森昌子(自選ブログ集)

12 2012/7/23 渡米後の森昌子は、なぜこれほどまでに変身したのか
2012/7/17 森昌子はアイドルを捨てる決心のため、渡米した
2013/7/15 ”旅立ちの彼(ひと)”から見る森昌子と森山良子
2012/7/10 森昌子のyoutube特集、 ”残しておきたい、昌子の声”
2012/7/3 森昌子のファーンや歌への疑問
2012/6/28 すばらしき人生かな、森昌子
2012/6/23 孤独な、静謐な演歌、森昌子
2012/6/18 森昌子、16,7歳の頃の裏の代表曲
2012/6/17 若いころの歌手・森昌子について
2012/6/14 森昌子の歌、つれづれ
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2012/7/23

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またしても推測で話します。

今日,youtubeで”哀しみ本線日本海”の動画を見たのですが、森昌子の22歳の時なのでしょうか、とても若々しくてきれいだなと思いました。十代の頃の森昌子と同じ人物とは思われません。なぜこれほどまでに変わることが出来たのでしょうか。
 
 僕は先に、20才頃に悩んで渡米し、そのときにアイドルから、演歌歌手になる決心をした、と適当な推測を述べたのですが、その言葉の真偽は別にして、その変化の大きさは、とても大きなものと言えるのではないですか。動画に映し出された、顔の表情の豊かさ、女の色気、若々しさ、すらっとした体つき、どれもこれも視聴者を釘付けにするものではないでしょうか。”信濃路梓川”や”故郷ごころ”では、まだ、歌に少しアイドル的な要素を残していますが、”哀しみ本線”では年配者や演歌好きにも好まれる要素を多分に含んでいる感じがします。その歌い方の真剣さ。ほんの2〜3年前まで、片思いや恋心を歌っていたアイドルであったなんて、この画像を見て想像できますか。完全に、若くてきれいな、艶っぽい、演歌歌手になっています。

 なぜ、これほどまでに変身を果たすことが出来たのか。この変身には、とても大きなエネルギーが必要だったと思います。それは自分自身にあった、デビュー以来の悩みであったかもしれませんし、百恵や宏美やプロデューサなど周囲からの影響かもしれませんし、あるいは両親からの助言だったのかもしれません。ただ、ここまで女としてきれいになれたということは、その悩みがそれだけ深く、決心もすさまじいものだったと思います。言い換えると、彼女自身の中に大きな揺れが発生し、断層が生じ、悩み渡米したとも言えるでしょう。

そして、その悩みを受容できたのが彼女の歌への愛着、あるいは歌のうまさだったのかもしれません。十代と二十代に見られる森昌子の大きな断層、それが聞く者を、いつまでも飽きさせない、森昌子の世界へ引き込む一つの要素になっているのではないでしょうか。

youtube動画”哀しみ本線日本海”http://youtu.be/gftlZm9HhoE


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2012/7/17

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またまた適当なことを書きます。

 歌手・森昌子が20歳ごろに、悩んで渡米し、丁度21歳になる前頃に、レコード会社を代わり、この頃から、演歌を中心に、再びいい曲を発表するようになりました。それが、”哀しみ本線日本海”や”越冬ツバメ”につながるのだと思うのですが、20歳前後に森昌子が何を思い、何を考えたのか、それを僕なりに推測しました。

それは”アイドルから決別し、演歌歌手で生きていこう”と言う決心ではないかと思えるのです。詳しいことは分かりません。高校生のときは、恋心を歌い、幼い、可愛い顔で歌っていてもよかったのでしょうが、高校を卒業して、プロ歌手として、山口百恵や岩崎ひろみなどを見て、自分はどういう道を歩んでいけばいいのか、色々悩んだのかもしれません。そして、声も少し変わってきたのかもしれません。そして、アイドルを捨てるために、アメリカへ旅立った、といえないでしょうか。
1980年2月(21歳)に”旅立ち”というLPレコードを発売しています。これはまさしく、アイドルからの旅立ちであり、演歌歌手としての旅立ちかもしれません。この時期から、森昌子の歌が、再び輝きを放ち始めています。


