福岡クボタ農業機械歴史館

Fukuoka Kubota Farm Machines History Hall

1.場所

〒839-1223 福岡県浮羽郡田主丸町大字以真恵日渡1481
(テクノセンター併設)
TEL.09437-3-3751 <テクノセンター> TEL.09437-3-1785

2.施設の概要

・平成6年3月竣工
・建築構造/鉄筋コンクリート造り平家建
・敷地面積/15,362.00m2(4,655.2坪)
・A展示棟/1,530.00m2(463.6坪)
・B展示棟/1,498.20m2(454.0坪)

3.利用ご案内

・開館時間/9:00〜17:00(入館は16:00まで)
・休館日/毎週月曜日・祝祭日・8/13〜16、12/29〜1/5
・入館料/無料

 ※団体でご来館の場合は、事前にご予約ください。

4.展示品(一部)

5.農業機械発展の歴史

明治・大正

宮崎氏「製縄機」発明(明治38年)
各種の「足踏式回転脱殻機」が出現(大正3年頃)
「製えん機」実用化。「製縄機」とともに普及が進む(大正初期〜)
岩田氏「衝撃式籾すり機」発明(大正5年)
国産の「石油発動機」出現(大正9年)
「国産電動機」出現(大正13年)
清水氏「円筒摩擦式精米機」開発精米工場に普及(大正末〜)

昭和初期〜戦前

深見氏「二段耕犂」発明(昭和初期)
「研削式精米機」・「循環式精米機」完成普及に向かう(昭和初期〜)
「下扱式動カ脱殻機」出現。普及に向かう(昭和4年)
「ゴムロール式籾すり機」出現普及に向かう(昭和4年)
「土入れ器」など麦作農具が出現(昭和7年)
「動カ耕耘機」出現。岡山を中心に普及(昭和12年頃)
「自動脱殻機」初めての比較審査実施(昭和15年)

昭和20年〜30年

「手動散粉機」の製作始まる(昭和21年)
「背負動カ散粉機」出現(昭和26年)
「動カ耕転機」の改良普及が急速に進展(昭和27年〜)
関東東山農試で「平型通風乾燥機」の開発実現(昭和30年)

昭和30年〜40年

純国産中型トラクタ先発機が生産販売開始(昭和35年頃)
「遊星式動カ集束装置付刈取機」出現。普及開始(昭和39年)
「動力間欠式刈取結束機」出現。普及開始(昭和39年)
ティラーアタツチ「根洗苗用田植機」出現。普及開始(昭和39年)
「帯状苗使用人カ土付稚苗用田植機」及び連続ひも苗使用土付稚苗用田植機「苗播機」出現。販売開始(昭和40年)

昭和40年〜50年

連続結束式刈取機「バインダ」開発成功。各社が「バインダ」製作に乗り出す(昭和41年〜)
「循環式乾燥機」出現。普及開始(昭和41年)
「側面刈り自脱型コンバイン」出現(昭和42年)
「全面刈り自脱型コンバイン」出現販売開始(昭和45年〜)
「乗用型トラクタ」、「田植機」、「自脱型コンバイン」の3機種(3種の神器)が急速度に導入(昭和45〜55年)
国産80馬カ以上の大型トラクタ生産始まる(昭和50年代初期)

昭和50年〜63年

各社「乗用田植機」発表。田植え作業の乗用化始まる(昭和52年〜)
「小型集束型大豆刈取機」が数社から市販される(昭和56年〜)
「湛水土壌中直播機」が新機種として市販移る(昭和58年〜)
スクリユー方式の「汎用コンバイン」が市販開始。昭和末の普及約1,000台となる(昭和60年〜)
「側条施肥田植機」の評価が高まり全国的に普及が進む(昭和60年〜)
ロータリー爪による「高速田植機」市販開始。昭和末には乗用田植機はロータリー爪中心となる(昭和61年〜)
各社葉菜類の「野菜移植機」を発表。普及に入る(昭和61年〜)

平成〜現代

乗用式の野菜収穫機が発売される。根菜類などから収穫の機械化へ
不耕起田植機が登場。収穫はグレンタンク方式のコンバインに
水田は大区画化ヘ。このため、作業機も大型化。折り畳み式が水田ハローなどで登場
大型汎用コンバインが普及段階に
玄米低温貯蔵庫が各社から発売され入気を呼ぶ
果樹用に風筒式防除機が登場
水稲の直播栽培用機械の開発が盛んに。打ち込み式同時直播機などができる

 (社)日本農業機械化協会発行(前田耕一著「農業機械化発展史」より抜粋、加筆して作成)



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