帝国趣意

私魔法帝国ヴィクトールの皇帝ドラゴソは、テレビゲームという現代文化の素晴らしさを、
一人でも多くの人に理解してもらいたい、またその体験を共有したい、と考えています。
そのために私は、当帝国においてゲームを「批評」するという形で、その体験を共有化していきます。

どうして批評という形をとるのか?

私が12歳の頃、私は超大作RPG「ファイナルファンタジー[」をプレイし、何か釈然としない、霧のような不満を覚えていました。
その時、私の眼に「FF[は何だったのか!?」という、『ゲーム批評』の特集のタイトルが飛び込んできました。
そこに綴られていたのは、私が言葉を与えることのできなかった「不満」。
美しいムービーシーンと通常画面との落差、使い方のわからないジャンクションシステム、感情移入し辛いストーリーとキャラクター・・・
私の「霧」は、こうして実態を伴ったのでした。

この感動以来、私は批評という活動の持つ体験を共有化する力に大きく引き込まれたのです。
そこに大きな共有可能性を見出し、、私も批評によって体験を共有化しようと考えたわけです。

上記のような批評活動は、利害関係の成立するプロのライターよりも、
利害から切り離された1ゲーマーの視点から語ることでより意義深くなると考えています。
そこに真実の声を反映できるためです。

しかし、批評によって語られるのはあくまで批評者の主観です。
そこには多分に批評者の価値観が反映され、共有し難いものとなる可能性も否定し得ません。
「面白いゲーム」の定義などは、存在し得ないのですから。

それでも、批評の中で一つの見方を提示することで、共有体験の可能性を模索できる、と私は信じています。

私自身は、ゲームを上手にプレイする才能というものは、大して持ち合わせておりません。
ただ、ゲームを「楽しむ」能力には秀でているつもりです。

私の「楽しい!」を、一人でも多くの方と共有できるように、精進していきたいと思います。


ではわたしのふっかつのぶたいへ!
・・・じゃなくてHPを見てやってください。


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