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2013/7/15

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今日、たまたま、森山良子の2003年発売の涙(ティアーズ)というCDを図書館で借りたのですが、そこに森昌子がLPレコードで歌っている、”旅立ちの彼(ひと)”という曲が入っていました。聞くなり、あ、これは森昌子の歌だと思いました。

この曲は森昌子の1980年3月発売の”旅立ち”の中に入っており、21歳のときの曲。だから、多分これは森昌子のオリジナル曲で、森山良子がカバーしているのではと思うのです。彼女のLPレコードの帯には”青春を奏でる最新オリジナルアルバム”と書かれています。

この2曲をYOUTUBEで探したのですが、森山良子も森昌子もありませんでした。

この歌は、彼女の元を去って、旅立つ彼に対して、ごめんなさいね、と謝り、帰ってきて欲しい、と心から叫ぶ歌なのですが、森山良子と森昌子の叫び方に、大きな開きがあるのです。

森山のほうは、彼に対して大きな声で叫んでいます。それに対して、森のほうは、自分に対して帰ってきて欲しいと、言っているように聞こえるのです。ぼそぼそ言っている感じなのです。だから、聞くほうにしても、自分の慰めのために聞かされている感じなのです。聞き手が第3者的になってしまうのです。森山は彼に言っています。森は自分に言っています。

言葉としてどちらが伝わるかと言うと、森山の方です。彼への気持ちを率直に歌っています。

森のほうは日記か本を呼んでいる感じです。結局、いい歌でありながら、このLPレコードの中では、いい作品にはなっていません。

森昌子の歌は、十代ではとても力強く歌っている曲も多いのに、20代になると、とても内向きになっている感じがします。
例えば、彼に対して好きです、と言わずに、自分に対して”彼のこと好きです”と言っている感じです。好きなら好きと、大声で言ってほしいのです。自分の気持ちを正直に表わす、これも歌手として重要なことではないでしょうか。

(2015年4月29日注)
youtubeにて「旅立ちの彼」
 森昌子 https://youtu.be/apKnFdOMK_o
 森山良子 なし

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2012/7/10

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 もし、森昌子のCDのアルバムを個人の嗜好で作ってみたら?こういう発想の元、ブログ上でCDアルバムに似せたものを作ってみました。題して、”残しておきたい、昌子の声”。全て,youtubeから選びました。


1、おかあさん  http://youtu.be/UICbG2u2gGA (レコードのおかあさんhttp://youtu.be/-oM5Xo07vR8
2、ふるさとお祭り恋の夜 URL:http://youtu.be/uWLl02Gqx60
3、砂時計 http://youtu.be/GUBf4f8xxi4
4、となりの町から  http://youtu.be/oXAARi-Nqnw 
5、あの丘越えて http://youtu.be/k5hpG07wKvc
 
6、恋ざくら  http://youtu.be/2AdtFBq24QE
7、春の目覚め http://youtu.be/P7XH0bq01rE
8、面影の君 http://youtu.be/a72YZX7HadY (レコードの面影の君http://youtu.be/0Wto3po3tNk
9、あなたを待って三年三月 http://youtu.be/_81YB9Jb1m8 (レコード http://youtu.be/5d2hM34aFnk
10、あの人の船行っちゃった http://youtu.be/ytdJks9DfKo(レコード http://youtu.be/uPVJVh0oLMY

11、おばさん http://youtu.be/0_7W-AxcAjk
12、夕笛の丘 http://youtu.be/CwvLHky0ltw (レコード http://youtu.be/Y37ExIH4BFw
13、小雨の下宿屋 http://youtu.be/gNb8trguYGE
13−1、母に手紙を書く時は(http://youtu.be/2iNbFlHEm8c
14、あざみの歌 http://youtu.be/T-51tQXaKNk
15、二つの手の思い出 http://youtu.be/p5dpC0VEzLo

16、お月さん今晩は http://youtu.be/Hh351kp9Z_k
17、冬ばら http://youtu.be/VDQfE6SRKcw
18、雨の港町 http://youtu.be/hHXpfw-m1T0
19、翼 http://youtu.be/EfJfrbEcpjQ
20、恋きずな http://youtu.be/LEtDqlUOZUg

