廿七年度東大教養学部 理二 六B 1953.5.28           戻る

追思  33p          復刻 by 林尚孝

木呂(コロ)ながし
八木直樹

 三月になると同じ日本でも、南の国は桃の花やれんげ草、よめ菜、つくしなどと春の匂をただよわせ、四月にはもう桜の花ぐもりの長閑さなのに、北国の私達の郷里は未だ深い雪に埋れて春はほど遠い。私達郷里の特産、“木呂切り”が始まるのはこの頃からなのである。
 木呂の伐採地は人里から谷間の急流をさか上ること十里、谷また谷、山また山の奥地にある。
 亭亭として空を摩す山?けやき林がこれらの川瀬に昔ながらの影を落としているさまは、まことに尊い気分を抱かせる。
 村人は鳥も通わぬこの山奥に掘建て小屋を作り、雪の消えるまでは、その小屋の周囲の山々から木呂の切出しをするのである。梢を渡る山風の音と山?けやきの大木を伐る鋸の音とが周囲の山々を震撼させ、やがて、どうとばかりに伐り倒される地ひびきは、恐ろしい木だまとなってひびき渡る。伐り倒された大木の部分が一尺二寸、三尺四寸または四尺と燃料の必要に応じて鋸で?ひかれるのである。これが即ち木呂と称される物である。
 木呂は雪を利用して、多くは橇で川の本流まで運搬されるが、本流から遠くはなれている場所では、先ず小沢まで運ばれる。本流の側の者は、その川端に、小沢のものはその中に積み重ねられて、そのまま放置され、雪が消えるまで、木呂は乾燥されるのである。
 木呂切りには又「伐り返し」と言う面白い方法もある。それは伐採したままの、板をつけた木をそのまま放置する。やがて木の芽の萌え出づる頃となると、伐られた木にも水分のある限りは、小枝小枝に若芽をつける。葉が大きくなる。葉に出来るだけ水分を吸収された幹は、急速に乾燥する。かくてその間そうした幹が、木呂にひき割られるのであるが、枝についた葉によって、自分自身の乾燥