拝啓 伏見俊昭様  2011.3.6

拝啓
日本選手権競輪は伏見様より年上の36歳の村上義弘選手が青板から自力に転じて
優勝し、伏見様におかれましても番手の仕事の練習に切磋琢磨していらっしゃるとのこと、
心よりお慶び申し上げます。

さて10年以上前、伏見様はいつも佐藤選手や岡部選手をひっぱっていらっしゃり、
番手から捲りをうつ岡部選手を嫌っていらっしゃったと記憶しております。
佐藤選手と岡部選手の確執に至っては後閑選手と稲村選手と並び、
輪界の2大確執として巷間噂されておりました。
その佐藤選手と岡部選手も近年和解したとお見受けし、私もホッと胸をなでおろしている
次第でございます。

その10年以上前の輪界の代表的な先行選手といえば伏見様・村上選手・小嶋選手と
いった方々だったでしょうか。そうそう、あの頃は私は吉岡選手をひたすら追いかけて
おりました。
その村上選手と小嶋選手・そしてやはり不惑間近の武田選手は現在もバリバリに
先行勝負を黙々とこなしていらっしゃいます。愚痴ひとつこぼさずに。
当然、神山選手・太田選手・金古選手のように、年齢を重ねた後にマーク屋に転向する
選手も大勢いらっしゃいますし、小倉選手や晴智選手のように若くしてマークに磨きを
かけて一流選手になった方々も大勢いらっしゃいます。
私は決して、「自力は素晴らしくてマーク屋はセコイ」などという二元論を申しているのでは
ございません。伏見様は現在一生懸命番手の仕事について研究していらっしゃると
ブログにても拝読しておりますし、立派なマーク屋は立派な先行屋を育てるということ、
私も重々承知しております。ちなみに私、山口幸二選手の大ファンでございますし、
伏見様が先行日本一だった10年前は中四国の小橋・児玉選手を熱烈に応援しておりました。
自力選手とマーク屋がいてこその競輪でございます。

その点を確認したうえで伏見様にこれだけは申し上げたく存じ上げます。
2010年のいわき平オールスター準決勝後のブログ、あれは絶対にいけません。

Youtube:2010年いわき平オールスター準決勝 吉田敏洋の単騎奇襲カマシ

このレース、伏見様は前を渡辺一成選手に任せたのです。
そしてまた、2009年〜2010年にわたり、伏見様がラインの先頭を走る番組があれば
伏見様は常々「僕だけウマがいないよ(苦笑)」といったコメントを出していらっしゃったのです。
そんなコメントを出していた伏見様が地元ビッグの準決で渡辺一成選手に前を任せました。
渡辺選手におかれましても、地元として・そしてまた「競輪」とともに競技の「KEIRIN」で
日の丸を背負って世界の強豪と渡り合ってきた大先輩の伏見様を後ろに背負い、
その心中は並々ならぬ決意だったことと窺い知れます。
このレース、自他共に認める現在の「先行日本一」の村上選手・そして九州の新鋭、松岡選手が
いらっしゃり、鐘前には石丸選手も前を伺うようなそぶりも見せ、渡辺選手は彼等の位置取り
を終始気にしつつ周回を進め、青板過ぎからはめまぐるしく先頭が入れ替わっていました。
そこで飛び出したのが吉田選手の奇襲ガマシでございます。実況アナウンサーも「奇襲!」と
おっしゃるほど誰もが予想し得なかった、まさに「奇襲」でございました。
結果、渡辺選手はどうすることもできず、当然渡辺選手に前をまかせた伏見様も見せ場無く
終わってしまいました。

いわき平オールスターは準決勝・決勝ともに山崎選手−佐藤選手の地元ラインで決まり、
福島勢としては万々歳の結果でした。
伏見様と同様、日々ブログを書いていらっしゃる小嶋選手は常々、G1やG2が終了した後の
最初のブログでは、地区にこだわらず優勝した選手への祝福のコメントから書き出し、
そしてご自身の反省や決意を綴っていらっしゃいます。
それにひきかえ伏見様のいわき平オールスター後の最初のブログは一体何ですか!
失礼ながらここに全文を引用させて頂きます。恐れ入りますが、ただ単に見づらいだけの
無駄な改行は私の方で割愛させて頂きました。