21、越冬ツバメ http://youtu.be/x5UAgqBiRhA

7/11に、17、雨の港町、18、翼、19、恋きずなの3曲を追加しました。これらは、レコード会社移籍後の、シングル版のB面の曲です。これらに春日和、夕焼けの空、手紙、古都の春を付け加えた、B面の流れを通して聞くのが好きでした。演歌の部類に入るのでしょうけど、全て心に響いてくる曲です。(7/12)

不思議なもので、”ふるさとお祭り恋の夜”は、森昌子のレコーディング曲ではないですね。単発で歌ったと言うことでしょうか。それにしては雰囲気にしろ、表情にしろ、歌い方にしろ、自分の持ち歌のように何年も歌いこんできたと言う感じがしたんですが。”冬ばら”もそうですね。昌子の持ち歌のように、いやそれ以上にすばらしい歌い方なのに、どのレコードにも入っていません。”二つの手の思いで”は、森山良子の歌なので、カバー曲と言うのはわかりましたが。前2曲はカバー曲なのでしょうか。それともどういう具合で、森昌子が歌っているのでしょうか。(7/12)


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2012/7/3

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大阪は雨。かなり激しく降っており、図書館へはいけない。それで、ブログでも書こうという気になった。昨日は、TEDについて書いた。今日は、歌手の森昌子についいて書こう。やはり、こういうエンターテイメントのことについて書くのは楽しい。気持ちがうきうきしてくる。

 今日は、いろいろな疑問を箇条書きにしてまとめてみます。

1、若いころの森昌子のファーンと言うのは、何に好かれてファーンになったのかな、と思う。

 僕は今、十代の声に感動し、youtubeの動画の、可愛い顔に、あるいは不安げな、あるいは一途な、表情に何かノスタルジックな思いがよみがえるのだけれど、当時のファーンは、彼女のどういうところが、好きになったのかなと時々思う。あるいは、逆に、なぜ、僕は当時、好きになれなかったのかとも思う。僕自身、彼女の良さを理解できない、未熟者だったのかもしれない、という思いもある。

2、僕の好きな曲は、彼女の15〜22,23歳位なのですが、森昌子が今のステージや、CDの発売で、なぜ、これらの時期の歌を歌わないのか、あるいはCDとして発売しないのか、よくわかりません。
 
これらの時期の歌は、娘あるいは少女の恋心を歌っていますが、一般性のある、とてもいい曲です。聞いていて面映(おもは)がゆくなるということはありません。”となりの町から”という歌には、胸がキュンキュンする、というフレーズがありますが、とても現代的です。私自身、かわいい子を見れば、胸がキュンキュンしますからね。”お手紙をあげてもいいですか”とか”くちづけをあげたいけれど””赤い絹糸”なども、いい声で、娘心を歌っています。なぜ、これらの曲を無視しているのか、理解できません。あるいは、当時、いやいやながら歌っていたのかな、とかんぐりたくなります。ま、これは言いすぎでしょうけど。森昌子の歌って、どれもとても心がこもっていますものね。

3、YOU TUBEに僕の好きなB面の曲やLPレコードの曲が無いのが多いのです。彼女の歌は、何百曲と流れていそうなんですが、これはと思う曲が無いのは、少し物足りないですね。

以上、思いつくままに書きました。
(追伸、ファーンの皆さんへ、これらの文章は遊びです。気に障ったら、ゴメンナサイね)

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2012/6/28

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先週の日曜日、テレビ東京のカラオケバトルという番組で、森昌子が出演していましたが、同級生だと言う歌手の伊藤咲子(さん)も出演していたのですが、森昌子のほうが明るく輝いていましたね。個人的には伊藤咲子の方が思い出があるのですが。
 性格からするなら、咲子の方が、明るいはずなのに、過ごした人生の違いなんでしょうか。森昌子という歌手は、少しずつ変化しながら、難しい歌を、とても丁寧に歌い続けていますね。とてもおとなしそうで、かわいらしいのに。デビューから引退までの、わずか15,6年の間に、100年も生きたぐらいの仕事をしたのですね。人の何倍もの凝縮された人生を歩まれた森昌子という人間に、すばらしい、ブラボー、という言葉しか、今は見つかりません。


