93 月と太陽の神殿
私は昔、巫女として月と太陽の神殿に住んでいた。神殿はひどく高い場所にあり、下界との行き来には千段を超す長い階段を登らなければならなかった。
毎朝、私は巫女の衣装をつけて神官がその日のお告げを取りにくるのを待っていた。神殿へお告げを受け取りにくるのは最高位の神官のみと決まっていて、私はその神官が階段を登ってくるのを毎朝眺めていた。
その神官は人の良さそうな親切な男の人だったけれども、ひどく太っていて階段の上り下りがきつそうだった。
「私が階段を下りていくのでは駄目なの?」
「決まりですので」
その神官は汗を拭きながら残念そうに断った。
その太った神官が階段を上るのがあまりにもきつそうだったので、私は糸電話でお告げを伝える方法、紙飛行機でお告げを飛ばして伝える方法などを提案した。
そうバカにした話ではない。どちらもちゃんと役に立った。でも、決まりだから駄目だと言われた。
そしてある日、とうとう事故が起きた。
私が眺めていると、その太った神官は三分の一くらい階段を上ったところで疲れて階段を踏み外して転落したのだった。
私はその神官が転がり落ちていくのを恐怖に凍り付いたまま見ていた。
後で上ってきた代理の神官に聞いた所によると、命は助かったもののひどい大怪我をしたらしい。
私はその日以来、神官が階段を上ってくるのを見るのが嫌になった。それである日、糸電話でお告げのやりとりをするように書き置きを残して神殿を出てきてしまった。誰に止められないように黙って。
下界の暮らしにも慣れて、今、私は落ち着いて幸せに暮らしている。住んでいる国は神殿から遠く離れていて、周囲の人達は神殿の事を見たことも聞いた事もない。
神殿を出てきた事は後悔していないけれど、時々私の生まれた場所、月と太陽の神殿の事を思い出す。黄色と白の石で飾られた美しい場所だった。願わくば糸電話が有効利用されていますように。