伏見俊昭Legend of Keirin
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2010年9月7日

オールスター競輪を終えて…

今回もたくさんの応援ありがとうございましたm(__)m
そして…みなさんからの暖かいコメントがいつも僕を救ってくれます!!
正直、腐りかけていましたから…
今回に関しては『仕方がない。しょうがない』ではすまされない大会でした。
走る前は全ての結果を受け入れる覚悟はしていたんですが、あの一走だけは悔やまれます!!
言い訳も何もありません。レースは生き物なので…
でも、準決勝の夜は自分が自分じゃないくらい我を失っていました!
話をしても上の空。笑えば苦笑い。一人の時間を限りなく作って…
正直『このまま帰りたい』とその場から逃げてしまいたかったです。《途中欠場も考えました》
無理に走っても気持ちが入っていないなら、ファンのみなさんに失礼だと!
この日の夜は正直寝むれませんでした!
五日間、寝つきも悪く夜中に目が覚めてしまってホント寝不足な開催で辛かったです。
地元の特別は今回で三度目でしたがこんなにプレッシャーを感じたのは初めてでしたし。
自信を持つために練習をしてきて、今までの経験が自分を奮い起たせてはくれましたが…
なかなか思うようにはいかないものですね。特別な思いで挑んだオールスター競輪!
みなさんの期待に応えられなかった無念だけが残りましたが…
たくさんの応援メッセージに励まされはしましたが…当分は下を向きそうな感じです。
でも…とことんまで凹んで悔しがって必ず今よりも絶対に成長してみせます。
シドニーの落選からも一皮剥けましたから!
人生、辛い時のほうが多いらしいのでまだまだ試練に立ち向かって頑張るだけですもんね(^^)
ん〜、なんか書けば書くほど愚痴っぽくなってきたのでこの辺でやめときますね(^^;
変なまとめ方になってしまいましたが、最終日の一着は正直みなさんに後押しして獲らせて
いただきましたよ。《自分の気持ちよりもみなさんの気持ちのほうがはるかに強かったので…》
決勝に乗れなくてもたくさんの応援があったから…
帰りの出待ちでも暖かい応援で胸がいっぱいになりました(;_;)
自分はホント幸せものです。たくさんのみなさんに支えられてます。
まだまだ弱いところも未熟なところもたくさんありますが、これからも自分の出来る限りを
精一杯やっていきますので【伏見俊昭】を今後ともよろしくお願い出来ればと思いますm(__)m
ブログも当分は自粛かなとも思いましたが…『ブログ《レジェンド・オブ・ケイリン》いつも見てるよ』
凄く嬉しいお言葉をいただいたので♪今日は今出せる精一杯の言葉で書かせていただきました。
不愉快にさせてしまった言葉も多々ありましたがお許しください。
今のありのままの心境を語らせていただきましたから!
長く辛い戦いは今後の自分に絶対プラスになるんだと…
そう信じて、ブログって書いているうちに前向きになってきます(*^^*)
長くなってしまいましたが、自分の心境を最後まで読んでいただきありがとうございましたm(__)m
それと…
『一日遅れとなってしまいましたが、6日が誕生日でした【なーみんさん】と【おとはちゃん】
お誕生日おめでとうございました(^_^)/□☆□\(^_^)』
なーみんさんはさらに《入籍》されると言うことでダブルのおめでとうですね♪
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【なーみんさん】と【おとはちゃん】とやらの誕生日と入籍へのおめでとうコメントはあっても、
同県の後輩であり、グランプリを獲らせてくれた山崎選手への「おめでとう」の一言もないのですか?
貴方はいつも「応援・声援・おめでとうの言葉が励みになる」とおっしゃり続けているではないですか!
『グランプリを獲らせてくれた』と書きましたが、それだって実際は必死に駆けている山崎選手を
捲ってきた小嶋選手をブロックする訳でもなく、あっさり山崎選手を【捨てて】まんまと小嶋選手の
番手にハマって優勝したものです。それでも、4角まであなたを引っ張ってくれたのは山崎選手です。
ブログでも普段はいつも「ザキさん」と馴れ馴れしく親しげにご機嫌をとっていらっしゃいます。
今後も山崎選手が「ウマ」として貴方をひっぱって駆けるようにする為のご機嫌とりですか?
それが貴方の「番手選手の勉強」ですか?
貴方は気がついていないのかもしれませんが、ザキさんは貴方が番手につくと全く駆けませんよ?
青森記念で友和選手の為に死に駆けしたザキさんの清々しい顔は御覧になっていないのですか?