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2012/6/23

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今日は、またしても適当なことを書きます。気にしないで下さい。記事の内容に責任は負いません。

 前に、森昌子の歌を四期に分けたのですが、今日は、そのうちの第四期、後半部分、年齢で言うと、21歳からの彼女の歌についての、個人的なコメントです。

 僕ははっきりいって、彼女の歌を、知らないのです。だから、書いているのです。知っていたら、もっと違った書き方になったでしょう。

 後半部分は、演歌ですが、それはレコード会社が変わってから。僕は、シングルコレクションABを聞いて、A面よりB面に心が奪われます。B面の歌を聞いて、どう表現したらいいか考えたのたのですが、こういう言葉がいいのではと思いました。

 「孤独な、静謐(せいひつ)な演歌」

 静謐とは、日ごろ使いませんが、静かな、という意味合いで使いました。辞書で調べてみると、事件がなく静かな様子、と書いていました。そうです、彼女の歌には、事件がないのです。あるいは別な言い方をすれば、社会性が無いというか。美空ひばりの歌には、人生一路、とかある女の詩とか、そこには人生の苦しさや困難さが織り込まれているのですが、彼女の歌には、そういうものがありません。その代わりと言っていいのかどうか、それに勝る、静かな、きれいな、人を傷つけない、孤独な心模様を素直に歌っているのです。

 B面は、演歌か歌謡曲か僕は分かりませんが、そうした昌子節が如実に表わされているのです。しかし、A面は演歌です。B面を流して聞くと、とても感動しますが、A面は、流して聞いてもうんざりしてきます。最近では、ほとんど流しては聞きませんが。個別に聞くと、いい曲がたくさんありますが。例えば、寒椿やほお紅など。

 もし”信濃路梓川”の変わりにB面の”夕焼けの空”を歌って、ヒットしていたら、森昌子という歌手は、演歌歌手と呼ばれなかったと思います。女性のきれいな心を歌った歌手、という感じで呼ばれていたかもしれません。例え、”越冬ツバメ”がヒットしたにせよ。つまり、彼女の歌の本質は、演歌ではなくて、B面の歌に現れている感じがするのです。それほど、B面が、すばらしく感じるのです。

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2012/6/18

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昨日は若いころの森昌子の歌を、自分勝手に四期に分けましたが、今日はそのうち、第二期に当たる、16、17歳の頃のB面”恋ざくら”('75,12、17歳)と五周年記念アルバム('76、9、17歳)に収められている”ほたる”と”となりの町から”を、you tubeから取り出しました。これらの曲は、森昌子のA面ではありませんが、この時期の代表曲だと僕は思っています。特に中学・高校生に聴いてもらいたい曲です。それと”北上夜曲”('75,2,16歳)。この優しい声は特別です。
ほたる       URL:http://youtu.be/crIVGhE8iRA
となりの町から  URL:http://youtu.be/oXAARi-Nqnw
恋ざくら      URL:http://youtu.be/2AdtFBq24QE
北上夜曲     URL:http://youtu.be/dQFb0oYFL3E


(2015年4月29日注)
ほたる https://youtu.be/LNTacNb7l6k


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2012/6/17

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 現役の歌手である森昌子さんについて、好き勝手なことを書いて、申し訳ありません。今回も、また適当なことを書きますが、ファーンの皆さんは、怒らずに受け流してくださいね。遊びです。

前回、僕は森昌子さんの歌を、自分の感性により、デビューから15,16歳までと、15,6歳から19歳前後、そして19歳前後から22,3歳、そして引退までの、4期に分けたのですが、その4期について、自分なりの区分名を考えました。次のとおりです。

1期、国民的アイドル時代
2期、一途な少女時代
3期、悩める乙女時代
4期、女の時代

1期は、説明するまでもなく、デビュー当時の”先生”を初め、学園ものですね。先生と言う曲は、ほぼ全ての国民に知れ渡っていたみたいですね。だから、国民的としました。今聞いてもいい曲です。

