。俺の方は、先程までは
「チャラになってもいいか」とも思っていたが、あまりに流れの読めない係長に苛立ちを覚え始め、
「この20万は意地でもかっぱぐ」と、メラメラと闘志が湧いてきた。最後の勝負、俺は鼻歌まじり
で7タンを作り、20万円になった。毎週の麻雀では即金が約束になっていたが、さすがにこの時は
翌日まで待った。翌日、会社の俺のデスクで2人とも何くわぬ顔で金の受け渡しを行った。
さすがに2人とも、「誰にも内緒にしよう」ということで一致した。
マッちゃんという同期と2人で、ヨッシーという、これもまた同期からケツの毛までむしった。
俺もマッちゃんも気の利いたイカサマはできなかったが、エレベーターやすり替えの必要は
なかった。このヨッシーというのがスキだらけで、平気で局の途中でトイレに立つので、その
隙に幻の必殺技・燕返しを決めることもできたし、河から抜きまくっても気付かれなかった。
ひどいときは、そんな事までせずとも、奴の点箱から点棒を抜き取った(もちろん、そんな事
しなくても勝てるのだが、ただ勝つのではなく、俺もマッちゃんも、ヨッシーからはとことんまで
むしるつもりだった)。
ある日、マッちゃんが俺に内緒でヨッシーと2人打ちをした。しかもレートは5ピンだった。
そんな誘いにホイホイ乗るのだから、ヨッシーも救い様がないと言わざるを得ない。
マッちゃんは、さすがに5ピンでの2打ちに2度目はないと思ったか、初回から全力で行った。
2打ちでは上山・下山のいずれかしかツモらないので、元禄どころではない。上山に大三元を
丸ごと仕込めば、9巡の全取替えで大三元ができる。しかしマッちゃんはさらに大胆に、
ヨッシーが理牌している間に、目の前で燕返しを決めた。結局、ものの2時間でマッちゃんの
浮きは30万円を超えた。それでもヨッシーはイカサマに気付いていなかった。件の花札で、
20万で倍プッシュを打ち切った俺がその事をマッちゃんに話すと、マッちゃんは
「お前も半端モンだなぁ、いつか俺がとって喰っちまうぞ」と言った。
そのマッちゃんも入社3年目に結婚した。俺達はさすがに麻雀に誘うのを遠慮し、代わりに
新入社員を誘った。そいつはつい先月まで点3か点5の学生麻雀を打っていた訳だが、
社会人になったんだからと、点ピンのウマ1・2で打った。学生麻雀がサラリーマンに勝てる
筈もなく、半荘6回でその新入社員が3万円、一人負けした。まだ初任給を貰う前である。
俺を含め、他の3人がそれぞれ約1万円ずつ浮いていた。俺は、誰かが
「負け分は初任給が出てからでいいよ」とか
「まぁ初めてだし、3万のトコ1万でいいよ、なぁみんな」とか言うかな、などと考えていた。
誰もそんな事は言い出さなかった。ちょっとした沈黙が流れ、新入社員が
「すいません、ちょっと金おろしたいんで、銀行まで送ってもらえますか」
と遠慮気味に言った。
「おぉ、いいよいいよ。ついでにメシでも食おうか」
俺達は皆で明るく言い、日曜日なので銀行ではなくデパートに行って金をおろさせ、
そのままメシを食いに行った。
「じゃぁ、3万円、授業料だと思って・・・」
差し出された金を受け取り、3人で分けた。
「よぉ、初任給まだだよな。学生時代の貯金、いっぱいあるんか?」
「いや、全然無いっス。あと2週間の生活費、1万円を切りました・・・」
それを聞いても誰も「やっぱ今日の分はいいよ」などと言う筈もなく、口から出た言葉は
「このコト、部長には言うなよ」だった。
授業料を払った筈の彼は、しかし2度と俺達と打つことはなかった。今から思えば、
俺達も甘かった。プロの雀師なら、こんな風に初っ端から獲物をコロすことはしない。
最初は勝たしてやるか、程々の負けに押さえといて、長い時間かけてしゃぶり尽くすべき
だった。しかも、他の新入社員もこの噂を聞き付けてしまい、俺達の誘いに乗ってくれる奴は
いなくなった。
メンツが少なくなって困っていた頃、結婚してから打っていなかったマッちゃんが俺の所に
来た。マッちゃんは打ちたくてたまらなかったらしく、
「よぉ、自分から打ちにいくと色々ナンだから、毎週日曜日にちゃんと誘いに来てくれよ」
と頼んできた。嫌な役回りだったが、俺はそれから毎週日曜日の1時にマッちゃんの家に
迎えに行った。奥さんの前ではマッちゃんも
「またかよ、ちょっと勘弁してくれよ」などと言っていた。俺だけ悪者だ。まぁいい。
マッちゃんも結婚して、以前より目に見えて弱くなっており、毎週毎週、2万円程負けていた。
マッちゃんは財布を持たないで打っていたので、麻雀が終わると、
「ちょっと待っててくれ」と言って家に帰り、奥さんから金を貰って戻ってきた。
ある日、また2万円負けたマッちゃんが一旦家に帰り、戻ってきた時に封筒を持っていた。
その封筒から金を出して払おうとしたので、
「よぉ、それ、何の金だよ」
心配して聞くと、平然と
「おぉ、ナンか、明日家賃払いに行くって言っとったな」と答えた。
俺達は皆一様に、
「お願い、そのお金だけは!!」と泣き叫ぶ奥さんと
「うるせぇ、博打で負けた金は即金じゃぁ!!」と、
すがりつく奥さんを足蹴にするマッちゃんの姿を想像したモノだが、
「へぇ、大丈夫かよ」と言って金を受け取った。
「今度でいいよ」と言う奴は誰もいなかった。