そして上記に引用させて頂いたブログで準決勝のレースに関してグチグチおっしゃっていらっしゃいますが、
あのレースは先述の通り、貴方は渡辺選手に前を任せたのです。渡辺選手は貴方と2人、地元勢が
決勝に乗れるように、まず村上選手を第1にマークするのは当然です。そこに飛び出した吉田選手の
奇襲ガマシ。貴方がやたらとグチっていらっしゃるのは、その吉田選手の奇襲に対して何らの対処も
できなかった渡辺選手に対する大いなる非難と私は受け取りました。くどいようですが貴方は
渡辺選手に前を任せ、渡辺選手は村上選手を気にするあまり吉田選手の奇襲に屈したのですから。
あのレース、もし貴方が本気の本気で決勝に乗りたければ、伏見様−渡辺選手の並びにして
存分に自力を発揮し、吉田選手の奇襲があったとなれば即座に対応してこれに追いつき、
まずは吉田選手の番手にハマり、その後に最終バックで吉田選手の番手から抜け出すことも
充分に可能だった筈でございます。
もし伏見様−渡辺選手の並びであのレースに臨み、上記のような俊敏な対応ができずに敗北した
のであれば、直後のブログにて山崎選手への祝福も無くひたすらグチグチ書いていても
読者は「次は頑張れ!」と応援したかもしれません。しかし現実に貴方は渡辺選手に前を任せたのです。
その上でひたすらグチを繰り返すブログを読んだ渡辺選手はどう思ったでしょうか。
もう二度と貴方の前で駆けたくないと思っても致し方ありません。
あのレースに関しては、
「一成も僕も吉田君の奇襲は想定外でした。吉田君には天晴れの言葉を贈りたいです」
ぐらいのコメントを、どうして貴方は書けないのですか!?

村上選手はしばしば市田選手を引っ張ります。武田選手もたびたび平原選手を引っ張ります。
小嶋選手に至っては、わざわざ浅井選手と別線になってまでラインの先頭を走ります。
それなのに貴方はいつも、記念競輪では競争得点が90点台〜100点台前半の、言わば格下の
選手の番手をまわります。村上選手や武田選手であれば、そういった選手には前を任せず、
ご自身が前を回り、競争得点100点台の若手選手には3番手を固めさせることでしょう。
その格下の選手が貴方の為に必死で駆けてそれを番手捲りするのであれば、その選手も
我々観客も納得するのですが、貴方は若手選手が「さぁ伏見さんの為に発進するぞ!」とフカす
前に既に他地区のラインに切り替えたりすること、しばしば見受けられます。
また、山崎選手や佐藤友和選手の番手を回る際も、せいぜい少々車間を開ける程度の援護で、
後方からの捲りをブロックする訳でもなく、捲り選手は貴方の横を素通りし放題です。
貴方と同様、日の丸を背負って世界で走った自力のスーパースター・神山選手は追い込みに
転向した後、数々の強烈なブロックで捲りを止めています。あれが「番手の仕事」なのです。

番手の仕事を一切せず、前を任せた選手にグチばかり言い、いつも貴方の前で頑張っている
山崎選手の地元G1優勝に何の祝福もなく渡辺選手を非難するかのようなブログを書く。
貴方こそが「競輪界の発展」の障害物そのものであるとの自覚をお持ちなさい!

敬具

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