2期は、彼女の美声と曲と詩が一番、マッチした時代じゃないでしょうか。そして、歌にも力強さが感じられて、しかも優しさや幼さも同居すると言う、”未来の美空ひばり”を彷彿(ほうふつ)させる、すばらしい時期だと思うのです。

3期は、高校を卒業して、独り立ちしてからの時期に相当するのじゃないかと思うのです。はっきり19歳とか、22歳とか、僕も分かりません。この時期以降の曲は、あまり聴いていないので、どの曲がいつごろの発売かも知りません。僕としては、”涙の桟橋”以降に相当するのではと思っています。
 
4期は、演歌の時代と言ってもいいと思うのですが、ただ、彼女の歌そのものが、”女”を演出していると思うので、女の時代にしました。この時代は、彼女にとって、本当にいい時代だったのではと思うのです。やはり、レコード会社を変わってから、いい曲が増えました。、B面に僕の好きな曲が一杯あります。A面もヒットした曲の他に、”ほお紅”や”寒椿”恋は女の命の華よ”など、とても女らしい、あるいは女であることそのもの、を歌っているいる歌が多いですね。雰囲気も、顔も、所作もほんと女らしいですね。

最後に、youtubeから、4期を代表する曲だと思う”ほお紅”と”恋は女の命の華よ”を載せました。

ほお紅 URL:http://youtu.be/NonZ_hKoRFA
恋は女の命の華よ URL:http://youtu.be/48z9h45T0hE


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2012/6/14

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先日、このブログの中で、”越冬ツバメが”がヒットした理由を、私は”母に手紙を書くときは”のライブ版から推測して、多くのファーンがいることと、その歌唱力に求めましたが、よく考えたら、そのことが直接ヒットにつながったというのは、少し論理的に飛躍がありますね。第一、時間的に5,6年の差が有りますし、その間、色々な曲を歌っているのですから。
 だから、本当のヒットの理由は別のところに隠されていると言うのが正解でしょう。でも、ヒットした底流にあるのは、ファーンと歌唱力と言うのは本当でしょう。

 話は変わりますが、彼女の歌を聞いていて、声が、色々変わるのが、一つの魅力だと思うのですが、デビュー当時の声は、そんなに好きな声ではありません。CDを流して聞いていると、どこで声があるいは詩が変わってきているのか、明確には分かりません。いつの間にか大人っぽく、魅力的な声に変わっています。B面では、詩の内容では”愛は遠い”('74,7,15歳)から、声では”砂時計”('74,12,16歳)くらいからが魅力ある声になっています。A面では、”下町の青いそら”や”お母さん”からぐらいから大人っぽくなっているのでしょうか。だから、15,6歳からと言うのが、僕自身にとっての森昌子の魅力の始まりです。
 そして、この声は19歳ぐらいから、変わってきますね。そして、その変化は22,3歳ごろまで続き、そしてその頃から、また変わって、すごくおとなしい歌い方に変わって引退するまで続く。 これが、僕が感じる森昌子の大きな変化です。すなわち、大きく4つの変化があったと、彼女の歌を聞いていて感じるんです。これは僕の独断と偏見に基づくもので、匿名のブログだから、言えることで、当時からのファーンにしてみれば、何にも分かってないと言われそうですが。

 でも、僕にとっては、なぜ、こうした変化が起きたのか、疑問に思うのです。本当は、起きて欲しくないのです。19歳までの声をずーと続けて欲しかったのです。と言うのは、この辺りまでの声が、とても好きなのです。それは、声変わりなのか、あるいは精神的な変化なのか、あるいは作詞家、作曲家の変化なのか、あるいはレコード会社が変わったからなのか、なぜなのか、考えたいですね。
 
最後に、”砂時計”のyou tubeのURLを載せておきます。ついでに、それのA面曲である”北風の朝”も一緒に。
砂時計:URLhttp://youtu.be/GUBf4f8xxi4
北風の朝:URLhttp://youtu.be/mlk8ich5Vc0


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